第38話 真相
良心の欠けた両親の仇
「これがあたしの本来のプリティ顔でーす!」
少女=魔女は両方の頬に人差し指を当て、おどけるように言った。
男の正体は魔女の変装だった。いや、変装と呼ぶにはあまりにも功名すぎる。服装はもちろん、体格、目の色、肌の色までさっきまでの人物とは明らかに別人だ。"変装"よりも"変身"と呼ぶ方が適切だろう。全くの別人に成り代わるなど、それこそ魔法でも使えなければ不可能だ。あの時の老婆も魔法で変身した姿だったのだろう。その高度な変身からは魔女の能力の高さが窺い知れた。
「もー、黙らないでくださいよー。あたしがスベったみたいじゃないですかー!」
魔女の異様なハイテンションとは対照的に、一同は凍り付いたように黙り込んだ。
「……まさか貴君だったとはな。一体、何故このような真似を?」
「……どうも」
僅かな沈黙の後、ジャンヌとエトンが探るように口を開いた。
「ジャンヌちゃんにエトンちゃんじゃないですかー! 久しぶりですねー。質問より先に言うべきことがあるんじゃないですかねぇ? あなたたち二人と連絡が付かなくなったから心配してわざわざ探しに来てあげたって言うのに、こんな所でなーにやってるんですか?」
魔女は間延びした喋り方とは裏腹に、甲高い声で一気にまくしたてる。その勢いに気圧されてか、誰も口を開かない。ここで不用意な発言をすれば、勇者討伐という目論見が露見してしまうかもしれない、そうなれば当然、勇者の耳にもその計画は届くはずだ。それだけは避けねばならない。
魔女は先程、アレンたちのことを『初対面』と言ったが、それは間違いだ。彼らは過去に都の広場で会っている。しかし、魔女はそのことを覚えてはいないようだった。記憶力が悪いのか、それとも覚えるまでもない相手ということか。いや、覚えていないフリをしている可能性もある。アレンは気を引き締め直した。
沈黙が続く中、アレンはフランツの様子を盗み見た。フランツはいつもの涼し気な表情を浮かべていたが、暑くもないのに額には汗を浮かべている。それが冷や汗であることをアレンは即座に理解した。
(あのフランツさんが冷や汗を……)
そしてそれは非常事態を意味していた。常に冷静なフランツが焦っているというのは余程のことだ。
剣士と武闘家の襲撃の際は、ガラルドの力とアレンの起点で何とか乗り切ったが、今回も同じようにうまく行くだろうか? 魔法という未知の力を使う魔女に、果たして太刀打ちできるのだろうか?
「それにそっちの人たち、よく見るとどこかで見たような気がするんですよねぇ……」
魔女は暫く考え込むと、突然パッと顔を輝かせた。
「思い出しましたっ! 以前、都で会ってますよねぇ? 確かあなたはなんとかいう村の生き残り……でしたっけ?」
「なん……とか……?」
魔女の言葉に反応したのはアレンだった。
なんとかいう村だって? 村を燃やしたのは他ならぬ魔女自身であるということは、トムの命懸けの告発で調べは付いている。それをなんとかだって? この女は自分が火を放った村の名前すら覚えていないのか?
