第29話 魔法と異世界
魔法の話の時間だ!コラァ!!
魔法とは何か? アレンがそう疑問を抱くのも無理はない。
彼にとって魔法は全く未知のものだった。一体、何故そんなものが使えるのか? 少なくとも今までの人生の中で、彼の周りに魔法を使える人間など一人もいなかった。
アレンが初めて魔法を目の当たりにしたのは、勇者が都の広場で群衆に向けて演説をした時だった。
魔女が贋作の魔物の頭を焼き払ったことをよく覚えている。家族と故郷を失った直後だったが、初めて見る派手やかな魔法の炎に、悲しみも忘れて感心したものだった。
「それでは今から少し、魔法について講義しよう」
アレンの質問に、フランツはそう前置きしてから話始める。
「今からおよそ数百年前。風が吹き、雨が降り、川が流れるのと同じように、ごく自然に魔法は存在していた。だが、あまりにも身近すぎるが故に人々は魔法に気に留めることもなかった。風や雨や川に誰も興味を抱かないのと同じようにな。そしてその誰も見向きもしなかった魔法の原理原則を研究し、体系立ててまとめ上げたのがムラトハザルと言う人物だ。彼のおかげで広く誰もが魔法を使えるようになり、人々は単純労働から解放され、自由で豊かな暮らしを手に入れた。その功績からムラトハザルは『大賢者』と呼ばれるようになった」
「フランツさんは魔法にも詳しいんですねぇ」
「この国の歴史書に書いているからな。単なる受け売りさ」
感心した様子のエトンにフランツはクールに答えた。それを受け、アレンが尋ねる。
「歴史書に書いてるってことは、魔法は単なる噂や作り話じゃないってことですよね? でも、俺は魔法なんて使えないし、村で誰かが使ってるのを見たこともありません。単に俺の村が遅れてるだけで、都では魔法が一般的なんですか? 実はフランツさんも使えるとか?」
「いいや、残念ながら私に魔法は使えない」
そう訊ねたアレンに、フランツはまたしてもクールに答えた。
「私だけではない。この世界で魔法が使えるのは、ほんのごく一部の限られた者だけだ」
「その一部が勇者に魔女や魔族ってワケか。でも、オカシイじャねェか。大賢者とヤらのおかげで誰でも魔法が使えるヨうになッたッて話だろ?」
今度はガラルドが突っ込みを入れる。感心、疑問、指摘。三人が三者三様の反応を示すのとは対照的に、フランツの態度はあくまでもクールだ。
「誰もが魔法を使える。しかし、それは必ずしも良い事ではなかった。魔法を覚えた人々は生活の殆どを魔法に頼るようになり、次第に堕落していく。さらに魔法を悪用する者も現れ、社会は荒んでいった。『人々の行く末を案じたムラトハザルは自らの手で全ての研究成果を破棄し、魔法を封印することにした』。歴史書にはそう記されている。実際、各地で様々な文献を漁ってみたが、歴史に関する物ばかりで、魔法の原理や使い方に関しての記述は皆無だった。ムラトハザルの記した著書も探してはみたものの、一冊として見つからなかった。徹底的に自分の足跡を消して、魔法から人々を遠ざけたのだろう」
「つまり今もまだ魔法は存在してはいるけど、その知識や技術は失われてしまって使えないってことですよね?」
「そういうことになるな」
「そうなると勇者たちが魔法を使えるのは確かにおかしいですね。学ぶ術もないのに、どうやって魔法を覚えたのか……」
「そうなンだヨ! センセーの話を聞く限り、自然に使えるヨうになるッてワケでもなさそうだしな。嬢ちャンは何かそこら辺の事情について知らねェか?」
「……魔族の話によれば、魔王は別の世界からこの世界を侵略するためにやって来たそうです」
アレンとガラルドのやり取りを聞いていたエトンが静かに口を開いた。
「他の世界ィ? ホントかヨ、それ」
「確かに魔族はそう言っていたのか?」
「はい。『こことは異なる別の世界、すなわち異世界から私たちはやって来た』と」
「異世界……か。それならば、こちらの人間と大きく容姿が異なるのも魔法が使えるのも説明がつくな」
エトンの発言を訝しむガラルドとは対照的に、フランツは驚く程あっさりと「異世界」という単語を受け入れた。その様子を見たガラルドがアレンに耳打ちをする。
「なァ、おいアレン。異世界なンて信じられるか?」
「……他に世界があるなんて、考えたこともなかったですね」
「そうだヨなァ、フツーは。そうだッてのに何でセンセーはこうも平然と異世界なンてものを受け入れられるンだ?」
「フランツさんのことだから、異世界についても色々と調べはついてるんじゃないですか?」
そう答えながらも、アレンはくたびれたように小さく息を吐いた。
(魔法の次は異世界か……)
