第51話 ようこそベシス城へ
砂糖にはしゃぐ二人が書きたくて書いた回
走っていた馬車が急に動きを止めた。窓から外を覗くと、巨大な城門が固くその口を閉ざしている。
一人の兵士が馬車から降り、門番に何事かを告げる。程なくして城門が開く。兵士が乗り込むと、馬車は再び走り始めた。
(ここがベシス城……か。まさか城に入れる日が来るなんて夢にも思わなかった。そんな場合じゃないけど、少しワクワクしてきたぞ……!)
アレンは窓の外に映る景色に心躍らせた。ティサナ村から都へ行商に来ていた時も、ベシス城の存在は知っていた。何せあの大きさだ。都にいればどこにいたって目に入る。以前から気にはなっていたが、自分には城に入る用事も資格もないと言い聞かせ、近付かないようにしていたのだ。アレンが初めて見る世界に浮かれるのも無理はない。
「さぁ、どうぞこちらへ」
馬車から降ろされた二人は兵士たちに城の中へと案内された。通された部屋はとにかく広く、そして豪華だった。まず最初に目に飛び込んで来たのは、壁に掛けられた巨大な絵画だ。裸の男女が左手に剣を持った人物に追い立てられている。彼らは何か悪いことでもしたのだろうか? 何とも不思議な絵だ。
絵の下にはサイドボードが置かれ、その上にはオブジェや燭台、花瓶に生けられた花などが置かれている。外側の壁の左右には大きな窓が二つ。この窓から陽の光を取り入れるのだろう。しかし部屋の広さもあって、窓からの光だけでは部屋中を照らすことはできない。それを補うのが天井に吊るされたシャンデリアだ。支柱から伸びた複数の腕木には蝋燭が立っており、室内を明るく照らしている。
その下にはがっしりとした頑丈な造りの円卓があり、その周りには赤い革張りの椅子が四脚、配置されている。貧民街の拠点に置いてあったボロボロの椅子とは比べ物にならない。見るからに座り心地が良さそうだ。円卓の上にはポットやカップと言ったティーセットが一式、そして見たことのない焼き菓子が並べられている。足元に目を向けると、赤を基調とした幾何学模様の大きな絨毯が部屋中に敷き詰められている。
いずれもアレンにとって初めて目にする物ばかりだった。この一室だけでも、彼が家族五人で住んでいた家よりも遥かに広い。
「こんなに立派な部屋に住めるなんて、王様ってずいぶんいい暮らしをしてるんですね」
「おそらくここは客間だ。この部屋で王が暮らしているわけではないだろう。その証拠に寝具の類がないじゃないか」
興奮した様子で話すアレンに、フランツは冷静に指摘を入れる。
「こ、これがですか……? 客間でこれだけすごいなら、王様の部屋はどれぐらい豪華なんですかね?」
「そりゃ、この部屋よりも絢爛な造りだろうな。部屋中が金箔張りの黄金の寝室……とかじゃないか?」
「それはすごい! でも、派手すぎて落ち着かないですね。目も疲れそうだ」
二人が緊張感のないやり取りをしていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。返事をする間もなく扉が開き、鎧を着込んだ兵士が顔を出した。
「お二方をお連れしました。さぁ、どうぞ中へ」
兵士はそう言って扉を開け放つと、後方に向かって声をかけた。二人の人物が警戒した様子で部屋の中へと入って来る。その二人の人物を見たアレンは歓喜の声を上げる。
「ガラルドさん! エトン! 二人とも無事だったか!」
「アレンさん……? それにフランツさんも……。お二人こそご無事で何よりです」
アレンとフランツの顔を見たエトンは緊張した面持ちから一転、安堵したように笑顔を浮かべた。
「今ここに到着したということは、私たちのすぐ後に解放されたようだな」
「ヤッぱり、センセーのサシガネだッたか。何の説明もナシにいきなり城に連れて行く言われた時は、どうなるコトかと思ッたゼ。しかしまァ、この部屋を見る限り、待遇は悪くはなさそうだな」
ガラルドは警戒を解いた様子で溜め息を吐くと、部屋中をぐるりと見回しながら答えた。
「準備が整いましたらお声がけしますので、それまでこの部屋でお待ちください。お茶とお茶菓子も用意してありますのでご自由にどうぞ。私たちは部屋の外に待機しておりますので、何かあればお申し付けください」
