第25話 決別
敵との共闘っていいよね
武闘家の来訪により二人の間に緊張が走る。フランツは身構え、ガラルドは腰に差した剣に手をかけ、いつでも抜けるよう臨戦態勢に入った。
先程までの呑気な空気は一変し、張り詰めた空気が辺りを包み込む。
「何しに来ヤがッた? またショーコリもなく戦いを挑みに来たッてンなら、相手になるゼ」
ガラルドが威勢よく啖呵を切って牽制する。
「そ、そうじゃない! 私は……」
武闘家は戸惑いながら口ごもった。アレンと対峙していた時の勇ましい態度は影を潜め、大人しく口下手な印象を受ける。武闘家の変貌ぶりを見抜いたフランツは、ガラルドを宥める。
「まぁ、待て。その気だったらとっくに襲いかかっているはずだ。ましてや扉を叩いて来訪を知らせるような真似はするまい。何か私たちに用があるんじゃないか?」
真意を尋ねられた武闘家はこくりと頷いた。
「何の用があるッてンだヨ?」
「私は今まで勇者様を信じて行動して……きました。魔王から世界を救うため、人々を守るために戦っていると、そう信じていました。でも……、あの子の話を聞いてそれが本当なのかどうか分からなくなって……」
「なゼ、今まで行動を共にしてきた仲間じャなく、あの子供の言うコトを信じる? 勇者はお前の仲間だろう? 仲間が悪事を働いてると聞かされれば、普通は否定するモンだ」
「それは……」
「勇者の悪事に思い当たる節がある。違うか?」
フランツの言葉に武闘家は素直に頷いた。
「あの子はお姉さんが連れて行かれたと言ってましたよね? 私、それらしき人を何人か見てるんです。『住む所を失った女性を保護してきた』と聞いてたんですけど、皆一様に暗い顔をしていたので、やけに記憶に残っています」
「住む場所を追われたのであれば、暗い顔をしていても不思議ではないが……。その女性たちは何人いた?」
「確か……五人ぐらいだったと思います」
「だとするとずいぶんと少ないな。魔王によって住む場所を失った人間は老若男女問わず大勢いる。そんな中で保護したのがたったの五人とは、あまりにも少なすぎる」
「言われてみれば確かにそうかもしれません……」
「ちなみに保護された女性たちはその後どうなった? まさか魔王討伐の旅に同行させるわけにもいくまい」
「それが、その人たちを見たのはそれっきりで……」
武闘家はそう言うと腕を組んで何事かを考え始めた。その隙に乗じてガラルドはフランツに耳打ちをする。
「ヤツの話を信じるのか? 罠かもしれないゼ」
「勇者側の情報を得る、またとない機会だ。罠だとしても大いに価値がある」
「そう言えば、確かシゼに行くって言ってたような……」
「なンだとッ!?」
武闘家がポツリと小さくこぼした言葉に、ガラルドは大きく反応した。
「本当にシゼに行くと言ッたのか!?」
「それはおかしい。シゼは未だ魔王に占領されているはずだ。そう簡単に近付ける状況ではない」
「勇者様からは、シゼにいた軍勢のおよそ半数打ち破ったと聞いています。ただ、今はまだ交戦中なので公表は控えるように、と」
「『半数は打ち破った』だと? 聞いちャいねェゼ、そンな話」
「君は勇者に同行しなかったのか?」
「私たちは女神様を救いの里まで送るように指示を受けていたので、シゼの状況は見ていません」
「それで勇者が都で"演説"をした時に姿がなかったのか」
武闘家の話を受け、フランツは腕組みをしながら思案する。
(それが事実とすれば、魔王軍の半数は未だシゼを占領していると言うことになる。そんな危険な場所に保護した人間を連れて行くなどやはりおかしい。それもわざわざ戦力を分散して。今まで自らの功績を誇示してきた勇者が、半数を打ち破ったという戦果を控えたと言う点も気になる。この話には色々とおかしな点が多い……。やはり嘘をついてるのか? だが、この少女からは我々を騙そうという意図が見えない。そもそもアレンの策にかかった直情的な性格で、人を騙すような器用な真似ができるのか?)
