第37話 現れた"魔"
登場人物が増えてきた
「そう素直にアタマを下げられると、どうも調子が狂うゼ」
剣士の突然の謝罪に、ガラルドは戸惑ったように頭を掻きながら言う。フランツが問う。
「これ以上交戦の意思はない……ということか?」
「もちろんだ。これ以上仲間同士で殺し合う必要などない。かつての仲間に教えてもらったよ」
剣士の言葉にエトンは涙ぐむ。
「ガラルド……この男への遺恨も晴れたという認識でいいかね?」
「あぁ。彼との再戦に固執していたのも、己の敗北を認めたくないという私の未熟さ故だ」
「ふむ……」
フランツは真意を確かめるようにいくつかの質問をした後、腕を組んで剣士の様子を観察した。
「どうやら他意はなさそうだ。その言葉、信じるとしよう」
「そンなアッサリ信じていいのかヨ?」
「これ以上戦わずに済むのであれば、それに越したことはない。嘘を吐いているようにも見えないしな」
そう答えるとフランツは剣士の方へと向き直り、ある質問をした。
「君が勇者と旅をしていた期間はどれくらいだ? エトンより長いのかね?」
「エトンと私はほぼ同時期に勇者殿の仲間になった。私の方が若干早かったな」
「ふむ、そうか……」
フランツは顎に手を当てると、何事かを考え始めた。暫くして口を開く。
「物は相談なんだが、君も我々と共に旅をする気はないか?」
フランツの思いがけない提案にアレン、ガラルド、剣士の三人は驚いたように目を剥いた。エトンも驚いたようだが、その顔はどこか嬉しそうだった。
「オイオイ、本気かヨ、センセー?」
「無論だ。おそらく今後は総力戦になるだろう。そうなった場合、仲間は一人でも多い方がいい。あの魔物の数を見ただろ? もはや我々の力だけで解決できる問題ではないんだ」
「そりャ、そうかもしれねェけどヨ」
「不服か?」
「別に不服ッてホドでもねェけどヨォ……。あれだけイガミ合ッてたのを、いきなり仲間ッて言われてもどうにもシックリ来ねェゼ」
「言いたいことは分かる。しかし、彼女が仲間に加われば我々の戦力は大幅に底上げされる。勇者側の情報も得られるしな。アレン、君はどう思う?」
フランツはアレンに尋ねた。きっと最後に付け加えるように言った『勇者側の情報』というのが真の狙いなんだろうな、とアレンは思った。
確かにフランツの言うことは理解できる。剣士が仲間に加われば戦力は底上げされ、エトンが持っていなかった勇者の情報も得られるだろう。しかし……
アレンは都の広場での戦いを思い返した。剣士が自分の都合で無関係な子供を巻き込んだことだけはどうしても許せない。それに今までのことを考えると、いつまた逆上しないとも分からない。
(今は落ち着いてるようだけど……)
アレンが考えあぐねていると、エトンが口を開いた。
「ガラルドさんの言うことは分かります。今まで敵対していた者が突然、仲間になるなんて戸惑って当然です……。私の時もそうでしたよね。アレンさんと戦った後に私がここを訪れた時、皆さんは私のことを信じられなかったと思います。でも、皆さんは私を仲間として受け入れてくれたじゃないですか……?」
エトンは声を震わせ、涙ながらに訴える。
「今はまだ、この人を信じられないかもしれません。でも、私は……今のこの人なら信じられると感じました。こうして自らの負けを認めて、頭を下げたのがその証拠です。私も敗北から多くのことを学びました。今ならきっと私たちの力になってくれるはずです……! だから……この人を信じてあげてくださいっ……!」
エトンは震える声でそう言った。今まであまり自己主張してこなかったエトンの魂の叫びを聞いたアレンは、剣士を信じることにした。彼女の言うように敗北から学ぶこともきっとあるはずだ。
「エトンがここまで言うってことは、きっと信用できる人なんでしょう。なら俺も信じます」
アレンに触発されたようにガラルドも意見を述べる。
「……そういうコトなら俺一人だけハンタイッてワケにもいかねェな。わかッたヨ、俺も仲間として認めるヨ。言われてみれば確かに今までとフンイキも違うしな」
「アレンさん、ガラルドさん……。ありがとうございます……」
「礼を言うべきなのはむしろ私の方だ。エトン……そして貴君らもありがとう」
そう言って剣士は。再び一同に頭を下げた。
「ジャンヌさん……」
エトンは剣士の名を呼んだ。フランツは口を開く。
「そうか、君の名はジャンヌと言うのか。いい機会だ、せっかく仲間になったのだから自己紹介でもしよう。私はフランツ。君と戦った男がガラルドで、こっちの青年はアレンだ」
