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敦煌の風


 李広利という男は、このときまだ三十歳にも至っていなかった。長安に来てからは遊民という境遇にあったが、彼の場合は単に仕事が見つからない、というだけであって、決して自ら好んで遊民という立場を選んでいたわけではない。

 なぜ彼に仕事が見つからないかというと……彼はすべてにおいて遠慮がちなのである。真面目な性格で、自己の主張を押し通して他人を従わせるという生き方ができないようであった。要するに、育ちがいいのである。

 よって、彼は遊民だからといって無頼漢のような生き方をしていたわけではなく、むしろその逆だったと言うべきである。彼は、常に自分が属すべき場所を探し求めていたが、それがどのような場所なのか、彼自身にもわかっていなかった。優しい性格をした控えめな男……彼がどのような人物であったかを一言で示そうとすれば、そのような表現が的を射ている。

 その表情も優しげである。育ちがよいのでまなざしに力強さが足りないのは致し方ないとしても、優しい男にありがちな一種の頼りなさは感じられなかった。

 聞けば、彼の一族のほとんどは(しょう)と呼ばれる楽人であったという。なかでも歌舞の得意な兄がおり、早くから長安の都でその才能を発揮していたようである。李広利自身の話によると、彼は兄を深く尊敬していたが、その一方で全く自分には楽人としての才能がなかったことを気に病んでいたそうだ。おそらくその劣等感こそがすべてに遠慮がちな彼の性格を形成したのであろう。


 だが、あるときその尊敬する兄が罰せられた。宮刑に処されたのである。

 彼は原因をはっきりと話さなかったし、彼自身にも正確なところはわからないらしかった。が、宮殿内外の噂から推測すると、李広利の兄はどうやら他者からの嫉妬によって陥れられたらしい。あらぬ噂から罪を着せられ、その結果として男根を失うこととなったのである。弟である李広利が衝撃を受けたことは言うまでもなかろう。

 しかし、このことによって李広利の兄は歌人としての凄みを増した。女性に近い存在となったことで、もともとその才能を評された歌声には妖艶さが増し、表情には色気が加わった。

 そもそも、楽人なり歌人は単にその技術によって人気を得るわけではない。もちろん才能は大事であるが、何よりも大事なものは容姿である。兄は、もともと人が羨む美しい容姿を持ち合わせていた。だからこそ絶大な人気を得た一方で、嫉妬も受けたのである。

 姿・形ばかりでなく、歌声までも妖艶さを得た彼は、皇帝陛下の目にとまり、宮殿内に職を得ることとなった。つまり、宦官となったのである。

 兄の宦官としての職務は、皇帝の飼い犬の世話をするだけであった。しかし求められて歌舞を披露する機会は幾度となくあったという。そのうちの一つが、異常なほど皇帝の心を揺るがした。

「絶世傾国の歌」……彼自身が作詞作曲をして披露した歌である。


   北方有佳人(北方に佳人あり)

   絶世而獨立(絶世にして獨立す)

   一顧傾人城(一顧すれば人の城を傾け)

   再顧傾人國(再顧すれば人の國を傾く)

   寧不知傾城與傾國(寧んぞ傾城と傾国とを知らざんや)

   佳人難再得(佳人は再び得難し)


 北方とは河北にある故郷の中山のことを言うのであろう。そこにいるとされる絶世の美女。その美しさのほどは、彼女がひとたび振り返れば男は狂わされ、その結果として城も傾けば国さえも傾くものである。もとより傾城(けいせい)なり傾国なりの危険について知らぬわけではない。しかしあれほどの美女は二度と目の前に現れぬであろう……そのような内容の歌だが、実を言うとこれは李広利の兄が自分の妹のことを歌ったのだという。

 皇帝はこれを知り、妹を宮中に招いた。そして彼女は深く愛されるようになり、やがて寵姫となったのである。


 しかし皇帝は妹を愛すると同時に、李広利の兄をも寵愛した。「寵愛した」とは臣下としてかわいがった、という意味だけではなく、文字通りの意味も込められている。その親密さは、皇帝と寝起きをともにするほどであった。ちなみに寝起きをともにするという表現は、我ながらひどく遠回しな表現であり、その間に何があったのかはあえて言うまでもない。


