7話 立河市役所にて
立河市役所に到着した。都立立河病院からの距離、ざっと4キロ弱といったところだろうか。松葉杖でなんとか頑張った。後で自分に褒美を与えなくては。市役所はまだ開庁している。すぐに手続きを済ませてしまおう。市役所に入るやいなや、案内係の人が声を掛けてくれた。
「もしかして、高見直人さんですか?」
おいおい、人を尋ねる時に本名を聞くんじゃないよ。個人情報!
「そうですけど。」
「お待ちしてました!立河病院から今朝連絡がありまして、昼には着くと思っていたので・・。」
あぁ、それは悪いことをしてしまった。立河病院からというのは、たぶん佐倉先生だろう。わざわざ連絡してくれていたのか。今は太陽も西に大きく傾いた夕方だ。まさかこの人、昼からずっとここで立っていたわけではないだろうなぁ。
「こちらへどうぞ!」
宇宙大戦から、住居を失った人が身を移すことができる立河避難所の入居者情報の記入をするため、特設の窓口へと案内された。立て掛けの看板には『避難者情報システム受付』と書かれている。もちろん、電子掲示板にだ。見たところ、『紙』と思われる物は見られないが、『人工偽紙』と思われる書類をファイルに挟んでいる職員も見られるため、全部が全部、データ化した世界ではないらしい。そしてチラホラ、エクスチャーの職員もいるようだ。
「それでは、必要事項をこちらの太枠の方に、全て記入をしてください!」
氏名、住所、電話番号、メールアドレス、緊急の連絡先。緊急の連絡先は、・・父さんのでいいか!繋がらないけど。
「書けました!」
「はい!ありがとうございます!ではお名前をお呼びしますので、しばらく席でお待ちください。」
言われるがまま、待合の席に座る。ふぅ〜。この時間になると、流石に人は少ないな。静かで、眠ってしまいそうだ。今日一日で色んなことがあったなぁ〜。コンビニと駅、そして『信感質屋』にしか寄っていないのに。色んなことを、知ってしまったような、気がする・・。
「高見さ〜ん!」
おぉっと!寝てしまっていた。呼ばれたので窓口に駆け込む。
「お待たせしました!入居の手続きは大丈夫です!後は立河避難所へ行ってもらうだけですが。・・お父様にはご自身から連絡致しましたか?」
「はいぃ。」
おっと、ヨダレが。
「今、こちらから連絡しても構いませんでしょうか?」
「大丈夫ですよ。」
受付の『地球人』おねぇさんは席を離れ、業務デスクの白い電話に手を掛けた。繋がらないと思うぞ。おねぇさんは思ったよりも早く帰ってきた。
「お父様は現在、お忙しい様ですね!」
んー、忙しいっていうか、なー。
「ではでは、立河避難所への道案内をさせて頂きますね!」
避難所といえば、小学校の体育館や市立体育館などを想像していた。一時の期間だけ寝泊まりできる、低い仕切りの、あのプライバシーも何もない所。俺は小学生の頃、地元で大震災を体験し、その時避難所生活を送っていた時がある。だが、案内された立河避難所は、広大な敷地に無数の似た建造物が立ち並び、言われなければただの団地のような、ごく普通のアパートだった。立河避難所へは車で運んでくれた。毎回、避難民が市役所に訪れると、避難所の職員が送り迎えをしてくれるらしい。とても親切だ。移動中、立河市中の街並みが窺えた。歩いているエクスチャーを除けば、5年前と何も変わらない。
「着きましたよ。高見さん。高見さんは〜・・、A4の5番だね。ほれ、鍵。」
「ありがとうございました!」
立河避難所の職員は御年配の方が務め、同時に避難所の大家さんとしての仕事があるようだ。降りると、車は去ると思ったが、俺の宿舎のすぐ隣の隣に停車させ、ご自宅なのだろう、帰宅していった。俺も帰ろう、俺の新しい仮住まいに。楽しみだ。建物に入るとエントランスがあり、左手にエレベーターが見える。
「4階か、いいね。」
エレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。建物自体は古く見窄らしく見えるが、エレベーターは別だ。新品ピカピカだった。周りをキョロキョロさせていると、すぐに4階へとたどり着いた。
「左から、1、2、3・・、5番部屋。」
よくあること。4番の部屋がないことは。これは『死』を連想させてしまうからだ。そしてここは仮にも避難所。避難先が『死』て、そんな地獄は嫌だよな。そう悶々と想いつつ鍵を捻り、ドアを開ける。
「おぉ・・。」
いいじゃん。間取りも良い。何よりトイレが別。一人部屋。俺の家。避難先でこんなに良い空間を与えられたら、もうここに永住しても良いのではないかと、そう思えてくる。・・実際にそんな人も居るんじゃないか?
俺は短い廊下をまっすぐ突き抜け、部屋の明かりを点ける。紐を引っ張って点けるタイプの電灯だ。
「文明開化の光じゃ。」
暖かい。オレンジ色の光が俺を包んでくれる。眩しくも感じるがそれほど強くもない。丁度いい感じ。よ〜く見ると、電球の中に死んだ子バエが入っている。部屋を見渡すと大一点に集中した。窓にカーテンが付いてない。参ったなと頭を掻く。明日は市役所でバイトを探して、大学を見にいって・・。食材を買い物して、その時買おう。俺はふと、キッチンを見た。良かった。電子レンジ、冷蔵庫、備え付けだ。
「寝るか〜。」
プラスチックで出来た襖を開けると一式の寝具を見つけた。俺はそれを敷き、電気を消し、就寝した。
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ここで、前回入手した『レクス』について紹介したい。これは全世界の通貨単位だ。
『硬貨』は、形状を地球で従来使用されている丸い『コイン』を採用。額は数字が低い順に1、5、10、25、50、100、250、500レクス。計8種類もの『硬貨』として発行された。デザインは、裏面は基本的に額と発行年。表面は額が低い順から、エクスチャー、地球人、エクスチャー、地球人・・、と交互にそれぞれの人種の名残を主張した絵柄となっており、250レクスに描かれた『シャトル』は大変印象的だ。エクスチャーにとって、生き長らえたという事実がどれだけの称賛に値するかを意味した。『硬貨』の最高額である500レクスの絵柄は、『木』だ。どこの国の木だろう。見たことがない。デザインを見るからに、まるで大きな傘を広げた『大樹』が刻まれている。平和の象徴といった所だろう。
『紙幣』は、形状をエクスチャー側から提案。細長い栞くらいのサイズで『カード』を採用。素材はステンレス。思い切り力を加えれば曲がってしまう。額は低い順から1000、5000レクスの計2種類。デザインは硬貨と同様だが、裏面は名残を示した絵柄ではなく、『マーク』だ。1000レクスは、エクスチャーを表す頭文字『EC』を崩した印。5000レクスは、『人間』というより地球人を表す頭文字『NC』を崩した印。両者とも、目に焼きつくほど、到底忘れられないような図案だ。
上記の通貨は全世界で使用されている。しかし、一部の国々では、小数点が付き、計算できないといちゃもんが入ったために、『セントレクス』というより少額な通貨単位も存在する。『セントレクス』を使用していない国では使うことはできないが、日本では場所により利用が可能である。また、金融機関での両替も可能である。
実際に、『信感質屋』から34783円を34783レクスへと両替した高見直人は、財布が重く重く感じていただろう。多くの人の場合は『現金』を持ち歩くよりも、全世界共通電子マネー『EXMG』を持ち歩いている。タッチ一つで買い物が出来てしまう優れものだが、今現在の高見直人はその存在すら知らない。
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