第108話 繋ぐ想い
「正月休みを利用してバリバリ執筆するぞ!」と思ったのに、ほとんど進みませんでした
「騒ぎに乗じていつの間にかいなくなったと思ったら、わざわざ戻ってきたのか?」
「……」
「チッ、無視かよ」
勇者は少女に声をかけるが、返答はない。質問を無視された勇者は不快そうに舌打ちをした。
「まぁいい。それよりも……あの男はどこに行った?」
勇者は再び少女に尋ねる。
「その場所は、さっきまであの男がいた場所だ。入れ替わるようにしてお前が現れたってことは、お前はあの男と接触しているはずだ。何か悪だくみの相談でもしたんだろ? だからこそお前は俺の前に再び姿を現した。違うか?」
「……」
やはり少女は答えない。
「またしてもだんまりか。つくづく愛想のない女だ。もう一度聞く。あの男はどこに行った? 素直に喋ったらどうだ? 今の状況を見てみろよ? あれだけの数がいて、俺を倒すどころか傷一つ付けられないんだぜ? いくら雑魚が力を合わせたところで無駄なんだよ。たとえ世界中の人間が束になって掛かってきたとしても、俺には勝てない。素直に居場所を吐くってんなら、仲間のよしみで今回だけは見逃してやる。いくら俺を裏切ったとはいえ、一緒に旅してきた仲間を手にかけるのは忍びないからな」
「……貴方なんか仲間じゃない」
勇者の長台詞に少女は遂に口を開いた。吐き捨てるような不満気な口調に、勇者は眉を吊り上げる。
「あぁ?」
「貴方は私を騙して良いように利用してきた。私にとって仲間と呼べるのはアレンさんたちだけです。貴方なんか仲間じゃない。貴方を信じて行動を共にしてきたことは、私の人生の汚点です」
「……言ってくれるじゃねぇか。だが、そろそろ口を慎めよ。いくら心の広い俺でも、これ以上続けるつもりなら容赦はできないぜ」
「心が広い? 醜いの間違いでしょう? 貴方なんかに情けをかけてもらって生き延びるぐらいなら、私は死を選びますよ」
「……そうかい。なら、望み通り死ねッ!」
少女の挑発に逆上した勇者は真っ直ぐに剣を振り上げると、殺意を込めて振り下ろした。エトンは半身の構えを取ると、上体を僅かに後方に反らす。刹那、後方からガコンという鈍い音が聞こえた。チラリと見遣ると、背後に鎮座していた岩が真っ二つに割れていた。エトンは視線を前方に戻すと、真っ直ぐに勇者のもとへと走り出した。
「チィッ!」
勇者は激しく舌打ちをすると、再度エトンに向かって剣を振るった。薙ぎ払うように真横に振られた剣の動きを見たエトンは、身を低く屈めてこれをかわす。再び背後から聞こえる鈍い音。勇者の斬撃により岩が斬られた音だ。最初につけられた縦の切断創と交差するように、水平に斬り裂かれている。それを見たエトンは確信した。
(やっぱり……思った通りだ。攻撃の軌道は振った剣の動きと連動している……!)
飛び交う斬撃を巧みにかわしながら、エトンは勇者との距離を詰めていく。剣の動きで軌道が分かるのならば、対処法は至って単純だ。勇者が剣を縦に振った時は左右に避け、横に振った時は身を屈める。防ぐのではなくかわす。身軽な彼女だからこそできる芸当だ。
さっきクリフを仕留めたフェイントも今回は意味を成さなかった。クリフは斬撃を迎え撃つ戦法を用いた。そこで勇者はタイミングを狂わせるために、フェイントを入れたのだ。
対してエトンは斬撃をかわす戦法を取った。斬撃があろうとなかろうと、剣の動きに合わせて全ての攻撃をかわせばいい。それならタイミングが狂わされることもない。彼女はそう考えた。
「オラァ!」
斬撃。かわす。
「死ねぇ!」
斬撃。またかわす。
「食らい……やがれ!」
フェイント。斬撃は来ないがこれもかわす。
エトンは勇者の繰り出す攻撃をかわしながら、ジリジリと前進を続ける。勇者はもう目と鼻の先だ。斬撃が当たらないことに苛立ち。勇者は躍起になって剣を振るが、エトンを捉えることはできない。
エトンが斬撃をかわす戦法を選んだ理由は、彼女の装備にある。鎧も剣も身に着けていない彼女が斬撃を弾き返すのは、危険極まりない行為だ。一撃でも食らえば即座に致命傷になりかねない上に、そもそも素手で対処できるかどうかも不明瞭だ。かわすというのは実に理に適った行為だった。