兵士は事務的な説明を済ませると、扉を閉めて出て行った。部屋にはアレン、フランツ、ガラルド、エトンの四人が残された。
「これでまた四人揃ったな」
「全員が集められたってことは、王様が直々に話を聞くってのはどうやら本当みたいですね。正直、二人がここに来るまでは疑ってましたよ、俺。でも、これでフランツさんの作戦通りになりましたね」
「まずは第一段階クリアと言ったところだな。しかし本番はここからだ。謁見の結果如何では我々の、そしてこの世界の行く末が決まる。たとえ首尾よく行ったとしても、まだ勇者との戦いが残っているしな」
「まだ道半ばってことですね」
「オイオイ、二人だけで盛り上がッてないで、俺らにも説明してくれヨ。ただでさえ状況が飲み込めてないンだからヨォ」
「そうですよ! いきなり檻から出されたと思ったらこんなところに連れて来られて、もう何が何やら……」
話を先に進める二人に対し、ガラルドとエトンは状況の説明を求めて抗議の声を上げた。どうやら二人は、まともな説明もされずにここへ連れて来られたらしい。それはつまり説明をする暇もない程に急を要しているということ。国王は至急、フランツの話を聞く必要があると判断したということだ。
二人の言い分はもっともだと、アレンは思った。彼はフランツの隣の房で事のあらましを聞いていたおかげで何が起きているのかを理解しているが、ガラルドとエトンはそれを知らない。囚人から来賓という処遇の変化についていけないのも当然だろう。
「いいだろう。皆、こちらに来たまえ」
フランツはそう言うと、手招きをして三人を呼び寄せた。
「なンだヨ、モッタイぶッて」
「ベシスが我々の味方になってくれるとは限らんからな。外にいる兵士たちに聞かれないように話す。注意して聞くように」
そう前置きすると、フランツは囁くように話し始めた。
「我々はこれからベシスの国王に謁見する。魔女が語った勇者の真相を告発して、国を動かすためにな。だが、真相を知った国王が国を挙げて対勇者に動く可能性は低い。勇者の悪行はベシスにとって実害がないからだ。勇者は自らの欲望のために各地から女性を攫っている。言い換えれば、被害はその程度で済んでいるということになる」
「……その程度?」
不穏な物言いにアレンは思わず反応する。
「勇者は表立って大々的にベシスに攻撃を仕掛けているわけでも、国家の転覆を図っているわけでもない。ただ自分の欲望を満たすために行動しているだけだ。確かに勇者の行いは非道極まりないが、国家を揺るがす程の大事件とも言い難い。攫われた女性たちを救い出すのは道義上正しいことかもしれないが、わざわざ兵士の血を流してまでやることでもない。勇者が明確にベシスに敵対しない限り、多少の狼藉には目をつぶろう。国王はそう考えるだろう」
「そんなひどいっ!」
フランツの言葉にエトンは憤慨する。表には出さなかったが、アレンも同じ気持ちだった。彼の場合、実際に妹を連れ去られているのだ。それを多少の狼藉で片付けられては、たまったものではない。
「そういきり立つな。これはあくまで仮定の話だ。話を聞いた国王が義憤に駆られ、勇者と戦う道を選ぶのならそれでいい。我々はベシスと協力して勇者と戦うことができる。しかし今述べたようにその可能性は低い」
「じャあ、どうすンだヨ? ベシスの力がなきャ勇者のヤローとは戦えないンだろ?」
たまらずガラルドが口を挟む。その反応を読んでいたかのようにフランツは答える。
「そこで国王が確実に戦いを選択するように後押しをする。そのための謁見というわけだ」
「後押しねェ。具体的にはどうすンだ?」
「その前に少し休憩しよう。喉が渇いた。さっき兵士が、お茶とお茶菓子があると言っていたな。ありがたくいただくとしよう」
フランツの提案にガラルドは及び腰で尋ねる。
「オイオイ、そンなモン飲ンで大丈夫なのか? 毒でも入ッてたら大変だゼ」
「わざわざ城に招いて毒殺するなんて回りくどい真似はしないだろう。殺すつもりならとっくにしてるさ。それにこのティーセットを見てみろ。全て銀製だ」
