第41話 反撃の一矢
勝負のカギは結界の決壊だ!
葬魔刀が折れたのを見た魔女は一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐさま歓喜の声を上げた。
「えっ? 折れた? ……やった! これであたしの憂いは消え去ったッ!!」
早くも勝利を確信した魔女は、上機嫌でアレンたちを挑発する。
「せーっかく頑張って戦ってたのに、折れちゃったねぇ? もう止めたら? これ以上は時間の無駄だよ。だってさ、もし仮にキューちゃんを倒したとしても、その後は……プッ……ククク……アーッハッハ!」
巨人の一撃により葬魔刀は折れた。それはつまり、魔女を倒す手立てを失ったことを意味する。それはこの場にいる全員が分かっている事だった。だからこそ魔女は上機嫌で彼らを煽り始めたのだ。
葬魔刀がない以上、自分がこんなゴミ共に負けるはずがない。魔女の自尊心はさらに強固なものとなった。
「それにしてもこうも上手く行くなんて、やっぱりあたしは持ってる女なんだなー♪ さて、これで脅威はなくなったワケだけど、念には念を入れておこっかな。やれ! キューちゃん!」
巨人は魔女の声に反応し、くるりと体の向きを変えた。そしてガラルドたちには目もくれず、へし折った刃の元へと近付いて行く。何をするのかと見ていると、巨人は思い切り刃を踏みつけた。二回、三回と巨人は何度も刃を踏みつける。その度に大地が揺れ、轟音が響く。数十回にも及ぶ踏みつけの後に巨人が足を上げると、刃は細かい破片へと粉砕されていた。魔女は満足気に頷きながら言う。
「これだけ細かくすればもう使い物にはならないでしょ。さーて、これからどうする? 大人しく降参する?」
「ヘッ! 誰が降参なンかするかヨッ!」
「ふーん。大人しく降参するんなら、命だけは助けてあげようと思ったんだけどなぁ。わざわざ助かる道を捨てるなんて愚かだねぇ……。まっ、せめてもの情けとして、死に様はちゃーんと見ててあげるよ」
一仕事終えると巨人は再びガラルドとエトンへと向かって行った。
「また来ヤがッたか……!」
「私たちの攻撃は本当に効いているのでしょうか……?」
「さァな、だがヤるしかねェだろ」
「仮にこの巨人を倒したとして、その後はどうすれば……。もう葬魔刀もないのに……」
「それはそうだけどヨ……」
「臆するなッ!」
弱腰になったガラルドとエトンに向かってフランツが叫ぶ。
「魔女の言葉を思い返せ! 『普通の生き物にとって普通の剣と大差がない』と言うことは、裏を返せばその巨人を倒すのに葬魔刀は不要と言うことだ! どれだけ強い生物でも剣で斬り続ければいずれ死ぬ! 君たちは引き続きそいつの相手をしてくれ!」
「わかッたゼ、センセー!」
「了解ですッ!」
フランツの叱咤激励に二人は息を吹き返す。ガラルドは刃の折れた柄を投げ捨て、持っていた予備の剣を引き抜いた。エトンも息を整え、迎え撃つ構えを取った。
「さて、どうしたものか……」
フランツは腕を組み、ぽつりとつぶやく。立場上ガラルドとエトンには戦いを続けるように言ったが、内心では困り果てていた。頼みの綱の葬魔刀が折られた以上、他の手を考えなければならない。時間さえあれば妙案が浮かぶかもしれないが、今は戦闘の真っ最中だ。一刻の猶予もない。
アレンは弓を構えながら巨人と魔女を交互に見た。この場を生きて切り抜けるには、こいつらをどうにかしなければならない。でも、どうやって? 魔女には普通の攻撃は効かない。だが、頼みの綱の葬魔刀は見るも無残な有り様だ。
(でも、もしかしたら……)
葬魔刀の残骸を見ている内に、アレンの中に一つの考えが浮かんだ。
「……フランツさん、葬魔刀ってまだ使えると思いますか?」
「あれだけバラバラにされては、もう剣としては使えんだろう」
「道具として使えるかではなく、力が残っているかって意味です」
「力?」
「もし単に刃が折れただけで魔法を封じる力が残っているのなら、魔女を討つことができるんじゃないかと思ったんです」
「あの折れた刃を使おうと言うわけか。して、具体的にはどうするんだ?」
「まずは――」
アレンは考え付いた作戦のあらましをフランツに話した。フランツは説明を聞き終えると、二、三考えてから言った。
「一か八かの賭けだな」
「自分でもそう思いますよ」
「だが、やってみる価値はある。悠長に他の策を考えている時間もないしな」
斯くしてフランツのお墨付きを得たアレンは、密かにある作戦を決行するのだった。
「ふわぁ~……」
魔女は体を伸ばしながら、大きなあくびをした。
目の前では依然として猫とネズミが戦いを繰り広げている。戦いは一進一退の様相を呈し、なかなか終わらない。
「いつまで続くんだろ、これ……。ふわぁ~、……もういい加減飽きてきたし、サクッと殺して終わりにしようかな」
魔女があくび交じりに物騒な独り言をこぼしていると、視界に何か飛んで来る物が映った。飛んで来た何かは目の前で音を立てて落ちた。
(これは……矢?)
