8話 バイト探しと買い物。市役所にて
おはよう。朝だよ。現在は11月16日、7時40分を過ぎたところ。携帯電話で時間を確認すると、相変わらず、2018の年が表示されている。うん。夢じゃないんだもんな・・。おもむろに起き上がると、衣服について考えた。そういえば着替える服も無い。退院の日の前日にスローネさんが用意してくれた臙脂色のシャツに黒いワイシャツ、そして黄土色に近いチノパンだ。最初はジーンズパンツを持ってきてくれたのだが、固くて歩きづらいと感じてしまった。それを感じ取ってくれたのかスローネさんは、わざわざチノパンを買ってきて下さったのだ。ちょっと、上下で色合い、コーディネートに違和感があるが、ありがたい。サイズもピッタリ。大好きです、スローネさん。
そういうことで、市役所で職、という名のバイトの求人を探してからの、服、日用品の買い物。そのついでに大学に寄る。そんなシナリオ、スケジュールで動こうと決めた。お腹空いたな。まずは朝飯の調達だ。そうと決まるとケータイに手を伸ばす。
「あ。」
充電するの忘れてた。
立河市民の朝は早い。何よりここは日本の首都である東京都の一市街であるからだ。サラリーマンは通勤のためにセカセカと早歩きするし、どこぞのお母様は子を自転車に乗せ、保育園に送っている。一つ気がかりなのは、登校する学生の姿が見当たらないことである。遂に自宅でのインターネット配信によって、授業が行われるようになったか。世界的に。と、想像を膨らませる。今の『この世界』だとありえないことではないと思っていると、青い肌のエクスチャーサラリーマンに追い抜かれた。
「すみません・・。」
ちょっと邪魔だったかな。松葉杖を突きながら歩くと遅いし、しかも場所を取る。俺はゆっくりと歩きながら市役所方向にまっすぐ向かっていると、集団登校する小学生たちに横切られた。良かった。学校はまだあるんだな、と、何となく、安堵した。
立河市役所に無事到着。生活課、生活課っと。整理番号を発行し、待合席に座る。12番か、ちょっと待つことになるな。それにしても、もう松葉杖を使わなくても歩けるようになったのではないかと錯覚する。移動時、歩く速度が上がったような。それはただ、松葉杖の使い方に慣れたというだけのこととは、気づいていない。それ含め、色んなことを考えていると、あっという間に俺の整理番号がモニターに表示された。
現在、市で募集しているアルバイトは様々なものがあった。ホテルスタッフ、清掃員、イベントの運営スタッフ、その他諸々。まあでもこんなもんだろうなと一覧を『電子ページ』で数少ない求人見ていると、面白そうな求人を見つけた。それは『特定外来種生物の保護をサポートする臨時職員』であった。何だろう、これ。ジッと読んでいると、
「これ、一人空いてるから、絶賛大募集ですよ!」
笑顔のエクスチャー職員が言った。
「どんなことするんですか?ブラックバスとかの、駆除ですか?」
「あはは!」
なんか笑われた。
「これはね、『特定エクスチャー生物を保護か、駆除する仕事』ですよ!」
へぇ。面白そうな仕事だなぁ。
「これだけ、アルバイトじゃなくて臨時職員、非常勤職員って形になるけれど。高見さんは現在、学生で?」
学生。ん〜、元学生っていうのかな。
「今は避難所生活の元学生ですね。大学も今はどうなってるかわかってません。」
「あ〜、そうなんですか〜。」
何やら気まずそうだ。そうだよな。『人類』は今、この目の前にいるエクスチャーと戦争をしたんだもんな。話を元に戻そう。
「『特定エクスチャー生物』っていうのは、どういうものになるかわかります?」
そう尋ねた。黄色の職員はこう答えた。
「『特定エクスチャー生物』は、エクスチャーが金星から連れてきた特定のペットとか、勝手に付いてきちゃった環境バランスを悪くする生物のことですね。トリトンとか。ビャチャとか。」
知らない単語が出てきたな。まずトリトンって何です?