では、斬撃を迎え撃つというクリフの戦法は失敗だったのかというと、決してそんなことはない。クリフはエトンと違って重装備だった。防御力は十分だが、その分機動力に欠ける。下手に動き回って体力を消耗するよりも、その場に留まって弾き返す方が適切だった。剣の動きに合わせて見えない斬撃をかわすのは、身軽で小回りの利くエトンだからこそ可能な技であり、クリフは自分に最も適した戦い方を選んだに過ぎない。
そしてクリフの決死の行動は、エトンに数々の情報を与える契機となった。エトンはクリフの一連の行動を見ていたのだ。勇者に向かって突撃する様子を。斬撃を弾き返す姿を。そして勇者に斬られ、倒される様を。エトンはそこから勇者攻略の糸口を掴んだのだ。クリフは勇者に敗れはしたが、その行動を決して無駄などではなかった。彼の想いはエトンがしっかりと受け継いでいた。
遂にエトンは勇者の剣が届く間合いに到達した。ここまで来れば飛ぶ斬撃も関係ない。剣を持った相手と戦うだけだ。エトンは両手を握り、戦闘態勢に入った。それを見た勇者は呆れたように笑う。
「この俺とやろうってのか? それも丸腰で……。はっ! 舐められたもんだな。本気で勝てると思ってるのか? やめとけやめとけ。どうせ犬死にするだけだ」
「……犬死ににはなりませんよ」
「ほぉ? ずいぶん自信があるようだな」
「たとえ私がここで死んでも、私の想いは受け継がれますから」
「……どういう意味だ?」
勇者は尋ねる。だが、エトンは答えなかった。辺りには沈黙が訪れる。
「最後の最後までだんまり……か。いけ好かない女だな!」
勇者はそう叫ぶや否や、エトンに斬り掛かった。エトンは落ち着いた足さばきでこれをかわす。絶対的な力を持った勇者を相手にしているにも関わらず、彼女は冷静だった。剣を持つ相手と戦うのは、これが初めてではない。ガラルドとは何度も手合わせをしているし、ジャンヌとの死闘では見事に勝利を収めている。その時と要領は同じだ。
「クソがぁ! ちょこまかと逃げ回りやがって!」
勇者は怒気を孕んだ口調でエトンに襲い掛かるが、その悉くが空を切る。怒りに身を任せた単調な太刀筋を見切るのは容易い。エトンは勇者の攻撃を紙一重でかわし続けた。だが、かわすばかりではいつまで経っても埒が明かない。
その時だった。何を思ったのか勇者は、エトンではなく地面を二回ばかり斬り付けた。辺りには砂埃が舞い上がり、エトンの視界を覆い隠す。
「うぐっ……!?」
次の瞬間、右腿に鋭い痛みが走りエトンはその場にうずくまる。目を遣ると道着が切り裂かれ赤く染まっているのが見えた。どうやら斬られてしまったらしい。
勇者が地面を斬り付けたのは、砂埃を巻き上げて煙幕を張るためだった。エトンと同じく埒が明かないと考えた勇者は、彼女の視界を奪った上で彼女の機動力を封じたのだ。
「へっ、ようやく大人しくなったか。俺の攻撃をかわすこともできないだろうな、その様子じゃ」
砂埃の中から姿を現した勇者は得意気な顔でエトンを見下した。エトンはすぐさま立ち上がり戦闘態勢に戻るが、右足の痛みに顔を歪めた。
「おいおい、無理するなよ。傷に響くぜ? さて、三度目だ。あの男はどこに行った?」
勇者はエトンの顔に剣の切っ先を向けると、最初と同じ質問をした。エトンは剣に臆することなく、勇者を睨みつける。
「……話すわけがないでしょう?」
「そうかい。それなら……体に聞くとするか」
勇者は冷たくつぶやくと、エトンの左肩にぶつりと剣を突き刺した。
「~~~~!!?」
文字通り刺すような痛みに、エトンは声にならない叫びを上げる。
「どうだ? 喋る気になったか?」
「だ、誰が……! はぁ……はぁ……あ、貴方なんかに……!」
「これだけされてまだ奴を庇うのか。まったく、見上げた根性だよ」
そう言うと勇者は柄を握る手に力を込め、少しずつ刃を押し込んでいく。
「あ……が……!」
エトンは激痛に苦悶の表情を浮かべ、獣のようなうめき声を上げる。
「もっと痛い目に遭いたくなけりゃ、大人しく喋った方が身のためだぞ。悪く思うなよ。本当は俺も、こんなことしたくはないんだぜ? さて、次は……」
勇者は剣を引き抜くと、品定めをするような目でエトンを見た。言葉の内容とは裏腹に、勇者の顔にはどこか楽し気な笑顔が張り付いている。
「うぎゃあああああ!!」
刹那、響き渡る叫び声。噴き出す鮮血。しかしそれは、エトンのものではなかった。




