第26話 剣士vs武闘家
投げつけるのが好きな人たち
「何の真似だ!?」
予想だにしていなかった武闘家の奇襲に、剣士は狼狽えた様子で叫ぶ。
「それはこっちの台詞です! こんな騒ぎを起こして、無関係の子供まで巻き込んで……! あなたはそんな人じゃないはずです! お願いですから今すぐ剣を収めてください!」
「そうはいかん! 姑息な手を使ったあの男を討ち果たして、我が誇りを取り戻す!」
「……相手がどんな手を使おうと負けは負けです」
武闘家は自分に言い聞かせるように言う。だが、その言葉は剣士の逆鱗に触れた。
「黙れ黙れぇ! 私は負けてなどいないッ! お前まで私を愚弄するつもりか!? ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
剣士は低い唸り声を上げると、構え直した剣を武闘家に突きつけた。明らかな交戦の構え。
戦いの空気を感じ取った群衆はにわかに沸き上がった。人間は争いが好きなのだ。刺激的な戦いを期待して盛り上がる群衆を尻目に、武闘家は状況分析に努めた。
相手は完全に冷静さを失っている。これ以上どんな言葉をかけたとしても、効果はないだろう。人質の少年を救うという目的は果たしたため、戦いに応じる必要はない。だが、もし戦いに応じなければ、相手は何をしでかすか分からない。再び人質を取るかもしれないし、怒りに身を任せて無差別に群衆を斬るつけるかもしれない。ならば、戦うよりほかはない。しかし……
武闘家は左足の痛みに顔をしかめる。ちらりと目をやると足下に血が滴り落ちている。どうやら先程の少年救出の際に傷口が開いたらしい。
万全の状態であれば剣士が剣を振り下ろすよりも早く懐に飛び込み、打撃を叩きこむことも不可能ではない。だが、今の足の具合では本来の動きは見込めない。イチかバチか飛び込んだとして、痛みで動きが鈍ったところを切り捨てられて終わりだろう。
圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、武闘家の頭の中は驚く程冷静だった。
怒り狂う剣士はまるであの時の私だ。それなら負傷しながら相対している今の私は、あの時のあの人か。さっきとは立場がまるで正反対だ。
先程の戦いを思い返し、武闘家は思わず苦笑する。そして「こんな時に笑うなんて自分らしくもない」と思い直した。武闘家に訪れた変化は、アレンとの戦いによって得た戦果だった。
彼女は本来、戦いの最中に笑顔を見せるような性格ではない。彼女は実直で直情的な性格だった。アレンに敗北を喫したのも、その直情的な性格を見抜かれ利用されたためだ。だが、言い換えれば短所は長所にもなり得る。その分、彼女は素直だった。
その素直さ故に勇者の言動に疑問を抱き、素直さ故にトムの言葉を信じ、素直さ故に敗北を受け入れた。敗北を受け入れたからこそ自分の敗因と欠点を見つめ直し、冷静に状況を捉えることができた。
敗北が彼女を成長させたのだ。その姿勢は敗北を認めずに暴れ回る剣士とは対照的だった。
だが、笑っていられる状況でないのもまた事実。武闘家は気と顔を引き締め直し、改めて剣士に向き直った。
先程少年を救い出した時のように、隙を作ることができれば……
だが、奇襲のきっかけとなったナイフは一本限りで、左足も思うように動かない。下手に近付くのは危険だ。できることと言えば、せいぜい何かを投げつけることぐらいだが、舗装された広場の地面には石ころ一つ落ちていない。足元には流れ出た血液が作り出した血溜まりがあるだけだ。
「うっ……!」
武闘家は突如うずくまり、左足を抑えた。その様子に剣士も武闘家の怪我に気付いたようだ。
「ふん! そんな状態でよく戦いを仕掛けられたものだ。その勇気だけは褒めてやろう。だが、手負いだろうと容赦せんっ!」
そう叫ぶと剣士は猛然と武闘家に向かっていった。一歩、また一歩とみるみる距離を詰めてくる。後一歩で剣先が届く程の間合いに剣士が踏み込んだ瞬間、武闘家は左手を横に振り払った。
赤い液体が真っすぐに剣士に向かって飛び散っていく。武闘家が用いたのは、流れ出た血液だった。うずくまり傷を押さえるフリをして、手の平に溜めた血を投げつけたのだ。苦し紛れの苦肉の策だったが、剣士は怯み歩みを止めた。
(今だ! この隙に……!)
