第106話 囮
今日はクリスマスですね。メリークリスマス。
クリスマスプレゼントに小説を書いたので、よければ読んでみてください。
アレンはベシス兵と共に進軍を開始した。傍らにいたクリフがアレンに声をかける。
「勇者は我々が引き受ける。貴殿はその隙に自分の役目を果たせ」
「……分かりました」
「よし。これより作戦を開始するっ! 総員、配置につけー!!」
アレンの返事を聞いたクリフは、再び号令を出した。それを合図にベシス兵たちは動き出し、勇者の正面と左右に位置するように三方に分かれた。
正面の本隊にはクリフが残り、左右の隊は勇者を包囲するように長く広がっている。別れた兵がそれぞれ二方向から攻めている隙に、アレンが一気に勇者に近付く。基本方針は当初予定していた奇襲策と同じだ。変更点と言えば、兵を分けたことだろう。
当初はベシス軍と四か国の連合軍で勇者を挟撃する予定だったが、彼らの統率が崩壊した今となっては、もはや連携は望めない。連合軍の力を当てにできない以上、残っている自軍だけで戦うよりほかはない。そう考えたクリフは、兵力を三つに分散させることに決めた。
予定外の作戦だったが、ベシス兵たちはクリフの考えをすぐさま理解し、即座に命令に従った。それぞれが好き勝手に動いていた連合軍の兵士たちとは対照的に、ベシス軍の統制は見事なものだった。これもまた、あの時の敗北がもたらした経験の差だった。
クリフは勇者を挟み込む形に隊列を組んだが、それ以上は近付こうとはしなかった。不用意に近付けば勇者の餌食になることが分かっていたからだ。
魔法で相手を吹き飛ばし、体勢が崩れたところを飛ぶ斬撃で各個撃破する。それが勇者の戦法だった。敵に近付く必要がないこの戦い方なら、大人数が相手でも十分に渡り合える。むしろ人数が多ければ多い程効果的だ。突風が巻き起こったと思ったら、いつの間にか斬られている。それも絶対に剣が届くはずのない間合いから。勇者の手の内を知らなければ、何が起きたのか理解することなど到底不可能だ。一人また一人と斬られていく内に混乱は広がり、統率は徐々に乱れていく。そうなれば、もう手を下すまでもない。後はただ自滅するのを待つだけでいい。それで連合軍が壊滅したように。
魔法と斬撃。どちらか一方でも封じることができれば勝機はある。クリフはその役目をアレンに託した。根拠や理屈は分からないが「この腕輪があれば勇者の力を封じることができる」というアレンの主張を信じ、勇者のもとへ向かわせた。
「一斉に放てーッ!!」
隊列が完成し勇者を包囲したクリフは、あらん限りの大声で叫んだ。無数の矢が勇者を襲う。その瞬間、勇者の周囲に突風が吹き荒れ、矢はバラバラと地面に落ちた。だが、兵士たちに被害はない。
「もしや……」
それを見たクリフは、何か思い付いたような口調でつぶやいた。
クリフはある疑問を抱いていた。何故、勇者は兵士たちを狙わないのか?
最初に矢を射かけられた時、勇者は弓兵に目もくれず矢の処理に終始していた。飛んでくる矢を迎え撃つよりも、元を断つ方が遥かに安全かつ確実だ。なのに勇者は、弓兵にも歩兵にも手を出さなかった。ところがだ。何故か勇者は連合軍に対しては容赦のない攻めを見せ、果ては壊滅にまで追い込んだ。この対応の違いは何なのかを考えていたクリフは、バラバラと落ちる矢を見て一つの仮説に行き当たった。
思えば最初に戦った時、勇者が魔法を使ったのは兵士たちが近付いた時だった。今もそうだ。連合軍の兵士たちは勇者の首を取ろうと近付いた瞬間に吹き飛ばされた。振り返ってみると、勇者は近付いた相手にしか攻撃をしていないのだ。
(いや、攻撃をしないのではなく……できないのではないか?)
勇者は離れた相手を斬ることができても、離れすぎた相手を斬ることはできない。それがクリフの考えた仮説だった。
そう考えるに至ったきっかけは、兵士たちに号令を出した時だった。勇者は移動する兵士たちに攻撃を仕掛けることもなく、ただその様子を見ているだけだった。何故、何の抵抗もせずに包囲される状況を作らせたのか? クリフにはそれが不思議だった。しかし攻撃しないのではなく攻撃できないと考えると、勇者の行動にも合点がいく。だが、これは確証のない単なる推測に過ぎない。現時点ではっきりと分かっているのは、不用意に近付くのは危険ということだけだ。
(それだけ分かっていれば、十分だ……!)
