第100話 志願兵
遂に100話突破。書き始めたばかりの頃は「まぁ、長くても80話ぐらいで終わるだろ!」と思ってましたが、全然終わりませんでした。でも、120話ぐらいで終わると思います。多分。
「5521、5522、5523……っと。よし、昨日と同じ本数だ。ここは問題ないな」
一仕事終えたオレは、手にした羊皮紙に数えた矢の本数を書き込んだ。オレは傍らで剣の本数を数えていた相棒に声をかける。
「マルコ、そっちは終わったか?」
「587。こちらもちょうど終えたところだ。欠如、欠損どちらも問題ない」
「剣の方も問題なし、と」
オレはマルコから伝えられた数字を軽快に書き込むと、辺りをぐるりと見渡した。
剣、槍、戦斧、鎧……。室内にはあるとあらゆる武具が所狭しと並べられている。この武器庫の中にある武具の点検が、オレたち下っ端兵士に与えられた目下の役目だった。
あの日、オレたちは勇者に戦いを挑み、そして敗れた。この短期間にベシス軍は二度も破れたことになる。一度目は魔族、二度目は勇者だ。
魔族との戦いでは多くの仲間が命を落としたが、オレはどうにか生き延びた。続く勇者との戦いでもベシス軍は為す術もなく敗れたが、魔族の時とは対照的に被害は皆無に近かった。(何でも兵士の一人が一騎打ちを持ちかけて、勇者を引き付けてくれたおかげだとか。自分を犠牲にして仲間を逃がすとは、大した奴もいたものだ。オレにはとても真似できそうにない)
「はぁ……」
「どうした? 溜め息なんかついて」
「来る日も来る日も武器の点検……。いつになったら兵としての使命を果たせるんだ? 毎日こんなことをするために、兵士になったわけではないというのに」
「まぁ、そう言うなって。これだって兵士としての大事な役目だろ?」
「それは分かっている。しかしいくら大事な役目とはいえ、こんな雑用ばかりでは上から認められるはずがない。これでは出世など夢のまた夢だ。まったく情けない。はぁ……」
マルコはそう言って嘆くと、再び溜め息をついた。
あの日以降、オレたちはひどく平穏な日々を送っていた。勇者に敗れはしたものの、被害は最小限だったため兵力には十分に余裕があった。だが、待てど暮らせどオレたちに新たな出撃命令が下ることはなかった。上官に状況を聞いてみたが、「貴様のような一兵卒などに構っている暇はない」と、まともに取り合ってくれなかった。なんてひどい言い草だ。クソッ。大体、やたらと忙しそうにしていたが、戦いもないのに何をそんなにやることがあるんだ? まったく、上の連中の考えることは分からん。
「ところで、お前はもう聞いたか?」
オレが心の中で悪態をついていると、マルコがそう尋ねてきた。心当たりのないオレは質問を返す。
「聞いたって……何を?」
「今、城内で流れている噂だ。聞いた話によると、一人の囚人が地下牢から逃げ出したそうだ。しかも……」
「しかも……何だよ?」
マルコの思わせぶりな語り口調に、オレは思わず身を乗り出した。
「その囚人というのは……どうやら例の村人のことらしい」
「村人って……あの愛想のない若い男か? でも、おかしいだろ。あの村人は打倒勇者の急先鋒だったはずだ。なんだって地下牢なんかに捕まってるんだよ? あそこに入れられるのは重罪人だけのはずだぜ?」
「さぁな。あくまで人伝に聞いた話で詳細は分からない」
オレの質問に、マルコはにべもなく首を振る。協力者を重罪人扱いするからには、何か理由があるはずだ。オレが腕を組んでその理由を考えていると、マルコが再び口を開いた。
「囚われた理由も謎だが、あの地下牢から脱獄を果たしたというのも不可思議な話だ。あそこは一般牢に比べて、遥かに警備が厳重だ。そう簡単に抜け出せるとは思えない」
「また隊長殿に化けて連れ出した奴がいたんじゃないのか? お前の時みたいによ」
「馬鹿を言え。そうそうあんな奴がいてたまるか」
マルコはオレの軽口を一蹴したが、その表情には明らかに悔しさの色が浮かんでいた。
こいつは以前、見張りの仕事で監視対象を取り逃がすというヘマをやらかした。その失敗を未だに引きずっているのだ。それからというもの、マルコは名誉挽回のために手柄を立てることに執着している。前は出世になどまるで関心のない不真面目な男だったが、近頃は異常とも思える程に熱意を燃やしている。そうなったのには理由がある。こいつは最近、結婚したのだ。
「しかし、えらい変わり様だな。やっぱり所帯を持つと心境も変わるのか?」
「あぁ、妻にはいい暮らしをさせてやりたいからな。それに……実はもうすぐ子供が生まれるんだ」
「おいおい、初耳だぞ。そういうめでたいことは、もっと早く教えてくれよ。水臭いな」
「勇者や魔族との戦いでバタバタしていたからな。なかなか伝える機会がなかったのだ。すまない。」
「まぁ、何にせよめでたいこった。それにしても……サボり魔だったお前をここまで変えちまうなんて、家族の力ってのは偉大だねぇ」
「そういうお前はどうなんだ? 誰かいい人はいないのか?」
オレの皮肉をいなすように、マルコはオレに尋ねる。
