第39話 襲い掛かる"魔"
闘魂こめて書きました(巨人違い)
それは空から現れた。一つ目の巨人を見た瞬間、アレンは救いの里で交わしたミーナとのやり取りを思い出した。
『小川の近くに森があるんだけど、近付かない方がいいわよ。怪物が出るって噂だから』
『か、怪物ですか?』
『えぇ。何でも見上げる程の一つ目の巨人だとか。何人か見たって人がいるのよ。単なる噂話だと思うけどね――』
「グオォォォォ!!!!!」
耳をつんざくような巨人の咆哮が、アレンを回想の世界から現実へと引き戻す。
「グオォォォォ!!!!!」
巨人はまるで名乗りを上げるかのように再び吠えた。
(ミーナさんが言っていた怪物ってのは、こいつのことだったのか……!)
アレンは目の前に現れた怪物をまじまじと眺めた。
全身がくすんだ黄土色で、その身の丈は明らかに大きい。ガラルドもかなり大柄だが、目の前のそれはその比ではない。この貧民街に立ち並ぶどの家屋よりも高く、顔を見るには見上げなければならない程だ。ゆうにガラルドの倍以上はあるだろう。まさに巨人だ。
さらにその顔も特徴的だった。頭には毛がない代わりに額の肉が盛り上がり、角のようになっている。鼻は異様に低く、一見するとただ穴が二つ空いているようにしか見えない。そして最も目に付くのは"目"だ。
顔の半分を覆う程の大きな目が一つ。この異形の怪物を目にした者は、誰もがその巨大さと単眼を特徴として挙げるだろう。見上げる程の一つ目の巨人という表現は、それの特徴を端的に言い表していた。
「何だッてンだヨ、あのデカブツはヨォ……」
ガラルドは巨人を眺めながら吐き捨てるように言った。それを聞いた魔女は嬉しそうに話し始めた。
「可愛いでしょ? キューちゃんって言って、あたしの自慢のペットなんだ♪ 救いの里の近くの森で飼ってたんだけど、色々と事情があって呼び寄せたんだ。ただ、見ての通りの巨体だから、ちょーっとだけ手がかかるんだよねぇ。例えば餌とか」
「エサ? 何食うンだヨ、そいつ」
「そんなこと聞いてる場合ですか!?」
ガラルドの無邪気な質問に、エトンは至極当然な突っ込みを入れる。そんなエトンの様子を気にすることもなく、魔女もまた無邪気にガラルドの質問に答える。
「この子はねー、お肉が大好きなんだ! これがまたよく食べるから、新鮮な肉を用意するのがなかなか大変なんだよね。ようやくいい餌場を見つけたと思ったのに、いつの間にか無くなっちゃってさぁ……」
ガラルドと魔女のやり取りを聞き、アレンの頭には次々と言葉が浮かんでいく。
一つ目の巨人、救いの里、新鮮な肉、餌場、……
何の関連性のない断片的な単語が、二人のやり取りによって繋がった。アレンがたどり着いたのは吐き気を催す程に邪悪な答えだった。
「まさか……、女神が殺した人の肉をそいつに……!」
「へぇ、女神が裏で人を殺してたことまで嗅ぎつけてるんだ。ってことは……、ははーん。なるほどね。お前らだったんだ、あの女を殺した犯人は。救いの里の秘密を知った奴らが、生きてあそこを出られるわけないもんね」
魔女は冷たく言い放った。しかし、不可解なことにその顔からは、仲間を失ったことに対する怒りや悲しみの感情は一切感じられない。
「あっ、別に怒ってるわけじゃないから。正直、あたしも女神は苦手だったからねぇ。『魂と罪の救済』とかほざいて、やることが人殺しなんだからさぁ。頭おかしいと思わない? 完全にイカレてるよ、あの女。勇者が集めた金もちょろまかしてたみたいだし」
「そうか、救いの里の運営資金は勇者が各地から奪ったものだったのか。そしてそれをまた女神が盗んでいたというわけか」
「それでシゼの金貨があンなトコにあッたのかヨ。クソッ!」
フランツは納得したように頷き、ガラルドは悪態をつく。魔女は続ける。
「それが元で殺されたんなら自業自得でしょ。もしかすると案外、喜んでるかもよ? 自分も同じ目に遭って救われたんだから。あの女にとっては殺されることが救いだったんだから、望みが叶って本望でしょ」
そう言うと魔女はケタケタと笑い出した。悪びれる様子のない魔女の態度にアレンは叫ぶ。
「死んだ人の肉を食わせるなんて……どうしてそんな惨いことができるんだッ!?」
「惨い? なーんで実際に人を殺してたあの女じゃなくて、あたしの方が責められるわけぇ? 殺人より死体損壊の方が重罪なんですかー? それなら死体を野ざらしにして腐らせる方が人道的とでも言いたいわけぇ?」
食ってかかるアレンに、魔女はへらへらと反論する。余裕綽々と言った態度と口調だが、魔女の額には青筋が走っていた。
