第46話 プロローグ2 ~大賢者の孫~
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今からおよそ数百年前。風が吹き、雨が降り、川が流れるのと同じように、ごく自然に魔法は存在していた。だが、あまりにも身近すぎるが故に人々は魔法に気に留めることもなかった。風や雨や川に誰も興味を抱かないのと同じように。そしてその誰も見向きもしなかった魔法の原理原則を研究し、体系立ててまとめ上げたのがムラトハザルと言う人物だ。彼のおかげで広く誰もが魔法を使えるようになり、人々は単純労働から解放され、自由で豊かな暮らしを手に入れた。その功績からムラトハザルは『大賢者』と呼ばれるようになった。
ムラトハザルには孫がいた。双子の姉妹だ。大賢者の下、幼い頃から指導を受けた二人は、言葉を覚えるよりも先に魔法の使い方を覚えた。その後も偉大なる祖父の薫陶を受け続けた姉妹は、若くして『天才』と称される程に成長を遂げた。
姉妹は紛れもなく天才だった。魔法についての新たな理論を提唱し、次々に新しい魔法を生み出していった。彼女たちのおかげで魔法技術は飛躍的に進歩し、人々は新たなる時代を迎えることとなる。そんな孫たちの活躍にムラトハザルは大層ご満悦……かと思いきや、意外にもそうではなかった。その理由は孫たちが開発する魔法の危険性にあった。
確かに姉妹が開発した魔法には有益なものが多く、人々の生活水準の向上に繋がったのは事実だ。だが、その一方で、一瞬の内に全てを焼き尽くす魔法、物体を原子レベルまで分解する魔法、雷を起こし対象を焼き払う魔法、悲しみや苦しみを死ぬまで感じなくなる魔法など、危険極まりないものも多かった。ムラトハザルはそんな孫たちに、危険な魔法の開発を控えるように窘めるが、姉妹はまるで聞く耳を持たず、まるで競い合うかのように殺人魔法の研究と開発に明け暮れていった。そんなある日、事件は起こった。
その日、姉妹は転移魔法の実験を行っていた。転移魔法自体はそれ程高度なものではない。ごく短い距離、例えば数歩離れた先に物体を送る程度であれば、比較的誰でも容易に使用することが可能だ。だが、条件が複雑になればなる程、難易度も比例して上昇していく。距離が遠ければ遠い程、サイズが大きければ大きい程、対象物の仕組みが複雑であればある程、転移は難しくなる。しかし天才である彼女たちにとって、それらの条件をクリアするのは造作もないことだ。彼女たちが研究していたのは、もっと高度な二つの条件だった。一つ目は時間。過去や未来といった時間軸を超えての転移の可否。そして二つ目は次元。こことは異なる別の次元、すなわち異世界への転移の可否。姉妹はそれを調べていた。その時、事件は起こった。実験中に魔法が暴発し、双子の片割れが行方不明になったのだ。
暴発故に転移が失敗したのか成功したのかさえ分からない。失敗なら命はないし、仮に成功していたとしても、どの次元のどの時間軸に送られたのかを特定することなど到底不可能だ。いずれにせよ状況は絶望的だった。結局、どれだけ手を尽くしても行方は分からず終いだった。それ以来、ムラトハザルは魔法に対して否定的な立場を取るようになる。
その後、大賢者は自らの功績を全て破棄し、世界から魔法を消し去るという選択をするのだが、その契機がこの一件にあるということは、意外にも知られていない。
ムラトハザルには孫がいた。双子の姉妹だ。大賢者の下、幼い頃から指導を受けた二人は、言葉を覚えるよりも先に魔法の使い方を覚えた。その後も偉大なる祖父の薫陶を受け続けた姉妹は、若くして『天才』と称される程に成長を遂げた。だが、妹は気付いていた。投げかけられる『天才』という称賛の声は、自分に向けられたものではないということに。
美味しいところを持っていくのはいつも姉の方だった。魔法を覚えたのも、言葉を話したのも、歩けるようになったのも、全て自分の方が先だ。しかし双子の姉は常にその上を行った。魔法を使うのも、話すのも、歩くのも、全て姉の方が上手だった。先に行くのは自分だったが、上を行くのは姉だった。自分にとって姉は乗り越えるべきライバルだったのに、姉にとって自分は単なる"妹"でしかなかったのだ。
毎日どれだけ努力をしても、姉は軽々と上を行く。まるであたしの努力を嘲笑うかのように。許せない許せない許せない許せない。そんな妄想じみた屈折した感情は次第に大きく強くなっていく。
(あいつさえ……あいつさえいなければ、あたしは世界一の天才なのに……!)