フランツが逡巡していると、扉を叩く音が再び聞こえた。程なくして扉が開き、アレンが姿を現した。
「戻りまし……た」
本来いるはずのない武闘家の姿に、アレンは帰着の言葉を言い淀む。
「いいところに戻ってきた。言いたいことはあるだろうが、君の意見が聞きたい」
そう言うとフランツはアレンに簡潔に状況を説明した。
「どうだ? 君はこの話を聞いてどう思う? 何か裏があると思うか?」
「そうですね……」
意見を求められたアレンは、顎に手を当ててしばらく考えた後に自分の見解を話し始めた。
「魔王軍の半分を倒したというのが本当なら、勇者たちは世界に向けて何かしら発表すると思います。『魔王軍を追い詰めた』とか『シゼの奪還は時間の問題だ』とか。自分たちの挙げた功績をわざわざ隠す必要はないですからね。シゼに行く理由もよく分からないですね。交戦中と言うのであれば戦いに向かったと考えるのが自然ですけど……女神、剣士、武闘家は別行動を取っていたというのが気になります。戦力を分けた上に保護した女性たちを連れて行くなんて明らかに不自然です」
「ほぅ……」
アレンの見識にフランツは思わず唸った。
フランツはアレンが影響を受けないように、自分の考えを伏せて武闘家から聞いた話のみを伝えた。それを受けアレンはまるで示し合わせたかのように、フランツと同様の点を指摘した。自分と同じ観点で物事を捉え考えるようになったアレンの成長ぶりにフランツは驚喜した。
「ほらな? アレンもこう言ッてるじャねーか。ウソついてンだヨ、コイツは」
「……確かにこの話には不審な点が多いです。つまりこの話は"嘘"ということになる」
「わ、私は嘘なんて……!」
ガラルドとアレンの言葉に武闘家は慌てて潔白を主張しようとした。それを遮るようにアレンは続ける。
「問題は……誰が嘘をついてるかです」
「はァ? どういうコトだ?」
「俺は勇者の話自体が嘘なんじゃないかと思います。そもそもの話が嘘ならばいくら正直に話したところで、それは嘘です。だから話に違和感や不審な点が残る」
「つまり嘘をついてるのは勇者の方で、コイツは正直に話してるッて言いたいのか?」
「……はい」
「私もアレンと同じ考えだ。そして今や彼女は、勇者の言動に疑問を抱いている。つまりは我々と同じだ。ここは一つ、我々は協力し合うべきではないか?」
フランツのアレンの見解に同意し、提案をした。そんな提案をガラルドは真っ向から拒絶する。
「俺は反対だね。所詮は勇者のお仲間だろ? どうにも信用ならねェ。もしコイツを仲間にするッてンなら、俺はここで降りるゼ」
「俺も……反対です。例えティサナ村の火災に関わっていなかったとしても、勇者に加担していたのは事実です。そう簡単には許すことはできません」
「っ……」
向けられた明らかな敵意に反論することもなく、武闘家は悔しそうに押し黙った。
気色ばんだ二人にフランツは三度考え込む。
(ガラルドはともかくとしてアレンもか……。武闘家をこちらに引き込めれば勇者の情報を得られるのだが、無理に押し通せば二人の反発は必至、喧嘩別れにもなりかねない……)
その時、けたたましく扉が開き、慌ただしくアリスが飛び込んできた。
「よ、よかった、まだここにいて……」
息を切らすアリスにアレンが尋ねる。
「そんなに慌ててどうしたんですか? 何かあったんですか?」
「大変なのよ……! ウチで手当てを受けていたあの鎧の……あの子が目を覚ますなり『あの大男を連れて来い』と暴れ出して……」
大男。アリスのその言葉に全員の視線がガラルドに集まる。
「オイオイ、そンな目で見つめるなヨ、照れるゼ」
「照れてる場合か。呼ばれているからには行くしかない。我々が招いた事態でもあるしな。話は後だ、とにかく現場に向かうぞ」
フランツはガラルドの冗談を冷静に諫めると、現場に向かうように指示を出す。アレンもガラルドも今回は素直に従った。
一同が現場に着くと、診療所の前に人だかりができていた。人をかき分けて進んで行くと、その中心部に剣士とゴードンの姿が見えた。だが、何やら様子がおかしい。
「早くあの大男をここに呼べ! 今度こそ叩っ斬ってやる!」
