大軍の迷い
一
亀茲国は天山を挟んだ烏孫の南にあり、砂漠の北側に位置する。西には姑墨(アクス)、南には精絶(チャドータ)、東南には且末(チャルチャン)、西南には杆彌国と、諸国に囲まれ、その文化は相通じている。
主な城郭は三つあり、王城の延城、北部の庫車(クチャ)城、東部の輪台(ブグル)城がそれである。人口は総数で八万を越え、この時期の西域諸国の中では大きな国だと言えよう。
国内は温暖な気候と平地の特質を生かされ、穀物の栽培が盛んである。五穀が実る風景は、砂漠の他の地域では決して見ることの出来ないものであり、その影響によって国民は豊かであった。
かつて李広利は、輪台の市場に足を踏み入れ、匈奴の僮僕都尉に襲われた経験がある。その首謀者は漢からの転向者であったが、誰が主導していても本質は変わらない。亀茲は匈奴による安全保障をその生産物で買っている状態なので、たとえ裏切り者がいなくても、我々が不用意に足を踏み入れれば襲われることは確かだった。国民が豊かで、なおかつ軍隊が存在するとなれば、その可能性がさらに高まる。
「総勢で二万を超える兵士がいるとのことです。国民が八万であることを考えれば、これは非常に多い数字だと言えましょう」
内偵を重ねてきた李哆はそう告げた。しかし、この報告は我々の不利を示すものではなかった。
いま現在、李広利率いる漢軍の兵力は六万を越える。加えて、楼蘭・姑師を従えた実績が伴い、普通であればこれに抗おうとする国はないであろう。
そのため我々は、堂々と輪台城内を横切ろうとした。内心はどうあれ、国民の誰もがこの事実を受け入れると思ったのである。
通常城郭は、外城と内城に分けられ、外城が市街地を、内城が宮殿を守る形になっている。しかし我々は外城に到達した時点で、早々に足止めを食らった。
「城門が閉じられている。これは、我々の通過を許さぬという解釈で間違いないか」
李広利はそのように言った。口調には、余裕が感じられる。大軍を擁しているという自信と、これまでの戦場での経験が、彼に動揺を与えなかった。
「確かめてみたらいいでしょう」
応じた李哆の口調も変わらない。彼は軽い調子で、
「なんなら自分が」
とさえも言った。そして付け加えることには、
「軍はこれまで実戦を伴わずに進撃してきたので、大宛を攻略する前の演習にちょうどいい相手となるかもしれません」
我々は、皆等しく落胆していた。軍の規模が小さければ、西域諸国は対抗しようとし、言うことを聞かない。しかしこちらが軍容を充実させ、相手を威圧できるほどになった途端に、媚びへつらうのだ。好んで戦いを望むわけではないが、相手によって態度を豹変させる人間性に嫌気がさしていたのである。
「輪台は我々が望んでいた気骨ある相手だということだな。それはそれで尊重するべきだ。戦おう」
数十名の兵士によって、閉ざされた城門が丸太で破壊された。城内からは矢の応射があったが、ものの数ではない。油をまき、火矢でそれを延焼させることによって、内城までの道を切り開いた。六万以上の軍勢があれば、運べる軍装品や兵器も膨大な量になる。以前は攻城兵器を運搬するなど、不可能であったのだ。
しかし外城の中での反撃は散発的であり、意外にも抵抗は少ない。おそらく彼らは、市街地を主戦場にすることを望まなかったのだろう。
「内城を強固に防衛しているかもしれぬ。注意して近づけ」
その言葉の通り、敵は内城の城壁を取り囲むように布陣していた。守りは堅く、容易な攻略は出来そうにない。そこで李広利は自身が前面に出た。自らその身を晒して敵の目標となり、右へ左へと動き回ることで彼らの隊列を乱したのだった。
輪台の兵たちは、城壁を守ることを忘れたかのように、李広利を追い回した。それを確認した趙始成は、兵に命じて内城の門を破壊させた。そして言う。
「西域の軍には、あまり目立った将はいないな。強いて言えば、郁成で出会った煎靡とかいう武将くらいか」