 これを知った弟の李広利が衝撃を受けたことは、また言うまでもなかろう。そして今度の命令が、彼の気持ちを複雑にさせた。しかし、のちに彼は私にその決意のほどを聞かせてくれたのである。

「……私に軍を指揮した経験はありませんが、もし仮に私が楽人として才能を発揮していたとしても、宦官となるより軍人になる道を選びます。たとえ命を落とすことになろうとも、男として立派に生き抜きたい」


 その後李広利は正式に符節を与えられ、大宛遠征の指揮官の任を与えられた。甲冑に身を包んだ彼の姿は勇ましく、その優しさは内面の奥底に隠されたようである。


 そして私は、彼の部下となった。



 銀灰色の甲冑に身を包んだ李広利は、初めて会った頃に比べて日々表情が引き締まってきている。そこに美しいと言われた彼の兄、そして妹の面影が私には想像できた。厳しい顔つきが男としての美しさを醸し出している。男らしく生きたいと言った彼の思いが、表情に現れているようであった。

「王恢どの。ここ数週間でひとしきり馬を乗りこなす練習をした。剣術はあまり自信があるとは言えぬが、弓矢は騎乗したままでも放てるほど上達した。どうやら新兵たちになめられることもなさそうだよ」

「それは、たいへん結構なことです。将軍には、雄々しく兵を率いていただきたいものですから」

「うむ」

 数日の間に李広利の表情は自信に満ちたものとなり、発する言葉の端々にも、それがうかがえるようになった。その理由としては、彼自身の鍛錬の結果もあろうが、なによりも皇帝から将軍の印綬を授かったことが大きいだろう。

 大宛の名産である汗血馬は弐師(じし)城に多く隠されているという。彼は、ここを攻略する任を帯びたので「弐師将軍(じししょうぐん)」とされた。

「このたび徴発された兵たちの中には、ならず者が多いと聞く。彼らを御していくためには私自身も強くあらねばならない」

 そう言いながら、李広利は馬を疾走させ、その上から弓矢を放ってみせた。矢はまっすぐに飛び、街路樹にとまる小鳥を射落とした。

「お見事です。馬の扱いの経験がほとんどないと聞いておりましたが、たいへんな上達ぶりでございます」

 私は、心からそのように彼を賞した。

 彼は楽人の家系に生まれながら、その才能に恵まれなかったと自らを評した。しかしそれは常人に比べての話であって、彼の楽人としての能力は、実は人並み以上なのである。律動に体を合わせ、その流れに乗る能力は常人を上回っている。よって、騎乗も巧みなのであろう。今までは、その機会がなかっただけなのだ。

「兵は二万人ほどの規模となりそうだ。騎兵が六千と、その他は国内のならず者が中心で……精鋭とは言いがたい編成だが仕方があるまい。将が将ならば、兵も兵といったところか。しかし、幹部には有望な人材を得られた」

 李広利はこう述べ、二人の男を私に引き合わせた。

 ひとりは、趙始成(ちょうしせい)という。指揮官の李広利よりひとまわりほど年上の男で、私と同年配のようであった。長めの白髪混じりの顎髭が人に威圧的な印象を与える男で、厳格な性格であろうと推測された。

 もうひとりは李哆(りしゃ)といい、こちらは李広利よりも若いとおぼしき男である。口ひげを多少蓄えている程度で、外見的には幼い印象を受けたが、その身のこなしから血気盛んな若者だと思われた。

軍正(ぐんせい)の趙始成でございます。若い頃は南越(広東)攻略の軍に参加しましたが、今回はそれ以来の出陣でございます。軍正とは軍の規律を正す役割。将軍は細かいことは気になさらず、この私にお任せください。無法者たちを精鋭に育て上げてみせます」

 遠征は軍を整備するところから始まる。あらかじめ鍛えられた精鋭が集まり、その上で遠征が開始されるわけではなく、指揮官は人を育て、組織するところから始めなければならない。その点から言えば、このような人物は有益であろう。私は、自分に課される責務が少し低減されたように感じ、安堵を覚えた。

