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第42話 反撃の裏側

前回のお話のアレン&フランツ視点

「……こうも首尾よく事が運ぶとはな。これもアレンのお陰か」

 フランツは右手を上げて、アレンに合図を送る。

『魔女は倒した』

 合図を受け取ったアレンもまた、右手を上げてそれに応えた。気を失った魔女を見下ろしながら、フランツは小さくつぶやいた。

「彼の弓と発想がなければどうなっていたことか……。おっと、感慨にふけっている場合ではないな」

 そう言うとフランツは懐から包帯を取り出し、魔女の両手をきつく縛った。

「よし、これで身動きは取れまい」

 斯くしてアレンとフランツは、策を用いて魔女の無力化に成功した。

 彼らは一体、何をしたのか? 話は数分前に遡る。


「もし単に刃が折れただけで魔法を封じる力が残っているのなら、魔女を討つことができるんじゃないかと思ったんです」

 アレンの立てた仮説は興味深いものだった。

 魔女を討つための最大の障壁は、魔女が形成している結界だ。どうやら結界には物理的な力が通用しないということは、ジャンヌの尊い犠牲により分かった。そして魔女が異様なまでに葬魔刀を警戒していることも分かっている。警戒しているからこそ、あそこまで念入りに巨人に破壊させたのだろう。葬魔刀という切り札を失いフランツは困り果てていたが、アレンはまだ葬魔刀に希望を見出しているようだった。フランツは問う。

「あの折れた刃を使おうと言うわけか。して、具体的にはどうするんだ?」

「まずは、ガラルドさんが捨てた柄が必要です。剣身はあの通りバラバラですけど、柄の根元には折れた刃が残っています。まだ力が残っているなら、あれで結界が破れるはずです。そうすれば魔女に攻撃することができます」

 フランツは説明を聞き終えると、二、三考えてから言った。

「一か八かの賭けだな」

「自分でもそう思いますよ」

「だが、やってみる価値はある。悠長に他の策を考えている時間もないしな」

 フランツはアレンの提案に賛同しつつも懸念を示した。

「だが、その前に問題がある」

「何の問題ですか?」

 アレンの疑問にフランツは淡々と答える。

「この作戦は『折れた葬魔刀に力が残っている』という仮説を前提にしている。だが、もしもその仮説が間違っていれば計画は破綻だ。まず最初にそれを確かめておく必要がある。不用意に近寄れば、ジャンヌのように焼き払われるのがオチだ」

「どうやって確かめるんですか?」

「君の持っている弓矢と、あの破片を使おう。まずはあそこに移動しよう」

 そう言ってフランツは巨人が葬魔刀を粉砕した場所に視線を向けた。フランツが示した辺りにはバラバラになった刃の破片が散乱している。

「君は弓を構えて二人を援護するフリをしながら移動してくれ。私はその影について行く」

 アレンは指示通り、弓を構えたまま移動した。その影に重なるように背後にフランツがぴたりと張り付く。どうやらうまく死角になっているらしく、魔女は反応を示さない。

 思惑通り移動したアレンに、フランツは再度背後から指示を出した。

「君はそのまま援護のフリを続けてくれ。それと矢を一本拝借したい」

「矢なんてどうするんですか?」

 そう言いながらもアレンは手早く矢を渡した。

「この矢に折れた刃の破片を括り付けて魔女を射る。葬魔刀にまだ力が残っているのならば、結界に何らかの影響を与えるはずだ」

「なるほど。これなら魔女に近付く前に力が残っているか分かりますね。でも、破片を括り付ける道具なんて持ってませんよ、俺」

「それなら問題ない。これを使えば……よし、出来たぞ。これを使いたまえ」

 そう言ってフランツから受け取った矢尻の先には、真新しい包帯が巻き付けられていた。アレンはエトンとの戦いの後に、彼女の足の手当てをしたことを思い出した。

「まだあったんですね、その包帯」

「あぁ、多めに分けてもらっておいて正解だったよ。よもやこんな形で役に立つとはな。さて、話を戻すが、魔女を討つ役目は私がやろう。他に手が空いている者もいないしな。君にはその弓で私の援護をしてもらいたい」

「分かりました。具体的には?」

「魔女の注意を引き付けてくれ。その間に私は魔女の背後に回る。一本目で魔女の目を君に向けさせ、魔女が君の方を見たら二本目を放て。そうしたら間髪を容れずに破片を付けた三本目を放つんだ。もし三本目が結界に何らかの影響を及ぼすと分かったら、合図をしてくれ。私はそのまま魔女に突っ込み、結界を破壊する」

「……もし破片付きの三本目に何の効果もなかったら?」

「二人揃って魔女の魔法の餌食だろう」

 アレンはジャンヌの最期を思い返した。奇襲に失敗した彼女は魔女の手によって一瞬の内に全身を焼き尽くされた後、巨人の餌にされた。失敗すれば二人にも同じ運命が待っている。

