第27話 エトン
仲間がふえるよ!
騒ぎの場から抜け出した三人と一人は、再び拠点へと舞い戻ってきた。一息ついた後にフランツが口を開く。
「さて、まずはその傷の手当てが必要だな。アレン、彼女をそこの椅子に」
フランツはアレンに武闘家を座らせるよう言うと、懐から真新しい包帯を取り出した。
「これを使うといい。アリス夫人から分けてもらったものだ」
アレンは指示に従い武闘家を椅子に座らせ、傷の手当てを行う。自分が負わせた傷の手当てを行うなんて何だか妙な気分だ、とアレンは心の中で思った。
「それにしても結構な大ゴトになッちまッたな」
「あぁ。剣士があの様な行動に出るとは予想外だった。今頃は衛兵に捕らえられているだろうな」
「ここにいて大丈夫なんですか? ここにいたら俺たちも捕まるんじゃ……」
武闘家の足に包帯を巻きながらアレンは尋ねる。
「その点は心配ない。何せここは"聖域"だからな」
「どういう意味ですか?」
「このベシスという国は、この貧民街に対して無視を決め込んでいるからな。ここの住人が余程重大な悪事でも働かない限り、国は積極的にここに関わろうとはしないのさ。そしてそれは衛兵たちも同様だ。王に仕える身の彼らは王の意向には逆らえないからな」
フランツの説明に納得した表情を浮かべるガラルドと武闘家を余所に、アレンはさらに質問を続ける。
「ここに追手が来ないというのは分かりましたけど、どうして国はそんな態度を取るんですか?」
「国王にとってこの貧民街は失敗と負の象徴なのさ。国王は国の繁栄に力を注ぎ、城下の開発や発展に熱心だが、見ての通りこの辺り一帯は荒れ果てている。何故か? それは王の政策が失敗に終わったからだよ」
フランツは続ける。
「誰も好き好んで貧民街に住んでいる訳ではない。国や時代に関係なく、社会からあぶれて落ちこぼれる者は必ず出てくる。ここに住むのはそういう真っ当な人生から道を外れた者ばかりだ。国王も以前はそういう人間を救おうと様々な政策を打ち出してきた。だが、その悉くが失敗し、最後には『そんな連中のために貴重な金を使うな』という民衆の猛反対を受け、志半ばで頓挫してしまった。その後、王は貧民街に関わろうとはしなくなった。まるで自分の失敗から目を背けるようにな。それ以来、貧民街は王の威光も届かない見捨てられた場所となったのさ」
「ふーン、この国にそンな事情があッたのか。そりャ、救いの里に人が集まるワケだ」
「ここから移り住んだ者も相当数いただろうな。何しろあそこでは無条件で衣食住が保証されるんだ。女神が支持されるのも当然の結果だな」
二人のやり取りに、アレンは救いの里で過ごした数日間を思い返した。
一日中、何をするわけでもなくただぼんやりと過ごす毎日。食べたい時に食べ、寝たい時に寝るという、まるで獣のような自堕落な日々。アレンにとってはひどく退屈な生活だったが、信者達の大半はそれを「退屈」ではなく「安寧」と捉えていたのだろう。
それじゃあ、俺たちはその人たちの居場所を奪ったってことですか?
アレンはそう言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
女神は人々に施しを与える裏で、身勝手な殺人を繰り返していたのだ。そんなものが救いであるはずがない。女神が行っていた行為は許されないことだ。
だが、果たして自分たちの行いは胸を張って正しいと言えるのだろうか?
「追手はここまで来れないッてコトなら、大手を振ッて表を歩けるッてワケだな!」
考え込むアレンを余所に、ガラルドは陽気な声を上げる。
「とは言えあまり出歩かない方がいい。君はただでさえ目立つ上に、あれだけの騒ぎを起こしたんだ。顔も覚えられたことだろう。そして無論、君もな」
突然名指しを受けた武闘家は驚きながら口を開く。
「あの……、どうして私を助けたんですか……?」
「そりャ、仲間がヤられそうだッてのに、ただ指をクワえて見てるワケにはいかねェだろ?」
そう言うとガラルドはニヤリと笑った。ガラルドの"仲間"という言葉に武闘家は戸惑った様子を見せる。
「でも、さっきは私のことは信用できないって……」
「俺が信用できねェのは口だけのヤツさ。確かに初めは俺らをハメヨうとしてンじャねェかと思ッてたさ。だが、嬢ちャンはその足で命ガケで剣士と闘り合ッた。それを見て考えを改めたのさ。『コイツは口先だけじャない、信頼に足るヤツだ』ッてな。お前もそうだろ? アレン」
「えっ? えぇ、まぁ……」
話を振られたアレンは思案を中断し、武闘家に一つの質問をした。
「一つ……、聞きたいことがある。君はどうしてあんな無茶までして人質を助けたんだ?」
「何の関係もない子供を戦いに巻き込んだのが、どうしても許せなかったんです。それに……」
「……それに?」
「……助けを求めるあの子の顔が、あなたの弟さんの姿に見えたから……」
「……!」
「また目の前で小さな命が消えてしまうんじゃないかと思ったら、居ても立っても居られずに気付いたら体が動いていました」
「……そうか。俺も……あの子が弟に見えたよ」
武闘家の言葉をただ黙って聞いていたアレンがポツリとこぼした。
「それを見て俺はあの子を助けたいと思った。剣士の行動に怒りを覚えた。でも、俺は……何もできなかった。あの子を救うことも、剣士に立ち向かうことも。それを君はやってのけた。他人のために命を懸けるなんて、そう簡単にできることじゃない。君の命懸けの行動、俺は敬意を表するよ」
思いがけない称賛の言葉に、武闘家は顔が熱くなるのを感じた。
「それならば先程話した通り、彼女と協力すると言うことで異存はないな?」
フランツの問い掛けにガラルドは「あァ」と短く返し、アレンは小さく頷いた。
「君もそれでいいかね?」
フランツは次に武闘家に尋ねる。尋ねられた武闘家は力強く「はい」と答えた。
「そうか! 良い返事を貰えて嬉しいよ。せっかくこうして縁が出来たわけだ。まずは自己紹介でもしよう。私はフランツ。勇者を追って旅をしている。こっちはガラルド、君の手当てをしたのがアレンだ」
「ガラルドだ。色々あッたが、今までのことは水に流して仲ヨくヤろうぜ!」
「俺はアレン。よろしく」
フランツに続きガラルドは陽気に、アレンは簡潔に自己紹介を済ませる。
「で、嬢ちャンの名前は何てンだ?」
無邪気な笑顔でガラルドが尋ねる。
「名前……ですか?」
「こうして仲間になッたッてのに、いつまでも『ブトーカ』じャおかしいだろ?」
ガラルドの言うことはもっともだ。武闘家も「それもそうですね」と返し、おずおずと口を開いた。
「私はエトンと言います。皆さんこれからよろしくお願いします」
「おゥ、ヨロシクな! 嬢ちャン」
「……その呼び方だと名乗った意味がないんじゃないですか?」
「こまけェこたァいいンだヨ!」
テンポのいい二人のやり取りに、エトンは笑みをこぼす。
「紆余曲折あったが、どうにか丸く収まったか。『雨降って地固まる』だな」
氷解を迎え和やかな様子で打ち解ける三人の姿に、フランツはやれやれと安堵の溜め息を吐いた。




