第34話 悪と悪
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「さーて、次はどうする? 連中をぶッ飛ばしながらこのまま突ッ切ッてシゼに向かうか?」
ガラルドは昂ぶりを隠し切れない様子でフランツに尋ねる。その瞳は怪しげな輝きを帯び、まるで戦いを欲しているかのようだ。
以前にもこんなことがあったような気がする。あれは確か女神を討って拠点に戻って来た日の夜、次の方針について話し合った時のことだ。その時のガラルドの台詞は今でも耳に残っている。
『要は今回と同じヨうにバレないヨう仕留めりャいいンだろ? 次は誰を殺る? 魔女か? それとも剣士か?』
あの時、ガラルドは嬉しそうにそう言っていた。味方としては心強い発言に感じられたが、改めて思い返してみると、彼の狂気性を示しているような気がしてならない。この数をたった四人で相手しようなどとは、普通は考えない。それは勇敢ではなく無謀だ。
「不要な戦闘は避けたい。他に国内へ抜ける道はないのか?」
「シゼは周りを山に囲まれてるからな。最短で向かうにはこの街道を通るのが一番の近道だ。ウカイして山を進む手もあるが、今からだと数十日はかかるゼ?」
「数十日か……。この装備で山を越えるのは到底無理だな。かと言ってこのまま進むのも危険だ。止むを得ん、ここは一旦退くぞ」
「オイオイ、マジかヨ? せッかくここまで来たッてのに……。シゼはもうすぐ目の前だゼ?」
フランツの判断にガラルドは唇を尖らす。あからさまに不満げな様子だ。
「今から山登りをするには準備が不足しているし、あの大軍を突破するには多勢に無勢だ。この先に別動隊が控えているとも限らんしな。無理に進んで殺されてしまっては元も子もない。奪われた祖国を前にして急く気持ちは分かるが、本来の目的を忘れるな」
「……わーッたよ」
フランツに宥めるように窘められたガラルドは、不本意ながらも了承の返事をした。
「そう気を落とすな。こうしてここまで来たおかげで、色々と調べることができた。十分な収穫もあったし、また一歩真実に近付いたぞ」
「収穫なンてあッたか? 結局シゼには行けずじまいで何も分からないままじャねェか」
「確かに直接この目で国内の様子を確かめることはできなかったが、今回得た情報からある程度予測することはできるぞ」
不満げにぼやくガラルドに、フランツは滔々と説き始める。
「諸君も見ての通り、国境付近には大量の魔物が配置されている。これはシゼに人を近付けないための布陣だろう。二、三体ならまだしもこれだけの数の魔物を目の前にして、これ以上先に進もうとは思わないからな。言わば奴らは威嚇だ。そしてこれだけの数が国境を占領しているということを考えると、勇者の発言に矛盾が生じてくる」
フランツはエトンを真っ直ぐに見据えて続ける。
「勇者は君に『シゼにいた軍勢のおよそ半数を打ち破った』と話したそうだな?」
「はい。確かにそう言っていました」
「つまり以前は少なくとも、この倍の数の軍勢がこの国を占拠していたということになる。ベシスのような大国ならいざ知らず、シゼの国土はそこまで大きくない。あまりにも数が多すぎる。実際に戦った時、魔王軍はどれだけの数だった? ガラルド」
フランツは今度はガラルドを指名した。ガラルドは答える。
「うーン、こンなにはいなかッたと思うゼ。むしろ俺たちシゼ兵の方が多かッたぐらいだ。俺たちとヤツらの間に差があッたとすれば、それは……"力"の差だろうな」
ガラルドは苦々しい表情を浮かべ、吐き捨てるようにそう言った。
「ヤツらは何もないところから火を放ち、雲一つない空にカミナリを起こしヤがッた。今思えばアレが魔法だッたンだろうな。不可解な力に俺たちは総崩れ、アッという間にシゼは奪われちまッた。だが、前にも話したヨうに俺たちが戦ッたのは魔法を使う生えた青い色の連中で、あンなマヌケな骨どもじャなかッたゼ」
「ガラルドの話によれば、シゼを襲った魔王軍の数はそれ程多くはなかった。その後、勇者は魔王軍の半数を打ち破ったと言っている。だが、実際は見ての通りだ。半減するどころか敵はその数を増やしている。この状況は明らかにおかしい。勇者は嘘をついている。ガラルドが実際に戦った連中がどこに消えたのかも大いに気になる点だ。やはりシゼには何かが隠されている」
「でも、これ以上調べるのは難しいのではないでしょうか? 私たちだけであの数と戦えるとはとても……」
不安げな表情のエトンに対し、フランツは答える。
「そうだな。やはりこの先は"国"の力が必要になるだろう」
「国って……国を動かすつもりですか!?」
「そのつもりだ。君の言うように、我々だけではあの大軍勢と戦うことはできないからな」
「それはそうですけど……でも……」
想像の遥かに上を行く答えに、エトンは驚き口ごもった。
「そいつはまた、ソウダイな話だな。でもヨ、俺たちたッた四人で本当にそンなコトができンのか?」
エトンの言いたいことを代弁するかのようにガラルドは問う。口には出さなかったが、アレンも同じ意見だった。
そんな三人の疑念などお構いなしに、フランツは涼しげに言い放った。
「なに、そう難しい事ではない。勇者と魔王の繋がりを明らかにすればな。今や魔王は平和を脅かす世界の敵。片や勇者は平和を守る世界の英雄。この両者が裏で繋がっていると分かれば、たちまち世論はひっくり返る。救世主と信じていた者が侵略者と手を組んでいたとなれば、これは重大な裏切りだ。民衆は大いに憤り、世界中で反勇者の狼煙が上がるだろう。そうなれば各国も黙ってはいられない。如何に勇者と魔王の力が強大と言えども、世界中の国が結託して戦えば、十分互角に渡り合えるさ」
フランツの説明に皆の反応は半信半疑だった。話に理屈は通っている。さらに自信過剰ともいえる堂々たる物言いは、有無を言わせぬ説得力がある。三人がフランツの言葉に納得しつつある一方、全員が心の奥底に同じ思いを抱いていた。本当に国を動かすことなどできるのだろうか?
