6話 世界の常識。オフィスにて
大きな尻餅をつき、後退りする。今、俺の目の前には怪物がいる。
「可哀想な人だ。まさかエクスチャーについても、詳しく知らないのではないでしょうな。」
天月さんのいる方を見た。天月さんはいなかった。代わりに人型のカメレオンがいた。そうか。この二人はエクストラクリーチャーだったのか。
「良い機会です。教えてあげましょう。新しい法律についてです。原則、『人間』は罪を犯せば、それ相当の『罰』を与えられます。しかし、エクスチャーの中には『人間』の他にも、『人外』が存在します。地球人からしてみれば、・・そうですねぇ・・。犬とか、鶏のような生物のこととしましょう・・。しかしまぁ、我々『エグジス人』は納得していませんが。」
カメレオン天月さんは丸メガネを正し、饒舌に語り出した。今の俺は素直に聞くことしかできない。カメレオン酒井さんも、現在はモンスターであるものの、表情が固くなり、オフィス内は重い空気になった気がした。
「『人外』には『法が無い』。あるのは『人間』からの一方的な主張だけだ。『外来種生物』を捕獲、保護し、そして駆除すると。つまり、『人外』が騒ぎを起こせば『事件』でなく『事故』として片付けられてしまうわけです。」
・・というと、あれか?俺はこれから殺されても、事故になると。
「そうです。」
じゃ、じゃあ尚更ここから逃げ出さないと!俺は痺れる右足を何とか立たせ、まるでクラウチングスタートをするかのような姿勢に正す。すると、
「お待ちください。私たちは『人間』をただ金目当てのために、強奪するためだけに殺傷するほど、バカではありません。」
そういうとカメレオン天月さんは俺に右手を差し出した。う〜ん、何かわけがありそうだ。俺は安心したのか、天月さんの手を借り、再び二人掛けのソファーへと席を戻す。ついでにキャッシュトレイも、元あった位置に戻してやった。
「さて。」
カメレオン天月さん、『エグジス人』天月さん。なんて呼べばいいか。先に『人間』に姿を戻した元カメレオン酒井さんはほうじ茶を淹れ直してくれた。ズズズ。美味しい。少し、安堵した。
「本当に、先は、驚かせて申し訳ない。私たちの『罪』をお許しください。」
「いえいえ、俺は、何も知らなかっただけで。」
「お話を聞いてくださる『人間』は非常に少ないもので、まして、『紙幣』を見てしまったために、激情してしまいました。」
ん〜。にしては天月さん。あなた、怖すぎますよ。役者にでもなった方がいいんじゃ無いですか?あ〜でも今は『人間』ではなかった。
「私、天月は偽名でして。」
でしょうね。
「本名はジーグ・ジゴルガ=エグジスと申します。そこにいる酒井は私の息子で、ガーゴ・ジゴルガ=エグジスです。」
わわわ!カッコイイ!濁音が多いんですね!
「我々は見てわかる通り、『身なりを自在に変える』ことができるエクスチャーでして、現在は『人間』エクスチャー、旧人種名『イプス人』と共に地球に降り立ちました。」
ほうほう、スローネさんのいた病院やコンビニ、立河駅で見た『人間』エクスチャーのことを『イプス人』というのか。初めて知った。
「元いた星、日本人では金星と呼びますね。そこから生命の存続をかけて、地球への移住計画のため、『我々』は手を取り合い、今現在でも延命出来ているわけです。」
「なぜ、地球への移住計画を?」
「・・深刻な温暖化です。金星は昔、今の地球のように豊富な資源が沢山ありました。」
へぇ〜!
「金星の大事な、大事な、大切に使われてきた『木』は底をつき、我々は生命の危機に襲われました。」
へぇ〜!!だから、『木』、『紙』は使用禁止というわけか!!
「色彩は現地と地球とで異なりますが、素材の元素は同一ということで、新エネルギー『エクス』の生産が地球でも可能と判断した翌日には、金星中の緊急脱出シャトルで移動を開始しました。」
へぇ〜!!!