アレンの中で燻ぶっていた怒りの炎が、再び燃え上がる。
「いやぁ、お気の毒でしたねぇ。魔王さえいなければ、あなたも村を失わずに済んだのに……」
「ふざけるなッ!」
アレンは叫んだ。魔女の発言は聞き捨てならないものだった。村に火を放った張本人が臆面もなく魔王の仕業と語るのが、どうしても許せなかった。
「はぁ? 何コイツ? いきなり怒鳴るとか意味わかんないんですけど」
アレンの叫びに、魔女は明らかに不愉快そうな顔をした。
「何が『魔王さえいなければ』だ! ふざけやがって! 村を燃やしたのは……!」
「アレン! 止めろッ!」
フランツは慌ててアレンを制止する。だが、遅かった。
魔女の顔から怒りの色が消え、無の表情になった。何の感情の色も見えないのが、かえって冷たい印象を抱かせる。
「ふーん……、気付いちゃったかぁ。この事を知ってるのはあたしを含めて三人しかいないはずなのに、どこから漏れたんだろう?」
「あの夜、お前らは村の娘の連れて行こうとして、それを少年に止められたはずだ」
「んー……、あぁ! あったあったそんなコト! いやー、よく知ってるねぇ」
「その村娘は俺の妹で……少年は俺の弟だッ!!」
「マジで!? まさか両方あんたの家族だったなんて、すごい偶然もあるもんだねー。いや、むしろ……運命?」
「弟が最期に全て話してくれたよ。勇者が妹を攫ったことを……。そしてお前がティサナ村に火を放ったことをッ!」
「もうそこまで知られちゃったかぁ。なら今さら取り繕っても仕方ないね」
魔女は無表情から一転、へらへらとした笑みを浮かべながら答える。いつの間にか間の抜けた口調も消えていた。
「お察しの通り、あんたの妹を攫ったのは勇者。で、村を燃やしたのはあたし。ちなみに勇者は各地から気に入った女を集めて回ってるよん」
魔女の自白とふざけた口調が、さらにアレンの怒りを誘う。そんなアレンとは対照的にフランツはクールに頷く。
「やはり各地で若く美しい女性ばかりが行方不明になっているのは、勇者の仕業だったか。勇者は攫った女性をシゼに集めて何をしているんだ?」
「何って"ナニ"でしょ、そりゃ。色狂いのサルだからねぇ、あの男は。それにしてもシゼのことまで知られてるとはね。あそこは簡単には近付けないように仕掛けをしておいたんだけど」
「仕掛け? 魔王軍の魔物の群れの他にも、何か仕組んでいたのか?」
「魔王軍? あー、そこら辺を勘違いしてるのか。惜しいなぁ、ちょーっと認識が違うんだなぁ。まぁ、いいや。この際全部話しちゃおう。実を言うとね……、魔王なんていないんだよ」
「魔王がいないだって? どういう事だ? 勇者は魔王と戦っていたんじゃないのか?」
フランツの問いに魔女は答える。
「『今はもういない』の方が正しいかな。とっくの昔に死んじゃったからね、魔王」
予想だにしなかった魔女の発言に、一同は絶句する。かろうじてフランツだけがどうにか反応を返した。
「死んだ……だと?」
「死んだって言うか……倒した? 殺した? まっ、全部一緒か」
驚愕し絶句する一同を尻目に、魔女は飄々と話し続ける。
「最初はマジメに戦ってたんだけど、思いのほかあたしたちが強すぎたみたいで、半年もしない内に魔王を倒しちゃったんだよねー。で、本来ならそこで解散するはずだったんだけど、魔族の女が『魔王の死を知れば、人々はまた国同士で争いを起こす。それならいっそ魔王が生きていることにしておいた方がこの世界のためになる』とか何とか言っちゃってさぁ。勇者もそれに乗っかって、それからはやりたい放題。金は奪う、女は攫う、村は燃やす……。それをぜーんぶ魔王がやったことにして自分は正義面してるんだから『世界のため』が聞いて呆れるよね。勇者なんかじゃなくてただのクソ野郎だよ、あいつ。魔族の女もなに考えてんだかさっぱりわっかんないし」
「ふざけるなッ! ティサナを……! 俺の故郷を燃やしたのはお前だろうが! それならどうして勇者を止めなかった? どうして俺の村を燃やした!?」
アレンは吠える。
「そりゃ、目撃者は消すのが鉄則でしょ。今回は消しそびれたわけだけど。あたしも焼きが回ったかな? 村を焼いて焼きが回る……なーんちゃって! キャハハハ!」
