第45話 滅びゆく"魔"
魔女編終了のお知らせ
「意識は失っていますが、息はあるようです」
魔女の様子を確かめたエトンが二人に告げる。
「なンだヨ、仕留めそこなッたのか? 仕方ねェな……。それなら、目を覚ます前にさッさと始末しちまうか」
ガラルドは鞘から剣を抜くと、気を失っている魔女に向かって剣を振り上げた。
「待て!!」
"処刑"が実行される寸前に、何者かの声がガラルドを制止した。
「剣を下ろすんだ、ガラルド。魔女を殺してはならん」
「はァ?」
ガラルドを制したのはフランツだった。予想だにしない言葉に、ガラルドは間の抜けたように息を漏らした。
「なにを寝ボケたコト言ッてヤがンだヨ、センセー。俺らの目的はコイツを討つコトのはずだゼ。それを今さら『殺すな』だッて? 一体、どういうつもりだヨ? コイツの力を見ただろ? 生かしておけば、俺らの方が殺されちまうゼ。まさか仲間にでも引き込むつもりか?」
「冗談じゃありません!」
ガラルドの言葉にエトンは激しく反発し、フランツに詰め寄る。
「この人はジャンヌさんを……! それに魔王を利用して世界を騙し続けていたんですよ!? そんな人を仲間だなんて……認められません!」
魔女はジャンヌを焼き殺した上に、その亡骸を"餌"として巨人に食わせたのだ。断じて許せるものではない。さらに魔女の身勝手な企みと醜悪な本性を知ってしまった今、かつて抱いていた信頼や仲間意識はすっかり消え失せていた。
彼女にとって今や魔女はかつての仲間ではなく、憎むべき"敵"なのだ。
「魔女を殺すなと言うのなら、まずはその理由を教えてください」
「よかろう」
感情を露わにする二人とは対照的に、アレンは努めて冷静にフランツに尋ねた。アレンの要望に答え、フランツは魔女を生かす理由を話し始める。
「理由は一つ。魔女に先程の話を証言させ、真相を人々に知らしめるためだ。先程、魔女は我々に魔王と勇者の真相を告白した。これが世界に広まれば、連中は人々からの信用を完全に失うことになる。勇者は世界を救う英雄から一転、世界に巣食う悪党に成り下がる訳だ。そのためにはどうしても魔女の証言が必要になる。いくら我々が真相を話したところで、聞く耳を持つ者は誰もいまい。勇者も白を切るだろう。だが、その話が勇者の仲間の口から語られるとなれば話は別だ」
「勇者の仲間が話すのが重要なら、エトンが話せば済むことじゃないですか。わざわざ魔女を生かす理由にはなりません」
アレンはフランツの意見に即座に反論した。
彼にとっても魔女は憎き仇だ。故郷の村に火を放ち、皆を殺した魔女は許せない。だが、それ以上にアレンは魔女の性格と能力を危険視していた。
目を覚ました魔女が、巨人を殺された事と自分が敗れた事を知った時、どのような反応をするだろうか? 巨人の死を嘆き悲しみ、大人しく敗北を受け入れるだろうか?
(……いや、それはない)
アレンは頭の中でその考えを否定した。魔女の性格を考えると、嘆き悲しむよりも怒り狂う方がしっくり来る。意識を取り戻した魔女が、逆上して襲いかかって来ることも十分に考えられる。
(魔法を使う際、魔女は必ず杖を振っていた。なら……)
あの杖がなければ魔法は使えない。だが、そう結論付けるのは早計だ。もし杖を使わずとも魔法を使えるとすれば、形勢は一瞬の内に逆転する。その恐れがある以上、早急に手を打つ必要がある。
捕らえられた魔女が素直に真相を話すとも考えにくい。魔女が真相を話したのは、罪の意識や良心の呵責からではない。単なる気まぐれだ。
(魔女は俺たちを全員殺す気でいた。だからこそ真相を話した)
魔女は自分の能力に、異常なまでの自信を見せていた。魔王と勇者の秘密を話したところで何の問題もない。そう判断したのだろう。言うなればちょっとした火遊びだ。決して知られてはならない秘密を暴露し、破滅のスリルを楽しむ。だが、破滅などあり得ない。秘密を知ったこいつらは、それを誰にも話すことなく死を迎えるのだから。
そんな魔女の目論見は、アレンたちによって完全に打ち砕かれた。もし、魔女が余計な遊び心を持たなければ、決着は早々に魔女の勝利で幕を閉じていただろう。とは言え、まだ全てが終わったわけではない。
「魔女の力は危険です。目覚めた途端に俺たちを攻撃するかもしれません。両手が使えなくても魔法は使えるかもしれないですし。危険がある以上、ここは慎重に行くべきだと思います」
「ふむ……」
理屈の通った意見に、フランツは思わず唸った。アレンはさらに続ける。
「それに魔女が素直に白状するとは思えません。魔女は俺たちを全員殺すつもりだったからこそ、全てを話したんです。ここで俺たちを殺せば、真相は闇の中ですからね。この真相が世間に広まれば、勇者は世界の敵になります。そしてそれは魔女も同じです。本当の事を話せば、こいつは今まで手にして来た物を全て失います。そんな状況で本当の事を話すでしょうか? むしろ俺たちに不利な証言をすると考えた方が自然です。『こいつらは嘘をついて勇者を陥れようとしている』とか、『魔王に操られて人格を支配されている』とか」
「確かにその可能性は否定できない。しかし……」
