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第102話 役割

93話と94話の内容を補完するお話です。

(どう補完されているのか、読み比べて確かめてみよう!)

 ベシス城地下牢。冷たく堅固な暗闇の中、アレンは静かに時が来るのを待っていた。その顔は全体がひどく腫れ上がっており、まるで別人のようだ。地下牢特有の薄暗さも相まって、一見しただけでは彼がアレンであると判別することは難しい。仮に()()()()()()()()()()()()()、そう簡単に気付かれはしないだろう。そしてそれがアレンの考えた策だった。

 アレンがベシス城に来て勇者の前に姿を現したのは、全て彼の意思だった。だが、表面上は協力者に裏切られて引き渡された憐れな男を装う必要があった。勇者にこれが演技であると気付かれれば、その時点で全て終わりだ。そうならないために、彼らはそれぞれ役割を演じることなった。筋書きはこうだ。アルフレッドは勇者を倒すためにアレンを逃がし、世界で影響力を強めているソラール商会に協力を求めた。だが、商会の代表はそれを拒む。協力を断られて先行きを見失ったアルフレッドは逡巡の末、アレンを引き渡し勇者に許しを乞うべく城に戻った――

 斯くして彼らはベシス城へと舞い戻る。商会の代表としてカールにも同行させた。打倒勇者の協力を断った当事者として証言することで、勇者への恭順の意を示すためだ。

 さらに両者が仲違いをしていると信じさせるために、アレンとアルフレッドは互いを激しく罵り合った。しかしそれだけでは不十分だと考えたアレンは、勇者の目の前で自分を徹底的に痛めつけるようにアルフレッドに提案した。当初、アルフレッドはアレンを痛めつけることに難色を示した。だが、アレンの強い意向により腹を括ったアルフレッドは、明らかに過剰と思える程にアレンを痛めつけた。歯は欠け、鼻は折れ、血飛沫が上がる。顔が腫れ上がり赤黒く変色しようと、拳が返り血で真っ赤に染まろうと、アルフレッドはアレンを殴り続けた。まさに迫真の演技だった。おかげで勇者は、彼らの信頼関係は破綻しているものと信じ込み、警戒を緩めた。「自分を傷つけるような行為を取るはずがない」という人間の思い込みを利用したのだ。そしてこの()()は、次への布石だった。

 ベシス城地下牢。冷たく堅固な暗闇の中、アレンは静かに時が来るのを待っていた。先程、勇者が様子を見に来て以降は訪れる者もなく、辺りは静寂に包まれている。とその時、アレンの耳にコツコツという音が響いた。誰かが地下牢への階段を下りてくる音だ。

 二つの足音は少しづつ近付き、静寂と闇に包まれた地下牢に再び訪問者が訪れた。訪問者は見張りの兵士に声をかける。

「ご苦労。何か変わった様子はないか?」

「はっ! 異常ありません」

「……奴の動きは?」

「先程、様子を見に現れました」

「そうか……。やはり、まだ疑っているようだな。再び戻ってくる前に早急に準備を進めよう」

 訪問者がそう声をかけると、見張りの兵士は牢の鍵を開けた。すると訪問者の後ろに控えていたもう一人の男が牢の中へと入っていった。ローブを着込み顔を隠しているその男は、つかつかとアレンの側へと歩む寄る。アレンは座り込んだまま男を見上げ、アレンの顔を見た男は言う。

「……これはまた、ずいぶんとこっ酷くやられたもんだな」

「それはお互い様ですよ」

「はっ、それもそうだな」

 男はそう言って笑おうとしたが、口元がぎこちなく動いただけで上手く笑うことができなかった。その理由は男の顔にあった。彼の顔もまたアレンと同様にひどく腫れ上がっており、思うように表情を作れなかったのだ。

「まったく……こんな目に遭わされるのなら、もう二、三お前を殴っとくべきだったよ」

「代わりにアルフレッド殿下が徹底的に痛めつけてくれましたよ」

 男の冗談に、アレンもまた冗談を返す。

「はっ、そいつはいいや。アルフレッド様が直々に手を下してくださったのなら、溜飲が下がるってものだ。それにしてもお互いひでぇ顔だな。『顔の傷は男の勲章』とは言うが、さすがにここまで来ると悲惨だな」

 男はぎこちない笑顔で再び冗談を飛ばすと、一転して真剣な口調に戻った。

「……さて、いつまでもくっちゃべってないで、さっさと済ませちまおうぜ。こんなところ勇者に見られでもしたら、オレたちは殴られ損だ」

 そう言うと男は、目深に被ったローブを上げた。顔を出した男の頭髪はアレンと同じ色、同じ形をしている。男の地毛は薄い金髪だったが、アレンの影武者となるために赤茶色に染め上げたのだ。

 彼らは互いに身に着けている衣類を取り換えると、それぞれの"役割"を入れ替えた。アレンは牢から抜け出し、代わりに男がその場に留まる。二人の元の顔は全く似てはいなかったが、痛々しく腫れ上がった()()()は、どちらも似たようなものだ。この顔なら入れ替わっても判別がつかないだろう。それこそが、アルフレッドによる暴行のもう一つの理由だった。