彼らには、いわゆる兵法というものがない。当意即妙で軍事にあたっており、過去の経験の積み重ねや、知識の継承というものがなされていないようであった。文字を持たぬからそれらの継承も難しいのだろうが、だからこそせっかくの作戦が持続しないのだろう。こちらの策略に、彼らは思うようにはまってくれたのだった。
城門が破壊されたことが明らかになると、それまで李広利を追い回していた兵らが恐慌を来した。慌てて城門に駆け寄ろうとするも、すでにそこは漢兵に占拠されており、討ち取られるばかりであった。この機に李広利は反転し、自らも内城への侵入しに成功した。
「輪台の王がいたら、殺すな。捕らえて漢への服従を誓わせたい」
配下の兵にそう命じ、自身も宮殿を取り囲む一団に加わった。やがてその中から、貴人と思われる男と、それを守る一団が姿を現し、無抵抗の意を表現したことで戦いは終結したのである。
二
集団の中心にいた男が、まさしく輪台王であった。目の位置が大きく落ちくぼんでいて、鼻が高い。口ひげを生やしていたが、それはやや褐色であり、我々のように漆黒ではなかった。白一色の寛衣に革の帯を締め、頭には金の冠を載せている。その身なりから清潔な印象を与える男であったが、もうすでに老人であった。
周囲には数名の宮女を従えており、それらは皆薄い布を頭にかけている。それらは緑であったり、赤であったり……目に焼き付く印象は相当なものであったが、その反面彼女たちの顔はほとんど見えなかった。布がうまく顔に影を作るのである。
「丘就卻……」
李広利は丘就卻を呼び出し、通訳をさせた。降伏の事実を認めさせるためである。
そもそも文字を持たない彼らとの約束は、口でしか成立しない。我々が一方的に文書を示すことも可能だが、あまり有効とは言えない。我々は、王の言葉からそのことを再認識させられた。
「楼蘭や姑師が不戦を貫く中で、なぜ輪台は戦おうとしたのか」
まず手始めに李広利はその点を明らかにしようとした。漢に対する根深い対抗意識があるのであれば、それを取り除くことが先決と考えたのだろう。
「輪台は……国に力があるときは独立し、そうでないときは他国の一部となることが多いのです。現在は西の亀茲国の一部として存続していますが、私が若いときは東の渠犁国(コルラ)に属していました」
「ふむ。なるほど」
「亀茲国、渠犁国いずれも匈奴の支配下にあり、そのさらに支配下にある輪台は、二重にも三重にも賦税されます。私は、この状況をどうにかして打破したかった」
「しかし漢に対抗することが、今の状況を打破することにつながるのか。亀茲国は二万ほどの軍勢を擁しているというが、見たところ、この輪台にはそれほどの数はいない。援軍がないのに漢に対抗すれば、撃滅されるだけではないか」
輪台王はひどく悲しそうな顔をした。とはいえ顔の作りが我々と異なるので、おそらく悲しいのだろう、と思える程度だったが。しかし確かに激しい表情の変化があった。
「いっそのこと撃滅していただきたい。匈奴の西域支配は非常に中途半端で、我々に対する亀茲や渠犁の態度に、彼らはまったく無関心なのです。匈奴は税がとれればそれでよいと考えており、我々には何も与えてくれない。漢は、徹底的にこの地を支配し、匈奴の勢力を追い払っていただきたいのです」
李広利は慎重に言葉を選んだ。この年老いた王は、我々を何らかの形で陥れようとしているかもしれないのだ。
「それは、降伏するという解釈で間違いないか。言っておくが……前回の遠征で我々は失敗を犯したが、このたびはその反省を生かし、大軍団を擁している。我々がここを去ったあと間もなく、次の部隊がここに到着するだろう。よって、その場しのぎの言動は慎め。降伏の意思を表明するのであれば、口だけではなく確かな証拠が必要だ」
王は若干たじろいだ様子を見せた。だが、それもやはり確かではない。
