第113話 結託
祝日っていいな
牢の中の男は、自分が勇者であることを自白した。さらに男はこことは異なる別の世界からやって来たと主張した。事故により意識を失い、目が覚めた時にはこの世界にいたとのことだ。驚く兵士をよそに、エルダは筆談を通じて男から様々な情報を聞き出した。
今の姿は元いた世界の時のもので、気付いた時には既に姿が変わっていたそうだ。しかし何故姿が変わったのかや、何故元の姿に戻ったのかは男にも分からないという。
エルダは男に「どうやってこの世界にやって来たのか」と尋ねたが、明確な回答は得られなかった。そもそも男自身、どうやってこの世界に来たのかを把握していない様子だった。その後もエルダは質問を続けた。
何故魔法が使えるのか?
何故急に言葉が通じなくなったのか?
何故文字だけは分かるのか?
だが、男はいずれの質問にも「分からない」と返すばかりだった。そんな中、やり取りを見ていた見張りの兵士がある疑問を口にした。
「絶対的な力がありながら、この者は何故大人しく捕まっているのでしょうか?」
エルダも同じ疑問を抱いてはいたものの、敢えて口にはしなかった。その質問は男を刺激する恐れがあったからだ。
男が付けている腕輪には魔法を封じる力がある。彼女はそう結論付けた。導き出した結論を真とするならば、男は現在、力を失っていると考えられる。もしそれを知れば、男は躍起になって腕輪を外そうとするだろう。そこでエルダは、腕輪について触れずに男に尋ねた。何故力を行使して逃げ出そうとしないのか、と。その問いに対する男の答えはシンプルだった。
I want to escape. but I can't do it. because I have no power to escape.
「逃げたいが、逃げるための力がないからそれはできない……」
エルダは男が書いた文字を読み上げる。その瞬間、彼女は自分が出した結論が正しかったことを理解した。
男にはもう魔法はおろか、牢を破る力すら残ってはいなかった。
「……というわけで、あの者は自らを勇者と認めました。腕輪の力により力は封じられており、逃げ出すこともできないようです」
ベシス城、王座の間。エルダは勇者から得た情報を滔々と述べる。王の側近は、困惑した様子で念押しするように尋ねる。
「本当にあの者は、こことは異なる別の世界から来たと言ったのか?」
「はい、確かに。ただし『言った』ではなく、『書いた』と表現した方が適切ですな」
「どういう意味だ?」
「何しろあの者はこちらの言葉が分からないようでして、全くもって会話が成り立たないのです」
「しかし其方はあの者の言葉が分かるのであろう?」
「いえ、残念ながら……。それがしにもあちらの言葉はさっぱり分かりませぬ」
「それでは一体、どうやって情報を聞き出したと言うのだ?」
「それが……不思議なことにあの者は言葉は分からないようですが、文字は分かるようなのです。故に筆談にて意思の疎通ができたのです。『書いた』が適切と申し上げたのは、そういう理由ですぞ」
「文字は分かるのに言葉は分からぬとは、何とも面妖な……。その他に何か分かったことはないのか?」
「その他にも色々と尋ねてみたのですが、『分からない』と繰り返すばかりでして……」
「本当に分からないのか? 話すつもりがないのではないか? ……しかし奴にはもう力は残っていないと聞き出せただけでも十分な収穫だ。でかしたぞ」
側近はエルダにお褒めの言葉を授けると、王に尋ねる。
「それで……陛下。あの者の処遇につきましてはいかがなさいますか?」
側近の質問に、王は目を閉じ髭を撫でながら思案する。
魔法に異世界、異なる言語……。エルダからもたらされたそれらの情報は、理解の範疇を超えていた。しかし国を治める統治者たる者、決断を急がねばならない。
勇者は力を失っているという話だが、その状態がいつまで続くかも分からない。何かをきっかけに力を取り戻し、再び国に仇なす恐れも十分に考えられる。一国も早く処理しなければならない。それでいて、勇者を討ち取ったのはベシスであると世界中に知らしめる必要があった。
