お針子6
ドレスを入れた箱を抱えて馬車に乗る。
実家から王都までは馬車で一刻程掛かる。
王都にも小さな家を用意しているけれど、たまに実家に戻らないと家族が煩いから昨日は久しぶりに実家に泊まったのだ。
前世の記憶を思い出してから、家族といるより一人でいる事を好むようになった私を心配しているのだとわかっていてもどうしようもなかった。
家族と過ごしていると突然昔を思い出す。
母と過ごした時間、父と過ごした時間。友達と、智也と過ごした時間。
好みの服をデザインして、必要な布やレースを買いに街に出かけて。
智也とデートして、喧嘩して仲直りして。
もうあの時間を過ごすことは二度とないだと考えるのがつらかった。
今の家族と過ごす時間が辛いわけではなく、メリットである自分が憎いわけでもないのに、ふとした瞬間に泣きたくなる。
ここに居たいわけじゃない、私の生活は、人生はここで築いていくものじゃない。
メリットとして生きた時間、メリットの家族と共に過ごした時間は確かに大切で愛しいものなのに、私が生きる場所はここじゃないと心のどこかで思う。
誰彼かまわず叫びたくなる。
母が、父がいない。智也がいない。
智也に会いたい。会いたい、会いたい。
「死んじゃったら会えるわけないじゃないねえ」
私は死んだのだ、日本に戻れても智也の傍に居られるわけじゃない。
だって私の体はもう荼毘に付されて先祖代々の墓の中に納められている。
事故にあった体はどんなだったのだろう。
私は即死だったのだろうか、それとも苦痛に耐えながら最後の時を智也とともに迎えたのだろうか。
智也はどうだったのだろう。
私を庇おうとした智也、私の最後の記憶は私を少しでも守ろうとした智也の姿だ。
「智也もこの世界に生きてたらいいのに」
いい加減忘れられたらいいのに。忘れられない。諦められない。
私がこの世界で生まれ変わった様に、もしかしたら智也もここにいるのかもしれない。
その気持ちが捨てられなくて、どうしても捨てられなくて父に頼み込んだ。
私は自分で結婚相手を探したい。
自分がずっと一緒にいたいと思う相手と結婚したい、そう父に頼み込んだのだ。
「お父さんは私が借金を返せると思ってたのかな」
私の希望を叶えるには、父から借りた出店費用を全額返す事が条件だった。
お店を借りるための費用。人件費、材料費。王都で暮らす生活費を父に借りた。
経営が何とか軌道に乗り始め、生活費、人件費、材料費は利益から支払える様になり、少しずつだけど父に借金も返せるまでになった。
お店の経営が頓挫したらそこで私の賭けは終わる。
それがわかっていたから必死だった。
お金を稼いで、自由を手に入れてそうして智也を探そう。その気持ちだけで五年間頑張ってきた。
もしかしたら、智也もこの世界にいるのかもしれない。
もしかしたら、智也が私に気づいてくれるかもしれない。
店の名前は『リンゴJH』リンゴはこの世界には無い果物の名前だった。アルファベットも当然この世界には無い。
リンゴとこの世界の音を繋げ、羽山惇子のイニシャルを取ったJH。
もし私の他に地球からの転生者が居れば、このどちらかで気が付く可能性はあると考えたのだ。