第57話 出現
何だアレは!? また幻術なのか!?
あと章管理機能で各話を分けてみました
ベシスを出発して一日半。彼らは驚異的なペースでシゼの中心街へと到達した。人数が増えれば増える程、それに比例して移動速度は落ちるのが常識だ。今までの四人という少人数ならいざ知らず、大人数の兵士たちを引き連れてなお、ここまで早くたどり着けたのには相応の理由がある。この道中、敵はおろか罠の一つにも出くわさなかったからだ。
動かなくなった大量の骨を無視して国境を越えた彼らを待っていたのは、今までと変わらぬ平穏な道のりだった。伏兵が潜んでいる様子も、罠が仕掛けられている様子もなく、行く手を阻む物は何一つなかった。見通しのいい一本道をただ真っ直ぐに進むだけであれば、移動速度が落ちることもない。そんな理由で彼らは大人数にも関わらず、迅速に中心街へとたどり着いたのだった。
中心街には多くの民家が立ち並んでいる。その一軒一軒を兵士たちはしらみつぶしに捜索する。
「こちらの民家には誰もおりませんでした」
「こちらも同じです。人一人見当たりません」
「報告します。連れ去られた女性はおろか住人も一人として見つかりませんでした」
捜索を終えた兵士たちは、続々とクリフに結果を報告をする。話し方やニュアンスは異なるが、その内容はどれも全く同じ、『建物の中に人はいない』というものだった。報告を横聞きしていたアレンたちは、兵士が調べ終わった民家に足を踏み入れる。木製の机に椅子が二客、同じく木製のベッドが二台。ベシスの貧民街の拠点と大差のない粗末な家だ。金になりそうな高価な代物も見当たらない。
(そういえば、この国はあまり豊かではないって話だったな)
アレンは前にフランツから聞いた話を思い出し、一人納得した。人が住んでいた形跡はあるが、生活感がまるでない。その証拠に机や椅子の上にはこんもりと埃が積もっている。長い間、人の出入りがない証拠だ。そしてそれはどこも同じだった。
兵士たちが辺り一帯を調べ回った結果、生きている人間はおろか死体すら見当たらなかった。シゼが魔王軍によって制圧されたという話を考えれば、殺された人間は大勢いるはずだ。それなのに死体の一つすら見つからないというのは明らかにおかしい。住民やシゼ兵の死体はどこへ消えたのか? それともこれも勇者の仕業なのだろうか?
「……連れ去られた者どころか、住民の一つも見つからんとはな。全く、何一つとして想定通りにいかんな」
報告を受け終えたクリフが自嘲気味につぶやく。動かなくなった骨たちを見つけた時の態度とは大違いだ。聞いていた話と状況が異なることに慣れたのか、それとも期待するだけ無駄と諦めたのだろうか。
「今さら身も蓋もない話だが、本当に魔女はマーガレット様がここにいると、そう言ったのか?」
クリフは当てこすりのようにアレンたちに疑いの目を向ける。
魔女は確かに、連れ去られた女たちはシゼにいると言った。だが、その中に王女が含まれるというのはフランツの創作だ。どうやらクリフはフランツの嘘に薄々感付き始めているようだ。
「……これだけ探して人ッ子一人見つからねェッてコトは、全員あそこにブチ込まれてンだろうヨ」
ガラルドはそう言うと、立てた親指で遠くにそびえる建造物を指し示した。中心街に足を踏み入れた時から、それは嫌でも目に入っていた。古めかしく大きなそれを見上げながら、アレンは尋ねる。
「ずっと気になってたんですけど、あそこは何なんですか? この辺りにある建物とは大きさからして明らかに違いますよね」
「あれはシゼ城だ。ベシスと違ッて、王サマはいねェけどな」
「城なのに王様がいないんですか?」
「以前はいたが、今はいないというのが適切だな。あの城は昔の名残さ」
ガラルドの説明をフランツが補足する。さらにフランツは、次のような話をした。
シゼの統治体制は、他国とは一線を画していた。シゼでは軍隊が政治を執り行う、いわゆる軍事政権が敷かれている。しかしこの軍事政権は武力行使によるクーデターによって樹立されたわけではない。国民がそれを求めたのだ。
