第49話 秘策
アレンとフランツの会話シーンは説明が多い
国を巻き込む。フランツは再三、その言葉を口にしている。しかし一体、どうやって? 新たに付け加えられた「否応なく」というのも気になる。
アレンの疑問を察したかのように、フランツは発言を整理し始めた。
「シゼに向かうにはベシス軍の力が必要だ。そして軍を動かすとなれば国、ひいては国王の協力が必要不可欠。だが、現時点では国王が我々に協力してくれるという保証はない」
「それが問題なんじゃないですか? シゼに行くためには、王様に俺たちの話を信じてもらわないといけない。でも、信じてもらうための証拠はシゼにある。いくらシゼに証拠があると訴えたって、信じてもらえなかったら意味ないじゃないですか」
「国王が我々の話を信じるかどうかは大した問題ではない」
「なら、何が問題なんですか?」
「国家は国益を最優先に動くものだ。国益と言うのは国家的利益、簡単に言えば損得だな。以前、占領されたシゼのために他の国々が動かない理由を説明したろ?」
シゼの調査の帰り、アレンはフランツに抱いていた疑問をぶつけた。
『どうして他の国はシゼのために動かないんですか?』
アレンはその時フランツからされた説明をかいつまんで答える。
「確か魔王への情報不足と勇者の存在、それからシゼを取り巻く環境が理由でしたよね」
「そうだ。特に関連するのが、シゼを取り巻く環境だ。シゼには資源も名産品もないため、助けても旨みがない。仮に奪い返して占領したとしても、山間の不毛の地は利用価値に乏しい。使い道のない役に立たない領土が増えるだけだ。その上、人々はシゼに対して、魔王と同等かそれ以上の悪印象を抱いている。もしもシゼのために戦おうという国が現れようものなら、人々は一斉にその国を非難するだろう。悪を助ける者もまた悪だからな。ほとんどの国にとってシゼのために戦うというのは、国益に見合わない行為なのさ。だからどの国も動かない」
フランツの説明を受け、アレンは改めてシゼという国が人々から嫌われているという事実を理解した。そしてさらにもう一つ、ある重大な事実に気が付いた。
「んっ? ちょっと待ってください。今の話をまとめると……、仮に俺たちの話を信じてもらえたとしても国益に見合わないと判断されたら、国も軍も協力してくれないってことじゃないですか!?」
「そう、問題はそこだ。だから『国王が我々の話を信じるかどうかは大した問題ではない』と言ったのだ」
取り乱した声を上げるアレンとは対照的に、フランツは落ち着き払った声で答えた。その指摘もまた彼にとっては予想通りだったのだ。フランツはさらに冷静な口調で言う。
「我々がすべきことは国王に話を信じてもらうことではなく、如何にして軍を動かすかだ。さて、そのためにはどうすればいいと思う?」
「そう聞かれても……」
突如、投げかけられた質問にアレンは口ごもる。それが分かれば苦労はしない。どうすればいいのか全くもって検討もつかないが、ひとまず考えてみることにした。
軍を動かすも動かさないも全ては国王次第だ。つまりは国王を説得しなければ軍の協力は得られず、シゼにも行けないということになる。どうすれば国王を説得できるのか? しかしいくら頭を捻ってみても、いい考えは浮かばない。
「そう難しく考えるな。国家は国益を最優先に動く。まずはそれだけを念頭に置いて考えてみたまえ。それも、極めて単純な答えでいい」
沈黙するアレンにフランツは考え方の指針を出した。アレンはヒントを頼りに、もう一度考えてみることにした。
(国家は国益を最優先に動く……。それも、極めて単純に……)
頭の中でフランツの言葉を繰り返した瞬間、ある一つの答えに行き着いた。そしてそれは、フランツの言った通り極めて単純な答え(もの)だった。
「……国益にならなければ国は軍を動かさない。なら逆に、国益になれば軍を動かすはず……」
「その通りだ。要はシゼに行くことそれ自体が、ベシスにとって有益であると国王に判断させればいいとというわけだ。どうだ? 分かってみれば、呆れる程に単純な話だろ?」
国家は国益を最優先に動く。言われてみれば確かに単純な話だ。しかし事態はそう単純ではない。今までの話を聞く限り、今回の一件がベシスの国益に繋がるとは到底思えない。国益にならない以上、ベシスは軍を動かさない。結局、問題は解決しないままだ。その辺りはどうするつもりだろうか?