「国と言えば気になっていることがあるんですけど、いいですか?」
フランツ、エトン、ガラルドのやり取りを黙って聞いていたアレンが初めて口を開いた。
「何だ? 言ってみたまえ」
「どうして他の国はシゼのために動かないんですか?」
アレンの質問にガラルドはぴくりと肩を震わせた。
「勇者と魔王の関係はひとまず置いといて、魔王が悪であることはみんな分かっているはずです。それこそ世界中の国が協力して戦うべきじゃないんですか? 魔王に奪われたシゼを取り戻すために」
アレンの質問に、何故かガラルドは渋い顔をして押し黙った。エトンも何やら訳知り顔だ。
「ふむ、いい質問だ。だが、それについて話すとなると少し長くなる。ひとまず都の拠点へ戻ろう。今後の事も含めて歩きながら話そう」
都へと戻る道すがら、フランツはアレンの質問に答えてくれた。曰く、他の国が魔王と戦わないのには、大きく分けて三つの理由があるという。
一つは魔王に対する情報不足。
魔王は突如この世界に現れたため、どの国も詳細な情報を持っていない。実力の分からない相手に不用意に手出しはできない。さらにシゼの敗北がその風潮に拍車をかけたようだ。
何でもシゼは、小国ながらも世界でも屈指の軍事大国で、その強さは広く知られていたという。そのシゼが魔王軍に敗れたことにより、各国は魔王の力を必要以上に恐れ、及び腰になっているそうだ。
二つ目は勇者の存在。
勇者は魔王との戦いで勝利を重ね、奪われた地域を次々に解放していった。世界が魔王の力に手をこまねく中、突如現れた勇者はまさに救世主だった。そんな勇者の活躍と各国の静観に何の関係があるのかとアレンが問うと、フランツはこう答えた。
「世界中の国が魔王の力に戦々恐々の中、勇者は各地で連戦連勝の快進撃を続けている。それが問題なのだ。集団で事に当たる時、人は誰しもこう考える。『自分一人がやらなくても、他の誰かがやってくれるだろう』と。優秀な者がいれば尚更だ。『あいつがいれば自分が動く必要はない。全てあいつに任せておけばいい』とな。つまり世界中の人々は勇者に依存しきっているというわけだ。ある意味では、人々の無責任な信頼が勇者を増長させたとも言えるな」
ちなみにこれをリンゲルマン効果と呼ぶらしい。話を聞きながら、アレンは「この人は一体、どこでそんな知識を得たのだろう?」と不思議に思った。
そして三つ目はシゼを取り巻く環境にある。
三方を山々に囲まれたシゼは守りやすく攻めにくい、敵を迎え撃つには最高の立地だ。山からの攻撃を気にすることなく、街道を進んでくる敵だけに集中すればいいからだ。その立地が仇となった。
魔王にシゼを奪われた今、守りやすく攻めにくいという最大の利点は、最大の難点となって立ちはだかっているのだ。それでも力を合わせれば何とかなるのではないかとアレンは思ったが、どうやらコトはそう単純ではないらしい。
まずシゼでは作物が育たず資源もないため、奪われたことによる食糧危機や資源不足が起きる心配はない。次に魔王はシゼで勇者を退けて以降、何故か侵攻の手を緩めている。世界にさしたる影響がない上に魔王が動かない以上、躍起になって取り戻す必要がないのだそうだ。さらに人々がシゼに抱いている感情も要因だという。
シゼは各地で侵略を繰り返し、その悪名は広く世界に轟いていた。早い話がシゼは世界中から嫌われており、そんな悪の国を救おうなどとは誰も考えないというワケだ。
アレンはガラルドが浮かべた微妙な表情の意味をようやく理解した。ガラルドは祖国の悪評に自覚があるのだ。
それから彼らは日が沈むまで歩き、来る時と同じように野宿をした。普段は陽気なガラルドもこの時ばかりは一言も発さず、早々に寝入ってしまった。祖国の状況に思うところがあるのだろう。
アレンは夜空を眺めながら、フランツの話を整理した。話を聞く限り、シゼと魔王はまるで同じだ。各地に侵攻し、争いを生み、平和を脅かす存在。ガラルドの狂気じみた好戦的な態度もシゼの国民性なのだろう。
シゼと魔王の何が違うと言うのか? 魔王を悪とするなら、シゼもまた悪なのではないか? シゼを取り戻すことは本当に世界のためになるのだろうか?
その後も色々と考えたが、はっきりとした答えは出ないまま、アレンはいつの間にか眠りに落ちていった。