「攻めろ! 息つく暇も与えるなッ!」
クリフは心の中でそうつぶやくと、再び叫んだ。兵士たちは命令通りに次々に矢を放つ。勇者は剣と魔法を駆使し、悉くそれを処理していく。決して当たることのない意味のない攻撃。否、意味はある。
アレンの勇者への接近を援護するのが彼らの役目だ。そのために彼らは攻撃を続けた。これはこちらに注意を向けさせるための行動であり、当たる当たらないは大した問題ではなかった。
クリフたちの協力のおかげで、アレンは勇者まであと一歩というところまで近付いていた。アレンは弓を構えて岩の陰から勇者を狙う。ベシス軍に気を取られている今なら、奴を射抜けるかもしれない。腕輪を着けるのはその後だ。そう考えたアレンは、がら空きの勇者の背中に向かって矢を放った。
「フンッ!」
刹那、勇者は気合いと共に振り向きざまに剣を振るう。矢は二つに分かれ、力なく地面にぽとりと落ちた。さらにその一振りにより発生した衝撃波が、アレンの隠れる岩を斬り裂いた。岩は真っ二つになり、そして崩れる。もはや身を隠すことはできない。
「よぉ! まさかお前が生きてるなんてなぁ。あの時、広場で処刑されたのは身代わりか? いやいや、すっかり騙されちまったぜ」
アレンの姿をはっきりと捉えた勇者は、まるで旧友にでも話しかけるような親し気な口調でアレンに話しかけた。
「さっきからコソコソとやってるのに、俺が気付いていないとで思ったか? 泳がせたんだよ。お前が何を企んでるのかを確かめるためにな。どうやら兵士共を囮にして、背後から俺を襲おうって魂胆だったようだな。身代わりに囮に騙し討ち……。とことん卑怯な野郎だな。正々堂々と戦おうっていう気概はないのか?」
勇者は親し気な口調を蔑むような口調に変化させ、アレンをなじった。
「まぁ、俺との力の差を考えれば無理もないわな。で、この後はどうするよ? 俺に一騎打ちでも仕掛けるか? 惨めに死んでいったお前のお仲間のように」
勇者は勝ち誇ったようにニヤニヤとアレンを挑発する。勇者は「お仲間」としか言わなかったが、それがガラルドを指していることはすぐに分かった。
「うわぁぁぁぁ!!」
アレンは叫び声を上げると、勇者に矢を放った。勇者はそれを瞬時に叩き斬る。
「クソッ!!」
アレンはなおも矢を放つが、今さらこんな攻撃が勇者に通用するはずがない。勇者は超人的な反応速度で飛んでくる矢を斬り伏せながら、少しずつ前進していく。攻撃をしているはずのアレンが、攻撃を受けているはずの勇者に徐々に追い詰められていく。奇妙な光景だった。
(いかん! このままでは……!)
「……全軍、突撃せよーっ!!」
アレンの危機に気付いたクリフが僅かな逡巡の末、命令を告げた。クリフの命を受け、ベシス兵たちは勇者に向かって突っ込んで行く。背後から聞こえた軍勢の足音に勇者は振り返る。
「ヘッ! 学習能力のない馬鹿共がよッ!」
勇者が悪態を吐くとたちまち突風が巻き起こり、兵士たちはあえなく吹き飛ばされていく。こうなることは目に見えていた。不用意に近付くのは危険と結論付けたにも関わらず、クリフはそれを無視した命令を出した。
「何度、同じ目に遭えば気が済むんだ? まったく、救いようのない……」
兵士たちをあっさりと一蹴した勇者は何かに気付いた。兵士たちを吹き飛ばし、濛々と上がる土煙の中から猛烈な勢いで何かがこちらに向かって来る。
「……何だ?」
勇者がそう口にした瞬間、土煙の中から剣を構えたクリフが姿を現した。
「ウオォォォ!!」
クリフは雄叫びを上げながら、勇者との距離を詰めていく。
「……チッ、まだ残ってたか」
勇者は軽く舌打ちをすると、クリフに向かって剣を振るった。
(……今だッ!)
それを見たクリフ、すかさず薙ぎ払うように剣を振った。
ガキィン!
鈍い金属音が辺りに響く。だが――
「なにぃ!?」
勇者は目を見開き、驚きの声を上げた。クリフは無事だった。それどころか攻撃に怯むこともなく、真っ直ぐにこちらに向かって来ている。数々の敵を葬ってきた絶対の一撃。それが通用しなかったという事実に、勇者は少なからず動揺した。
クリフの存在に気付いた時、勇者には二つの選択肢があった。再び魔法でクリフを吹き飛ばすか、斬撃を叩きこむかのいずれかだ。勇者は後者を選んだ。それはクリフが一人しかいなかったからだ。
勇者にとって魔法は、あくまで剣を使うための補助に過ぎなかった。大人数を相手にするのに、いちいち剣を振るっていたのでは効率が悪い。そこで勇者が編み出したのが、先に述べた戦法だ。魔法で敵を吹き飛ばし、体勢を崩してから数人を斬る。そして敵を自滅させる。
しかし今回の相手は一人だけだ。わざわざ魔法を使うまでもない。そう考えた勇者は迷うことなく斬撃を飛ばした。そしてそれがクリフの狙いだった。
大人数で近付けば吹き飛ばされる。かといって少人数で近付けばいい的になるだけだ。ある程度まで近付けば奴は魔法ではなく剣を使うはず。そう考えたクリフは兵士たちを利用した。兵士たちに先行させ、自分はその影に紛れて勇者へと近付いたのだ。
兵士たちを囮にしたのは、アレンだけではなかった。




