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第24話 来訪者

この世界に指切りはあるのだろうか

「トムッ!」

 叫び声と共にアレンは診療所に飛び込んだ。

「ご、ゴードンさん、と、トムは……!」

 息を切らしながら弟の様子を尋ねるアレンに、ゴードンは優しく声をかける。

「さっきまで苦しんでいたが、痛み止めを打ったら少し落ち着いたよ。行って声をかけてあげるといい」

 ゴードンの言葉を受けアレンはベッドの脇にしゃがみ込み、弟の名を呼んだ。

「トム……」

「う……ん……」

 呼びかけに微かに反応を示したトムの様子を見て、ゴードンは驚く。

「初めて呼びかけに反応したぞ! もしかすると意識を取り戻すかもしれん。アレン君、続けるんだ!」

「トム、起きろ! 兄ちゃんだぞ! 目を開けてくれよ! なぁ、トム……!」

「……に……い……ちゃん……?」

「トムッ!!!!」

 アレンの懸命な呼びかけにトムは目を覚ました。

「あぁ……、トム……」

 一体、何を話そう。何から伝えればいいんだろう。話したいことは山ほどあるのに、いろんな感情が沸き起こって言葉が出てこない。

「トム……、俺は……」

「君に聞きたいことがある」

 やっとの思いで絞り出したアレンの言葉に、何者かの台詞が重なる。

 驚いて振り向くと、そこにはフランツの姿があった。その後ろにはガラルドとアリス。さらにガラルドは気を失った剣士を肩に担ぎ、アリスは負傷した武闘家に肩を貸している。

「な、なんでそいつらまで……」

「説明は後だ。それより今は君の弟に話を聞く必要がある。あの日、ティサナ村で何が起こったのかを」

「おじさん……、誰……?」

「私は君の兄さんの仲間だ。トム君、君に聞きたいことがある。あの夜、君は気を失う前に何を見た?」

「フランツさん! 何もこんな時にそんなこと聞かなくても……!」

「それは違うぞ、アレン。こんな時だからこそ聞かねばならないんだ。君の弟は大事な生き残りだ。あの日、ティサナ村で何があったかを知る唯一の人物なんだぞ」

「でも……!」

「ねぇ……ちゃん……、姉ちゃんが……」

 トムはアニーのことを気にかけている様子だった。アレンはトムが意識を失う前に言いかけた言葉を思い出す。

(『ねぇちゃん……は……勇者に……』)

「アニーがどうしたんだ? 勇者と何かあったのか?」

「姉ちゃんは……勇者に連れて行かれそうになって……僕はそれを止めようとしたんだ……でもダメで……」

「な、なんだって!? 勇者がアニーを!?」

 アレンは驚きの声を上げた。アレンだけではない。ガラルドもゴードンもアリスも顔に驚きの色を浮かべている。

 そんな中、唯一人フランツだけがいつもと変わらぬ涼しい顔でトムに質問を続けた。

「他には何か見なかったかい?」

「えっと……黒い帽子のお姉ちゃんが……」

「黒い帽子……魔女か。それから?」

「帽子のお姉ちゃんが持ってる杖を振ったんだ……。そしたら急に火が起きて……、お家が燃えて……」

「そ、そんな……!」

「信じられん……まさか、そんな……」

 トムの証言にアリスとゴードンは息を呑んだ。彼らは勇者一行を世界のために戦う英雄と信じていたのだから無理もない。

「そうだ……お父さんとお母さんは……?」

「父さんと母さんは……」

トムの問いかけにアレンは息を呑んだ。

「……無事だよ。父さんも母さんも道具屋のおじさんも食堂のおばさんもみんな無事だ」

 アレンは嘘をついた。悲しい嘘だった。

「そう……よかった……。じゃあ、あとは……姉ちゃんだけだね……」

 アレンの嘘にトムはほっとしたように小さく笑った。

「兄ちゃん……、姉ちゃんを……助けてあげて……」

「分かった。約束する」

「じゃあ……ゆびきり……」

 そう言うとをトムは小指を立てて、弱々しく右手を上げた。だが、その腕はすぐに力なくだらりと垂れ下がった。

「おい、トム! しっかりしろッ!」

 アレンはトムの手を握り締め、懸命に呼びかける。だが、返事はない。

「トム! トムッ! ゴードン先生! トムが……!」

 アレンは藁にも縋る思いでゴードンに助けを求めた。しかし、ゴードンは目を閉じて静かに首を横に振るだけだった。

「トム……眠ってるだけだろ? 起きろよ……起きて返事をしてくれよ……! なぁ、トムッ……!」

 アレンはトムの体を揺すり、必死に声をかける。しかし、トムからの返事はない。

 (トム)(アニー)の身を案じ、それを(アレン)に伝えるために死の淵から甦った。麗しい兄弟姉愛(きょうだいあい)が起こした小さな奇跡。そして小さな奇跡を起こした小さな少年は、静かに永久の眠りについた。