「地球に近づいた際、複数の対空射撃を見て、我々は地球人に宣戦布告をされたと思いました。『エクス』はシャトルの燃料にも使われていて、使用量は限りがありましたが、何とか対峙し、地球人との話し合いの場を設けることで、争いは終わりました。」
へぇ〜!!!!・・あれ?攻めてきたのはエクスチャーからじゃなかったっけ・・。佐倉先生は『宇宙人の侵略』があったと言っていたぞ。
「問題はこの後です。」
カメレオン天月さん改め、ジーグさんは一人用ソファーから席を外し、背を向けた。
「『イプス人』は我々を裏切ったのです。」
『イプス人』の裏切り。その時はまだ、俺にとって重要なことではない。知るはずもない。今初めて知ったことだ。だが、これが今後の展開に携わる大きな『キー』になるとは、この時は思っていない。
「裏切り、ですか・・?」
「そうだ、忘れもしない。『電子ページ』で見たあのニュースを。」
ジーグさんは続ける。
「『人間による講和条約』はまだいい。『人間制定』。その中に我々『エグジス人』の記載がなかった。我々は『人間』になれなかったのだ!!」
『人間制定』とは、2013年の宇宙大戦終戦後設置された『人間』である資格が与えられる法律だという。『人間』。それは人権を持ち、法律に則って『生きる』ことが約束される。意見があれば、発言することができる。お金があれば、何でも物やサービスを買える。お金が無ければ、仕事を与えられる。子供を育てるのに、他人の力を借りることができる。勉強することができる。遊ぶことさえできる。『自由を与えられる』。
『イプス人』は、エクスチャーの中では一番の知能を持っている。その為、地球に降り立った時には各国の言葉をすぐに理解してしまったという。そして、他人種を置き去りに、地球人と『ルール』を作ってしまった。
「『イプス人』が『人間』になった頃には、我々『エグジス人』、『ノモリア・ヒュプリム人』、『ノモリア・ノヴァ人』のような『人型』エクスチャーは、そこら辺の子ネズミ同等、『動物』という分類にされてしまったのです。」
なんか、すごい話だ。人なのに、人じゃない。『人間』になれなかった『人間』。俺は眠っていたこの5年の間には、拭っても拭いきれない戦争の傷跡が残っていた。こんなところに。思っていた傷口とは違い、形を変えて、痛みとしてのしかかっている。
「なぜ『イプス人』は、・・その・・。多人種エクスチャーを『人間』としなかったのですか?」
「わからない。同人種の見解では、この『容姿』と。」
ジーグさんは振り返り、自分の顔を指差す。
「この『能力』だろう、と。」
カメレオン顔から再び、サ○エさんのようなクローバーマークの髪型とお茶目な丸メガネ、特徴的なドングリ体型の『人間』天月さんが現れた。
「金星にいた時、『人型』は皆、『人間』でした。だから、・・・。」
『人間』天月さんは唾を飲み、言い直す。
「だから、許せないんだ・・。『人間』が・・。地球人に『罪』が無いのはわかっているが・・。」
いや。地球で行われている問題な時点で、地球人も同罪だ。だが、わからないでもないんだ。この『人間離れした能力』の恐ろしさ。世界を均衡に保つための、大きな決断だったのではないか。でも、『イプス人』、悪いな。地球言語の理解が遅れただけで『動物』扱いは、ひどい。
「ジーグさんは、この『紙幣』で何をするつもりだったのですか?」
ジーグさんは顔がクシャクシャになっていた。泣いてはいない。とても悔しそうな顔だ。
「『紙幣』は、鑑定時に申し上げた億単位の額で、一部の地球人マニア、コレクターに売れます。私は知人のいる大学併設の考古学研究所に明け渡すつもりでいました。その金で・・。」
ジーグさんは溜めた。随分と長く溜めたように感じる。それはただ、実際に長く、それはもう長く溜めた。
「『他人種解放』のために!!!」
俺は立河市役所へ向かった。もう時期に日が暮れてしまう。間に合うだろうか。間に合ってくれよ。佐倉先生には後で色々、沢山、様々なことについてメールで詳しく聞かなくちゃならない。『戦争』のこと。『金星』のこと。新エネルギー『エクス』のこと。そして、『人間』のことを。俺はそう考えつつも松葉杖をせっせと突き、34783レクスもの大金がギッシリ詰まった財布をビニール袋にぶら下げて、前へ、前へと進んだ。