フランツが手短に面々の紹介を済ませると、剣士もそれに応える。
「私の名はジャンヌ。エトンと共に勇者殿と旅をしていた。エトンが貴君らと行動しているのには驚いたが、故あってのことだろう。すまないが、まずはその理由を教えてはもらえないだろうか?」
「そうだな。まずは我々の目的と経緯を説明しよう」
そう言うとフランツは剣士と話し始めた。
(これは少し長くなりそうだな……)
そう感じたアレンは、エトンにあることついて尋ねてみた。
「なぁ、エトン。あの剣を蹴り上げたのは一体、どうやったんだ?」
エトンとジャンヌの戦いでのこと。エトンはジャンヌの真剣を蹴り上げて、それをきっかけに見事に勝利を収めた。木剣ならまだしも、真剣を蹴り上げれば足を斬り裂かれてしまうはずだ。だが、そうはならなかった。アレンにはそれが不思議だった。
「あれですか? 靴に細工を施しておいたんです」
そう言うとエトンは地面を踏み鳴らした。カンカンという金属音が響く。
「その音は……鉄?」
「えぇ、靴底に鉄板を仕込んでいるんです」
「なるほど。それで斬られずに剣を受け止められたのか」
「ガラルドさんの『鉄の靴を履く』という助言から思い付いたんです」
「俺か? そういヤ、手合わせの後にそンなコト言ッたッけな」
突如呼ばれたガラルドが口を挟む。
「そうか、それで真剣を防げたのか。鉄板一枚なら重さも感じないし、動きに影響もないしな」
「あの時の手合わせのおかげで真剣との戦いにも対応できました。あれがなければ、今こうして立っていることもなかったかもしれません」
「お役に立てて光栄だ。それにしても、ナニゴトもなく決着が着いてヨかッたな。一時はどうなるコトかと思ッたゼ」
ガラルドの言葉に、アレンは頷いた。
この戦いでアレンは、仲間を失うかもしれないと覚悟した。しかし、結果は仲間を失うどころか、新たな仲間を得るという思わぬ形で決着した。さっきまで周囲を包み込んでいた張り詰めた空気はもうない。
「もう終わりですかぁ? つまんなーい!」
不意に声がした。和やかな雰囲気をかき乱すような声。その場にいた全員が一斉に声がする方向に目を向けると、物陰から一人の男が姿を現した。
「面白くなりそうだからこっそり見てたのに、とーんだ期待外れですねー。どっちかが死ぬと思ってたのになぁ」
立派な口髭を貯えたがっしりとした男。見覚えのない顔だった。
「なンだァ? てめェ……」
いきなり現れた部外者にガラルドは、威嚇するように持っていた葬魔刀を男に向かって突き付ける。それを見た男は目を細めてニヤリと笑った。
「見当たらないと思ったらこーんな所にあったんですねー、"それ"。まっ、これだけで収穫ですかね」
男は何かに納得したようにひとりごつ。厳つい風貌には似つかわしくない、ずいぶんと軽い口調だ。
「何をワケのわからねェコトをブツブツと言ッてヤがる! てめェは何者だッて聞いてンだヨ!」
「おぉ、怖い怖い。ずいぶんとガラが悪いですねー。あっ、悪いのはガラじゃなくて頭ですかー?」
男はガラルドの恫喝に少しも怯む様子もなく、飄々と軽口を叩く。
「確か、クリフ殿だったな?」
男を見たジャンヌが口を開いた。エトンが尋ねる。
「お知り合い……ですか?」
「ベシスの兵隊長だ。知り合いと言う程ではないが、少しばかり縁がある。さっき話した"理解者"だ。あの騒ぎの後、私はベシスの兵士に捕まり王の元に引き渡されるはずだったが、彼が私の意を汲んで解放してくれたのだ」
「オイオイ、ベシスの隊長さンがそンなコトをしちまッていいのかヨ? 今頃、大騒ぎになッてンじャねェのか?」
ガラルドが煽るような口調で男に尋ねる。すると男はジャンヌに視線を向けながら呆れたように溜め息を吐いた。
「まーだ私に気付かないなんて、ほんっと鈍いですねー。まっ、このむさ苦しい姿じゃしょーがないですけど。それにそっちの方々とは初対面ですしねー」
そう言うと男は、いつの間にか右手に持った杖を振った。持ち手に赤い宝玉が埋め込まれたド派手な杖。
(あれは……!)
その杖を見た瞬間、アレンは激しく動揺した。あの杖はベシスからシゼへと向かう旅路の途中、すれ違った老婆が持っていたものに相違ない。そしてアレンは思い出した。あの杖を初めて見た日のことを。
あの杖を初めて見たのは、都の広場で勇者一行と遭遇った時だ。そしてあの時、杖を持っていたのは――
アレンが全てを思い出すのと同時に、髭の男は忽然と姿を消した。代わりに姿を現したのは、例の杖を握った黒い帽子の少女だった。