「く、クソ野郎……!」
何ら反省のない魔女の様子に、アレンは怒りと悔しさを滲ませた。エトンが問いかける。
「魔王からこの世界を救うために戦っていたあなたが、どうしてそのような蛮行を犯したのですか?」
「……魔王も世界も正直どーでも良かった。あたしはね、自分の力を世界中に知らしめたかっただけ。あたしってば魔法の大天才なわけよ。本来なら周りからチヤホヤされて尊敬されるべき存在なわけ。ところが、この世界で魔法を覚えているのはあたしだけ。無知な愚民どもは魔法を恐れ、あたしのことをおかしな力を使う異常者扱いしやがった。そのせいであたしはずっと日陰を生きてきた。あたしの有能さは誰に知られることもなく、他の有象無象どもと同じ退屈でつまらない一生を過ごすはずだった。そんな時に現れたのが魔王だった」
魔女は犯行動機をすらすらと述べた。さらに続ける。
「あたしは即座に魔王と戦うことを決めた。"正義"のためなら、いくら魔法を使っても誰も文句言わないでしょ? あたしが魔王の一味を倒す度に、周りの連中は手の平を返したようにあたしを褒め称えた。思う存分能力を発揮して、おまけに愚民どもから称賛までされる。最高だったね、あの日々は。まっ、そんな夢のような日々はすぐに終わっちゃうんだけどさ。勇者や魔族の女と出会ったのもちょうどその時。後はさっき話した通り、奴らと出会って半年もしない内に魔王を倒してめでたしめでたし」
「それならそこでオシマイにすりャヨかッたじャねェか。理由がどうあれ、魔王を倒したンだ。英雄としてモテハヤされただろうに」
「それも考えたんだけど、民衆は愚かだからねー。感謝するのは一時だけで、時が過ぎればすぐに忘れるでしょ? 魔族の女の提案は、あたしにとっても悪い話じゃなかった。魔王と戦っている限り、あたしはこの世界にとって英雄であり続けられた。あたしが勇者を止めなかったのは、つまらない人生に戻りたくなかったから」
ガラルドの言葉に、魔女は悪びれる様子もなく答えた。入れ替わりにジャンヌが尋ねる。
「何故、そこまで赤裸々に真相を語る? とても人に話せる内容ではないと思うのだが」
「あたしがやったことなのに、魔王の仕業にされるのはどうも納得がいかなくってねー。ずーっと誰かに喋りたくてモヤモヤしてたのよ」
「良心の呵責か?」
「んー……まっ、そんなとこかな。シゼに行ったんなら分かると思うけど、大量の魔物、いたでしょ? あれはね、ぜーんぶあたしが魔法で操ってんの。すごくない? それなのに世間では魔王の手下ってことになっててさぁ……。本当はあたしの力だってーの! 自分の手柄を他の奴に奪われるのって癪でしょ? そんなのあたしの良心が許さなくってね」
「……何が手柄だ! 何が良心の呵責だ!! 良心の欠片もないじゃないかッ!!!」
身勝手な理由にアレンは激高した。フランツが問う。
「この真相が世間に広まれば、お前たちは大変なことになるぞ。魔王を利用して世界を欺き続けたんだ、世界中を敵に回すことになる。我々がこの話を胸に仕舞っておくとでも?」
「別に言い触らしてもいいけどさー、実際に魔王と戦って世間の信頼を築いてきた勇者一行と、どこの馬の骨とも分からない野郎三人に勇者を裏切った女二人。果たして愚かな民衆はどっちの言葉を信じるかなー?」
「シゼには連れ去られた女性たちがいる。その女性たちを救い出せば、お前たちの蛮行の証人になってくれるだろう」
「そう来たか。頭が回るねー。さすがコトの真相にたどり着いただけのことはあるよ。見直したよ。でもそれは無理だと思うなー。だって……」
そう言いかけると、魔女は天高く杖を掲げた。すると突然、上空に巨大な金色の輪が現れた。
一同が警戒を強める中、輪の中から何かが落ちてきた。何かは凄まじい速度で地面に到達し、その衝撃で激しい地響きと共に砂埃が濛々と舞い上がった。
砂塵の中からそれは現れた。アレンは思わずそれを見上げる。
見上げる程の一つ目の巨人。
魔女は言いかけていた言葉の続きを口にした。
「お前らは全員、ここで死ぬんだから」