 問題なのは李哆の方である。とはいっても表面的には、何も問題はない。その彼が私の前で開口一番放った言葉は、以下のようなものであった。

「このたび校尉(こうい)の任を仰せつかった李哆と申します。校尉として軍の実務をとりしきり、遠征、そして占拠を成功させ、かの国にあるという葡萄酒というものを目一杯味わいたいと思っております」

 正直な物言いは全く構わない。しかし私がこのとき気にかかったことは、彼が大宛の占拠を志しているという点であった。

「いたずらに消極的であってはならない。彼は私よりも若いし、あのくらいの意識がちょうどよいのではないか」

 李広利は彼をそのように評し、暗に私に目くじらを立てぬよう求めた。

「ですが、兵の大半は好戦的なならず者ばかりです。先導する者がそれを抑えなければ、後々面倒なことになりはしませんか」

 私は、疑問を呈さずにはいられなかった。これに答えた李広利の発言には、将軍らしい度量が垣間見られた。

「それは、軍正の趙始成がやってくれるさ。そうでなければわざわざ彼を迎えた意味がない。抑えめな趙始成と前がかりな李哆の意見の間をとって私は行動すればよいわけだ。……いずれにしても私は彼らの意見は平等に尊重するつもりだよ」

「なるほど」

——彼の将軍としての心構えは、結局のところそこに落ち着いたのか……。出会った頃の不安感をうまく自分なりに消化したわけだ。

 私はそう思ったが、当然ながら本当のところは彼自身にしかわからない。いずれにしても彼は強力な先導者というよりは、調整役といった役回りを自分に課したのであった。

「さあ、閲兵をして訓練を行うぞ。三日後には征旅に発つ!」

 彼は意気揚々とした態度で、我々に向けてそう告げた。



 二万人という兵数は多いようで少なく、少ないようでいて多い。校尉(部隊長)として派遣された人物は李哆ひとりのみで、これは言い換えれば一部隊程度の兵力しか持たなかったことを意味する。通常であれば部の下には曲が置かれ、曲の下には屯が置かれ、それぞれに軍司馬や軍候、あるいは屯長などの職官が配置されるが、そのあたりは暗に現場で編成せよという皇帝の意思があったのだろう。今回の出兵計画は非常にざっくりとしたものであり、その事実こそが皇帝の感情から出された命令であったことの証拠であった。

 とにもかくにも軍は征旅を開始した。長安での出兵式を経て、河西回廊へと歩を進める。その間にも軍規はゆるみ気味である。兵たちは行軍中に私語を交わし、それが時折諍いとなる。軍正の趙始成はそれを戒めたが、あまり効き目があるとは言えない。

「どうも兵たちの間に、大宛の軍は弱いという先入観があるようです。彼らは心の奥底でこの遠征を楽観視しているらしく……」

 そもそも皇帝に大宛出兵を決断させたのは、以前大宛に使者として派遣された経験を持つ桃定漢(ようていかん)という人物の進言であった。桃定漢は、大宛を制圧するには三千ほどの兵数で十分だと主張し、その根拠として「彼らの軍は弱い」と唱えたのである。その意見がいつの間にか兵の中に浸透していったということだろう。

 この王恢が趙破奴に率いられて楼蘭王を虜にした際、兵の総勢は七百騎に過ぎなかった。この成功例が漢に慢心をもたらしたのかもしれない。李広利は将軍として対策をとらざるを得なかった。

「これ以降、いたずらに軍規を乱した者に対しては、食事を抜く。その期間については、私が罪状に照らし合わせて判断する」

 それ以降、実際に李広利は数名の兵に罰を与え、それぞれに一定期間の食事を抜いた。そのことで兵は次第に統御され、軍規の乱れが減少していったことは事実である。しかし、このことが後の作戦行動に影響したのであった。



 軍は武威を抜け、張掖を通過した。さらに酒泉に入るとそれまで以上に風景は黄色く、空の青みは増していった。

「暑いな」

 酒泉の夏は、暑いが短いという。一年を通じて降雨が少なく、そのため乾燥しているが、行軍の先々には泉や湖があった。これらの源泉は、祁連山脈からの雪解け水である。

「まだ本格的な夏ではないはずだが、こう暑いと湖の水が美しく感じられる……人はこういった美しさに魅せられて湖畔に都市を作るのだろうな。もちろん実利の部分が大きいのだろうが」