それは"矢"だった。矢の飛んで来た方向に目を向けると、赤毛の男が弦を弾き終えた弓を構えているのが見えた。男は背中の矢筒から矢を取り出し、弓に番えている。そう言えば連中の中に弓を持ってる奴がいたなと、魔女は心の中でつぶやいた。
男は再び矢を放つ。矢はさっきと全く同じように目の前で音を立てて落ちる。
(結界を張ってるんだから何度やったって無駄だっつーの。一回やりゃ分かんないもんかね? あったま悪いなぁ……。猿の方がまだ賢いよ。無視してもいいけど、目障りだから、あいつから先に殺っちゃおうかな)
魔女が杖を振り上げた瞬間、男は三本目の矢を放った。矢は一本目、二本目と同様に結界に弾かれて落ちる――はずだった――
(何……? これは……)
魔女は目の前の光景に驚き、目を見開いた。矢が浮いている。結界に弾かれて地に落ちるはずの矢が、空中で制止しているのだ。
予想外の出来事に魔女は戸惑い、そして考える。
(矢が浮いている……? いや、浮いているんじゃない、結界に刺さっている? バカな! あり得ない! あたしの結界はアリ一匹通さない。魔王と戦って散々剣や魔法での攻撃を受けた時も、誰もこの結界を破れなかった。その強力な結界を、こんな何の変哲もない矢が破れるはずが――)
そこまで考えて魔女は気が付いた。矢尻に、白い布がひらひらとはためいている。
「……包帯?」
魔女は思わずつぶやいた。白い布の正体が包帯であることに。さらに魔女は気が付く。包帯によって矢尻に何かが括り付けられていることに。
魔女は矢を凝視した。何やら銀色の破片が括り付けられている。
「これは……!」
銀色の破片の正体。それは巨人が粉砕した葬魔刀の刃の破片だった。
「お前の負けだッ!!」
矢を放った赤毛の男が唐突に叫んだ。聞き捨てならない内容に魔女は思わず反応する。
「はぁ? あたしの負け? 何それ、何かの冗談? 全ッ然、面白くないんですけど?」
「最初に放った二本の矢は結界に弾かれて落ちた! だが、今放った矢は弾かれずに結界を貫いた! その矢には葬魔刀の破片が付いているんだ! つまり! 葬魔刀は未だに力を失っていないということだ!」
男に負けじと魔女も声を張り上げる。
「それがどうした! たった一本矢が刺さったぐらいで勝った気でいるなんて、ちゃんちゃらおかしいね!」
「矢は一本だけじゃないッ! この一撃で結界は破れ、お前は敗れる!」
そう叫ぶと男は弓を構え、狙いを定めて来た。
(調子に乗ってんじゃねーよ! この虫ケラがッ!!)
魔女は顔には表さなかったが、内心ではかなり苛立っていた。たとえ矢が尽きるまで射られたとしても、破片程度の力では結界を破られることはないだろう。こちらの優位は何ら変わらない。だが、弓を構えた男の自信に満ちた得意気な表情が魔女を苛立たせた。魔法も使えない塵芥が調子に乗っていることが、彼女には許せなかった。
(チッ、いい気になりやがって……。目障りだッ! お前から先に始末してやる!)
魔女が心の中で悪態をついた瞬間、空中で制止を続けていた矢がポトリと落ちた。風が吹いたわけでも、力を加えたわけでもない。あくまで自然に矢は落ちた。
(抜け落ちた……? いや、違う……!)
突き刺さっていた矢が落ちたということは、つまり――
(結界が消滅した……!?)
魔女はそう結論付けた。
(しかし……何故? 矢が一本刺さったぐらいで、あたしの結界が破られるはずが……)
魔女はふと顔を上げる。そしてはたと気が付いた。帽子の男の姿が見当たらない。
次の瞬間、後頭部に鋭い衝撃と鈍い痛みが走った。彼女の意識はそこで途切れた。