「証拠を示せと言われても……どのような方法が」
「人質を出せ。それも一人では不十分だ。しかしあまり多すぎると結託して造反する可能性がある。五十名や百名とは言わぬ。……太子を含め、世嗣の候補者すべてを漢に入朝させよ」
今度こそ、王は明らかな驚愕の色を表情に示した。
「私に息子は五名おりますが……それをすべて漢に差し出せというのか。……数日考える猶予をいただきたい。征旅の途上でお急ぎのこととは思うが、何とぞ」
「仕方あるまい。明日まで待とう。明日中に結論を出すのだ。さもなければ、内城も焼き尽くすことになる」
三
「将軍は、お変わりになりましたな。言動に凄みが増したように感じた」
その夜、李哆は李広利についてそのように言った。その口調は、まるで品定めをするようなものである。意外な掘り出し物を見つけたかのように、彼には感じられたのかもしれない。
「王恢どのは、どう感じた」
確かに私にも同様の感想はあった。かつては楽士の卵に過ぎなかった彼が、経験を重ねて、一流の武将となった……結果だけを記せば、そういうことだ。しかし私には、どこか引っかかるところがあった。
「やはり妹君に亡くなられた事実が、将軍を捨て鉢な気持ちに導いているのではなかろうか。今のところ将軍は職務に忠実な態度をとっているが……私にはその態度が極端すぎるように思えるのだ。相手の気持ちを忖度しない将軍を見るとは、意外な気がしている」
李哆はこの意見に同調してくれた。
「将軍は、妹君を陛下に殺されたとお考えのようだ。その悔しさを敵にぶつけているのかもしれない。任務を帯びている我々にとっては好都合だが……正直に言うと、最近は軍中での居心地がよくないのだ。どうも悪い空気が充満しているような気がして……」
「まったく君の言うとおりだと思う。軍は進撃を続け、このたびは戦いにも勝利した。いいことずくめのはずなのに、楽しめない。前回の旅の方が苦難に満ちていたというのに、これはどういうわけだ。軍正は、どう思うか」
問われた軍正趙始成は、自らの考えを答えた。
「もともと軍律を正す役割は、もっぱらこの私の役目だった。覚えているだろうが、将軍は私が兵に与えた処罰に納得せず、自らにも同様の罰を与えたことがあった。今の将軍は、あの頃とは明らかに違う。別人のようだ。……しかし、皮肉なことに軍は機能していて、今の状態を維持すれば、我々は大宛に勝てるだろう。陣容は充実している。しかし……」
始成はそこでしばらく考え、やがて言った。
「敵に対しての慈愛が足りない。冷酷だと言い換えてもいいだろう。以前の将軍であれば、敵国の王と話し合いの場を多くとったはずなのだが、今回の対応はにべもない。いずれはそれが、味方の兵にも向けられるような気がしてならないのだ」
「慈愛か……」
前回の遠征は苦難の連続で、結果だけを見れば失敗だったと評価すべきものであったにも関わらず、我々にとっては充実したものであった。蝗害、姑師国での敗戦、烏孫公主の不遇、呂仁栄の討死などは思い出すのもつらい出来事だが、にもかかわらず我々は皆、その経験を誇りとすることが出来た。しかし今はどうかと問われると、勝ったにも関わらず、気持ちは晴れないというのが正直なところである。
その原因は、李広利の表情と態度に喜怒哀楽が見えなくなったことだろう。かつては情緒的で、やや感情に流されやすいところがあったが、今となってはそれが長所に思える。ところが今は、彼はほぼ完全にそれを制御していた。これを軍人としての成長と捉えるか、それとも没個性だと捉えるかは、人それぞれであろう。だが、多くの見知らぬ道を行かねばならぬ我々にとって、冒険的な気分が薄れたことは誰もが認める事実だった。
「士気が低下しているな。戦いに勝ったにも関わらず……」
李哆はそう呟いた。確かにその通りである。だが問題は李広利自身は何も間違ったことをしていないということである。彼は与えられた任務をよく理解し、それを遂行している。そのおかげで軍は以前より強くなった。しかし、士気は低下しているのである。