 李広利は楽人の血筋を引く男らしく、このように叙情的なものの見方をするようであった。

「もとは遊牧民族の土地だったというが、入植が進んでいるようだ」

 漢が酒泉をはじめとする河西回廊の地を得てから十二年ほどが経つ。匈奴を漠北の地へ追いやったのち、漢はこの地への屯田を推し進め、泉の水は灌漑に利用された。遊牧民の時代は馬の水飲み場に過ぎなかった泉が、都市開発の中心と変化したのである。

「あれに見える泉が驃騎将軍霍去病にまつわるもので、この酒泉という土地の名の由来となったものです」

 私は以前にもこの地を訪れていたため、若干でもその知識を披露することにした。というのも、叙情的なものの見方をする李広利は、この種の話題を喜ぶと思ったのである。

 その泉の周辺は公園として整備されている最中で、我々が訪れたときにも二、三の作業者が存在した。李広利は彼らにねぎらいの言葉をかけたが、彼らが何を作っているのかを知らなかった。

「かなり記念碑的な公園のように見受けられるが、どのような由来なのか」

「この泉は、かつて霍去病が匈奴征伐に成功した際に兵を集めて祝宴を開いた場所なのです。その際皇帝は、彼の戦勝を祝賀する意味で十樽の酒をここに送り届けました。しかしこれを全将兵に配るにはその量が足りず、考えた霍去病は泉に酒を注ぎ込み、薄めて平等に配ろうとしたのです。すると不思議なことに泉は酒精分を損なうことなく、とめどなく湧き続けましたので、全将兵が平等に勝利の美酒に酔いしれた……そういう逸話が残っているのです」

 霍去病は生まれながらにして皇室の外戚という立場にあり、傍若無人な性格を持ち合わせていたという。しかしその行動は大胆、勇猛であり、非常に国民に人気のある人物であった。その霍去病が酒を振る舞った泉が目の前にある……李広利も感じ入るものがあったようだ。

「英雄が振る舞えばただの水も酒の味となる、か……。後世にそのような逸話が伝わる驃騎将軍は幸せ者だな。病気で若くして逝ったと聞いているが」

 そう言いつつ、彼は泉の水を手でひと掬いし、それをすすった。

「なんのことはない、飲んでみればただの水だ」

 彼は多少残念そうな口ぶりでそう言ったのち、さらに一言付け加えた。

「この水が酒の味であったなら、私は兵たちを満足させることができただろうに。どうも……私はこの暑さが気になって仕方がない。兵たちが飢えや渇きに不満を覚える日が来なければいいが……」

 李広利が暑さを気にしていたのは無理からぬ話で、我々が酒泉を通過したのは五月を過ぎたばかりの日であった。



 酒泉を出て敦煌に向かった軍は、そこで食料の補給を受ける予定であった。敦煌の先には玉門関(ぎょくもんかん)があり、ここが西域への入り口となっている。補給をうけたあと、軍はいよいよ大砂漠へと足を踏み入れる……はずであった。

 酒泉から感じていた暑さは敦煌に入ってその度を増し、行軍は幾度かの休息を要した。これは予定になかったことで、将軍たる李広利の表情にも若干の焦燥が見受けられた。

「本格的な砂漠地に入る前に、こうも軍が疲弊するとは……全く想定外だったし、事前にこれほど暑さに苦しめられるとは聞いてもいなかった。これは、毎年のことなのだろうか」

「いえ、これは明らかに日照りです。このままの状態が続くと、旱魃(かんばつ)の恐れがあります。中原も同様であれば、この地に送られてくる我々のための補給物資も滞る危険が……」

 私は李広利にそのように説明したが、その途中で飛んできたものに視界を遮られ、口を閉じざるを得なかった。それは大きな黒い塊のようなものに見えたが、ひとつひとつは小さなものであり、そのそれぞれが我々を攻撃した。無数かつ連続して我々に向かって飛来したそれは、我々の目や口に突進してまつわりつき、その行動力を削いだ。

「何だ!」

 私にはかろうじて李広利がそのように叫んでいるのが見えたが、実際にはその声は届かなかった。その物体はひとつひとつが音を発していて、それが集まって大音響と化していた。我々は、目も耳も塞がれたのである。

