第55話 異変
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
カクヨムにも投稿を始めました。(内容は同じです)
晴れ渡る青空の下をアレンたちは歩いている。柔らかな日差しが降り注ぎ、様々な形の雲がゆっくりと空を流れて行く。目に映る光景は平和そのものだ。
敵地の真っ只中に向かっている最中とは思えぬ程に平穏な旅路。まるでハイキングにでも来ているかのようだ。
(そう言えば、ほんの数日前もこの道を歩いたな)
アレンは数日前の出来事を思い返す。エトンが仲間に加わり、シゼの実態を確かめるために現地調査へと向かった彼らは、ベシスとシゼの国境付近で不審な人影と遭遇した。
(結局、あの時はアイツらのせいで、途中までしか進めなかったな)
気付かれないようにその後を追った彼らが目にしたのは、ひしめき合う無数の骨だった。動くはずのない屍が武器を持って動き回る様は、とてもこの世の物とは思えない光景だった。
観察と検証の結果、動き回る骸骨たちは動きと音に反応するだけの意思を持たない傀儡であると結論付けた彼らだったが、その数の多さと背後に控えているであろう魔王軍を警戒し、それ以上先へ進むのを断念したのだった。
(戻ってからも色々なことが立て続けにあったな)
その後、拠点へと戻った彼らを待ち受けていたのは、剣士の要撃と魔女の襲来だった。激しい戦いの末に彼らは新たな仲間を迎え入れ、激しい戦いの末に彼らは仲間を失った。その直後、彼らはベシスの兵士に捕らえられ、計略を用いて王との謁見の機会を勝ち取った。
彼らはあの日四人で歩いた道を再び歩いている。だが、今の状況はあの日とは大きく異なる。あの日との決定的な違いはその数だ。アレンは前方を歩くベシス兵の一団の背中をぼんやりと眺める。
謁見の後、国王の協力を取りつけたアレンたちは、ベシス軍と共に一路シゼを目指して歩いていた。魔女との戦いの後に捕らえられ、檻の中に押し込まれた時はまさかこんなことになるとは想像もしなかった。アレンは心の中でつぶやく。
(『国を動かす』か……)
国を動かす。フランツが再三口にしていた言葉だ。最初に聞いた時は「本当にそんなことができるのか?」と半信半疑だったが、今では疑う余地もない。現にその言葉通り、国王を説き伏せて国を動かしてしまったのだから。
連れ去られた女性たちはシゼにいる。魔女の言葉が事実だとすれば、妹もきっとそこにいるはずだ。
「……待ってろよ、アニー。必ず助けてやるからな」
アレンは決意を新たにつぶやくと、真っ直ぐに前を見据えて歩みを進めた。
一晩の野営の後、彼らは再び進軍を開始した。敵に出くわすこともなく行軍は順調だ。
「全軍、止まれェ!」
シゼとの国境付近に差しかかった時、クリフは声を張り上げて部下たちに停止するように命じた。
「貴君らの話では、この辺りを大量の魔物がうろついているということだったな?」
「うむ。音や動きなどの外部からの刺激に反応するだけで、動作は緩慢で単調だ。あの時は後詰めの部隊を想定して引き返したが、今は問題なかろう」
「これだけいりャ、ジューブン数で押し切れるからな」
「それもあるが、後方からの援軍を警戒する必要がなくなったからな。我々は骨だけに対処すればいい」
フランツは割り込んで来たガラルドの言葉を補足した。フランツの発言にクリフが尋ねる。
「何故、そう言い切れる? 後方に敵が控えているかどうかを確認したわけではないのだろう?」
「以前ここを訪れた時は、『シゼは魔王軍に占領されている』と仮定して行動していた。勇者に敗れ追い詰められた魔王は、立て直しを図るために残存勢力を集めてシゼに逃げ込んだ。シゼには魔王軍の全戦力が集中している。だからこそ警戒しなければならない。その時の私はそう考えていた。だが、実際は違った。その時点で既に魔王は勇者によって殺されていたのだからな。シゼを占領しているのは魔王ではなく勇者だ。それなら増援が来る恐れはない。大軍を率いていた魔王と違って、勇者一味は少数精鋭だからだ」
フランツはふぅと一息つくと、さらに説明を続ける。
「勇者一味の内訳は勇者、女神、魔女、魔族、剣士、武闘家の計六名。その内の女神、魔女、剣士の三名は既に死亡。武闘家は勇者を見限り、こちら側についた。残すは勇者と魔族の僅か二名。戦力を分けて部隊を編成するような余裕はない。つまりは国境を突破されそうになったところで、増援を送る余裕もないというわけだ」
