お針子3
「メリット、このレースはどこに使うの」
「それは襟元の飾りにするのよ。こんな感じかな、素敵でしょ」
職人に依頼して編んでもらった複雑な模様のレースを、自分の胸元に当て母に意見を求める。
手編みのレースはとても高いから、これを惜しげもなく使ったドレスは庶民には手が出ない。貴族様の特権だ。
「そうね素敵ね。メリットが作る服は他の店とは何かが違うわ」
「でしょう」
王都の街角で前世の記憶を取り戻してから五年、私は父に融資を頼みドレスの専門店を王都に出した。
専門の職人を一人雇い、私自身もオーナー兼デザイナー兼パタンナー兼お針子として働いている。
小さな店ではあったけど、売上は上々だった。
「私の作る服は綺麗だと思うけど、もう少し技術を何とかしたいわ」
私は前世で人形服を作っていた。
球体関節人形の背の高さは八十センチから一メートル位。人形師が作る芸術的なものから、一般に発売されている人形のオーナーが所持する子達向けの服を作りネットショップで販売していた。
人形用の服はオーナーさんの希望を受けて作る場合と、自分で好きにデザインしたものをネットに載せ売る場合があった。
私はアンティークドールが着ている様なドレスが大好きだったから、中世ヨーロッパのデザインを勉強しドレス作りに生かしていた。
レースも編むし刺繍もする。この世界では珍しい繊細なカットワークを施したデザインのドレスは人気が高かった。
「素晴らしい技術だと思うけどね。短い期間修業しただけでこんなドレスが作れるようになるなんて、お母さんにはとても無理だわ」
「お母さんには刺繍の腕があるじゃない。さすが貴族様」
「お母さんを馬鹿にして、まったくこの子は」
貧乏貴族と言えども貴族は腐っても貴族。
子供のころから教え込まれた礼儀作法や刺繍の腕は、三人のこど母となっても健在で、刺繍の腕は到底母にはかなわない。
「おまえが突然お針子になりたい、ドレスの専門店を開きたいなんて言い出した時はどうなることかと思ったけれど。何とかなるものね」
「お父さんの援助のおかげです。私だけの力じゃないし」
スカートのすそをまつりながら、そう言うと母は『珍しく謙遜して』と笑い出した。
「成人もしていない私が店をやるにはお父さんの力が必要不可欠だもの。お店の売り上げをもっと良くして顧客確保しないとお父さんとの約束まであと僅かだし」
お店を出す時に融資してもらったお金を成人までに返せたら自分で結婚相手を選ぶ。お金を返せなかった時は父が決めた相手と結婚する。それが条件だった。
前世の裁縫の技術がメリットにも受け継がれているとわかったからこそ父に交渉することが出来た。
ミシンやファスナー等はなくても手縫いでドレスを仕上げる根性があればなんとかなる、家族に内緒で自分のドレスを仕上げてみて確信した私は店を出すための計画を練った。