 軍は動揺し、それが混乱へとつながった。隣の者を顧みる余裕もない我々は、皆目を伏せ、地面にうずくまるばかりであった。しかし物体は容赦なく我々を襲い、間断ない攻撃を浴びせた。肌が露出している頬の部分に激痛が走り、私は思わず手を伸ばしてその物体を掴み取った。

「……蝗(こう)だ……」

 蝗とはいわゆるバッタであるが、我々が通常目にする草むらにひそむ緑色のものではない。日照りのせいで川が干上がると砂地があらわになり、そこが広い草地となるとバッタは大量に発生して交雑し、普段見ることのない黒色の体を持つようになる。これが「蝗」であり、その特徴としては、群生することと攻撃的であることがあげられる。

 群生する蝗はまだ飛べない幼虫の時期に周囲の草をすべて食い尽くし、成虫になると一斉に飛翔して他の地域を襲う。その群生の範囲は非常に広大であり、このとき我々を襲った蝗の群れは、河西回廊の半分を覆い尽くすほどの規模であったことが、のちの報告で判明した。

 いずれにしても、このときは身を低くし、群れが行き過ぎるのを待つよりほかなかった。近くに建物はなく、もともと乾燥している土地なので高木などもない。身を隠す場所はなく、我々を救うものは時の経過以外になかったのである。



 かなりの長い時を過ごしたように思えたが、実際に我々が襲われた時間は誰もが朝食に費やす時間と同じようなものであった。およそ半刻ほどのものであろう。しかし、このとき現場に居合わせた誰もが、一昼夜も続いたように感じたことは事実である。裏を返せば、これほど短時間のうちに、誰もが打ちのめされた思いを抱いたということが言えるだろう。

「我々の敵は人だけではないと思い知らされました」

 李哆は顔の数か所に血の跡をつけたまま、そう言った。

「虫を相手に剣を振るってしまいました。……しかも悲しいことにそれが何の効き目もなかった」

 我々の行く末は非常に厳しい。軍全体が動揺し、意気消沈してしまったことは否めない。しかもそのうえに荷車に積んだ食糧の多くが蝗に食い荒らされ、砂上に散乱してしまったことは、士気の低下に拍車をかけた。

「敦煌の城下でしばし休息をとらせてもらおう。建物の中であれば、ある程度状況はましであろう」

 将軍である李広利もこのときは疲労の色を隠せず、正直な気持ちを指示として発した。

 彼は疲弊した軍を引き連れ、敦煌城内に入っていった。



 城内の風景としては、人々の唖然とした表情が印象的であったが、それ以外に大きく損傷を受けた箇所は見当たらなかった。街を取り囲む城壁が、ある程度効力を発したらしい。

「蛮族から街を守るための城壁が、虫にも効果があるとは驚きだが……それにしてもこの街は栄えているな。武威や酒泉に比べて開発が進んでいる」

 李広利は城内が無事なことに安心を覚えたのか、先刻のような事態があったあとにしては上機嫌である。ただ不安であることは確かだろう。何しろ我が軍の体裁は、一戦も交えていないにもかかわらず、敗残した兵団のようなものであったからだ。

「ここは西域への最前線でありますので、最初に入植が行われた場所なのです。ですが河西回廊の四郡のうち、もっとも長安から遠い場所にありますので、租税回避地として入植者には優遇措置が施されております」

「租税回避地? ここの住民には税が課されないのか」

「全く課されないわけではなく、減免されているのです。しかしその反面、入植者には漢の内地に帰ることが許されていません。その一生を前線の開発と維持のために注がなければならないのです」

「ふうむ。一生を、この敦煌で……この常に青くまぶしい空のもとで暮らせるとすれば、私としては不満などないが。山々はすべて岩肌がむき出しだが、これはこれで趣がある。いかにも砂漠の一歩手前といった風景だ」

「樹木の育たない乾いた土地ではありますが、朝晩や夏冬の気温差が激しいことから中原にはない作物が多く育ちます。この地の名産である瓜は実がよく詰まっていて、みずみずしくて非常に美味です」