確かに円卓の上にあるティーセットはポットもカップも、ティースプーンに至るまで全て銀色に光っている。だが、それがどうしたと言うのか? アレンは尋ねる。
「銀製だと何かあるんですか?」
「銀というのは非常に変色しやすい。故に銀は、毒物の検知に使われる事が多いんだ。一説によると、貴族は毒殺を防ぐために銀食器を好んで使ったと言われている」
フランツはカップにお茶を注ぐと、スプーンでかき混ぜた。爽やかな気品のある香りが部屋中に広がる。
「つまり銀のティーセットを出すということは、毒殺の意思はない、これは安全だという意思表示と言えるわけだ」
フランツはそう言ってソーサーにスプーンを置くと、カップに口を付けた。アレン、エトン、ガラルドの三人はその様子を見守るが、スプーンにもフランツにも変化はない。どうやら本当に大丈夫なようだ。
「見てないで君たちもどうだ? 喉、渇いてるだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、アレンは猛烈な空腹と喉の渇きに襲われた。シゼの現地調査を終えてベシスに戻ってから色々なことがあった。ジャンヌの訪問、魔女の襲来、巨人との死闘……。その間、食べ物はおろか水の一滴すら口にしていないのだ。飢えと渇きを覚えるのも当然だ。
「それじゃあ……」
フランツの言葉に誘われるように、アレンはカップにお茶を注いだ。温かな赤褐色の液体がゆらゆらと揺れ、白い湯気が立つ。恐る恐るカップに口を付け、お茶を飲み込む。穏やかな温かさと心地よい香りに、ふぅっと息を吐く。
「美味しいですね、これ。おかげで少し落ち着きました」
「紅茶にはリラックス効果があるからな。少しは疲れも取れるだろう」
「わ、私もいいですか?」
二人の様子を見ていたエトンもおずおずと申し出る。フランツはカップにお茶を注ぎ、エトンに渡す。
「ありがとうございます」
エトンは礼を言ってカップを受け取ると、ゆっくりとお茶を口に含んだ。
「どうだ?」
「いい香りですね。でも、少しだけ渋いような苦いような……」
「それなら、これを入れるといい」
フランツは円卓の上の小瓶を手繰り寄せてエトンに渡した。瓶の中には茶色い砂のようなものが入っている。
「何ですか、これ? 砂……?」
「砂は砂でも砂糖だ。入れれば渋みや苦みが抑えられて飲みやすくなるぞ」
エトンは砂糖を入れると、左手に持ったティースプーンでカップの中をかき混ぜてから一口すする。
「……甘いです!」
お茶を飲んだエトンは、味の変化に驚きながら嬉しそうな声を上げた。その声に釣られてアレンも砂糖を入れて飲んでみると、今まで味わったことのない鮮烈な甘さが口中に広がった。
彼が口にしたことのある甘味と言えば、山に生える木の実ぐらいなものだ。だが、今飲んだお茶は木の実の何十倍も甘い。
「ホントだ……こりゃ甘い!」
「甘いですよね! 私、こんな甘いお茶なんて初めて飲みましたよ!」
「俺もだよ! 砂糖って木の実よりもずっと甘いんだな!」
「アレンさん! こっちのお菓子も甘いですよ!」
「……甘いモンがそンなに珍しいかね」
いつの間にフランツの隣に立っていたガラルドが、甘味にはしゃぐ二人を眺めながらつぶやく。
「砂糖は平民には滅多にお目にかかれない貴重品だからな。ほら、君も飲んだらどうだ?」
「おゥ、悪ィな」
ガラルドはフランツからカップを受け取ると、お茶をすすりながらつぶやいた。
「それにしても無邪気なモンだな。檻から出されて馬車に乗せられた時は、今にも泣き出しそうな顔してたのにヨ」
「アレンも深刻な顔をしていたな。まぁ、たまにはいいんじゃないか。息の詰まるようなことばかりだったからな」
「確かにな。魔女のヤローにジャンヌを殺されて落ち込ンでいたヨうだが、あれだけはしャぐ元気があるなら大丈夫そうだな。とは言ッても気を息を抜いてばかりじャいられねェ。さッきの話の続きだが、どうヤッてベシスを味方につけるンだ?」
「あぁ、それはだな……」
フランツが続きを話そうとした矢先、扉がノックされ、勢いよく開いた。現れた兵士は四人に告げる。
「謁見の準備が整いましたので、玉座の間へご案内します。陛下がお待ちです」




