お針子7
「五年間誰にも声を掛けられなかったもんなあ」
ガタガタと揺れる馬車の窓から見る景色は見慣れた町の景色だ。
三十年近くこの世界に生きているのだから、メリットの体は当然この世界に馴染んでいる。
転生者に見つけてもらうには少しでも人目に付く方がいい。獣人も亜人も住む王都なら気が付く人がいるかもしれない。
土地代が高い、店を維持するお金が掛かると知りながら王都に店を出したのはその為だ。
最初から王都だなんて無謀すぎると渋った父に、王都じゃないと高いドレスは買ってもらえないからと説き伏せて無理矢理に王都に店を出したのだ。
もともと家で持っていた土地に店用の建物を建て、その近くに家を買った。
商売が始めてな私がオーナーと言えば信用が得られないから、最初の三年は父が名義を貸してくれた、甘いと言えば甘いけれど、子供と獣人では流石に店は開けないから出店祝いとしてありがたく借りた。
名義こそ父だけど、ドレスを作るのも材料を仕入れるのも私とフォルシオさんの仕事だ。
お得意さんの採寸はフォルシオさんと私だけで問題なければ二人で、獣人を嫌う貴族相手の場合は母と二人で行った。
最初は子供が……と驚いていた人達も一度出来上がったドレスに満足すれば、そこから懇意にしてくれる人も多かったし年齢を重ねる事で信用も得られるようになってきた。
「王族ご用達とかになれたらいいんだけどな」
貴族のお客も増えてきたしこのまま注文が増えれば、そのうち王族からも声が掛かるようになるかもしれない。
「絶対転生者はいる筈なのに、店がもっと有名にならないと無理なのかしら」
どれだけ頑張れば王族の目にとまるだろう。
どれだけ頑張れば王都中の人に店を認知させることが出来るだろう。
「転生者はいる筈。だってそうじゃなきゃ和食って単語があるのおかしいし」
この世界は変なものが沢山ある。
向こうの世界に無かった物。
バナナの形と色で中身が違うとか、リンゴの外見なのに中身が桃みたいとか、メリットだけの意識で生きていた間は気にならなかったけれど、前世の意識が戻ってからは違和感が出て苦手になった。
この世界独特な食べ物、動物、魔獣。そういうのはなぜか違和感がする。
この世界で生まれて育ったメリットの意識もあるのに、心の半分以上は羽山惇子だからなのだと思う。
だから驚いた。
お米があって、箸があって、味噌汁がある事に。
しかもそれは総称して和食と呼ばれているのだ。
醤油もある。照り焼きという名前の調理方法もあるけれど、餃子とラーメンも和食カテゴリーに入っているのには苦笑した。
こんな偶然あるわけないから、ずっと昔の転生者が食べ物革命を起こしたのだ。
作り方だけ残して、消えたのか亡くなったのか。
中途半端な和食カテゴリーにはマヨネーズを使うポテトサラダも含まれている。
もともとグロリオーサの食文化にあった物以外が和食カテゴリ―に入っているのかもしれない。
「変なのよね。マヨネーズとソースはあるのにケチャップが無いの」
トマトは野菜として存在する。
小ぶりなフルーツトマト程度の大きさで青臭く酸っぱいせいかあまり人気が無い。
煮てトマトソースにすればいいと思うのだけれど、この世界にはトマト味の料理が無い。漬け物もないしオイル漬けなんかも存在しない。
子供の味覚で食べ物を食べていたから知らないだけかもしれないと、王都に暮らすようになってから探したけれど不自然な程に加工した食品が存在しないのだ。
「なんだかいくつかの文化を寄せ集めてそのまま保存しちゃった感じよね」