「トリトンは金星の海とかで獲れるお魚です。見た目はブサイクですけど、金星に居た時はよく食べてましたね。」
ほぉ。・・ビャチャというのは?
「トカゲですね。私の友人が飼ってたような・・。ビャチャについては、すみません。詳しくは・・。」
「これにします!!」
俺は仕事を決めた。今後、俺の人生を左右させるとも知らずに。
電話番号を伝えておいたので、いつか、電話が掛かってくるだろう。まだ職が決定したわけではないので、面接日時の連絡だろう。俺はわくわくしていた。早く掛かってこないかな、と。
市役所を出て、スーパーで買い物をした。服と日用品と、カーテン。それと昼、夜のご飯だ。大量買いをした為に、その重さで心が折れそうになったが、それを見かねた店員さんが大きいビニール袋を用意して下さり、何とか松葉杖で歩けるようにはなった。我が母校、大学に立ち寄る予定ではあったが、この状態では困難と判断したので、一度、避難所を帰ることにした。
_____ _____ _____ _____ _____
ここで、服飾と日用品、家具について説明したい。物の質は、2013年以前の物とは何ら変わりはない。だが価値は、これらのような加工品は、非常に、異常に、安価である。エクスチャーが金星から持ち込んだテクノロジーと新エネルギー『エクス』(以下は単に『エクス』とする)は、最先端をいく最先端で、当時の地球に置くあらゆる産業系企業は、それを喉から手が出るほど、よもや肺から掃除機が出てくるほどに欲しがった。地球でいう特許出願のされた技術以外は、『人間規定』の『全国民の生活を役立てるテクノロジーの共有』によって、地球人は、2014年から、産業革命を迎えることになる。だが、産業革命といっても、それほど大それたものではない。なぜなら、素材と加工の工程は、ほぼ同一であったからだ。変わったものは、作業の効率化と、洗練された正確さ。それと人員の大きな削減だ。これは『エクス』が齎した『強力な力』が影響している。
まず、『エクス』について明記する。これは宇宙戦争終戦の際、エクスチャーの乗る緊急脱出シャトルが着陸した地点、アメリカ合衆国、ブラジル、アフリカ北部、ロシア、中華人民共和国の五国から基点に普及、流出した。流出というのは、『人間規定』をすぐに飲み込まなかった国、エクスチャーに対する理解を拒んだ国からのものである。『人間規定』は人類存続、エクスチャーとの共存で絶対的ルールであった為に、多くの時間を消費したが、全世界の国々が半ば強制的に認可せざるを得ない状況となり、新たなるエネルギーの『エクス』は、各国が所持する『力』となった。『エクス』とは、『核』である。言い方を変えれば、『第二の核』となる。地球人はこれを『エクス』と名付けるまでに、『未来の新エナジー』『天からの授かり物』『安全な暴力』と呼んだ。このエネルギーは『人体に影響が無い』。原子の融合と分裂によって生み出される『力』であるが、元になる元素は、エクスチャーにとってもまだ『理解されていない』という。だがその生産方法は『理化学専門のエクスチャーにしか知らない』。これは地球人である『人間』が携わってはいけない一つの『特許』だった。
それにより、世界は繁栄した。全世界共通通貨『レクス』の発行も伴い、物価は大幅に減少。多大なるデフレーションによって多くの企業が破綻した。そして雇用と所得が減退した。向上する生産力と打って変わり、失われる『物』は決して少なくなかった。それは『人』も含めてだ。『招かれざる客』、『招かざるを得なかった客』によって、今尚、世界は大混乱中なのである。
『レクス』への通貨変更、『木種使用所持禁止令』における『紙幣狩り』を一人逃れた高見直人は、質屋での両替を成功させ、実質『成金状態』であった。たかだか3万円が10万円に姿を変えたぐらいだが、現在の街を行くサラリーマンの一般所得に比べれば、それはそれは大きい物であった。
_____ _____ _____ _____ _____