魔王、勇者、魔法、異世界……。次々にもたらされる新しい情報は、アレンの理解の範疇を遥かに超えていた。
山奥の小さな村で生まれ育った彼にとって、村の外に広がる世界それ自体が、"異世界"と言っても過言ではなかった。狩猟と農耕の牧歌的な世界から策略と闘争の刺激的な世界へ。この切り替えに苦労する最中、さらに本当の異世界まで出て来たとあっては、彼の頭が許容量を超えるのも無理からぬ話だった。しかし嘆いていても仕方ない。アレンは気を取り直しエトンに尋ねる。
「異世界から来た魔族が魔法を使えるってことは、同じように魔法が使える魔女と勇者も異世界から来たってことかな?」
「それは……どうでしょう。少なくともあの二人は自らの過去や境遇について話していませんでしたから」
「となると、魔女と勇者はどうやって魔法を学んだのか……」
考えてみるが答えは出ない。現時点で答えを出すにはあまりにも情報が少な過ぎる。小さな世界で生まれ育ったアレンには、情報不足を補う知識も想像力も足りていなかった。
「いずれにせよ勇者たちと戦うには魔法をどうにかする必要があるということだ。ひとまず魔法の講義はここまでにして、これからについて話そう」
フランツはそう言って話に区切りを付けると、今後について話し始めた。
「エトンの話から勇者と我々の間には、シゼの現状に対して大きな認識の違いがあることが分かった。勇者はシゼの敵の半数を打ち破ったと語ったようだが、我々はその事実を知らずにいた。世間にもその勝利の報は届いていない。勇者はシゼに何かを隠している。それを確かめるために次はシゼに向かおうと思うのだが、皆それでいいか?」
「あァ」「はい」「えぇ」
フランツの言葉に三人は同時に頷いた。
ガラルドとエトンが向かい合って立っている。ガラルドは木剣を握り、エトンは体を横に向け、顔は正面を向いた構えでガラルドの出方を待っている。両者一歩も動かぬ中、一陣の風が吹き抜ける。次の瞬間、ガラルドは弾かれたように飛び出し、エトンに斬りかかった。エトンは軽快な動きで攻撃をかわす。ガラルドは次々に攻撃を仕掛けるが、エトンはその全てを紙一重でかわしていく。
次の目的地をシゼに決定して五日。彼らは未だ貧民街の拠点に留まっていた。出発に向けての準備とエトンの足の具合を鑑みての判断だった。
エトンの治癒力は驚異的で、三日の内にガラルドと手合わせができるまでに回復していた。それを見たガラルドは『トカゲ並みの回復力』という、称賛とも悪口とも取れない言葉で評していた。
その日も二人は手合わせをしていた。
攻撃の切れ目を狙ってエトンは左上段蹴りを放った。が、攻撃は外れる。それをみたガラルドは隙ありとばかりに木剣を振り下ろす。だが、それが彼女の狙いだった。空振りした蹴りの勢いを利用し、エトンは右回し蹴りを繰り出した。放たれた回し蹴りはガラルドの攻撃を弾き飛ばし、木剣をへし折った。
「武器を持った相手に丸腰でそれだけ立ち回れるとは大したモンだ!」
木剣を折られたことを気に留める様子もなく、ガラルドは爽やかにエトンを讃える。
「ありがとうございます。ただ、この戦方は真剣相手には使えません。刃の付いた剣を蹴り上げれば、足を斬られてしまいますから」
「うーン、そうだな……。鉄のクツを履くとかはどうだ?」
「いい考えですが、動きが鈍る恐れがありますね」
手合わせを終えた二人は、休む間もなく今の戦いの論評を始めた。アレンはそんな二人のやり取りをぼんやりと眺めていた。
「アレン! 悪ィが、中から新しい木剣を取ッて来てくれねェか? ベッドの下に隠してあるからヨ」
「いいですよ」
暇を持て余していたアレンはガラルドの頼みをこれ幸いと引き受けた。
小屋に入ると、フランツが机の上に広げた地図を険しい顔つきで眺めていた。
邪魔をしないように静かに移動しベッドの下を覗き込むと、剣、槍、斧と言った多種多様の武器が隠されていた。よくぞここまで集めたものだ。
感心しながら頼まれた木剣を引っ張り出すと、奥の方に弓があることに気が付いた。その隣には矢が数十本入った矢筒もある。アレンは思わずそれを手に取ると、感慨深げに小さくこぼした。
「弓に矢筒まである。懐かしいなぁ」
「……ガラルドが集めた物だ」
アレンの言葉にフランツが反応する。
「これ全部ガラルドさんが?」
「あぁ、勇者と戦うためにと言ってな。君は弓の心得があるのか?」
「はい。村にいた頃はよく弓を使って狩りをしたもんですよ」
「そうか」
フランツは短くそう答えると、また地図との睨めっこを再開した。アレンは再び邪魔をしないように、今度は静かに小屋を出た。