「うぅ……」
論理的なアレンの意見を受け、フランツが口を開いた矢先、魔女が小さくうめき声を上げた。
一同に緊張が走る中、魔女は目を覚ます。両手を後ろ手に縛られていることに気付いた魔女はゆっくりと体を起こした。その視線の先には巨人の首がごろりと転がっている。魔女は目を見開き叫ぶ。
「テメー! よくもッ……! よくもこのあたしに傷をつけやがったなッ!!」
魔女はフランツに吠えかかった。自分を背後から襲った犯人がフランツであると理解し、その姿に反応したのだ。魔女は巨人の首など見ていなかった。彼女にとって巨人の死など、どうでもいいことだった。自分を傷つけたことが許せない。ただそれだけだった。
「縄を解きやがれ!! ブッ殺してやるッ!!!!!!」
「見ろヨ、センセー。とても話が通じるヨうな相手じャねェヨ。ヤッぱりここで始末しておいた方が今後のタメだゼ?」
そう言いながらガラルドは魔女の鼻先に剣先を突き付けた。
「ククク……」
突然、魔女は笑い出した。その不可解な態度にフランツが尋ねる。
「何がおかしい?」
「始末されるのはテメーらの方だよ! このマヌケ共がッ!!」
そう叫ぶと同時に、魔女は両手で帽子をずり下げて顔を覆った。
「なぜ、手が使え……!?」
アレンは驚きの声を上げる。だが、言い終わらない内に激しい閃光が炸裂し、辺りは眩い光に包まれた。
「なンだ!?」「くっ……!」「うわっ!」「キャッ!」
突然の出来事に一同はそれぞれ異なる悲鳴を上げた。
真っ白な闇が晴れ、視界が戻った彼らが見たのは、激しい怒りの表情を浮かべた魔女の姿だった。右手には杖を持ち、魔女の傍らには焼け焦げた包帯が落ちている。
「縛られてたって魔法は使えるんだよッ! 拘束を解いてテメーらの目を眩ませるぐらいの魔法はな!! そして! 杖さえあればテメーら全員、一瞬で消せるんだよ! アリを踏み潰すのと同じぐらい容易くなぁ!!」
魔女はけたたましい声量で怒りの咆哮を上げる。
(やっぱり魔法は使えたのか……!)
アレンは思わず歯嚙みした。彼の推理は正しかった。魔女が意識を取り戻す前に全てを終わらせておけば、こんな事にはならなかっただろう。だが、もう遅い。
「あたしに歯向かった報いを受けろッ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
魔女は再び叫ぶと、杖を振るった。灼熱の炎が彼らに襲いかかる。誰もが死を覚悟した。しかし――
魔女の身体が真っ赤な炎に包まれる。
アツイ、イタイ、クルシイ、アカイ……
叫び声を上げる間もなく、魔女はその場に崩れ落ちた。
「い、一体……、何が起こったのでしょうか?」
暫しの沈黙の後、エトンが驚き戸惑いながら口を開いた。
だが、誰もエトンの問いには答えなかった。いや、答えられなかったのだ。
魔女は明らかに彼らを殺すつもりで火を放った。しかし結果として、その炎に身を焼かれたのは魔女の方だった。何故、魔女は自らの魔法で自分の身を滅ぼしたのか? その理由を答えられる者は誰もいなかった。
「貴様ら! そこで何をしている!」
その時、背後から激しい怒号が飛んで来た。振り返ると甲冑で身を固めた一団が近付いて来るのが見えた。数十人はいるだろうか。皆一様に抜き身の剣を手にしている。
「な、なんだこれは……?」
巨人の死体を見つけた一人が、驚きの声を上げた。
「人間……なのか? それにしてはデカすぎる……」
「見ろよ、コレ。目が一つしかねぇぞ」
「ひどい有様だな……。こいつらがやったのか?」
男たちが口々に感想を述べる中、ガラルドはフランツにそっと耳打ちする。
「なァ、コイツら……」
「あぁ、ベシスの兵士だろう」
「ここには兵士は近付かないンじャあなかッたのか?」
「これは鎧か? 何でこんなところに鎧が……う、うわぁぁぁぁ!!」
ガラルドの抗議の声をかき消すように、若い兵士が悲鳴を上げた。その様子に他の兵士たちも集まって来る。
「どうした!? その鎧がどうかしたのか?」
「……いえ、こ、これは……ただの鎧ではありません……!」
「なに? ……こ、これは!?」
集まった兵士たちはそれが何なのかに気付き、思わず息を呑んだ。ただの鎧と思っていたそれは、両手足と頭のない人間の遺体だった。
「これも貴様らの仕業か!? 貧民街の方が騒がしいと苦情を受けて来てみれば……。貴様らは何者だ! ここで何をしていた!? きっちりと説明してもらうぞ!」
男が叫ぶと、兵士たちは剣を構えてアレンたちを取り囲んだ。
「抵抗しても無駄だ! 武器を捨てて大人しくしろ!」
「……ここは"聖地"だが、少々派手に騒ぎすぎたようだな」
ガラルドの問いに答えるように、フランツがぽつりとつぶやいた。
「チッ……」
ガラルドは小さく舌打ちをすると、剣を投げ捨てた。さすがにこの人数を相手にするのは厳しいと判断したようだ。アレンもそれに倣い、大人しく地面に弓を置いた。
「よし、ひとまずこいつらを詰め所まで連行する!」
四人は身柄を拘束され、連れて行かれた。
兵士たちが去り、人けのなくなった貧民街に乾いた風が吹き込む。灰燼は風に運ばれ、何処へと消えた。