「オレは相変わらず自由気ままな独り者さ。ガキの頃から一人で生きてきたんだ。今さら家族なんて、想像もつかないね」
「いつかお前にもそういう人が現れるさ。その時が来たら、お前の変わり様を笑ってやる」
オレたちが身の上話に花を咲かせていると、武器庫の扉が開く音がした。扉の方に視線をやると、入って来たのはクリフ隊長だった。指揮官のいきなりの登場に、オレたちは反射的に直立不動の姿勢を取る。
「「お疲れ様です! 隊長殿!」」
「点検ご苦労。どうだ? 何か変わった様子はないか?」
「「はっ! 異常ありません!」」
揃って同じ台詞を吐くオレたちに、隊長は値踏みするような視線を投げかけた。
「マルコ一兵卒。お前に大事な話がある」
「はっ! 何でありますか?」
「ここでは何だ。場所を変えよう。ロビン一兵卒。引き続き武具の点検を頼むぞ」
そう言うと隊長は、マルコを連れて部屋を出て行った。
一人残されたオレが黙々と仕事を続けていると、再び扉の開く音がした。視線を移すと、マルコが立っていた。どうやら大事な話とやらは終わったらしい。オレはマルコに声をかける。
「おぅ、戻ったか。何の話だったんだ?」
「……」
「マルコ? おいっ! マルコ!」
「あ、あぁ……すまない。どうした?」
「どうしたじゃないだろ。何の話だったかって聞いてるんだ」
「……現在、勇者を討つためにある作戦が展開しているらしい。その作戦の鍵を握る重要な役目を……与えられたのだ」
「へぇ、そりゃよかったじゃないか。お望み通り手柄を立てる絶好の機会が訪れたな」
「……そ、そうだな。ようやく出世の道がひ、開けたというものだ」
だが、その言葉とは裏腹にマルコの様子はどうにもおかしい。声は震えて上擦り、暑くもないのにダラダラと汗を流している。その上、顔は真っ青だ。明らかな異常を感知したオレは、マルコに尋ねる。
「……どうした? 何があったんだ?」
「な、何でもない……」
「嘘つくなよ。今にも死にそうな顔してるぞ」
「……死にそう………死にそうか……フッ……フフッ……ヒッ……ヒヒヒ……」
オレの言葉に、マルコは壊れたように笑い出した。
「お、おい……。大丈夫か……?」
「……その通りだよ、ロビン。私は……死ぬことになるだろう」
「はぁ? どういうことだ?」
「今話した通り、私は重要な役目を与えられた。そしてその役目には……命を懸ける必要があるのだそうだ……」
「それって……役目のために死ぬってことか!? 嫁さんと子供はどうするつもりだ!?」
「……国が面倒を見てくれるそうだ。私がいなくとも、生活に困ることは……ないだろう」
「生まれてくる子供の顔も見ずに死ぬつもりか? お前は……本当にそれでいいのか?」
「……仕方なかろう。国のために命を捧げるのが兵士としての役目だ。これが運命なら……あるがまま受け入れよう」
そう言うとマルコは俯いて黙り込んだ。オレもかける言葉が見つからず、重たい沈黙が流れる。
暫しの沈黙の後、マルコが意を決したように口を開いた。
「……私はもう行く。達者でな、ロビン」
別れの言葉を残して、マルコは部屋を去って行った。
「……用事は済んだか?」
部屋に戻ったマルコにクリフが声をかける。
「はっ! お手間を取らせてしまい申し訳ありません!」
「なに、気にするな。別れの挨拶は大事だからな。しかし……家族への挨拶はいいのか?」
「いいんです。会えば……決心が揺らぎますから」
「……そうか。それでは……」
その刹那、部屋の扉が開いた。二人が思わず顔を向けると、そこにはロビンが立っていた。
「ロ、ロビン!?」
「……ロビン一兵卒。何の用事だ?」
「隊長殿。折り入ってお話があります。その役目、こいつじゃなくオレにやらせてください」
「ロビン!? 何を言ってるんだ!?」
「オレはお前と違って妻も子供も親兄弟もいない。天涯孤独ってやつだ。命を捧げるならオレの方がうってつけだろ?」
「な、何を馬鹿なことを……!」
「馬鹿はお前だぜ、マルコ。これから人の親になろうって時に死ぬ奴があるか!」
「……」
ロビンの一喝に、マルコは黙り込む。ロビンは続ける。
「言っておくが、オレは別にお前の身代わりになろうってわけじゃあない。これは"意地"さ。お前に差を付けるためのな」
「……意地?」
「お前には嫁さんがいる。これから子供も生まれる。大してオレはしがない独り身だ。この上、手柄を立てて出世までされたら、いよいよもってオレの立つ瀬がなくなる。同期にそこまで差をつけられるのは我慢ならない。だからオレが役目を果たして、お前より先に出世してやろうと思ったんだよ」
「ろ、ロビン……」
マルコは口に手を当ててむせび泣いた。彼には分かっていた。友の言葉が嘘であることに。自分の命を救うために代役を申し出たことに。心配をかけまいと虚勢を張っていることに。
「ロビン一兵卒。この役目が命懸けであることを理解しているんだろうな?」
「無論、存じています。国のために命を捧げるのが兵士としての役目ですから」
クリフの質問にロビンは答えた。先程聞いた友の言葉を引用して。