「そうか。実のところ、戦う前に軍がこのような状況に陥ってしまい、私としては心が砕かれてしまったような気分だ。付き従う兵たちにしても同様であろう。この地にすこしでも我々の心を癒やしてくれるなにかがあればよいかと思っているのだが……」

 李広利のこのときの表情は、私が初めて彼と会った頃のそれに戻っていた。どこか不安げで、自信のなさがうかがわれる。しかし、それも無理のないことだった。

「城に入って太守にお会いしましょう。我々の遠征は太守の耳にも入っているはずですので、よく計らってくれることと思います」

「うむ。……そうしよう」


 敦煌の城下には巨大な穀物倉庫が存在する。屯田の結果、生産された作物を軍隊へ補給する目的で保管するための施設である。我々はこの倉庫に保管されている穀物の供給を受けるはずであったが、当然ながら倉庫に潤沢な在庫があるかどうかが気になるところである。

「太守どの」

 城に入った李広利は太守と謁見し、状況の説明を始めた。敦煌太守の名は尹慈(いんじ)という。

「つい先刻のことだが、城外で蝗の群れに襲われ、軍は非常に疲弊した状態です。どうか兵たちに安息できる場所と時間を提供していただきたい。兵数は二万ほどですが、宿舎の準備は間に合いますか」

 敦煌太守尹慈は歓迎の意を表しながら、これに応じた。

「もちろんです。この敦煌は、あなた方のような軍人に限らず、通商使節団の方々を安全に西域へお送りするために作られた街ですから。そのための施設は多数ご用意しております。どうか安心してお休みください。……ところで蝗の件は、大変でしたな。ここからも見えたのですが、まさかあの下にあなた方がおられたとは。まるで救援の手も差し向けられず、申し訳ありませんでした」

「いや、謝罪の必要はございません。こうして鎧兜に身を固め、剣や弓で武装していても、虫が相手では文字通り手も足も出ませんでした。あなた方に助けに来ていただいても、事態に変化はなかったでしょう。現に我々は大きな衝撃を受け、気持ちも未だ落ち着かない状態ではありますが……幸いなことに死者はおりません。兵たちが安らげる場所さえ提供いただければそれでいいのです」

「では、早速ご案内いたしましょう。宿舎にて軍装をお解きになり、あとはご自由に城内を散策していただいて結構です。ただし、倉の出入りはご遠慮ください。倉には官印がないと入れませんので兵隊の皆様にも気をつけていただくよう、お願いいたします」

「厳重に管理されているということですね。わかりました」

 そして、軍はようやく休息を得ることができた。



「我々が得られる補給は、実質的にこれが最後だろう。これより先西域に入ってからは兵站(へいたん)が長くなりすぎて中継などできない。通過する楼蘭などの小国からの提供を頼るしかないが、どの国も素直に軍糧を差し出してくれるとは思えない。……どうすべきか」

 李広利は趙始成や李哆を相手に相談を持ちかけた。私も同席したが、基本的に対策は一つしかないように思えた。

「出さない国は蹴散らして奪うよりほかないでしょう。何を迷うことがあるというのですか」

 血気盛んな李哆は、そのように意見を述べた。しかし李広利はこれに対して、

「それはわかっている。私が聞きたいのは、我々にそれができるか、ということだ」

と返した。李哆が返答できずに困っていると、横から趙始成が自らの意見を述べた。

「将軍が仰ろうとしていることは、こういうことだ。つまり……我々はおそらく行く先々で戦を仕掛けねばならない。その結果食糧は得られるかもしれないが、兵は損耗する。兵の命ばかりの話ではない。戦になれば、どんな勝ち戦でも矢は減るし、剣は折れるかもしれないのだ。ところが西域諸国の多くはまともな鋳鉄技術を持っていない、という。食糧ばかりか武器の補充もままならぬ。そのような状態で大宛までたどり着けるのか、よしんばたどり着けたとして、そこでまともな戦いができるのか」

「鋳鉄技術は安息や条支まで足を伸ばすと発達しているというが、大砂漠の国々では未だ装身具にその技術を応用している程度だという。武器に鉄を使用していないわけではないが、その強度は我々に及ばないだろう」