「しかし……本当にこれで勇者を騙せるのかねぇ」

 着替えを済ませた男がぽつりとつぶやいた。男は続ける。

「いくら顔を潰して見分けがつきにくくなっても、所詮は他人だもんなぁ。これであっさりと見破られたら、それこそ殴られ損だ」

「そうならないために、色々と策は用意してあります」

「『策』ねぇ……」

「恐らく勇者は執行直前にもう一度、嫌味を言いに来るはずです。その場合に備えて、牢の一番奥にいてください。この距離と暗さなら、顔の違いを見破られません」

「もし勇者が牢の中に入ってきたら?」

「流行り病に罹ったということにすれば、奴は自分に感染(うつ)るのを恐れて、近付くのを躊躇うでしょう。実際に見張りの兵士が体調を崩したということにして、そのことを聞かせればより確実です」

「ここでバレなかったとして、その後はどうする? 外に連れ出されたら顔を隠しようがないぞ。地下牢(ここ)と違って陽の光の下だからな」

「広場への移動の際は顔を隠してもらいます。顔を晒すのは執行の直前の数秒の間だけです。念のため勇者には処刑台から離れた場所に座らせます。特等席と言って豪華な椅子を用意しておけば、奴は満足してそこに座るでしょう」

「よくもまぁ、次から次へと考えるもんだ。何にせよオレにできることはここまでだな。後のことは任せたぜ」

 "準備"を終えるとアルフレッドは牢の中を見つめた。そして悔し気に歯噛みをすると、申し訳なさそうに牢の中に声をかける。

「すまない……。こんな役回りを押し付けてしまって……」

「……お顔をお上げください。自分から志願したことですから、とうに覚悟はできています」

 自分を気遣うような言葉だったが、アルフレッドは敢えてそれを否定する。

「いや、謝らせてくれ。こんな目に遭わせた上に、命まで奪おうとしているのだ。謝罪しなければ申し訳が立たない。これが単なる自己満足に過ぎないということは重々承知だ。私が謝ったところで、どうなるものでもない。それでも謝らせて欲しい。本当に……すまない」

「国を守るために命を懸けるのは我が務めです。この命がこの国の未来に繋がるのであれば、こんなに誇らしいことはありません。ですから謝罪は不要です。その代わり、一つ……約束してください。必ず奴を倒すと。この犠牲を無駄にはしないと」

 殊勝な言葉にアルフレッドは背筋を正すと、牢の中を真っ直ぐに見据えて宣言した。

「分かった……。ここに誓おう。貴君の尊い犠牲を決して無駄にはしない。必ず奴を討ち果たし、この国を救ってみせよう」

 力強い返答に、牢の中からは安堵したような声が響いた。

「その言葉が聞けて安心しました。それでは……後の事はよろしくお願いいたします。アルフレッド殿下」

「……あぁ、任せておけ」

 アルフレッドはそう返すと、決意を新たにして地下牢を去っていった。


「嫌だッ!! 死にたくない! 死にたくない!」

 処刑台の上で男は情けなく泣き喚く。アレンはその様子を、瞬きもせずに見つめていた。

「オレはまだ死にたくないッ! こんな形で死ぬなんていやだーーー!」

 男の絶叫が木霊する中、処刑人は容赦なく剣を振り下ろした。処刑人の放った鮮やかな一閃は、寸分の狂いもなく男の頸椎を捉えた。刹那、男の首からは勢いよく鮮血が噴き出し、ごとりと鈍い音がした。

 歓声が轟く中、アレンは人通りのない路地裏にやって来た。先程まで聞こえていた歓声は、死者を弔うための合唱へと変わっていた。鎮魂歌を聞きながら、アレンはついさっき見た光景を思い返した。

 死にたくないと泣き喚く男。

 振り下ろされた剣。

 噴き出す鮮血、転がる首。

 男は死んだ。いや、違う。殺されたのだ。実際に手を下したのはあの処刑人だが、そうなるように仕向けたのは他でもないアレン自身だ。

(あの人は俺の身代わりとなって死んだ。俺があの人を殺したんだ)

「うっ……!」

 その事実を再認識した瞬間、猛烈な吐き気が込み上げてきた。アレンは壁に手をつくと、勢いよく胃の中のものをぶちまけた。


 その後、アレンは広場の中心部から外れた貧民街へと向かった。彼は一軒のあばら屋の前で足を止めた。以前、フランツが拠点として使っていた懐かしき場所だ。ボロボロの木戸を押し開けると、このあばら家には不釣り合いな高貴な顔立ちの青年が控えていた。

「アルフレッド殿下、もういらしてたんですね。勇者に何か動きはありましたか?」

 アレンは中にいたアルフレッドに声をかけた。処刑を見た勇者の様子を聞くために、ここで落ち合う手筈だったのだ。

「今のところ気付いた様子はなさそうだ。首も人目に触れる前にすぐに埋葬した。私は引き続き奴の動向を見張る。情報は使いを出して随時連携する」

「そうですか。それでは俺は商会の本部に戻り、準備を進めます」

「大丈夫か? 顔色が優れないようだが……」

 足早に立ち去ろうとするアレンに、アルフレッドは尋ねる。

「大丈夫です。何も問題ありません。ロビンさんは自分の役割を果たしてくれました。俺も役割を果たすだけです」

「……そうか」

 目を見開いてそう答えたアレンに、アルフレッドはそれ以上は何も言えなかった。

 会話を終えたアレンは自らの役割を果たすために、静かにあばら家を後にした。

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