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第32話 現地調査(フィールドワーク)

サブタイトルはルビって振れないんですね

 晴れ渡る青空の下をアレンたちは歩いている。柔らかな日差しが降り注ぎ、様々な形の雲がゆっくりと空を流れて行く。目に映る光景は平和そのものだ。

 魔王(および勇者)がこの世界で暴れ回っているとは思えぬ程に平穏な旅路。まるでハイキングにでも来ているかのようだ。

 魔王軍を警戒しながら進んでいたが、一向に敵が現れる様子はない。何か変わった点を挙げるとすれば、道すがら黒いローブを着た老婆とすれ違ったことぐらいだ。

 敵ではないかと警戒したが、襲いかかってくることも声をかけて来ることもなく、ただ通り過ぎて行った。

(あの杖は……)

 すれ違う瞬間、アレンは老婆の持っている杖に着目した。赤い宝玉が埋め込まれた杖。以前どこかで見たような気がして、どこで見たのか考えながら歩いていたが、思い出せなかった。

 老婆の後ろ姿はすぐに小さくなり、こちらに害を加えて来る気配もなかったので、いつの間にか考えるのは止めた。


 一晩野宿をした後、早朝から再び歩き始め、かなりの距離を移動した。

「もうそろそろ国境に着くハズだゼ!」

 朝から歩き詰めに歩き、すっかり日も昇った頃、ガラルドが高らかに告げた。

「割と都から近いんですね」

「大急ぎで来たからな。まァ、ゆッくり歩いても三日もありャ着くぐらいのキョリだな」

「俺、他の国に行くのって初めてなんですよ」

「へェ、そうかい。そりャ残念だな。こンな状況じャなけりャ、イロイロと案内してヤッたンだがな。まァ、そうは言ッても、山ばかりだけどな」

「伏せろっ!」

 フランツの声に三人は反射的にその場に伏せた。

「何だヨセンセー、急に」

「あれを見ろ」

 フランツは伏せたまま前方を指差した。何かがいる。四人は思わず息を呑む。目を凝らしてよく見ると、人影のようなものがゆらゆらと蠢いている。だが、幸いそれはこちらに気付く様子もなくゆらゆらと遠ざかって行った。

「何者でしょうか……?」

「ここがシゼの国境付近であることを考えると、恐らく魔王の手の者だろう。ここから先は注意深く進むぞ」

 フランツは服についた土汚れを払いながらエトンの問いに答え、皆に注意を促した。

 フランツの指示通り彼らは細心の注意を払いながら先に進み、ベシスとシゼの国境の手前までたどり着いた。

「マジかヨ……」

「まさか本当に……」

 目の前に広がる光景にガラルドとアレンは愕然とする。彼方先で剣を持った骸骨がふらふらと辺りを巡回している。

「どうです? 私の言った通りでしょう?」

 エトンは自分が正しかったと言わんばかりに、得意気に胸を張る。

「これ以上近付くのは危険だな……。ガラルド、この近くに辺りを見渡せるような見通しのいい場所はないか?」

「あ、あァ、それならイイ場所があるゼ。ツイてきな」

 フランツの質問にガラルドは気を取り直したように答え、脇道へと入って行った。舗装されていない獣道を進んで行くと、見晴らしのいい場所にたどり着いた。

「この辺は小高い丘になッてンだ。ここなら一帯を見渡せる。そこら中に生えてる草に紛れりャ、身も隠せるしな」

「成る程、確かにここは理想的な場所だ」

 そう言うとフランツは身を低くし、生い茂る草の間から顔を出した。アレン、ガラルド、エトンもそれに倣う。

 丘の上からは下の様子が遠くまでよく見えた。下では無数の骸骨たちがひしめき合っていた。さっき見かけたのは、数いる内の一体に過ぎなかったのだ。

「すげェ数だな……」

「数十……、いや数百体はいそうですね」

「私もこれだけの数は初めて見ました……」

 三人が思い思いの感想を口にする中、フランツはただ黙って眼下の様子を眺めていた。

 その時、一羽の小鳥が骸骨の近くに舞い降りた。小鳥はチュンチュンとさえずりながらしきりに地面を啄んでいる。周囲の地面をつつき終えると、小鳥はピョンピョンと小さく飛び跳ねながら骸骨に近付いていく。すると骸骨はカタカタと音を鳴らしながら小鳥に駆け寄り、持っていた剣を振り下ろした。危機を察知した小鳥はチチチっと鳴き声を残して飛び去った。骸骨は小鳥が飛び去った後も虚空に向かって剣を振っていたが、暫くすると何事もなかったかのようにくるりと背を向け、再び辺りをウロウロとし始めた。

(妙だな……)

 フランツは骸骨の一連の動きに違和感を抱いた。

 何故、あの骸骨は鳥に向かって攻撃を? ただ餌を探していただけの野鳥をわざわざ追い払う必要などないはずだ。気まぐれ? それとも単なる暇潰しか? 追い払った後も剣を振り続けていたのも気になる。あれは何の真似だ? 威嚇? 無害な小鳥に対して? 何故、そんな意味のない行動を……

