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第103話 切り札

君はこの腕輪を覚えているか?

(75話の冒頭に出てきます。ちなみに作者は半分忘れてました)

 斯くしてアレンは一人の兵士を生贄に捧げることで、窮地を切り抜けた。勇者はアレンたちが施した偽装工作に気付くこともなく、アレンの死を信じ込んだ。

 勇者の目を欺くことに成功した彼らは早速、次の手を打った。ソラール商会の情報網を利用して、真相を各地に伝え広めていったのだ。勇者が行ってきた数々の悪行を世界中に知らしめることで評判を貶め、求心力を失わせるのが目的だった。それはかつて、フランツが女神に対して講じたのと同じ策だった。彼らはその策を足掛かりに仲間を増やし、真相にたどり着いた。アレンは勇者に対抗するために、フランツと同じ選択をしたのだった。事実、この策は効果的だった。ソラール商会の商人は世界各国で活動をしているため、女神の時と比べて噂が広まる速度は段違いに速かった。商人から語られる英雄の黒い噂は人々の好奇心を大いに刺激し、噂は瞬く間に世界中に広まっていった。

 噂が広まるのと並行して、アレンは各国に勇者を倒すための協力を持ちかけた。様々な事情と思惑が複雑に絡み合い、交渉は難航を極めたが、ここで辣腕を振るったのがペトルだった。

 そのやり口は実に巧妙だった。アレンの補佐役という名目で交渉の席に着いたペトルは、相手の望むことと()()()()()()()を瞬時に見極め、時には甘い言葉でなだめすかし、時には脅迫めいた言葉で脅しつけて、話を有利に進めていった。さすがは救いの里の元幹部だ。この手法で女神の信者を増やして勢力を広げていったのだろう。ペトルは救いの里で培ったノウハウを生かし、ソラール商会を立ち上げたのだ。そして今やソラール商会は、世界中に影響力を持つ大組織にまで発展している。その才能にアレンは舌を巻いた。

 アレンとペトルが国外から協力者を集めていた頃、城に残ったアルフレッドは別行動度を取っていた。彼に課せられた役割は、勇者の監視と情報統制だった。ベシス国外で急速に広まる勇者の噂が当人の耳に届かないようにするためだ。アルフレッドは人々に噂に耳を貸さないように命じた。さらにアルフレッドは勇者が国外に目を向けないように、至れり尽くせりのもてなしをした。勇者は大いに満足し、官能的で怠惰な日々を貪り続けた。

 国内外での工作活動により、勇者と戦う準備は着実に整いつつあった。だが、アレンは今の状況に一抹の不安を抱いていた。

 勇者の力は強大だ。いくら戦力を集めても、それだけで勝てる相手ではない。大挙して攻めかかったところで、一網打尽にされておしまいだろう。あの日、シゼでガラルドを失った時のように。何か確実に勇者を仕留められる対抗手段が欲しい。

 思い悩むアレンの前に、ある人物が姿を現した。

「お久しぶりですな、アレン殿。調子はいかがですかな? ここが例のそらぁる商会の本部ですか。いやはや、ずいぶんと立派なところですな。まるでちょっとした街ではありませぬか! それがし、滅多に城から出ないものですから、このような物珍しい場所に来て非常にワクワクしておりますぞ~!」

 目元に奇妙な装飾品を着けたぼさぼさ頭のその女性は、奇妙な口調で一気にまくし立てた。アレンは幼児(おさなご)のように無邪気にはしゃぐ女性に声をかける。

「エルダさんが来るなんて珍しいですね。いつもなら情報のやり取りは、伝言で済ませるのに。何かあったんですか?」

「アレン殿から頼まれていた調べ物に関して色々と興味深い事実が判明しまして、是非とも早急にお伝えせねばと思い立ちましてな? それに……人伝に説明するにはなかなか複雑な内容でして、思うように情報が伝わらないのではないかと危惧したわけです。それならいっそ、それがしが直接赴いて自分の口で説明した方が早いという結論に至り、こうして馳せ参じた次第ですぞ」

「アレについて、何か分かったんですか!?」

 その言葉にアレンは強い反応を示した。彼の言う「アレ」とは、シゼ城で見つけた腕輪のことだ。苦闘の末に魔族を打ち破ったアレンたちは、シゼ城に囚われていた女性たちを救い出した。(くだん)の腕輪はその際に発見したものだ。それを見た者は皆、同じような感想を口にした。

 邪悪、不吉、禍々しい。表現に多少の差はあれど、全員が示し合わせたかのように不快感を抱いたのが特徴的だった。

 腕輪を目にしたアレンもまた、同様の印象を抱いた。妹の死を知った直後で感情が昂っていたことも少なからず関係していたが、心の奥底からふつふつと湧き上がるようなおぞましい何かを感じたことはよく覚えている。しかしアレンは同時に、不快感とは異なる別の何かを感じていた。彼はその何かの正体を知るべく、エルダに調査を依頼していたのだ。