飛びかかるために屈み込んだ姿勢から足に力を入れた瞬間、武闘家の体がふらりと揺れる。
それでも構わず立ち上がると、耳鳴りがして視界が白く染まった。貧血の典型的な症状だ。無茶な行動を重ねたせいで、多くの血を失いすぎたのだ。
数秒後、立ちくらみによる"霧"が晴れ視界が戻った時、目の前には剣を振りかざした剣士が立っていた。
太陽の光を反射し、振り上げた剣がギラリと光る。この眩い光によって私の人生は闇に閉ざされる。武闘家は自らの運命を予見した。
「死ねぇぇ!!」
怒号と共に剣士は勢いよく剣を振り下ろした。迫り来る刃がいやにゆっくりに感じられ、脳裏には様々な記憶が次々に浮かんでは消えていく。
(これが『ソウマトウ』……)
武闘家がぼんやりと死を覚悟した瞬間、巨大な何かに視界を遮られ、辺りが暗くなったのを感じた。刹那、重く低い金属音が響く。短い白昼夢から目覚め正気を取り戻すと、視界を塞いだものの正体が人の背中だということに気が付いた。
「ようやく現れたか!!」
まるで長い間待ち焦がれていた恋人が現れたかのように、剣士が嬉しそうに声を張り上げる。武闘家を守るように、ガラルドが剣士の攻撃を受け止めている。
(なぜ敵である私を……?)
状況は理解できたが、そうなった理由は全く理解できない。
武闘家が戸惑っていると、遠くの方から大声が聞こえ、野次馬たちがざわめき始めた。どうやら「道を空けろ」と叫んでいるようだ。
「不味いぞ、衛兵だ!」
フランツの声にアレンが顔を上げると、遠くから人の波をかき分け、兵士たちがやって来るのが見えた。
「騒ぎを聞きつけてやって来たか。捕まると厄介だ。拠点まで戻るぞ! アレン、彼女を!」
フランツの指示にアレンは急いで駆け寄り、うずくまる武闘家を両手で抱え上げた。突然の出来事に武闘家は驚き、身を固くしている。
「ガラルド、急げ!」
「あァ! 今行く!」
ガラルドは剣を交えたまま、振り向きもせず答えた。その発言に聞き捨てならぬとばかりに剣士が食ってかかる。
「この私が貴様を逃がすとでも思っているのか?」
「悪ィが命令なンで……ねッ!」
「なっ……!?」
そう言うとガラルドは足払いを仕掛けた。鍔迫り合いにより足元への意識が薄くなっていた剣士は、バランスを崩し転倒する。その間にガラルドは戦闘を切り上げ撤退を始めた。
「貴様ぁ! 逃げるなぁぁぁ!!」
ガラルドの背中に剣士の怒声が飛ぶ。だが、当然ガラルドは応じない。
剣士はすぐさま立ち上がり、ぶつぶつと恨み言を口にしながら落ちている剣を掴んだ。
「どこまで私をコケにすれば……気が済むんだァー---!!!!」
「ガラルドさん、危ない! 後ろっ!」
アレンの腕の中で、武闘家が叫ぶ。
アレンに抱きかかえられていた武闘家は、剣士の様子を注意深く眺めていた。他の三人は逃げるために剣士に背を向けていたためだ。
眺めていると剣士は剣を拾い上げ、怒りの雄叫びを上げるのが見えた。そして――
「あン?」
武闘家の声に振り返ると、グルグルと回転しながら飛んでくる剣が目に入った。ガラルドは振り向きざまに持っていた剣を薙ぎ払う。ガキンと鈍い音がした。
「チッ、折れちまッたか……」
間一髪で剣士の攻撃を防いだ代償に、ガラルドの剣は根元から折れてしまった。だが、ガラルドはさして気にする様子もなく、叩き落とした剣士の剣を拾い上げる。
「ちょうどいいヤ。コイツは預かッておくゼ!」
剣を投げつけるという剣士としてあるまじき行為。剣士としての誇りを捨てた最後の一撃。
「それすらも通用しないのか……」
武闘家が最後に見たのは、がっくりとうなだれた剣士を衛兵が取り押さえる様子だった。