そもそもベシスが勇者との戦いに踏み切った理由は、世界の覇権を手にするためだ。フランツの口車に乗る形で王は戦いを決断したがその代償は大きく、魔族との戦いでは多くの兵を失った。何とか魔族は討ち取ったものの被害は大きく、最早単独で戦いを続ける余裕は残っていなかった。
そこでフェルシュタット、ノーム、オルカナ、ユガンデールの四か国に協力を要請したわけだが、それもまた苦渋の選択だった。多くの兵を失ったという実情を知られれば、その弱みに付け入ろうとしてくるに違いない。
フェルシュタットとユガンデールは野心を剥き出しにして、ベシスの領土を掠め取ろうと画策するはずだ。ノームも戦いに協力した見返りとして、何らかの要求をしてくるだろう。オルカナが中立の立場を破って勇者との戦いに参戦したのにも、何か裏があると見るべきだ。どの国も腹に一物抱えているのだ。しかしそれはベシスとて同じこと。各国の思惑を批判できる筋合いなどありはしない。
だが、王は四か国を非難するつもりなど毛頭なかった。自国の利益を重視するのは当然のことだ。如何に相手を出し抜き優位に立つか。外交とはそういうものであることを王は理解していた。
「では……」
「し、失礼いたします!」
王が意見を述べるために口を開いた瞬間、血相を変えた兵士が飛び込んできた。
「何事だ、騒々しい! 重要な合議の最中であるぞ!」
諫める側近に、兵士は息を切らしながら釈明をする。
「も、申し訳ありません! ですが、"使者"の方がお見えになっておりまして……」
「使者だと……?」
側近が訝し気な声を上げたその直後、開け放たれた扉から数名の男たちが王の間へとなだれ込んできた。間髪を容れずに、男の一人が王に向かって口を開く。
「ご機嫌麗しゅうございます、エドワード陛下。我々はオルカナの使節団にございます」
今まさに勇者の処遇を決定するというタイミングで現れた男たちに、王は警戒心を抱いた。
「して……そのオルカナの使節が何用だ? 前置きはいらぬ、端的に申せ」
「それでは申し上げます。今回の戦いにおける話し合いの場を設けていただきたく存じます」
「……話し合いだと?」
「中立国である我が国が勇者との戦いに加わったのは、貴国の協力要請に応じたからに他なりません。そして我々は辛くも勇者に勝利を収めることができました。しかしこれで終わりというわけではありますまい。勇者は今、地下牢に捕らえているそうですね。彼の者の処遇につきましてはいかがなさるおつもりで? 戦後処理も必要となってくるでしょう。そこで共に手を取り合って戦った国同士、互いに意見を出し合い、魔王と勇者によって混乱した世界に秩序をもたらす必要があるのではないでしょうか?」
使者の男の言葉に側近が反発する。
「何を申すか! 確かに貴国には協力を求めたが、惨憺たる結果だったではないか! 勇者と対等に渡り合えたのは我がベシス兵だけだったのだぞ? 貴国の兵士らがどう勝利に貢献したというのだ?」
「それはつまり、今回の勝利はベシスのみの手柄と仰りたいのですか? 議論の余地などない、と?」
「無論だ。何を話し合うことがあると言うのだ?」
「そうですか……。それならば致し方ありますまい」
そう言うと、使者の男は大きな咳払いをした。すると、再び扉からぞろぞろと見知らぬ男たちが現れた。
「な、何だ貴様らは!?」
「我々と同じ、勇者との戦いに参加した各国の使節団にございます」
オルカナの使者は側近の問いに答え、さらに続ける。
「彼らもまた話し合いを望んでおりまして……もしもそれが聞き入れられないのであれば、今一度共に手を取り合ってコトに当たろうかと」
「……共に手を取り合って我が国に攻め入るつもりか?」
今まで黙り込んでいた王が、言葉の真意を言い当てるように口を開いた。
「いえいえ、決してそのようなことは! 先程も申し上げた通り、私共は話し合いの場を設けていただきたいだけなのです。我が祖国オルカナはあくまで中立国。無益な争いは望みません。しかし……他の国々はどう考えているでしょうか?」
胡散臭い笑顔を浮かべて、オルカナの使者はそう答えた。