「……思うに、将軍は寂しいのだろう。本音を隠すようになって将軍らしさが失われている。輪台王を囲んで酒宴でも開くのがよいかもしれない。本音をさらけ出す相手は、誰でもよいのだ。我々でも構わないし、輪台王でも構わない。王を取り囲む宮女の一人でも、構わないのだ。とにかく相手が必要だ」
趙始成はそう言って、自らが輪台の王を説得する役目を引き受けた。我々は皆、李広利が輪台を相手に人質を要求する姿を勇ましいと思いつつ、彼らしくないことだと感じていたのである。
四
輪台王、李広利ともに出席を渋ったが、両者共に趙始成と丘就卻が説得した結果、無事酒宴が催された。
宴席は形式上、輪台側が漢の遠征軍をもてなす、という形がとられた。昼間に一戦を交えた両国が杯を交わし合うという事実には違和感が生じたが、輪台は事実上漢に降ったのだから、もてなす義務はある。また、輪台が匈奴の支配を喜ばず、意図的に漢を受け入れる行動をとった、という王の言葉が真実であるとすれば、その義務はなおさらだろう。
王は確かに出席を渋ったものの、その義務については理解していたように見える。宴席には我々が見たこともなかった色鮮やかな食材が並べられ、やはり色鮮やかな衣装を身にまとった女たちが、華やかな踊りを披露していた。その踊りに添えられる音楽も、異国情緒に溢れている。弦や笛の音は漢のそれとはまったく違い、単独の音ではなく、調和が重視されている。我々は皆、心ならずも踊り出したくなった。
「あなた方の音楽には、幸福感が満ちている。しかし、中にはもっと哀愁的な曲もあるのだろうな」
もともと音楽の道を志していた李広利は、王との語らいをこの話題から始めた。
「実を言えば、あまり多くはありません。我々が好んで聞く楽曲の多くは、このようなものです。暗い曲を好む者は少ない。その理由は、国民の多くが、楽天的だからなのです」
李広利は驚いた表情を見せた。彼には意外なことだったのだろう。
「輪台は亀茲と渠犁の狭間で常に苦労を強いられる運命にあったと聞いたが、国民はそれに疲れたりしないのか。そのつらさや悲しみを曲で表現することは少ない、と?」
「我々は葬儀のときでも明るい音楽で死者を送り出します。かといって悲しみに無頓着なわけではありません。過去には亀茲や渠犁との争いで多くの死者を出したこともありますし、匈奴から迫害を受けた時期もありました。平和な時代の方が少ない、と言えましょう。しかし、それにいちいち悲嘆していては精神が持ちません。よって、国民は辛いときこそ明るい音楽を聴く傾向にあるのです」
「あえて明るい音楽を……」
改めて李広利が宴会の中央を見やると、李哆がすでに踊り出していた。舞手の女たちにうまくあしらわれ、からかわれながら楽しそうにしている。李広利は呆れたような表情を見せながら、それに感想を付け加えた。
「女たちの衣装も単一の色でありながら、非常に印象的だ。赤と緑が多いようだが……」
「この国は年中暑いので、人々は重ね着をしません。また、花などの柄をあしらった衣装は豪華に見えますが、軽やかさが失われます。音楽と同様、女たちの衣装も明るく、軽やかなものが好まれます」
「ふうむ……では聞くが、輪台は今我々に降伏を表明し、国家としては非常につらい時期にあるはずだが、やはりこの音楽や女たちの舞踊も、それを跳ね返そうとしてのものなのだろうか」
この質問を受けて、王は複雑な表情をしたように我々の目には見えた。
「率直に申し上げて、心から喜ばしい事態だとは言えない。しかし今までよりはましになるだろうという希望はある。将軍にはあまり気になさらないでいただきたい。何せ、つらいときも嬉しいときも我々の奏でる音楽は同じだからです。……それよりもどうですか、将軍も踊ってみては? 音楽に通じている方なら、充分楽しめましょう」
