第50話 招待
コツコツ書いてたら50話になりました
当初の予定より長くなっているので、100話以内で終わるようにしたいです
「……」
フランツの申し出に、クリフは腕を組んで黙り込んだ。返事をせずに黙っているということは、思案している証拠だ。何の音も聞こえない。静寂が辺りを包み込む中、アレンとフランツはクリフの返答を静かに待った。
クリフは考えていた。もしもこの帽子の男が前置きもなしに今の提案をしていたら、「ふざけるな!」と一喝していただろう。よくいるのだ、この手の輩が。
王の政に不満を持ち、「一言言ってやりたいから王に会わせろ」という者。
「自分の考えを採用すれば、この国は必ず良くなる」などと言って、王に取り入ろうとする者。
立場上、話には耳を通すが、そのほとんどが聞くに堪えない戯言だ。平民の世迷い事にいちいち付き合っていられる程、国王は暇ではない。そういう手合いから国王を守るのも彼の役目だった。
話の内容からすると、こいつらは後者だ。ベシスの行く末に関わる重大な話などと勿体ぶって、王に取り入ろうとしているのだ。どうせ例の如くつまらない戯言だろう。どこの馬の骨とも分からない不審人物と国王を引き合わせるわけにはいかない。しかし――
クリフは考えていた。本当に「つまらない戯言」と切り捨ててしまっていいのだろうか? 腕組みをしながら、檻の中に視線を戻す。檻の中では帽子の男が不敵な笑みを浮かべている。
この男は私の名と役職を言い当てた。ベシス軍は公の存在だ。顔と名は人々に広く知られている。おそらくはどこかで私について見聞きしたか、調べたのだろう。言い当てられたとしても不思議ではない。
男はベシス軍が勇者の仲間の女剣士を捕らえたことも知っている。しかしこれも周知の事実だ。
あの日、都を巡回していた衛兵たちが広場の真ん中で暴れていた剣士を捕らえた。白昼の出来事だったため広場には人が多く、剣士が捕らえられる瞬間を大勢の野次馬が目撃している。あの野次馬の中にこの男もいたと考えれば、話の辻褄は合う。
(だが、逃げられたという情報はどこで知ったんだ……?)
身柄を拘束した後、話を聞くために詰め所まで連行したものの、剣士は取り調べに一切応じなかった。ほとほと困り果てていたところ、ベスシ城への移送命令が下った。国王陛下自ら話を伺うとのことだった。剣士に逃げられたのはその矢先だ。
ベシス城への移送を明朝に控えた夜、剣士は忽然と姿を消した。見張りをしていた若い兵士は「隊長殿が剣士を連れて行った」と訳の分からないことを話していたが……。ともかく、剣士に逃げられてしまったのは恥ずべき事実。このような失態を民草に知られてはならないと、捜索は極秘裏に進められていた。それにも関わらず、この帽子の男はその事実を知っている。クリフは考えながら、男が直前に発した台詞を心の中で反芻する。
(『私たちは何でも知っていますよ。軍の内情も、魔王の秘密も、勇者の真相も。そして……、王女のこともね』)
どうやら何でも知っているというのは、口から出まかせではなさそうだ。少なくとも男は軍の内情を知っている。ならば、魔王の秘密や勇者の真相というのも確かな情報なのだろう。
(その上、マーガレット様のことまで知っているとなると、もはやただの戯言で済ませられるものではない)
ふと隣の房に視線を移すと、無骨な若者が目を閉じたまま腕組みをしている。どうやら何かを考えているらしい。
この若者の言葉も実に不可解だった。まるで心の内を読んだかのように、私が言おうとした台詞を見事に言い当てた。あらかじめ帽子の男と申し合わせでもしていたのだろうか? しかし仮に話を合わせていたとして、相手が何を言うのかまで予測できるのか? まさか本当に心が読めるとでも言うのか?
(分からん……。こいつらは一体、何なんだ……?)