「結論から申し上げますと、あの腕輪には魔法を無力化する力があるようですな」

「無力化?」

「口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いですかな」

 エルダはローブの胸元から青い鏡を取り出して地面に置くと、落ちている小石を一つ摘まみ上げた。

「何をするつもりですか?」

「まぁ、見ててくだされ」

 アレンの質問を軽くいなすと、エルダは鏡に向かって勢いよく小石を投げつけた。辺りにはガシャンという鋭い音が響き渡る。その光景にアレンは驚き、目を丸くした。

「わ、割れた……!?」

 アレンが驚いたのはエルダの行動に対してではない。()()()()()という結果に対してだ。石をぶつければ、鏡は割れる。子供でも分かる単純な理屈だ。だが、この鏡はただの鏡ではない。驚くアレンに、エルダは説明を始める。

「ご覧の通り、割れてしまいました。しかしアレン殿もご存じのように、この鏡はそう易々と割れる代物ではありませぬ。以前は飛んでくる矢でさえも跳ね返していたのですからな」

 エルダの言葉に、アレンはかつて行った実験を思い出した。この鏡に向かって矢を放ったのだ。放たれた矢は鏡面に触れた瞬間に向きを変え、アレンのもとへと舞い戻ってきた。通常では考えられない動きだ。その実験結果により、彼らはこう結論付けた。この鏡には、触れた物を跳ね返す力が秘められている。

「魔族を倒すことができたのも、この鏡のおかげと聞いております。つまり……その時までは鏡の効力は健在だったということです。では、いつどのようにしてその力を失ったのか?」

「腕輪によって触れた物を跳ね返す力は無くなり、ただの鏡に戻った……ってことですか」

「その通りですぞ! さすがはアレン殿、理解が早い!」

「どうやって、そのことを解き明かしたんですか?」

「いや~、お恥ずかしい話ですが、実はまったくの偶然でして……」

 そう尋ねられたエルダは、恐縮した様子で経緯を説明する。

「腕輪について調べていたそれがしは、何か手掛かりがないかと部屋中の資料を漁っておりました。その時です! 不注意で資料を崩してしまったのです。危うく生き埋めになるところでしたが、それがしは運良く無事でした。ところがふと、鏡と腕輪が見当たらないことに気が付きました。それがしは慌てて散乱した本の中を掻き分け、その二点を見つけ出しました。ところが……鏡の上には腕輪と本が()()()()()のです」

「それは……おかしいですね。」

 エルダの言葉に、アレンは即座に違和感を口にする。

「そう、おかしいのです。鏡には触れた物を跳ね返す力があるはずなのに、腕輪と本は上に乗ったままでした。その後、何度やっても結果は同じでした。それ以降、この鏡が触れた物を跳ね返すことはなくなったのです」

「その原因が腕輪にある……と?」

「現時点では断言はできませぬが、その可能性が最有力かと」

 アレンは腕組みをして少し考えた後、エルダに尋ねる。

「もし勇者がこの腕輪をはめたら、どうなると思いますか?」

「そうですな……これまた断言はできませぬが、おそらく魔法が使えなくなるのではないのかと」

 エルダの回答を聞いたアレンは、腕組みをしたまま再び考え込んだ。

 勇者は剣技の他に魔法も使える。もしもエルダの仮説が正しければ、魔法を無力化できるということになる。魔法を封じてしまえば、数の力でどうにか押し込めるかもしれない。あの腕輪は対勇者の切り札になるのではないだろうか? そう考えたアレンは再度尋ねる。

「その腕輪は今はどこに?」

「ここにありますぞ! 勇者の手に渡っては元も子もないですからな。これはアレン殿にお渡ししておきましょう。どうやら何か考え付いたご様子ですしな。是非役立ててくだされ」

「ありがとうございます。ところで……エトンの様子はどうですか?」

 アレンは唐突に話を変えた。きっとベシスに残してきた仲間のことが気がかりなのだろう。

「一時はかなり気落ちしたご様子でしたが、マーガレット様のご説得もあり、今は立ち直られていますぞ」

「そう……ですか」

「もうそろそろ、アレン殿が息災であることをお伝えしてもよいのではないですかな? エトン殿は一人で勇者と戦うつもりですぞ」

「俺が生きていることを知ったら、エトンはどんな反応をすると思いますか?」

「それはもう、泣き出さんばかりにアレン殿の無事を喜ぶでしょう」

「俺も同じ考えです。きっとエトンは俺の無事を喜んでくれると思います。でも……ダメなんですよ、それじゃあ」

 そう言って首を振るアレンに、今度はエルダが質問を投げる。

「仲間の無事を喜ぶのは当たり前ではないですか。一体、何がダメだと?」

「エトンは隠し事のできない性格です。もし俺が生きていると知れば、本人は隠しているつもりでも表情や態度に表れます。その変化に気付いた勇者は、エトンに疑いの目を向ける。でも、今はまだその時じゃない。エトンの出番はまだ先です」

「……一体、何をお考えなのですかな?」

 含みのある言い方に、エルダは再度尋ねる。

「エトンには、勇者を引きずり出す"切り札"として働いてもらうんですよ。それまでは勇者に不信感を抱かせるわけにはいかないんです。絶対に」

 アレンは真っ直ぐにそう答えた。エルダはアレンが仲間の心配をしているのだと考えた。だが、そうではなかった。アレンが心配していたのは仲間ではなく、計画が勇者に知られることだった。

「……」

 その返答にエルダは言葉を失った。アレンの瞳には黒い決意の炎が燃え盛っていた。

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