「なるほど……な。いずれにせよ、ここから先は敵の動きに注意する必要があるな」
そう言ってクリフは、兵士たちに周囲への警戒を強めるように命令を下した。
その後しばらく進んで行くと、前方に何か白っぽいものが折り重なるように倒れているのが見えた。一同は歩みを止めて様子をうかがう。動きはない。
クリフは兵士に指示を出す。指示に従い、兵士の一人が前方に向かって矢を射かけたが、それでも反応はない。クリフは数名の兵士に、物体の正体を確かめるように再度指示を出した。先行した兵士は程なくして戻ると、状況を報告した。
「あれは骨でした。三人分の人骨です。傍らに武器が落ちていたことから、単なる死体ではなく話にあった魔物ではないかと思います」
「前方や周囲も確認しましたが、敵の気配はありませんでした」
兵士からそれぞれ報告を受けたクリフは、フランツとガラルドに尋ねる。
「あれが貴君らの言っていた魔物で間違いないか?」
「あの時遭遇したのと同じ個体かどうかは定かではないが、恐らくそうだろう。以前もこの辺りをうろついていたからな」
「ならば、あれをやったのも貴君らか?」
「いヤ、確かに俺らはコイツらを見かけたが、そン時ャ指一本触れちャいないゼ」
二人の返答を受けて、クリフは考える。
(だとしたら、奴らは誰にやられたんだ? この者たちではない第三者? しかしこの状況下でわざわざこんなところまで来る者がいるとは考え難い……。勇者ならシゼに行くためにここを通っても不思議ではないが、魔物は勇者が用意したもの。自軍に損害を与えるような行動をするか? 何の意味がある?)
クリフが違和感を抱いたのは、兵士としての積み重ねて来た経験の賜物だった。
敵が死んでいるということは、そうなるに至った原因があるということだ。その原因が味方に因るものなのか、敵に因るものなのかを瞬時に見極め判断しなければ、自分の身に危険が及ぶ。その上、彼は兵を率いる立場だ。彼の判断一つに、部下たちの命が懸かっている。
しばらく考えてみたが、違和感を払拭できるような納得のいく答えは出ない。だが、報告通り敵の気配はなく、罠がある様子もない。
「全軍、十分に警戒して進め!」
確かな違和感を抱きながら、クリフは進軍の再開を命じた。
程なくして彼らは国境へとたどり着いた。彼らは驚く程あっさりと国境を越え、シゼへと足を踏み入れた。眼前には大量の骨たちが広がっている。しかし様子がおかしい。
以前は無数にひしめき合って蠢いていたのに、今は蠢くどころかピクリとも動かない。一匹残らず全ての骨が、事切れたように横たわっている。まるで物言わぬただの死体に戻ってしまったかのようだ。
「一体、どういうことだ? 聞いていた話とはまるで様子が違うぞ!」
想定外の状況に、クリフは怒ったように大声でがなり立てる。
「そう言われても、俺らが見た時は確かにヤツらは動いてたゼ」
ガラルドもまた不機嫌そうに答える。
「では、今のこの状況はどう説明する? 一匹たりとも動いてなどいないではないかッ!」
「そンなの、俺らだッて知らねェッての。そうピーピー喚くなヨ。弱く見えるゼ」
「『喚くな』だと? 不測の事態が起きているんだぞ! 悠長に構えて取り返しの付かない事態になったらどうする!?」
「あの、一ついいですか?」
口論が始まり険悪な雰囲気の中、アレンが口を開いた。
以前、ここを訪れた時とは明らかに状況は異なっている。国境付近で動かなくなった骸骨を見た時から、彼は異変の原因を考えていた。アレンは考察の末に導き出した結論を発表する。
「この原因は魔女にあるんじゃないかと思います」
アレンたちがシゼへと向かっていた頃、時を同じくして"異変"を感知した者がいた。
「あらぁ……? この生体反応は何かしらぁ? あの子たちが逃げ出した? それにしては数が多すぎるし……」
女は目を閉じ、探るようにひとりごつ。
「それにこの動きは……逃げるんじゃなくて、こちらに向かって来ている……? つまり、何者かがシゼにやって来たということかしらぁ? ……これは面白いことになりそうねぇ♪」
そう言うと女は目を細め、嬉しそうにニタァっと笑った。その歪な笑顔は、まるで悪魔のようだった。