「とりあえずフランツさんの言いたいことは分かりました。でも、どうやってそう判断させるつもりですか? 話を聞く限り、ベシスがシゼのために軍を動かす理由なんて、一つもないように思いますけど……」
「その点は心配には及ばない。そのための策ならすでに考えてある」
フランツの言葉にアレンは「この人は一体、どこまで先を見越しているんだ」と驚きながらも「まぁ、この人ならそれぐらい用意していて当然か」と一人納得した。
フランツがアレンの思考力を評価しているように、アレンもまたフランツの知略を信頼していた。
「そこまで考えてるなんてさすがですね。それで、どうするつもりなんですか?」
「ベシスが軍を動かさざるを得ない状況にしてしまえばいいのさ。具体的には……」
「何を話している!」
詳細を話そうとしたフランツの台詞は、激しい怒声によってかき消された。二人の前に姿を現したのは、立派な口髭を貯えたがっしりとした男だった。
男の姿を目にした瞬間、アレンは思わず「あっ」と声を漏らした。男とは初対面のはずだが、その顔には確かに見覚えがある。そんな奇妙な感覚を抱いたのは、魔女が原因だった。
アレンたちの前に現れた魔女は、目の前にいる男と全く同じ姿形をしていた。おそらく、この男を模して変身していたのだろう。確か名前は――
「これはこれはクリフ殿。ベシス軍の隊長自らお越しいただけるとは光栄ですな」
フランツはわざとらしい口調で男の訪問を労った。
(そうだ、クリフだ)
フランツの発言によって、アレンは男の名前を思い出す。魔女が現れた時、ジャンヌは魔女をそう呼んだ。魔女がこの男の姿に変身していたのなら、それが男の名ということになる。
「何故、私の名を知っている? それに隊長であることまで……。名乗った覚えはないのだが」
見ず知らずの相手から名前と役職を言い当てられた口髭の男は、怪訝な顔をして檻の中を見た。そんなクリフの様子にお構いなしにフランツは尋ねる。
「ところで、勇者の仲間の女は見つかりましたかな? 一度捕らえたにも関わらずまんまと逃げられたとあっては、ベシス軍の名折れですからなぁ」
クリフは驚愕した様子で目を見開いた。フランツは当の本人から事情を聞いているのだから、知っていて当然だ。だが、クリフはそんなことを知るはずがない。
クリフの反応は非常に分かりやすい。隊長というからには実力や人望はあるのだろう。しかしフランツの話にいちいち反応する様は、冷静さとは程遠い。直情的で嘘や隠し事が苦手な性格なのだろう。
二人のやり取りを聞きながらクリフの性格を分析したアレンは、彼が言うであろう台詞を予測し、そしてつぶやいた。
「……何故、そのことを知っている?」
「なっ……!? な、何なんだ、お前たちは!?」
名前と役職、軍の内情。さらには言おうとした台詞まで言い当てられたクリフは、明らかに狼狽えた様子で声を荒げた。きっとクリフは、心の内を見透かされたような薄気味の悪さを抱いていることだろう。さらに畳み掛けるようにフランツは続ける。
「私たちは何でも知っていますよ。軍の内情も、魔王の秘密も、勇者の真相も。そして……、王女のこともね」
(王女?)
フランツの言葉にアレンは疑問符を浮かべた。王女とは一体、何のことだろうか?
その一言はアレンにはピンと来なかったが、クリフには効果覿面だった。クリフは一転して押し黙り、地を這うような声で二人に尋ねた。
「……一体、どこまで知っている? お前たちは何者なんだ?」
間髪を入れずにフランツは答える。
「他にも色々と知っていますよ。それこそ、ベシスに有益な情報も色々とね。今この場で話すのもやぶさかではありませんが、しかし……」
フランツはわざとらしく言葉を濁した。たまらずクリフは聞き返す。
「『しかし……』、何だと言うのだ?」
「ベシスの行く末に関わる重大な話です。このような場所で話すのはいかがなものかと……。つきましては、是非とも国王陛下の御前で申し上げたいと考えているのですが、いかがですかな?」
その口調は丁寧なものだったが、どこか慇懃無礼で有無を言わせない迫力があった。
フランツは大胆不敵にも王への謁見を直訴した。そしてそれこそが、彼の用意した"秘策"だった。