 李広利は趙始成の意見にそのように付け加えたが、李哆はまだ納得がいかないようであった。

「相手がその程度の武器しか持っていないのであれば、やはり制圧は簡単なはずです」

「……相手は籠城(ろうじょう)するのだぞ。先刻の蝗の群れのことを考えてみよ。我々は立派な武器を携えていたが、全く役に立たなかった。相手の出方次第では、強固な武器も役に立たぬかもしれぬ」

 李広利の意見に李哆は口を噤んだ。ただ、これは有効的な解決策が見つかったからではない。結局、李哆だけでなく、誰もが口を噤むこととなった。

「……期限を決めて攻撃するより仕方ないでしょうな。三日三晩かけても相手が降伏しないようであれば先に進む。あるいは、籠城する敵を無視して道を急げば、食糧の問題も解決するかもしれません」

 私はそのように意見を具申してみた。それに対し李哆は不満そうな顔をしていたが、趙始成は深く頷き、李広利も賛同してくれたようであった。

「うむ。長い時間をかけて小国の城を落としてみたところで、消耗に見合う利益を得られるとも思えぬ。兵たちに臨機応変を期待するより、ここは司令部としてはっきりした見解を示そう。三日以上攻めて落とせない場合は、打ち棄てて先に進むことにする。私は外に出て、敦煌の場内の様子をうかがってくることにする。皆はおのおの休んでくれて結構だ」



 敦煌の夜は冷えるというが、ここ最近はそうでもないらしい。昼間に感じた暑さの余韻を引きずるように、生暖かい空気が砂とともに漂っていた。

 李広利は城内の夜の様子を観察しながら、ぶらぶらと街路を散策していたが、そこで不意に背後から声をかけられたという。

「将軍さま……弐師将軍さまではありませぬか」

 女の声であった。すっかり夜が更けていたわけではなかったが、あたりが暗くなった頃合いであるにもかかわらず、無防備な女が出歩いていることに李広利は驚いたという。

「いかにも。弐師将軍の李広利だ。どちらのご婦人か?」

 女はまだ若く、暗がりの中にもかかわらず、その笑顔がまぶしく感じられる人物であった。振り向いてその姿を確認した李広利は、女が返答する前に思わず、

「驚きました。あなたのような可憐な女性が、この国防の最前線の地におられるとは……」

と口走った。女は微笑とともに、それに答えて言った。

「どんなところにも女はいるものです。この敦煌にも、西域にも。もちろん大宛にも。……私は太守の娘で、名を欣怡(しんい)と申します。突然お声をかけてすみません」

「いや……ところでこの私になにかご用ですか」

 欣怡はもじもじとした態度をみせて、恥ずかしそうにしている。

「その……特別な用事というわけではないのですけど、内地からいらっしゃった方のお話が聞きたくて。ことに重要な任務を帯びている方というのは、どのような気持ちでこの地にいらしているのか興味があるのです」

「そうですか。率直に申し上げれば、私はこの地が気に入りました。抜けるような青空と黄褐色の大地が目に眩しく、乾いた土地ですが開放感があります。任務がなければ長く住んでみたいと思っています」

 李広利がこのとき述べた言葉は本心からのものであり、決して相手の気持ちを忖度したものではなかったという。

「本当に?」

「ええ。本当です」

「ですが……ここにいる人たちは皆、強制的に連れてこられて故郷を懐かしんでいます。皇帝陛下は確かにここの人たちを優遇していますが、その代わり誰も故郷に帰ることは許されていません。太守である父もそうですし、この私もそうなのです」

 そう言う欣怡の表情は、それまでのはじけるような笑顔ではなく、やや悲しげなものであった。李広利はもしや自分の返答が彼女の望むようなものではなかったのか、と思い、問い返した。

「あなたはこの地がお好きではないと? やはり帰りたいとお考えなのですか」

 すると欣怡は首を横に振り、明るく否定の意思を示した。

「私自身はそうは思っていません。私がこの敦煌に連れてこられたのは、すごく小さくて幼い時だったので……。生まれは()郡の江州(重慶)なのですが、思い出にあるのは常に曇った空と蒸し暑さだけ。私も将軍さまと同じ理由で敦煌が好きです。ですが……父は帰りたいようなのです」