「一か八かの賭けですね」

「だからそう言っただろう? 怖気づいたか?」

 フランツの問いにアレンはニヤリと笑って答えた。

「いいえ、その反対です。この手で家族の仇が討てると思ったら、何だかワクワクしてきましたよ」

「……そうか。では頼んだぞ」

 フランツはそれだけ言うと、魔女に気付かれないように移動を開始した。フランツが物陰に隠れたのを見届けてから、アレンは魔女に向かって一本目の矢を放った。矢は結界に弾かれて音を立てて落ちる。魔女の視線がこちらを向いたことを確認し、二本目を放つ。魔女はアレンを睨みつける。これで注意はこちらに向いた。

 魔女はこちらに向かって杖を振り上げた。魔法が来る――。しかし、アレンは落ち着いていた。

「これが効かなかったら、俺もフランツさんも丸焼きだな」

 小さくつぶやくと、アレンは三本目の矢を放った。一直線に飛んで行った矢は、魔女の目の前で静止した。落ちることなく浮かんでいる矢を、魔女は怪訝な顔で見つめている。先程の二本とは明らかに異なる矢の挙動。矢は結界を貫いた。アレンはそう判断し、叫ぶ。

「お前の負けだッ!!」

 その叫びはフランツへの合図だった。折れた葬魔刀の刃が結界に効果があるということを伝えるための。

 "負け"という単語を用いたのは、魔女を釣るための餌だった。魔女の言動の端々(はしばし)に自己評価と攻撃性の高さを感じ取ったアレンは、どんな言葉を投げれば魔女が反応するかを考えた。

(アイツは自分以外の人間を見下している。そして自分の勝利を確信している。もしそんな状況下で見下している相手から『お前の負け』と言われたらどうする? 奴の短気な性格を考えると、笑って聞き流すなんて余裕ぶった態度は取れないはず……)

 そう考えたアレンは魔女に向かって(くだん)の言葉を投げかけた。あえて堂々と、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら。

「はぁ? あたしの負け? 何それ、何かの冗談? 全ッ然、面白くないんですけど?」

 果たしてアレンの思惑通り、魔女はまんまと餌に釣り上げられたのだった。


 アレンが魔女を引き付けている間に、フランツは移動を開始した。貧民街に立ち並ぶボロ小屋の陰に隠れながら注意深く進む。幸い魔女がこちらに気が付いている様子はない。どうやらアレンの言葉に激しく憤慨しているようだ。

(いいぞ、アレン)

 フランツは心の中でアレンの働きに賛辞を送った。魔女の背後についたフランツは物陰に身を潜め、機会を窺う。

「お前の負けだッ!!」

 アレンの声が高らかに響く。

「はぁ? あたしの負け?」

 突然、敗北を宣告された魔女は、意味が分からないという様子で聞き返した。その声には明らかに怒りの色が滲んでいる。魔女の神経を逆撫でするようにアレンはさらに叫ぶ。

「最初に放った二本の矢は結界に弾かれて落ちた! だが、今放った矢は弾かれずに結界を貫いた! その矢には葬魔刀の破片が付いているんだ! つまり! 葬魔刀は未だに力を失っていないということだ!」

 アレンの言葉は魔女を引き付けるのと同時に、フランツのへの合図でもあった。

 矢が有効と知らされた魔女はアレンに対応せざるを得なくなる。当然、背後に気を配る余裕はない。

 矢が有効と知らされたフランツは魔女を討つべく動く。後先のことを考えている猶予はない。身を低くかがめ、物音を立てないようにそろそろと近付く。魔女はもう目と鼻の先だ。

(これは……)

 魔女に肉薄したフランツは、遠目からは透明に見えていた魔女の結界が視認できることに気が付いた。確かに透明なのだが、まるで古びたガラスのようにぼんやりと濁っているのだ。フランツは全体像を確認する。

(どうやら結界は半球状に形成されているようだ。だとすればどこを攻撃しても同じか。結界を破った後は……これを使うか)

 結界の形状を把握したフランツは傍らに落ちていた拳大の石を拾うと、静かに立ち上がった。そして折れた葬魔刀の柄を逆手に握り締め、結界に思い切り突き立てた。手には硬いような柔らかいような不思議な手応えが伝わってくる。さらに結界を切り裂くように刃を下に動かすと、ふと手応えがなくなった。

 魔女の方に視線を向けると、魔女は地面を見つめていた。その視線の先にはアレンの放った矢が転がっている。

 結界は破られた。

 魔女が理解するよりも早くフランツは動く。一気に間合いを詰めると、魔女の後頭部に向かって石を振り下ろした――

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