お針子5
王都には色々な人が住んでいて獣人や亜人と接する機会が多いから、獣人がいても嫌悪する人は少ない、そう思っていた。
獣人は人間より身体能力が高いから、普通の仕事より冒険者として稼いでる人が多いと思っていたけれどそうでは無かった。
獣人を嫌悪する人たちに迫害されて、個人で店を持つどころか城や貴族の家などの使用人になることもどこかの店に雇われる事も難しいから冒険者になった、そんな人が多いのだ。
「お前は小さなころから獣人に囲まれて生活してたから、偏見がないけれどね」
仕事柄国のあちこちに出向く父は獣人や亜人の村とも取引をしていて家にはよく獣人や亜人が遊びに来ていたし、兎の獣人の乳母に育てられた私たち兄弟には獣人は嫌悪する対象ではなかった。
「だってジュジュがずっと私の傍にいたのよ、偏見なんて持つ要因ないわ」
私はそうだけど、そういえば貴族出身の母はどうして偏見が無かったのだろう?
貴族が獣人の乳母を子供につけるなんて聞いたことがない。
「ジュジュとお母さんだって仲良しじゃない」
「そうねえ。ジュジュは私が嫁いだ時にはもう家で働いていたし、最初は私の世話係だったのよ」
「へえ、お父さん凄いね」
貴族だった母に獣人を世話係につけるなんて、父は結構大胆な人事をしていたらしい。
「そう思うでしょ。私も驚いたわ。いくら政略結婚だとしてもこの扱いは酷すぎるとお父さんに抗議したのよ」
「お母さん、強気だね」
「離縁されても良いと思っていたしねえ」
「離縁……」
「お前が出来るまでそう思ってたわね。今じゃ考えられないけど」
「ふうん。良かったねえお父さんと仲が良くて」
母には政略結婚でも、父には恋愛結婚だったのだ。
取引先で見かけた母に一目惚れした父は自分が今まで築いてきた人脈をフル活用して母の実家と縁を結んだ。
経営のアドバイスをし、援助をし、信用を得て母との結婚に漕ぎ着けたのだ。
「思いあって結婚するのは理想だけど、結婚してから思いを育てる縁もあるのよ。だからお前も」
「まつり縫い終わりっと。お店で仕上げしよう」
話の方向がまずい方に向かったのに気が付いて、慌てて糸の始末をして立ち上がる。
「疲れたわぁ。これ仕上げたら少し休もう」
朝からずっと下を向いて作業をしていたから首が疲れてしまった。
「それは明日納品だったっけ」
話をそらされた母は困った様な顔で私が作ったドレスを見ている。
「そうよ。アイロンで仕上げたらおしまい」
明後日お城で開かれる舞踏会に着ていくのだと突然注文が来たときは焦ったけど、なんとか間に合いそうでホッとした。
お店が王都で認知され始め、注文が増えてきたのは嬉しいけれど貴族の注文は無理を言ってくるものが多いから大変だ。
「納品には一緒に行ってくれる?」
「そうね、カルファン家の奥様は気難しいからお前一人じゃ大変ね」
「悪い人じゃないよ。金払いもいいし」
気難しいけど趣味は悪くない。
派手な化粧をしていたから、最近はやりのゴテゴテ飾りのドレスを希望するのかと思えばドレスの趣味は結構地味だった。
「このドレス、あの奥様に似合うと思うな。スタイル良いし」
「華やかな顔立ちが悩みだなんて、贅沢よねえ」
「化粧の仕方が悪いのかも。目も口も目立つ様に化粧するのはああいう顔立ちにはマイナスだと思うわ」
「お前、化粧する年でもないのに」
「ドレスを考えるのも化粧もそんなに変わらないわよ。なんならお母さんにお化粧してあげましょうか。もっと美人になってお父さんが惚れ直すかもよ」
後世で化粧をしたことがなくても、前世ではかなり化粧に力を入れていたから自信はあった。
人形と同じ格好をしたいというオーナーも少なくなく、その為の化粧を研究していたのだ。
「ふふふ。じゃあ納品に行く時にお前にお化粧お願いしようかしら」
「任せて。じゃ私お店に行くから」