「そ、そんな……、トム……トムーーーーーー!!!!!」

 診療所内にアレンの悲痛な叫び声が響く。

 ゴードンは沈痛な面持ちで俯き、アリスは両手で顔を覆う。フランツは脱いだ帽子を胸に当て、ガラルドは苦い顔をして窓の外を見た。

 各々がトムの死を悼む中、武闘家は拳を握り締め、その身を震わせていた。


「ヨし! こンなモンだろう」

 ガラルドはそう言うと、金槌を片手に満足気に頷いた。

 トムが亡くなった後、武闘家と剣士は手当てのために診療所に残り、ガラルド達は再び拠点である貧民街へと戻っていた。いくら休戦中とはいえ、勇者の仲間の前で堂々と今後について話すわけにはいかない。

 フランツは計画を練り直し、手持ち無沙汰となったガラルドは武闘家によって壊された扉の修理をしていた。一仕事終えたガラルドは、中で腕組みをしながら難しい顔をしているフランツに声をかけた。

「どうだい、センセー。なかなかの出来栄えだろ?」

 ガラルドの言葉にフランツは顔を上げる。

「うンうン、我ながらジョーデキだな!」

 自画自賛を続けるガラルドに、フランツは適当な返事をする。

「あぁ、見事な腕前だ」

 お世辞に気を良くしたガラルドは上機嫌に話を続ける。

「それにしても勇者がアレンの妹をさらッたとは。センセーのニランだ通りだッたな」

「あぁ。各地で頻発している少女たちの失踪事件も勇者の仕業だろう。失踪者が消えた場所と勇者の足取りもピッタリ一致しているしな」

「それでその現場を見られたから、村に火を放ッたッてワケか。まッたく、ひでェコトしヤがる」

「その点は私も予想外だった。勇者が魔王を裏で手引きし村を襲わせたと考えていたが、まさか勇者自身が火災の直接原因だったとは」

 トムが死の間際に放った最期の言葉。その命懸けの証言は、灰色だった勇者の疑惑を黒く塗り替えた。

「しかし、なンだッて連中は人さらいなンてマネを? それも若いオンナばかり」

「目的か……。その点は今後も調査が必要だな。勇者と魔王の関係も調べ直す必要がある。話を聞く限り、ティサナの一件には魔王は絡んでいないようだしな」

「しかし、アレンも気の毒だよな。故郷は燃ヤされて、家族は殺されて、その上、妹はさらわれちまッたンだからヨォ」

「だが、おかげでこうして真相に近付くことができた。もしアレンがあの日、村を離れていなければ彼もまた火災に巻き込まれ、命を落としていただろう。そうなれば我々はアレンと出会うこともなく、この真相を知ることもなかった。ある種の運命なのかもな」

「運命ねェ……。だとしたらズイブンと過酷な運命だな。この調子でアレンのヤツは大丈夫なのか?」 

 いつもは陽気なガラルドが珍しくアレンを気遣うような殊勝な言葉を投げかける。

 今、この場にはフランツとガラルドの二名しかいない。アレンはと言うと、幼くしてこの世を去った弟を弔うためにティサナ村へ向かっている。

 都の共同墓地に埋葬することもできたのだが、『故郷で両親と一緒に眠らせてやりたい』と言うアレンたっての願いから、ティサナ村に埋葬することになったのだ。その道中にはゴードンも同行している。

「弟を亡くして、相当ガックリ来てるだろ? ヤケになッてこのまま一緒に……なンてのもありえない話じャないゼ」

「ゴードン氏も付いていることだし、心配あるまい。恐らくゴードン氏もそれを懸念して同行したのだろう」

「それにしたッて、今のアイツにこれ以上旅を続ける気力があるか?」

「あるさ。望みがあるからな」

「望み?」

「君もアレンの弟の最期の言葉を聞いたろ? 妹を救い出す。弟から託された最期の望みであり、アレンに残された最後の望みだ。その"望み"がある限り、アレンは決して歩みを止めない。いや、止められないと言う方が適切か」

「なるほどな。そういヤ、もう一つ聞きてェンだがヨ」

「何だ?」

「武闘家のあの足の傷、アレはセンセーがヤッたのか?」

「いいや、あれはアレンの功績さ」

「アレだけボロボロにされてたッてコトは、それだけ力の差があッたッてコトだろ? どうヤッて反撃したンだ?」

「頭を使って力の差を埋めたのさ。武闘家の性格を利用した見事な策だったよ。彼には君のような腕力はないが、考える力がある」

「それだと俺がなンにも考えてないみてェじゃねェか」

「なに、言葉の綾だ。そう気にするな」

 ガラルドを宥めていると、修理したばかりの扉を叩く音がした。

「……誰だ?」

「アレンが戻ッたンじャねェか?」

「いや、それにしては早すぎる」

「なら、医者のセンセーの奥さンじャねェか?」

 フランツとガラルドは来訪者の正体について意見を交わす。しかしノックをする音がしたきり、いくら待っても扉は開かない。

「なンだ? 入ッて来ねェな……」

 業を煮やしたガラルドが扉を開くと、そこには所在なさげに佇む武闘家の姿があった。

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