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第35話 かつての仲間

保護者・フランツ

 夜が明けると、彼らは再び歩き出した。誰も一言も発さずに、ただ黙々と歩く。ひたすらに歩き続けふと顔を上げると、大きな建物群が目に入った。ベシスに帰って来たのだ。

日がすっかり昇りきった頃、彼らはシゼへの遠征を終えて拠点へと戻って来た。

「ようやく戻って来ましたね」

 久しぶりの本拠地にアレンはしみじみとつぶやいた。初めて見た時は廃墟同然のボロ小屋としか思えなかったが、しばらく寝泊まりする内にいつの間にか愛着が湧いていた。

「そうだな。さて、シゼで得た情報を踏まえて次の作戦を練らねばな」

「待て! 何かアヤしいゼ」

 拠点の中へと入ろうとしたフランツとアレンを、ガラルドは鋭い声で制止した。

「確かに……人の気配を感じます」

 エトンもガラルドに同意し、戦闘の構えを取った。アレンは特に何も感じなかったが、戦いを生業とする者の直感なのだろう。フランツとアレンは二人の言葉に従い、歩みを止めた。

「ルス中に勝手に上がり込むたァ、いい根性してンじャねェか。誰だか知らねェが出て来ヤがれ!」

 ガラルドが扉越しに威嚇すると、ゆっくりと扉が開いた。

「お前は……!」「あなたは……!」

 扉から現れた人物に、ガラルドとエトンは同時に驚きの声を上げた。

「やっと戻って来たか……。やはりここで待っていて正解だったよ」

 拠点から姿を現したのは剣士だった。剣士は口の端を大きく吊り上げて、(いびつ)な笑顔を浮かべる。

 剣士の登場に二人が驚く中、フランツは何故剣士がここにいるのかを考えていた。

(奴は衛兵に取り押さえられ、身柄を拘束されていたはず。あれだけの騒ぎを起こしておきながら、お咎めなしで解放されたのか?)

 チラリと隣に目をやると、アレンが怪訝な表情で剣士を見つめていた。その顔は驚いていると言うよりも、何かを考えているようだった。

(……どうやら私と同じことを考えているようだな。それにしても変われば変わるものだ)

 フランツはアレンの成長をしみじみと実感した。

 ただ自分の言うことに従ってついて来るだけだった朴訥な青年が、今では自らの頭で考え、自らの足で歩み始めている。まだまだ一人前と呼ぶには程遠いが、この短期間でここまで来たことを考えれば、目覚ましい進歩だ。出会ったばかりの頃の彼なら、思いも寄らない来客にただ慌てふためくだけだっただろう。

(『男子三日会わざれば刮目して見よ』……か。やはり()()()の成長を見るのは嬉しいものだな。まるで昔を思い出すようだ)

 不意に蘇った懐かしい感覚に、フランツは思わずほくそ笑んだ。だが、今は笑っている場合ではない。フランツは気と顔を引き締め直すと、改めて剣士に向き直った。

「あのヤロー、俺が集めたヒゾウの武器を勝手に使いヤがッて!」

 剣士の姿を見たガラルドががなり立てる。見ると剣士は右手に剣を握っている。どうやらガラルドが集めてベッドの下に隠していた剣を持ち出したようだ。

「人の得物を盗んだ奴が何を言うか。貴様もお互い様だろう」

 剣士は売り言葉に買い言葉とばかりに言い返す。剣士の言う通り、ガラルドの腰には剣士から()()した葬魔刀がぶら下がっている。

「『盗ンだ』とはズイブンな言い方じャねェか。 俺はただ、落とし物を拾ッただけだゼ?」

「フンッ、戯れ言を」

「どうしてここに? あなたはあの時、捕らえられたはずでは……?」

「思わぬ理解者を得てな。実に話の分かる御仁だった。それはそうと……お前こそ何故ここにいる? 何故そいつらと行動を共にしている? よもや()()()()とは言うまいな?」

 剣士はガラルドからエトンに矛先を転じた。揺さぶりをかけるように「裏切り」という単語をことさらに強調する。

「あなたたちを裏切ったと言うのであれば、あるいはそうかもしれません。ですが、あなたはどうなのですか? 私怨に駆られ、何の関係もない子供を巻き込んで……。そんなことをするためにあなたは剣を振るっているのですか? 周りで見ていた人々はきっとこう思ったことでしょう。『勇者様の仲間がこんなことをするなんて……』と。人々の期待や信頼を裏切ったのはあなたの方ではないでしょうか?」