王はさりげない調子で言ったのだが、李広利はこれに大きく動揺したようだった。
「いや、私は昼間にあなたの国の兵の命を多く奪ったのだ。私のことを快く思わない者は多いだろう。そんな中で踊っていられるほど、私は厚顔ではないのだが……」
しかし彼はどこからともなく現れた数名の女たちに連れられて、舞踏の場に引きずり出され、それからしばらく踊る羽目になったのである。
女たちの黄色い声が彼を包み込んだ。心ならずも彼は笑い、大いに楽しんだようであった。
「いかがでしたか」
王に問われた李広利は、このとき即座に答えた。
「確かに心にわだかまっているものを、すべて忘れることが出来た。王には感謝せねばならない」
やはり彼は心に何かを抱えていた。それを聞き出して解決へ導くには、今この瞬間を置いて他はない。
五
「よろしければ、宮女の一人を閨に……」
輪台王は思いきった提案をした。あるいは、李広利に対する信用を形にしたのかもしれない。ただ、彼はこの申し入れを拒否したのだった。
「いや、ありがたい話だが、遠慮しておこう。なぜかと言えば、別れがつらくなるからだ。私は、どうも女性には入れ込む性格のようだから……」
かつて博望侯張騫は、現地の匈奴の女を妻とした。彼はその道中を妻と共にしたが、結局連れ立って漢に帰国することは叶わなかったという。
「博望侯どのはすでに故人であり、生前にこのことについて詳しく語ることがなかった。ゆえに彼が連れ合いの匈奴女と生き別れたのか、それとも死別したのかは定かでない。しかし、私はおそらく死別したのではないか、と考えているのだ」
あまり現状とは関係のない話のように思えたが、我々は等しくこの話題に興味を持った。輪台王は在位期間が長く、そのため張騫とも面識があったと思われたからである。彼が張騫と会ったときの話も聞いてみたいと誰もが思った。
「博望侯のことならはっきりと覚えております。彼がこの地を訪れたとき、確かに女性がひとり、付き添っておりました」
李広利はこのような話題を好んだようだ。
「子まで成したと言うが、その存在は確認できたか?」
輪台王は首を横に振り、これに答えた。
「いいえ。そのときはまるでその存在に気付きませんでした。博望侯は輪台に十日ほど滞在しましたが……すでに生まれていたとすれば、もう亡くしていたのだと思われます」
張騫は匈奴の地に十年間捕らえられ、その間に妻を娶り、子を成したと言われている。輪台を訪れたときに子の姿がなかったということは、やはりそのときすでに亡くしていたのだろう。
「博望侯どのの心情は如何ばかりか。私であれば、その事実に耐えられない。そのような運命を迎えたことで、彼は皇帝を恨んだりしなかったのだろうか」
「この私が見る限り、博望侯は使命に燃えておられました。匈奴出身の妻を確かに連れてはおられましたが、お二人が会話を交わしている姿も、私は見ることがありませんでした。もっとも……通訳を務めていた甘父を介さなければ言葉が通じなかった、ということもあるのでしょうが」
李広利はふう、とため息をついた。輪台王は、つまり張騫は任務に没頭していて妻や子に関心を示す余裕がなかった、と言っているのである。これは、彼が抱いていた張騫の印象を裏切るものであった。
「博望侯はさっぱりとした性格で、異国の者たちは皆彼の魅力にとりつかれたと伝えられており、私も疑いなくそれを信じていた。しかし王の話が事実であれば、彼は情の薄い人物だな」
李広利の口調は、落胆を示している。輪台王は丘就卻の通訳を介して、彼の言わんとすることを理解したようであった。
「情の薄い人物とは、悲しみだけに無頓着なわけではなく、怒りに対しても無頓着なものです。皇帝陛下に対する恨みなど、彼の心にはなかったでしょう。……彼がさっぱりした男だと伝えられている理由は、おそらくそのあたりにあるのではないかと思われます」