「つまり女神が殺した遺体の処理は、お前に一任されていたということか?」
「そうだけど? だから何? 何が言いたいわけ?」
口を挟んだフランツに、魔女は矢継ぎ早に疑問符をぶつけた。やはり内心では相当苛立っているようだ。そんな魔女の苛立ちなどお構いなしに、フランツは続ける。
「やはりそうだったか。救いの里のどこを探しても焼却炉らしきものは見当たらなかったからおかしいと思っていたが、魔法の力で処理していたとはな。道理で見つからないはずだ」
「あんたの言う通り、女神が殺した死体の処理はあたしの役目。で、一部はこの子の餌にしてたってわけ。もしあたしがいなかったら、死体は腐り、悪臭が立ち込め、伝染病が蔓延してたでしょうね。殺された奴らだってハエが集り、ウジが湧き、ぐちゃぐちゃの腐った肉塊になるよりは、綺麗に燃やされて骨になった方が浮かばれるでしょうよ。むしろ感謝されてもいいぐらいだっつーの。それをごちゃごちゃごちゃごちゃと……。いちいち突っかかってくんじゃねーよッ!!」
「グォォォォォ!!」
魔女の怒声に呼応するように、巨人の咆哮が響き渡る。
「さて、つまらないお喋りはこれぐらいにして、そろそろお食事の時間にしよっかな。キューちゃんも待ち切れないみたいだしね。これだけいれば十分でしょ」
魔女の発言は言葉足らずだったが、何が十分なのかは言わずとも分かった。
「食事ね、そりャ楽しみだ。何をゴチソウしてくれンだ?」
魔女の言わんとしていることを一早く察知したガラルドは、皮肉たっぷりの口調で尋ねた。間髪を容れずに魔女は答える。
「死の恐怖と絶望をたっぷりと味わわせてやるよ!」
「グォォォォォン!!」
魔女が言い終わると同時に、巨人は雄叫びを上げながら猛然とアレンたちへと向かって行った。巨体に似合わぬ俊敏な動きで大地を揺らしながら、みるみる距離を詰めていく。危機が迫る中、真っ先に動いたのはジャンヌだった。
「その弓で援護を頼む!」
そう言い残すと、ジャンヌは巨人へと駆け出した。巨人は近付いて来るジャンヌを叩き潰すべく、右の拳を振り上げた。アレンはジャンヌの指示に従い、振り上げられた拳に向かって矢を放った。矢は真っ直ぐに飛んで行き、見事に右手に突き刺さった。巨人の動きが止まる。だが、巨人は痛がる素振りも見せず、まるで手に刺さった刺でも抜くかのように冷静に矢を抜き取った。
ともあれ巨人の攻撃は防いだ。ひとまずはジャンヌへの援護になったはずだ。しかし、ジャンヌは巨人を素通りする。彼女の狙いは巨人ではなかった。ジャンヌは剣を抜くと魔女に斬りかかる。
「さっすがジャンヌちゃん! キューちゃんじゃなくて真っ先にあたしを狙うなんて、本当に怖いのがどっちなのかをよく分かってるねー♪ でも、残念でしたー! そんな攻撃、あたしには効きませーん!」
「くっ……!」
その言葉通り、ジャンヌの一撃は魔女には届かなかった。しかし、不思議なことに魔女は何もしていない。攻撃を避けるでも、杖で剣を受け止めるでもなく、ただ立っていただけだ。にも関わらず、ジャンヌの攻撃は音を立てて弾かれたのだった。
「なンだァ? あのヤロー、何をしヤがッた?」
「そうですね。何かしたようには見えなかったけど、どうやって一撃を防いだんだ?」
ガラルドとアレンは訝しみ、フランツはエトンに尋ねる。
「……あれが以前、君の言っていた『結界』か?」
「そ、そうです……! でも、『葬魔刀』さえあれば結界なんて……」
エトンはそこではたと気付いた。ジャンヌが手にしているのは、ガラルドが用意した何の変哲もない鉄の剣。頼みの綱である葬魔刀はガラルドが持っている。これではジャンヌの攻撃が通用するはずがない。
「葬魔刀はあっちの筋肉ダルマが持ってんでしょ? いやー、残念だったねぇ。あたしを倒せたかもしれないのに。それにしても効かないとは言え、剣で斬りつけられるなんて、どうにもムカつくなぁ……。というわけで殺すね♪ でもまぁ、ジャンヌちゃんとは一緒に旅した仲だし、せめて苦しまないように一瞬で殺ってあげるから安心してね?」
そう言って魔女は杖を振った。
「ガラルド殿ッ! その剣をこちらに……」
ジャンヌが言い終わらぬ内に、彼女の身体は真っ赤な炎に包まれた。叫び声を上げる間もなく、ジャンヌは膝をつきその場に倒れ込む。
「ジ、ジャンヌさぁぁぁぁんッ!!」
突然の出来事にエトンは悲鳴にも叫びを上げた。
(もしかすると今日この場で、仲間を失うことになるかもしれない)
エトンとジャンヌの戦いの最中にアレンが抱いた胸騒ぎ。外れたかに思えた不吉な予感は、図らずも現実のものとなった。
突如現れた魔女の手により、彼らは仲間を失った。