 剣士の()()に、エトンは一歩も引かずに切り返した。その落ち着き払った優雅な態度は、まるで淑女のようだ。アレンの挑発に激昂していた彼女はもういない。彼女もまたこの出会いをきっかけに大きく成長を遂げていた。

「……フンッ、くだらん戯れ言だ」

 剣士はエトンの言葉を一蹴した。だが、その顔にはわずかに動揺の色が浮かんでいた。

「私はお前と押し問答をするためにこんな所に来たわけではない。用があるのはそちらの男だ」

 剣士はガラルドを睨みつけると、鞘から剣を引き抜きガラルドに突き付けた。

「私と勝負しろッ! 今度こそあの時の雪辱は晴らす!」

「まーたその話か……。しつけェな、オメーも」

 剣士の申し出にガラルドの反応はイマイチだ。戦闘狂(あくまでもアレンが抱いた印象だが)のガラルドが戦いの申し出に乗らないとは珍しい。初めて剣士と武闘家(エトン)がここを訪れた時は、あんなにも楽しそうに応戦していたというのに。アレンは訝しんだ。

「何度ヤッても結果は同じだろうゼ。少なくとも今のお前とは戦う気がしねェヤ」

 ガラルドは冷ややかに言い放った。ぞんざいな態度に剣士は声を荒げる。

「どういうことだッ!」

「今のお前と戦ッてもつまらねェ気がするンだヨな。初めて剣を合わせた時はなンつーか、絶対的な自信に溢れてたが、今のお前にャそれが足りねェ。むしろ悩みヤ迷いを感じるゼ。そンな相手と戦ッても面白くねェだろ? 全力で向かッて来るヤツを叩きのめすのが戦いのダイゴミッてモンだ」

 ガラルドはそう言うと最後に「まッ、シュウネンは感じるけどヨ」と付け加えた。

「言わせておけば……!」

「それならここは私が相手をします」

 怒りに震える剣士の前に歩み出たのはエトンだった。

「お前が? フッ、笑わせるな。お前では力不足だ」

 剣士は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに気を取り直し、エトンの申し出を鼻で笑った。さらに続ける。

「お前とは何度も手合わせをしたが、勝つのはいつも私だった。結果は見えている。死にたくなければ大人しくそこを退け」

「退きません!」

 申し出を一蹴されたエトンだったが、力強い言葉通り一歩も引かない。エトンの頑なな態度に、アレンは心配そうに尋ねる。

「あんなこと言ってるけど戦えるのか? 仲間……だったんだろ?」

「確かに私は勇者たちの仲間でした。でも魔法も使えない私は、彼らの中では取るに足らない存在でした。それでも剣士(あの人)は私を気にかけてくれた……。私はそんなあの人を本当の姉のように慕いました。本来のあの人は冷静で誇り高い人物です。だからこそ、あの人のあんな姿はこれ以上見たくはないんです」

「勝つ見込みはあるのかね?」

 フランツにそう尋ねられたエトンは、一瞬戸惑ったように間を置いて答える。

「……今まで何度も手合わせをしてきましたが、一度も勝つことはできませんでした」

「それは……ずいぶんと分の悪い賭けだな」

 眉間に皺を寄せたフランツに対し、エトンはきっぱりと言う。

「皆さんもご存じの通り勇者たちの力は強大です。どの道、あの人に勝てなければ勇者たちには到底敵いません。私にとってあの人は、越えなければならない壁です。あの人を越えなければ"先"はありません」

「しかしだな……」

「いいじャねェか。ここは嬢ちャンに任せヨうゼ」

 渋るフランツとは対照的に、ガラルドはニヤリと笑い、即断した。

「嬢ちャンの言うヨうに、ここでアイツに勝てないヨうじャ先はねェ。ここはショウネンバなんだヨ。嬢ちャンにとッても、俺らにとッてもな」

「うーむ……アレン、君はどう思う?」

 フランツに意見を求められたアレンはエトンの顔を見た。

 彼女の目には強い決意が宿っている。それは人質となった少年を助け出すと宣言した時と同じ目だった。

「俺も任せようと思います。なんと言うか、ここはエトンがやらないとダメな気がします。きっと今はそういう時なんですよ」

「……分かった。好きにしてくれ」

 アレンの返事にフランツは半ば観念したように溜め息を吐くと、エトンに声をかけた。

「エトン、やるからには勝てよ」

「……はい」

 エトンは静かな、しかしはっきりとした声で返事をすると、改めて剣士に向き直った。

 剣士と武闘家(エトン)。かつては同じ志の下に、勇者と共に旅をしていた二人。

 浅からぬ縁を持つかつての仲間同士は、己が意を示すため、今再び対峙した。

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