「……なるほど」
李広利の落胆は、ますます深くなったようであった。しかしその一方で、彼は会話に楽しみを感じていたようでもある。意外にも、会話は途切れることがなかった。
「では王に聞くが……王の目にこの私はどのように映るか。博望侯張騫と比べて……」
輪台王は迷うことなく答えた。
「将軍は博望侯に比べて、与えられた任務に対して苦しんでいらっしゃるようにお見受けします。無論博望侯の任務は戦争ではなく、冒険と称してもよいものであり、任務自体に楽しみがあったかもしれません。それに比べて将軍は、戦争を目的にこの地を旅しておられます。その任務の重さを考えると致し方ないことかもしれませんが……そのことを差し引いてもあなたの表情には苦しみが満ちあふれていらっしゃる」
李広利は渋い顔をしてその言葉に首肯した。
「まったくその通りだ。いまの私の心中には、疑念しかない。……なんのためにこの任務を成し遂げねばならぬのか、まったくわからなくなってしまった」
六
「将軍の任務は、大宛国の征討でしょう。その他に何か意識せねばならないことがあるのですか」
「私は牛や馬ではない。皇帝から命じられれば従うしかないが、だとしても考えることはあるのだ。人間なのだから。私が大宛を討つことで、汗血馬が漢にもたらされ、その軍威は西域全土に知れ渡るだろう。それによって匈奴の影響力は削がれ、奴らは力を失う。漢はそこを叩けばよいわけだ」
「大宛を討つことの意義を、将軍は理解しておられるのですな。では、何に不満が?」
「無論意義は理解しているし、私自身もこれまで忠実に任務を実行してきた。つまり匈奴に打ち勝つために、我々はその補給源である西域を自身の勢力下に置こうとしている。これは結局、あなた方を虐げることになるのだ。私は、どうせ苦労するのであれば、万民に感謝されるような仕事がしたい。なぜ懸命になって人から恨みを買わねばならないのか……そう考えてしまうのだ」
輪台王は李広利に言いたいことを言わせ、我々も口を挟まずに聞き入っていた。そして、ようやく彼は本音をさらけ出したのだった。
「すまない。このような発言は士気に関わるので口にしたくはなかったのだが……つい言葉にしてしまった」
「将軍の言うことは理解できます。しかしその答えは意外に簡単なものです。ひと言で言うならば、我々が弱いからです」
輪台王は、それが自分の本心なのか、それとも単に李広利を慰めるだけのものなのか、よくわからない発言をした。
「自分たちが弱いからだと?」
「そうです。我々小国の王族は皆、自分たちの権利と生活を守ることだけを考え、状況を見誤ってきました。東には漢、北には匈奴、西には安息があって、これらの大国がお互いに関わるようになってくると、我々の住む土地は必然的にその通り道になります。しかし我々はただ大国におもねるだけで、卑屈な存在と成り下がった。西域全体の総力を結集して大国に対抗することなど、考えもしなかった」
李広利はその意見を聞いても、気分が晴れないようであった。
「しかし、それは大国そのものが存在しなければ、解決できる問題だ」
「大国は必ず存在するのです。我々は常に大国がもたらす小さな利益に心を奪われ、それに踊らされてきた……。要は、私のような王族が悪いのです。小国同士といえども手を携えて同盟を強化しさえすれば、大国にも対抗できる勢力になり得たものを……ときには小国同士で相争い、結果的に自分たちの勢力を弱める行動すら起こしたのです」
確かに西域諸国は、自国の生産能力だけでは国民に充分な食を与えることも出来ず、交易に頼った運営を強いられている。そのためには小国同士の貿易よりは、大国を相手にした大規模なものが好まれるだろう。しかし、匈奴はたいした物産を持たず、交易の相手としては大いに不足であった。そんな彼らがもたらすものは武力による恐怖だけであり、小国は国力を吸い取られていくばかりなのである。