「太守どのが? そのようにお見受けはしなかったが」

「この地に連れてこられた人たちの多くは、赦免された犯罪人か、土地を失って窮乏した農民です。父は地元の父老に推薦されて中央の官職に就いたのですが、命ぜられて赴任したのがこの敦煌で……周りがそのような人たちばかりの中で、自分がやや浮いた存在になっていることに不満を持っているようです」

 育ちが違う、ということであろう。どこにでもありそうなことではあるが、意外に本人にとっては深刻なことかもしれない。ましてや、太守が上昇志向のある人物であれば、一生をこの地で終えねばならないとすると酷な話だ。

「あなたもそのように感じますか。お父上と同じようなことを?」

「確かに感じます。ここには優しい方はいませんね……。ですが私はほとんど敦煌しか知らない身ですので、だいたい人生とはこんなものかと思っております」

「しかし、あなたは私のような身分の男に興味を持って話しかけた」

 欣怡はその李広利の言葉に破顔した。

「意地悪な言い方ですね!」

「いや、すまない。だがまだ私は自分の話をまるでしていない。今日はあなたのお話を聞いただけです。今日はもう遅い頃合いですからお帰りになった方がいいでしょう。お父上が心配なさります」

「またお会いできますか?」

「敦煌にはあと二日ほど滞在します。明日の夕暮れどきに宿舎にいらっしゃるのがいいでしょう。お話には喜んでお付き合いいたします」

 李広利には美しい妹がいたが、それを皇室に奪われたという経歴がある。もしかしたら彼は欣怡に妹の姿を重ね合わせたのかもしれない。

 しかし、彼と妹との関係がどういうものだったのかを、私は知らない。彼はそのことについてあまり話をしたことがなかった。あるいは楽人としての才能に乏しかったことで、故郷では周囲から浮いた存在であったのではないか。

 彼が敦煌を好んだという事実は、それを証明しているかのように思える。



「欣怡どの。どうぞお座りになってください。よく来てくださいました」

 翌日の夕刻になって、宿舎に欣怡を迎えた李広利は自ら椅子を引いて彼女を迎えた。

「昨日もそう思ったのですが、弐師将軍さまは女性にお優しい方なのですね」

 言われた李広利は、冠の上から頭をかき、冗談めかして言った。

「西域諸国では女性の意見を尊重する国が多数あると聞いていたものですから。今のうちに慣れておこうと思ったまでです」

「あら、その話なら知っています。葱嶺を越えた国……康居国や奄蔡国がそのような風習を持っているらしいですね。なんでも、統治者は女性の意見を参考に政策を定めるとか」

「その通りです。さすがに最前線に長く住まわれているだけあって、お詳しい。いや、しかし私はなにも女性の意見ばかりを尊重しているわけではありません。実は軍を統率する経験は初めてでして、誰の意見でも聞けるものは聞きたいという気分なのです」

 欣怡はその李広利の言葉を聞き、身を乗り出した。

「では将軍さま、この私の意見を聞いてくださいますか。実はお耳に入れたいことがあるのです」

 李広利は、多少浮かれた気持ちで欣怡の顔を見やった。前後の会話の内容から、そこに色心があったとしても無理からぬことであっただろう。

 だが、それは今後の軍の運命を左右するものであった。



 本文中にある李広利の兄は名を李延年といい、作中の唄が「傾国の美人」の語源となっている。彼は「新声変曲」というそれまでにないジャンルの音楽を作り出したことで名を残している。

 驃騎将軍霍去病は大将軍衛青の甥にあたる人物で、この二人の活躍によって河西回廊は漢の領土となった。しかしこの二人は功績は並び称されるものの、民衆の人気は圧倒的に霍去病の方が高かったという。衛青は幼少期に奴隷同様の暮らしをしていた人物であったが、姉が皇帝に妻として迎えられたために登用され、そのなかで自分を磨き、功績を残した苦労人である。一方霍去病は遠征中に部下が飢えに苦しんでいる傍らで蹴鞠に興じたりと、奔放な性格を持った若者であった。しかしその能力は秀でていて、発する言葉も力感に満ちていたという。皇帝を相手に心強い言葉を返す男であった。一方の衛青は奴隷出身のため、目上の人物には卑屈な態度をとりがちで、それが不人気の理由であった。酒泉の逸話は、当時の霍去病の人気を象徴したような話である。

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