 フランツは暫く考え込んだ後、傍に転がっていた小石を拾い上げた。それを見たアレンが尋ねる。

「どうするんですか?」

「ちょっとした実験さ。この石を投げて奴らがどんな反応を示すかを確かめる」

「そんなことして大丈夫でしょうか? 私たちの存在に気付くのでは……」

「この場所なら大丈夫だろう。これで奴らが警戒をするようなら大人しく切り上げるさ」

 エトンを強引に説き伏せると、フランツは骸骨に向かって石を投げた。石は骸骨の遥か手前に落ちた。

「反応はないですね」

「キョリがあるとはいえ気付かねェとは、警戒心が足りねェな」

「この距離では無反応か。では次は……」

 反応がないことを確認すると、フランツは二投目を投じた。

 石は骸骨の少し後ろに落ち、転がって行った。気配に気付いた骸骨は振り向くと猛然と駆け出した。

 こちらの存在を気取られたのか? 一同に緊張が走る。しかし、骸骨がこちらに気付いた様子はなかった。その代わり奇妙な行動を取った。

 転がる石に駆け寄ったかと思うと、そのまま剣を振り下ろしたのだ。ガキンと音を立て弾かれた石はさらに転がる。さらには他の骸骨たちもわらわらと集まってきた。

「……やはり奴らは音や動きに反応しているようだな」

「それを確かめるために石を投げたんですか?」

「その通り」

 エトンの問いに短く答え、フランツはさらに続ける。

「先程、鳥に向かって斬りかかったのがいただろう? 放っておいても何ら害のない小鳥への攻撃。それを見て思ったのさ。『何故、そんな意味のない行動を?』とね。そこで一つの仮説を立てた。『奴らは音や動きと言った刺激に反応して攻撃をしているのではないか?』と言う仮説だ。そこで投げた石に対してどんな反応を示すか確かめたのさ」

「その結果、センセーの予想通りだッたッてワケだ」

「そう言いたいところだが、結論を出すにはもう少し検証が必要だ。そこでアレン、君にやってもらいたいことがある」

 フランツはアレンの弓を見ながらそう言った。

 フランツの立てた仮説。そして目の動き。その二点からアレンはフランツの要望を理解し、弓に矢を番えながら尋ねた。

()()()()()()いいですか?」

「ほぅ、よく私の言いたい事が分かったな」

 アレンの言葉に、フランツは感心したように目を細めた。

「今までの話の流れと、フランツさんの目の動きから予想したんです。アイツらが放たれた矢に対して、どう反応するのかが見たいんですよね?」

「素晴らしい、その通りだ。刺激に反応するのは分かったが、奴らが"敵"からの攻撃にどう反応するかの情報(データ)が不足しているからな」

「データとヤらが何かは知らねェが、当然、警戒するだろうヨ。敵から奇襲をかけられたンならな」

「常識的に考えればそうだろう。だが、奴らの存在自体が常識から大きく外れている。常識で片付ける事が出来ない以上、実際にこの目で確かめねばならない」

「そんなことをしたら、今度こそ私たちの存在に気付かれてしまいます!」

「君の不安はよく分かる。鳥や石は自然物だが、弓矢は明らかな人工物だからな。『空から自然に降って来た』と考える方が不自然だ。だが、私の仮説が正しければ、奴らは今と同じ反応を見せるはずだ」

「……もし、その仮説が間違っていたら?」

「その時は奴らが単なる刺激と攻撃を区別していると言う事が分かる」

 エトンは「そういう意味では……」と言いかけて止めた。溜め息を吐くと、半ば呆れながら諦めたように言う。

「……ハァ、分かりました。もう何も言いません」

「それではアレン、あそこにある岩を狙ってくれ」

 アレンは頷きおもむろに立ち上がると、ゆっくりと弦を引いた。多少の距離はあるものの、ティサナ村にいた頃に行っていた狩りに比べれば造作もない。岩は逃げも隠れも反撃もしないのだから。

 アレンは指定された岩に狙いを定めると、大きく息を吐いた。それから息を止め、弦を離し矢を放つ。放たれた矢は狙い通り一直線に岩へと飛んで行く。

 キンッ!

 矢は命中したものの、岩に刺さるはずもなく音を立てて弾かれる。するとやはりその音に反応したのか、骸骨たちはガシャガシャと集まって来た。

「よし、もう一度あの岩を狙ってくれ。骸骨たちには直接当たらんようにな」

 アレンは指示通りに二本目の矢を放つ。矢は再び岩に命中しポトリと落ちる。骸骨たちはまたも反応を示し、岩に向かって剣を振るが、攻撃は岩に弾かれる。その衝撃で骸骨はよろめき、尻もちをついた。

「なにヤッてンだ、ありャ?」

 骸骨たちの緊張感のない動きに、ガラルドは呆れた様子で肩をすくめる。

「やはりな。奴らは外部からの刺激に()()反応しているだけで、外敵からの攻撃と認識できていないんだ」

 フランツは半ば確信したようにつぶやいた。そしてこう結論付けた。

「奴らには意思がないんだ」

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