沈思黙考を始めたクリフを急かすようにフランツが口を開く。
「さぁ、いかがですかな? 私たちの話を信じるか信じないか。この国の未来はクリフ殿の判断にかかっています」
「未来か……。ずいぶんと大きく出たな」
フランツの挑発とも取れる発言に、クリフはポツリとつぶやいた。
「私たちが掴んでいる情報は国の行方を左右するものと確信していますからな。もしご自身だけでは判断が付かないのであれば、国王陛下にこの件をご報告されてみては?」
「陛下にだと? しかしこのような不確実な情報をお伝えする訳には……」
「上の立場の人間は、常に下から報告を求めているものです。たとえそれがどれだけ些細で不確実なものだとしてもね。適切な報告こそが信頼を生むのです。貴殿が今やるべきは、考えることではなく陛下にこの話をお伝えすること。もし陛下が信じるに値しないと判断するならば、貴殿はそれに従えばいい」
「うむ……分かった。しばし待たれよ」
フランツの口車に応じたクリフは、そう言い残すと二人を残して部屋を出て行った。
「……これがフランツさんの用意した策なんですか?」
クリフが完全に立ち去ったのを確認すると、アレンはおずおずと口を開いた。フランツの話によって、クリフの態度は明らかに変わった。初め不審者を見るような目をしていたクリフはフランツの話に耳を傾け、最終的にはその言葉に従い何処かへと向かった。
「ひとまず下準備は完了と言ったところだな。後は話を聞いた王がどう出るかだ。王の前で直々に話をする機会さえ得られればこちらのもの。そうなれば今まで集めて来た情報を用いて、否応なくこのベシスという国を勇者との戦いに巻き込んでやるさ。ともかく今は吉報が届くのを待つしかない。それまで私は少し休むとするよ。君も休めるときに休んでおきたまえ」
フランツはそう言って話を切り上げた。数分後、隣の房から聞こえてきた寝息にアレンは「よくこんな状況で眠れるな」と半ば呆れながら感心した。
魔女と戦い、ベシス軍に捕らえられたのをきっかけに事態は大きく動き出そうとしている。国を巻き込む。それがどういうことなのかは、想像もつかない。
「どうなるんだろうな、これから……」
冷たい檻の中、アレンは誰ともなしにつぶやいた。
ガチャガチャという騒々しい足音でアレンは目を覚ました。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。顔を上げると扉が開き、クリフが部屋の中へと入って来るのが見えた。その後ろには鎧に身を包み、腰に剣を下げた二名の兵士が付き従っている。物々しい空気にアレンは思わず息を呑む。そんな中、クリフが口を開いた。
「先程の話を陛下にお伝えしたところ、陛下は貴君らに大変ご興味をお持ちになられ、『直接話を聞きたい』と仰せられた。よって、今から貴君らを陛下の元へ招待する」
クリフが言い終えるのと同時に兵士たちは檻の鍵を開け、アレンとフランツは解放された。
「外に馬車を用意してある。貴君らにはそれでベシス城へと向かってもらう」
そう言うとクリフは先頭に立ち、付いて来るように促した。アレンとフランツは指示に従い、クリフの背中を追う。その後ろには二名の兵士がぴったりと張り付いている。圧力を感じながらクリフの後に続くと、言葉通り外には馬車が用意されていた。
「さぁ、中へ」
「招かれたのは私たちだけか? 後の二人は?」
馬車の中へと入るように促すクリフに、フランツが尋ねる。ここにはエトンとフランツも捕らえられているはずだ。質問は至極当然だった。
「今、他の馬車を用意している。何分急なことでな。貴君らの仲間は用意が出来次第、すぐに城へと向かわせる」
クリフの返答はあくまで事務的だ。フランツはそれ以上の質問をすることもなく、素直に馬車に乗り込んだ。アレンもその後に続く。
「よし、それでは城へ向かってくれ。私は馬車の用意が済んだら、すぐに後の二人を送り届ける」
クリフはそう告げると、詰め所の中へと戻って行った。御者が手綱を引くと馬は走り出し、馬車はゆっくりと動き始めた。
乗り慣れぬ馬車に揺られながら。彼らはベシスへと向かう。思惑通り王との謁見の機会が得られたようだが、その後はどうするつもりなのだろうか? フランツが用意したという策の全容も聞いていない。 エトンとガラルドは本当に後からやって来るのか? そもそも、クリフの言葉を信用していいのだろうか?
色々と聞きたいことはあるが、馬車の中には彼らの他に二名の兵士が同席している。きっとおかしな動きをしないように監視しているのだろう。今は口を開くべきではない。
(どうなるんだろうな、これから……)
揺れ動く馬車の中、アレンは誰にも聞こえないよう心の中でつぶやいた。




