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 あれ? と首をかしげて、洋服屋さんから出てきた女性のドレスを見つめた。

 綺麗なドレスだった。 たっぷりとひだをとったスカート、生地は全体に細かい刺繍がされている。スカートの裾には手編みのレース。マントの襟には兎の毛皮。

 彼女に似合うかどうかはともかく、とにかく豪華なドレスだった。貴族の令嬢なのかもしれない、彼女に寄り添う様に地味なドレスを着た女性が歩いているし、背後には護衛らしきの男性の姿もある。


「私ならもっと違うデザインにするわ。彼女には豪華さが目立つドレスより華やかでもどこか清楚な感じを感じさせるものの方があっているわ」


 あれじゃ、彼女の魅力は半減だわ。そう口の中で呟いて、違和感を覚えた。


「あれ? 私、誰?」


 鏡を見たかったけど、バックの中には無い。

 コンパクトミラーなんて、この世界には普及していないのだ。

 それはこの世界の当たり前、一家に一枚鏡を持てるのは平民でもお金持ちな家だけ、貴族でも持ち歩ける鏡をご令嬢が持っているかどうかは怪しい。家は商売を手広くやっている関係で、大きな鏡が玄関を入ってすぐの壁に掛けてあるし、母様と私もそれぞれ専用の鏡台を持っているけれど手鏡は持っていない。

 なのになぜ鏡が欲しい、コンパクトミラーなんて存在しないなんて、思ったのだろう。


「私はメリット。その筈よね」


 記憶を辿る、さっきまでの私。

 私はグラリオーサ国ソラマヤ町の商家の娘。

 父親は、手広く商売をしている。

 食品、建築資材、装飾品、売れるものなら何でも扱う節操無しだ。

 母親は、没落貴族から嫁いできた元お嬢様。

 位はあってもお金が無くて、半分身売りのようにして父に嫁いできたという。

 なんやかやとあったようだけど、今では夫婦仲良くやっている。

 子供は三人。

 私の下に男の子と女の子の双子。

 両親と弟と妹と、家族の他に数人の使用人と暮らしている。

 私の年は二十五歳、お母さんにお使いを頼まれ使用人が操る馬車に乗って、王都にある叔母の家に行った帰りだ。

 今は、外出のついでにと母から頼まれた用事を使用人が片付けに行っているところ。

 すぐに済む用事だから、私は店の前に停めた馬車の中で暇潰しに外を眺めていた。


「間違いないわよね」


 これは確かに私の記憶。なのに違う自分の記憶がある。

 羽山惇子。

 黒い髪に黒い瞳、年は二十八歳。

 結婚したばかりで夫は三つ歳上の家具職人。

 彼は曾お祖父さんの代からの家具職人の家に生まれた。お父さん達は箪笥一筋だったけど、彼は箪笥だけでなく椅子やテーブルも作っていた。

 その事にお祖父さんはあまり良い顔をしていないけど、彼の作る家具のあたたかな雰囲気が私は大好きだった。


「私は死んだの?」


 最後の記憶は、二人でドライブに出掛けた夜。

 山道を走っている途中、センターラインを越えてトラックが目の前に来てそして、その後の記憶が無かった。


「私だけ? あの人、智也は」


 体が震える。羽山惇子だった時の記憶は遠い昔の物だと気がついているのに、それでも怖かった。

 あの時、トラックは運転席を直撃した気がする。

 とっさに智也はあたしを庇おうとしていた。それは何となく覚えている。それだけは覚えている。


「助かりっこない。あの事故で私が死ぬ程の怪我をしたのなら、智也はもっと酷い怪我をしている筈だわ」


 ぽろりと涙がこぼれた。顔をおおった両手が震えている。

 悲しみと恐怖と、あとは喪失感。

 この世界で生きた間の記憶もある。

 家族に愛されて生きてきた記憶。それは間違いなく私のもので、でも羽山惇子としての記憶も確かに私のものだった。


「なんで思い出しちゃったの。智也はいないのに」


 この記憶が、一体なんの役に立つというのだろう。

 私が住むこの世界は地球では無い。

 この国の名はグロリオーサ。

 数百年前、魔王を倒した勇者がこの国を作ったと伝えられている。

 羽山惇子が生きていた日本とは違い、この国には魔法があり魔獣も存在する。

 勇者が倒した後魔王は復活してはいないけれど、魔獣の脅威と戦うための自衛は必要、そんな世界だった。

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