そしてある日。決意を固めた彼女は、姉にある魔法の実験の手伝いを依頼する。無警戒な姉はその頼みを快く引き受けた。それが妹の仕掛けた罠であるとも知らずに。
斯くして姉の尊い犠牲により、新たな転移魔法は完成した。時間と次元を超えての移動が可能となったのだ。彼女はその力を使い、様々な世界を行き来した。
異世界には未知の生物が多様に存在していた。彼女はその内の一匹を連れ帰り、ある世界の神話に登場する一つ目の巨人にちなんで「キューちゃん」と名付けてペットにした。
それから暫くの月日が流れたある日、世界に突如として『魔王』を名乗る軍勢が現れ、各地に侵攻を開始した。彼女は魔王を討つために旅に出る。魔王と戦うという大義名分があれば、何の制限もなく存分に魔法が使える。自らの有能さを世界に知らしめることができる。動機は不純だ。
勇者の仲間となり魔王と戦うことで、彼女の願いはついに叶った。人々は彼女を『天才』と呼び、口々に褒め称えた。しかしあれ程までに求めていた名声を手にしたにも関わらず、彼女の心は満たされなかった。まるで胸に穴でも開いたかのように。そんな胸の穴を埋めるために彼女は戦い続けた。その甲斐あって、世界中の人々が彼女を称賛するようになった。それでも心が満たされることは決してなかった。
彼女が本当に求めていたもの。それは――
『……グ……スの火の魔法はすごいですね!』
少女は満面の笑みを浮かべて双子の妹を褒める。まるで自分のことのように嬉しそうだ。姉に褒められた妹は、はにかんだように笑った。心の中に眠る幼き日の記憶。それが彼女の原点だった。
彼女が本当に求めていたもの。それは姉を超える事でも、『天才』と呼ばれることでも、名声を得ることでもなかった。姉に自分を認めて欲しい。ただそれだけだった。
彼女は常に自分の先を行く双子の姉に憧れを抱いていた。憧れる姉に自分の力を褒めて欲しい。自分の存在を認めて欲しい。それだけが彼女の望みだった。しかし積み重なった対抗心や嫉妬心が、憧れの心に蓋をする。いつしか彼女は双子の姉に対し、憧れではなく敵意を抱くようになる。楽しかった昔の記憶も薄れていた。姉が呼んで褒めてくれた自分の名前さえ、はっきりと思い出せない程に。
その後、彼女は事故を装い世界から双子の姉を消し去る。ライバルのいなくなった世界はそれ程悪いものではなかったが、思った程良いものでもなかった。
勇者の仲間に加わった彼女は激しい戦いの末、ついに魔王を討ち果たす。だが、それは終わりではなく、彼らの"愚行"の始まりだった。その後のコトの顛末は彼女自身が話した通りだ。
彼女は天才と呼ぶにはあまりには浅はかだった。嫉妬に駆られ姉を消し、名誉のために魔法を使い、勇者と共謀して世界を欺いた。さらには訪れた村に火を放ち、得意気に秘密を漏らし、自分の能力を過信し敗れ去った。大賢者の孫とは思えぬ、短絡的で愚かな行動の数々。やはり彼女は天才ではなかったのだろう。何より自分が本当に求めるものに、最後まで気付けなかったのだから。
ムラトハザルには孫がいた。双子の姉妹だ。大賢者の下、幼い頃から指導を受けた二人は、言葉を覚えるよりも先に魔法の使い方を覚えた。その後も偉大なる祖父の薫陶を受け続けた姉妹は、若くして『天才』と称される程に成長を遂げた。だが、姉は妹によってこの世界から姿を消し、妹は村人たちによってこの世から姿を消した。大賢者の孫はもういない。