一昔前までシゼはベシスと同様、君主制が敷かれていた。しかし国王の評判は芳しくなかった。日和見主義で八方美人な国王は、他国の顔色をうかがう全方位外交に徹していた。痩せた土地柄で十分な作物を見込めない欠点を、輸入によって補おうとしたのだ。国王の外交努力によって、シゼの国民は飢えることなく生活をすることができた。だが、国民は国王の姿勢に不満を持った。結果、国王は国民たちの総意によって廃位された。人々は他国に媚びへつらう情けない指導者ではなく、力強く国を先導する指導者を求めたのだ。
そんな中、人々は軍事力に期待を寄せる。何の取り柄もないシゼにおいて、連戦連勝を重ねる軍の力に誇りを見出すのは必定だった。その後、シゼ軍は政治面においても影響力を増していく。しかしそれは国民が求めた結果だ。独裁ではない。その証拠に次にどこに攻め込むのかは、国民の意見によって決められていたのだから。この点においてシゼは、ベシスよりも遥かに民主的だった――
「今、センセーが話した通りだ。あの城には元々王サマが住んでいたが、王サマが権力を失ッてからは、軍の宿舎代わりになッてンだ。ここにいないッてコトは、あそこにトッ捕まッてンだろう。数百人でもヨユーで暮らせる広さだからな」
「確かに、城下に住まわせるよりも一つの建物に幽閉した方が、管理する方にとっても都合がいいからな。相互監視の目があれば、脱走もしにくいしな」
「……ずいぶんとシゼについて詳しいな」
「魔王と勇者の関係を追って色々と調べ上げたからな。自ずとこの世界の情勢についても詳しくなったのさ」
「テメーの国のコトだ。そりャ、詳しくもなるさ」
フランツに続き、ガラルドがぼそりとつぶやく。
「とにかく今は進むしかない……か。全軍、シゼ城を目標に進軍せよ! 伏兵があるかもしれん、皆十分に注意するように!」
クリフは三度、前進の命令を下した。どうやらガラルドのつぶやきはクリフの耳には届かなかったらしい。ガラルドのつぶやきは、兵士たちの進軍の足音にかき消され、虚空に消えた。
進軍する兵士たちの後ろを歩きながら、アレンは高くそびえるシゼ城を真っ直ぐに見据えた。
トムは死の間際、アニーが勇者に連れて行かれたと証言した。魔女は勇者が各地から女性を攫い、シゼへ連れて行ったことを饒舌に語った。二人の話を組み合わせると、「アニーはシゼに連れて行かれた」という結論にたどり着く。あそこでは勇者に連れ去られた妹が助けを待っているはずだ。必ず妹を救い出す。アレンは決意を胸に秘めていた。そこでふと、思った。俺はこれからどうするべきだろう?
アレンの旅の目的は、勇者に連れ去られた妹を見つけ出すことだ。無事に妹を救出できれば、そこで悲願は果たされる。つまりはそれ以上、旅を続ける意味はないということだ。アレンは少しだけ考えてから、答えを出した。
俺の目的は妹を見つけ出すことだ。家族や村の人々を奪った勇者はもちろん憎い。しかし勇者の悪事は知れ渡り、国や軍も動き出した。もうこれ以上、俺に出来ることは何もない。後のことは国に任せればいい。アニーを助け出したら、旅はもう終わりにしよう。アレンが出した結論は、旅の終焉だった。
「フランツさん、少しいいですか?」
アレンは前を歩くフランツに話しかける。自らの旅の終わりを告げるために。
「何だね? こんな時に」
「妹を無事に救い出したら、俺……」
「な、何だアレは!?」
その時、兵士の一人が声を上げ、アレンの話はそこで途切れた。声のした方に視線を移すと、何もない空間から巨大な金の輪が出現するのが見えた。
「あ、アレは……!」
アレンは思わず驚きの声を上げた。あの輪には既視感がある。
魔女はあの金色の輪を介して、巨人を呼び出した。あれは魔法の一種に違いない。しかし魔女は死んだ。魔女の他に魔法が使えると人物と言えば――
突然の出来事に一同が困惑する中、輪の中に人影が見えた。金色の輪の中から現れたのは、一人の女だった。