「その事実に気付いていない国も多くあります。将軍がご自身の行動に心から満足できるようになるかどうかは、この点が鍵となるのではないでしょうか」
「小国は大国の存在によってのみ、国を富ませることができるということか。それが小国を発展させる道だとしても、やはり私の心は晴れぬ。あなた方西域諸国を匈奴の手から解放したとして、いったい私には何が残るのだろうか」
ついに主題は、任務の意義から個人的な心情へと移った。やはり李広利はこの点に関しても不満を覚えていたようである。つまり彼は、「やる気はあるが意義が見いだせない」のではなく、「意義は認識していてもやる気が起きない」と言うのである。それにしては、ここまでよくやってきたものだと私には思えた。
「皇帝から多大な恩賞が与えられましょう。名誉も手に入れることが出来ます」
このとき、輪台の王は当たり障りのない返答をした。
「それは確かにそうかもしれぬ。しかし、すでに私はそれをいただいても補えきれぬほどの損失を被った。皇帝は、私の妹を見殺しにしたのだ」
彼はついに皇帝個人に対する不満を口にした。しかし彼は口で言うほど妹を愛していたのだろうか、という疑問が同時に湧く。楽士の一家に育った彼は、その道での才能を示すことが出来ず、落ちこぼれて遊民となった。そのような彼が家族に対して深い愛情を抱いていたとは思えず、妹のことは任務に対する不執心の口実のように思えたのである。
「妹は容貌が端麗であったために皇帝に召された。確かに陛下は妹を愛してくださったのだろう。しかし……どんなに相手が美人でもひと月も顔をつきあわせていれば、新鮮味は失われる。つまり……妹は飽きられて、捨てられたのではないか。病に苦しんでいたというのに、それを救おうとする努力が不充分であったと思えるのだ。陛下が悲しみで床に伏せたという報告も聞いたことがない」
輪台王はこれを聞き、表情を崩した。もともとあまり読み取れない表情の男であったが、このときは明らかに笑ったようである。
「失礼。もし無礼だとお思いならお斬りくださって結構。しかし言わせてもらうならば、支配者が側室の死に心を痛めて床に伏せてしまうような国は、すぐ滅びてしまいます。それこそ漢の場合、匈奴がここぞとばかりに攻撃を開始するでしょう」
「確かにそうだが……私自身、自分の感情が子供じみていることは承知している。だが……陛下の妹への態度を見ていると、私自身の将来も見えてこなくなるというのが本心なのだ。つまり、いくら功績を挙げたところで……私も妹と同じように飽きられて、捨てられるのではないかと……」
漢の歴史を通じてみれば、過去に功績を挙げた人物が、その事実によって一生を安泰に過ごしたという事例は少ない。寿命を全うした人物は、小さな功績を一生涯にわたってこつこつと積み上げてきた人物であり、大きな功績を挙げた人物は逆に滅ぼされる傾向にある。その理由は、功績によって集中した人望が、皇帝の影響力を上回ることがあってはならないからであった。
「捨てられることが恐ろしいのではない。ただ、どうせ捨てられるのであれば、今私がしていることはすべて無駄なのではないか、そう思えて仕方がない」
七
李広利の憂慮は確かに考えられることであり、彼が大宛の征討に成功したあとにどう生きるかを思えば、不安は尽きない。彼に残された道は、結局外征のなかで討死するだけであるようにも思えた。大宛征伐に成功し、国内に戻って政治に口出しするようになれば、大きな勢力になるであろう。しかしそれを皇帝が黙って見ているはずがないとも思えた。なぜなら、すでに李広利は皇帝に大きな不満を抱いており、もし彼が政治の世界に口を出すのであれば、そのことを論点にするはずであったからだ。
つまり彼は、自分のためにも、皇帝のためにも外の世界で戦っていた方がよい。そしてそのなかで討ち死にするのであれば、英雄としての名誉を保ちながら一生を終えることが出来る。それが最良であるように思えた。しかし、必然的に彼は寿命を全うできないことになる。
