お針子2
「生まれ変わりなんだよね。私は地球とは違う、異世界にメリットとして生まれ変わった」
人は、死んだ後生まれ変わる。
六道輪廻なんて、お寺で説法程度に聞いていただけで信じてはいなかったけど、今の私は確かに生まれ変わっている。しかも前世の記憶を持ったまま。
「この記憶を持ったまま、これから生きていかなきゃいけないのね」
小さな自分の手のひらをじっと見つめながら、これからの人生を思った。
グロリオーサに住む人間の寿命は長く、百四十から百六十前後まで生きる。
そのせいか成人は遅く三十五歳、二十代は日本でいうところのローティーン、今二十五歳の私は地球の中学生に相当する。
元の記憶が戻った私には、もう二十五年も生きているのにまだ子供扱いか……と途方に暮れたくなるけれど仕方ない。
「幸い家は裕福な部類に入るし、爵位はないけど食べるものには困らない。子供と言われる年で記憶を取り戻したのも、ある意味よかったのかも」
私は、昔から計算が得意だった。
商魂逞しい父に似たのだと皆に言われていたけれど、なんのことはない記憶は思い出していなくても、前世で習っていた算盤の技術が脳に残っていて今世で役立っていただけだった。
文字を読める、計算が出来る。この二つが出来れば仕事をする上で困ることはない。
父の商売を上手く進めていければ、裕福な暮らしを続けることは可能な筈だ。でも。
「智也がこの世界に生まれかわっているなんて、そんな偶然は無いわよね」
生まれ変わる順番が地球の後この世界という事なら別だけど、そうじゃないなら可能性は低い。
智也ともう一度出会うなんて、神様の力でもない限り叶えられそうにない。
私は智也以外の人と結婚して、子供を作ってそうして生きていかないといけないのだ。
「今は考えたくない」
メリットとしてこの世界に生まれて二十五年、その月日は決して短くはないけれど、思い出したばかりの前世はまだ私の中で生々しい現実として生きている。
私の夫は智也だ。
大好きな大好きな夫。
結婚したばかりでこれからという時の死を、智也との別離を、すぐに受け入れることは出来なかった。
「成人まではあと十年。でもその前に婚約者を決められてしまう可能性はあるのよね。そうしたらもう私に拒否権なんてない」
爵位のある家は当然の事だけれど、市井の人でもある程度の富裕層では結婚を決める権利は親にある。
結婚は当人同士の問題ではなく、家と家の問題だからだ。
今は幸せだとはいえ、母はお金の為に父に嫁いだ。
母方の親族がしていた噂を聞いた限りでは、当時の母には恋人がいたのだ、爵位持ちの恋人は母の家にとって何のメリットもなく、恋人の家にとっても母との結婚は魅力があるものではなかったのだろう。
二人の未来が結婚という形で結びつくことはなく、恋人と別れた母は親が勧めるままに父の妻となったのだ。
「お父さんは私の事を理解してくれいるけど、結婚となれば話は別かもしれない」
酷い相手を選ぶとは限らない。
父は子供である私を可愛がってくれている。商売には厳しい人だけれど家族には優しいのだ。
「でも、智也以外の人と結婚するなんて今は考えられない」
それに今の私の意識はすでに大人なのだ。
メリットの年齢に釣り合う相手は私の意識の中では子供過ぎて結婚相手として見る事なんかできそうにない。
「どうしたらいいんだろう」
成人するまでは時間があるといっても、父がいつ私の婚約の話を持ち出してくるか分からない。
たいていは三十歳前後で婚約し成人後結婚するのが一般的だから、あと五年は猶予があるはずだけれど。
「結婚しないで一人で生きていくのはこの国では難しいけど、悪あがき位はしたいわ」
記憶を取り戻したばかりで混乱しているのだ、今何か結論を出そうとしてもいい答えはきっと出てこない。
「智也、会いたい」
メリットの意識は確かにあるのに、羽山惇子の心が智也を求めて泣いている。
「前世の記憶なんか思い出したくなかった」
そうすればこの世界で幸せに暮らしていけたのに。
心の中で神に恨みの言葉を呟きながら、私はそっと瞼を閉じた。
全部夢ならいいのに、生まれ変わったことも智也がいないことも私が死んでしまった事も。
夢ならよかったのに。
あふれてくる涙を止める事なんかできなかった。