「落ち着きなさい! 今、妻が呼びに行っている! だからその子に危害を加えるのはよせっ!!」
よく見ると、剣士は幼い少年の首元に剣を押し当ててガラルドとの再戦を要求していた。ゴードンはそれを必死に押し止めている。怯え切った少年の顔が亡くなったばかりの弟と重なり、剣士の暴挙にアレンは憤慨した。
「関係ない子供を巻き込むなんて……! クソッ! なんて奴だ!」
「人質を取ってまで再戦を望むとは、相当錯乱しているな。どうやら君に負けたのが余程堪えたらしい」
「少しは気骨のあるヤツと思ッたが、とンだ外道に成り果てたな。仕方ねェ。お望み通り相手になッてヤるか」
「待て!」
名乗り出ようとしたガラルドを、フランツは制止する。
「何だヨ、センセー。俺がアイツに負けるとでも思ッてンのか? 心配いらねェヨ。さっきみたいに……」
「そうじゃない。これだけの衆人環視の中で剣士とやり合えば、我々の存在が明るみに出る。そうなればあっという間に噂が広まるぞ。勇者たちの耳にも届くだろう」
「あの子を見殺しにするつもりですか!?」
「そうは言っても、ここで目立つ行動は避けるべきだ。それにガラルドが名乗り出たとして、奴が人質を素直に解放する保証はないぞ」
「……ここは私に任せてください。仲間の不始末は私が方を付けます」
三人のやり取りを黙って聞いていた武闘家が口を開く。
「一体、どうするつもりだ?」
「あの子を助けます。私を信じられないのは分かっています。でも、今だけは私を信じてください」
「ヘッ! この期に及ンで信じろッてか? 人質を取ッて暴れるヨうなヤツの仲間の言葉を?」
武闘家の言葉をガラルドは茶化すように嘲笑う。だが、アレンは武闘家の瞳の奥に強い意志を感じ取った。必ず少年を救い出すという強い意志を。
「フランツさん、ガラルドさん。今は信じましょう」
「オイオイ、正気か? コイツはあの女の仲間だゾ?」
「仲間だからこそ警戒されずに近付けるはずです。それになぜか今は信じられる気がするんです」
「それでは彼女に気付かれないように少し距離を取って、私の真後ろに立っていてください」
そう言うと武闘家はつかつかと剣士の方へと歩み寄った。武闘家の姿に気付いた剣士は彼女に問う。
「お前か……。そちらの戦況は……いや、それよりあの大男の行方を知らないか?」
「どうしてそんなにあの男に固執するんですか?」
「……私の鎧を見ろ。奴は私との勝負を剣ではなく拳で終わらせた。こんな屈辱は……初めてだ!」
「こんな騒ぎを起こしては問題になりますよ。とりあえず今は剣を鞘に収めてはどうですか?」
「馬鹿を言うな! 奴を斬らねば、傷付けられた誇りはどうなる!」
「でも、その子には関係ない話でしょう? 今すぐ離してあげてください」
「あぁ、離すとも。あの男をここにおびき寄せてくれたらな」
武闘家は説得を試みるが、剣士は何一つとして聞く耳を持つ様子を見せない。
交渉の余地なし。そう判断した武闘家は次なる手段に打って出た。
「……いますよ。ほら、後ろの野次馬の中」
「なにっ!?」
その言葉に釣られて、剣士は思わず後ろを振り向いた。それと同時に、武闘家は剣士に何かを投げつけた。武闘家の左手から放たれた"それ"は、剣士の顔に向かって一直線に飛んで行く。
(あれは……!)
アレンは気が付いた。"それ"はアレンが武闘家と戦った時、彼女の左足に突き立てたナイフだった。
「むっ!?」
剣士は身に着けている鉄製の籠手で、咄嗟に顔を防いだ。キンッと甲高い音がしてナイフが弾かれる。奇襲は失敗に見えた。だが、武闘家の狙いは剣士に傷を負わせることではなかった。
剣を握る右手で顔を防いだことにより、少年の首に突き付けられていた剣が遠ざかる。その隙を見逃さず、武闘家は全力で剣士に突っ込んで行った。
体当たりを受けた剣士はバランスを崩し、少年から手を離す。武闘家は瞬時に少年の腕を掴み、後方へと投げ飛ばした。
「おっと!」
指示された通りに武闘家の真後ろに立っていたアレンは、投げ飛ばされた少年の体をしっかりと受け止めた。
僅か数秒の間に起きた一瞬の救出劇。そのために武闘家は、文字通り剣士に刃を向けた。
彼女が選んだのは、かつての仲間との"決別"だった。




