第36話 決着
けんしはしょうきにもどった!
剣士と武闘家。かつての仲間同士が戦いの構えを取り、向かい合っている。暫しの沈黙の後、先に口を開いたのは剣士だった。
「後悔することになるぞ」
「ここであなたを止めない方がきっと後悔します」
「今まで一度も私に敵わなかったお前に、私を止められると思うのか?」
「今までがそうだったからと言って、今回も同じ結果になるとは限りませんよ」
剣士は念を押すように確認を繰り返すが、エトンは淡々と言い返す。
「フッ、言うようになったな。今までのお前なら、反論などしなかっただろうに。これもあの連中の影響か? まぁいい。それならばもはや言葉は不要。手加減はせん。命の保証もないぞ」
「……望むところです」
エトンの決意の強さを悟った剣士は、そこで会話を切り上げた。
一陣の風が吹き、二人を煽るように砂塵が舞うが、両者は一歩も動かない。辺りは再び静寂に包まれた。
アレン、フランツ、ガラルドの三人はその様子をただ静かに見守っていた。そんな中、アレンは一人懸念していた。この場は任せると言って送り出したはいいが、果たしてエトンは剣士に勝てるのだろうか?
戦いの素人であるアレンの目から見ても、エトンの不利は明らかだ。剣を構えている剣士に対し、エトンは素手だ。武器の有無は非常に大きい。ティサナ村で狩りを行っていた時も、武器は必須だった。素手では獣の爪や牙には到底太刀打ちできないからだ。同じ人間同士ならば、武器を持っている方が有利なのは言うまでもない。子供でも分かる簡単な理屈だ。その上、エトンは今まで剣士に勝ったことがないという。
(……フランツさんが渋い顔をするのも当然だな)
アレンは心の中でつぶやいた。だが、今となってはもう遅い。こうなってしまったからには、エトンの勝利を信じて見守るより他はない。しかし――
(もしかすると今日この場で、仲間を失うことになるかもしれない)
不意にそんな予感が頭をよぎった。アレンは首を振って浮かんで来た不吉な予感を振り払うと、目の前の勝負に集中した。
両者一歩も動かぬ中、再び一陣の風が吹き抜ける。次の瞬間、剣士は弾かれたように飛び出し、エトンに斬りかかった。エトンは軽快な動きで攻撃をかわす。剣士は次々に攻撃を仕掛けるが、エトンはその全てを紙一重でかわしていく。
二人の攻防を見たアレンは強い違和感を抱いた。
(何だ……?)
見覚えのある動きだ。アレンは咄嗟にそう感じた。これと似た光景をいつかどこかで見た覚えがある。次々に攻撃を繰り出す剣士とそれをかわすエトン。二人の動きは記憶の中の光景と一致している。
二人の戦いを見るのはこれで二度目だ。最初に見たのは都の中央広場だった。人質に取られた少年を救うため、エトンが剣士に戦いを挑んだ時のことだ。だが、あの時エトンは負傷しており、今のような軽快な動きは見られなかった。剣士も攻撃をしたのは一度きりだったはずだ。計算が合わない。
(あの時じゃないなら、いつだ?)
アレンが記憶の糸をたぐり既視感の正体を探っている間にも、戦いは進んでいく。
攻撃を繰り返す内に徐々にではあるが、剣士の動きが鈍くなっているのを感じた。エトンはその隙に乗じて一気に距離を詰め、左上段蹴りを放った。が、攻撃は外れる。
(あの動きは……!)