「なら、思い切って外地で暮らす決意をなさったらどうですか。あなたが西域を変えるのです。その後の西域世界の行く末をあなたが見守るというのはどうでしょう」
「そんなことを陛下はお認めにならないだろう。功績を挙げた者に、功績を挙げた土地で好きなように振る舞うことを許せば、独立される恐れがある。そのような政策を皇帝が採用するはずがない」
李広利はやや意固地になって輪台王の意見を否定した。これはおそらく自分にもそのつもりはない、という意思表示なのだろう。独立は言うまでもなく、西域に留まる意思もないということだ。
「しかも大宛の征討も成功すると限った話ではない。もし何らかの原因で失敗すれば、その時点で私の人生は終わりだし、その後の心配も無用となる。その反面、成功すればあとのことが心配だ。いったいどうすればよいのかと思うのだが……もともと大宛を討つ意義は、匈奴へ対抗するための足がかりとすることであった。おそらく、成功したあと、私は匈奴征伐の任を与えられることだろう」
「それは、将軍にとって受け入れられる任務なのでしょうか」
李広利はその質問に対する答えを探すのに苦労していた。しかし、やがて彼はようやく自分の納得できる解答を得たように、笑みを漏らした。
「国内に安住の地があれば、それが一番いい。しかし残りの一生を何もせずに暮らすなど、退屈であるに違いない。私は軍人なのだから、無心で職務に没頭できる環境こそが、一番幸せなのだろう。まして相手が匈奴だというのであれば、良心も傷つかなくて済む」
それは妥協の産物であったかもしれない。本来であれば、彼は敦煌で待つ欣怡とともに幸福に満ちた生活を送ることを夢見ていたはずだ。しかしおそらく、その願いは叶うことがない。だとすれば次善の策を採るしかないであろう。彼は英雄として死ぬ運命を自分に課したのだった。
迷いがなくなったのか、彼の表情が明るくなった。そして、
「決めたからには、必ず大宛には勝つ。そして軍人として断固とした決断をしなければならぬときは、するのだ。輪台の王よ、あなたが私の心の迷いを払ってくれたことに感謝している。が、人質を要求することに変わりはないぞ」
と、輪台王に言うのだった。
「将軍の心の内をここまで知ったからには、私も最後まで付き合うしかありますまい。あなたが成功し、西域を今までより良い世界に導くことに私は賭けましょう。ご要求の通り、五人すべてを漢に送ります」
かくして、輪台は西域における漢最大の拠点となった。我々は後続の部隊が到着するまで、ここに一部隊を残すことを決め、人質の五人を受け渡しをすることにした。
「人質には、楼蘭の伊循城で出会った王子のようになってほしくない。漢の文化に触れさせ、その素晴らしさを体感させるのだ。敵対しているから人質を取るのではなく、味方にしたいのだ。それを後続の部隊に言い含めて引き渡せ」
李広利は残存部隊にそう命じ、自らは遠征隊の先頭に立った。その表情からは暗さが消え、それが誘発して軍内の士気も高まった。
「葱嶺を越えて大宛に行くぞ!」
その声は砂漠の空に凜々しく響き、我々はそれに喜んで従った。
迷いは消え去ったのである。
博望侯張騫は往路で十年間匈奴に捕らわれ、大月氏に到着して一年あまり暮らしてから、復路でさらに一年にわたり匈奴に抑留された。復路での抑留のに彼の伴った匈奴妻の存在は確認されているが、彼が長安に戻ったとき、随伴者は通訳の甘父ただ一人であった。張騫が妻子とどういう別れをしたのかは本文中にあるように定かではなく、それについての張騫自身の心情も明らかではない。しかも彼はこのような経験をしたにも関わらず、後年には烏孫への使者として再び西域を横切る任に、自ら志願したのである。おそらく、彼は情より任務を優先する性格であったのだろう。