空振りした蹴りを見て、ようやくアレンは気が付いた。エトンが見せていた動きは、まさにここでガラルドと手合わせをしていた時の動きだった。
ガラルドの連続攻撃を紙一重でかわしつつ、隙を見て放たれた左上段蹴り。その当たらない反撃にガラルドは誘い出され、勝負を決めるための一撃を見舞う。その一撃を見越していたエトンは外した蹴りの勢いを利用し、くるりと一回転するように右回し蹴りを放つ。エトンの右足は見事に刀身を捉え、ガラルドの木剣をへし折った。あの時のエトンの動きは見事だった。だが、今とあの時では状況はまるで違う。
あの時はあくまで互いの力を測るための模擬戦だったのに対し、今行われているのは命を懸けた真剣勝負だ。そう、文字通り"真剣"での勝負なのだ。その殺傷能力は段違いだ。真剣で一太刀でも浴びようものなら、それは致命傷になりかねない。ましてや刀身を蹴り上げるなど到底できっこない。そんなことをすればどうなるのか、エトンだって分かっているはずだ。
逃げろ! このままじゃ――
アレンがそう叫ぼうとした時、剣士はすでにエトンに向かって剣を振り下ろしていた。
剣士の猛攻をかわしながら、エトンは考えていた。どうすればこの人に勝てるのか。
この人とは今まで何度も手合わせをしてきたが、一度も敵わなかった。それを踏まえて考えれば今回の結果も目に見えている。勢い勇んで名乗り出たまでは良かったが、やはり勝負を挑んだのは失敗だったかもしれない。
(……フランツさんが渋い顔をするのも当然ですね)
そんな弱気な考えとは裏腹に、エトンは落ち着いていた。そう言えばあの時もひどく落ち着いていたなと、エトンはふと思い出した。
広場で少年を救い出したあの時も、彼女達は睨み合っていた。確かにあの時も冷静ではあったが、あの時と今ではその"質"が違う。あの時の冷静さはどちらかと言えば後ろ向きなものだった。
左脚の負傷、怒り狂う剣士、沸き立つ野次馬。この場を収めるには戦うしかない。諦めにも似た悲壮な覚悟が否応なしにエトンを冷静にさせた。否、冷静にならざるを得なかったのだ。一方、今の心の落ち着きは、彼女自身の成長によるものだった。アレンとの戦いでの敗北で自分の欠点を学び、フランツの話で勇者と魔王の疑惑を知り、ガラルドとの手合わせで戦い方を覚えた。
(この戦いもガラルドさんとの手合わせと、そう変わりはしない――!)
エトンは剣士の攻撃の隙に乗じて一気に距離を詰め、当たらない左上段蹴りを繰り出した。剣士は隙ありとばかりに、エトンに向かって剣を振り下ろす。エトンは勢いそのままに、振り下ろされた剣目がけて右回し蹴りを放つ。その直後、ガキンと言う鈍い金属音が響き渡る。エトンが放った右回し蹴りは刀を受け止め、蹴り上げ、剣を弾き飛ばした。
「なにッ!?」
予想外の出来事に剣士が驚きの声を上げると同時に、エトンは足刀蹴りを叩き込んだ。蹴りは剣士の腹部を捉え、虚を衝かれた剣士は思い切り吹き飛ばされる。受け身を取ることもできずに剣士は背中から倒れ込んだ。
「くっ……!」
反撃に転じようと体を起こした剣士の目前には、エトンの拳が迫っていた。思わず目を閉じて歯を食いしばる。一秒、二秒、三秒。だが、何秒待っても衝撃はやって来ない。目を開けると、拳は顔の目の前で止まっていた。
「……何の真似だ?」
「これで勝負は着きました。これ以上はもう必要ありません」
「情けをかけたつもりか? ふざけるなッ!」
「ふざけてなんかいませんっ! 私は全力で戦いました! 今まであなたは、私との手合わせで手を抜いていたんですか? 情けをかけていたんですか!?」
「違う、私は本気で……」
「それは私も同じです! 本気で戦ってようやく、あなたから一本取ることができた……それで十分でしょう!? これ以上……仲間同士で殺し合う必要なんてないはずですっ!」
エトンの声は震え、目には涙を浮かべていた。涙ながらの訴えに剣士は呆気に取られた様子で黙り込んでいたが、力が抜けたようにフッと笑うとエトンに優しく声をかけた。
「そう……だな。認めよう、私の負けだ。それにしてもお前に一本取られる日が来るとはな。強くなったな……エトン」
次に剣士は立ち上がり、アレンたちに向き直った。
「貴君らにも色々と迷惑をかけたな。数々の無礼、失礼した」
そう言うと剣士は頭を下げた。初めてここを訪れた時と同じ落ち着いた口調。ガラルドとの再戦に固執し、怒り狂っていた面影はどこにもない。その顔は憑き物が落ちたような晴れやかな表情だった。
こうしてかつての仲間同士の戦いは、武闘家の勝利で幕を閉じたのだった。




