5話 闇取引。質屋にて
天月さんの目の色が変わった。
「『紙幣』はそこいらで簡単に手に入る物ではございません。紙幣というよりも『木』、『紙』の保管すら法令により禁じられているゆえ。」
何か、嫌な予感がしてきた・・。『木』と『紙』を持つことが罪?そんなわけあるか!
「天月さん、何を言っているのか。わかりません!このお金は俺がずっと持っていたお金です!」
「そんなわけがないんですよ。いいですか、高見様。《『木』と『紙』の使用廃止》は我々『人間』が『エクスチャー』から許諾した環境保護法の一つなんですよ。ご存知なかったのですか?」
そ、そんな・・・馬鹿な!!!
「びょ、病院のトイレでトイレットペーパーを使いました!!それが本当ならあのトイレットペーパーはなんだったんですか!!」
天月さんは数秒、ほんの数秒だが、眉をしかめ、何かを悟ったかの様に顔を緩めた。
「そうですか。なるほど。高見様。松葉杖。紙幣。ボロボロの財布。その発言。まるで盗人が物を盗れたがヘマをして足を折り、病院から退院後に質屋で売り捌こうとする輩かと思いきや。まさか本当に無知な長期入院の退院患者だったとは。」
な、なんだよ。ニヤニヤしやがって・・。ドアの方に目をやると、酒井さんもニヤニヤしている。
「いやいやぁ〜高見様。トイレットペーパーの件なのですがね?」
気がつくと俺は固まっていた。怖い。俺は、怯えている。体が動かない。
「あれは『人工偽紙』でございます。」
人工偽紙?
「えぇ、特殊な、水に漬けると溶ける素材を生み出すエクストラ生物の産物を植物細胞と組み合わせた、エクスチャー開発の代物でございます。」
そんなことが、可能なのか。
「ティッシュペーパーも同様です。」
天月さんはおもむろに席を立ち、左前ポケットからポケットティッシュを取り出した。
「厚手ですが。」
するとティッシュを一枚取り出し、俺の飲みかけのほうじ茶が入った湯呑みの中へ放り投げた。あぁ、俺のほうじ茶が。ティッシュはみるみる透けていき、やがてティッシュが入っているとは思えぬほど、消えて、なくなってしまった。ほうじ茶は無事だ。だがもう飲みたくはない。今のティッシュは水に溶けるということにも驚きだ。
「すごいですよね。この技術。エクスチャー様様ですよ。おかげでこういった品の市場はエクスチャーの独占状態です。」
世界から『紙』が無くなってしまった。おかしな話だが、これは天月さんの言っている通りなのだろう。クソっ、佐倉先生。こんな大事なこと、どうして教えてくれなかったんだ・・。
「こんな常識を知らないだなんて、高見様。正直に言いますと、笑えませんぞ。」
とか言いつつもニヤニヤしてるじゃないか!こんなに馬鹿にされて、黙っていると思うなよ。
「じゃあ、このお金は換金してくれるんですか!してくれないんですか!」
「もちろんしますとも、では・・・。」
スゥ〜。天月さんは溜める。間を。それは長く感じた。いやそれは実際に長かった。
「商談を始めましょう。」
『紙』が重宝される世界。『木』が遺産とされる世界。両者とも所持、保管が許されない世界。そんな世界の中で今、『紙幣』の取引がされようとしている。これがよく言う闇取引というものだろう。まさか自分がこんなことに巻き込まれるなんて、思ってもいなかった。このまま銀行に行って、両替をお願いしていたらどうなっていただろう。それを考えると、まずここに来て良かったようにも感じた。新しい法律を知る良い機会だったのだと、この時は感じていたんだ。
「お手持ちの、旧日本円を全額お見せください。」
そう言われ、左手で強く握りしめていた旧日本円の小銭を、差し出されたキャッシュトレイの上に全て置いた。脇にシワシワの『紙幣』含め、これで全部だ!
「それではしばらくお待ちください。」
天月さんは席を離れ、戸棚からタブレット状の電子端末を用意し、いじり出した。計算しているようだ。
「・・34783円でございますね。」
金額が正しいか、キャッシュトレイを見る。うん。正しい。
「はい。」
俺は答えた。天月さんは返した。
「こちらの旧日本円は正式な法律に基づき、通常レート、1円を1レクスでの両替とさせて頂きます。」
・・・。辺りは静まり返った。俺の理解が遅れたんだ。『紙幣』を小銭と同等の価値で取引するということに。
「『紙幣』も、ですか?」
「『紙幣』も、です。高見様。」
「でも数分前、『紙幣』は億程の価値があると。」
「えぇ。間違いなく、発言しましたね。こちらの『紙幣』は間違いなく、億は下らない。」
「じゃあなんで、こん!」
俺の言葉が遮られた。
「いやいや高見様!勘違いしていらっしゃるようですが、私は両替すると言ったのです。それはつまり『お金の交換』でございます!」
ふ、ふざけるな!
「これは法律でルールなのです。『紙幣』を物品として、換金だなんて。怖い怖い。所持が禁止されているという物を、私がわざわざ両替して差し上げますと言うのに、なぜそんなにお怒りなので?」
「・・言っていることが違ったからですよ。」
「違いません!違いませんよ高見様!私は先ほど『換金すると』、と申しました。」
なんだよ。騙しじゃないか。こんなの。
「世間のルールを存じない高見様に、せっかく『物の価値』をご教授したというのに。高見様。呆れてしまいますよ。その発言!」
じゃあもう・・いい!!
「帰ります!!」
俺はキャッシュトレイごとコンビニで頂いたビニール袋に入れ、瞬時に席を立つ。松葉杖がつっかえる。少しフラついたが、持ち直す。ドアには酒井さんが立ちふさがった。
「通してください!」
後ろでぬらりと影が動く。天月さんが近づいて来るのを感じる。
「いけませんねぇ。高見様。ここからは出しませんよ?」
そんなことして・・、良いと思っているのか!そう言おうにも、口は動かなかった。
「まぁ、ここから出たとしても、『紙幣』を所持していたと警察に通報すれば良い話。」
ジリジリと天月さんが近づいて来る。どうすればいい、どうすればいい、俺・・!!
「いいですか。この取引がすでに違法。所持も違法。旧日本円自体、今、存在してはいけない物なのですよ。」
「なら!今、この場で両替して!『紙幣』がそちらへ渡った瞬間に警察に。」
「その時はこう言えばいい。強要されたと。どの道、もともと所持していたのは、高見様。あなたです。この『信感質屋』にお越し頂いた、あなたなのですよ!」
このままでは分が悪い。ここから、立ち去りたい!なんとか、ここから逃げ出さなければ!
「どいてください!!」
俺は強引に酒井さんを押しのけ、ドアに手をかける。途端、酒井さんに腕を掴まれた。
「行けませんよ。高見様。逃がしませんよ。私らからは!」
ドアは引き戸であるが、全く動かない。酒井さんの腕が尋常でなく強い。助けて。助けて!両手でドアのつまみに手を掛け、その一部に目を集中させる。その時、異変が起きた。酒井さんの腕が、付け根から徐々に、黄色に変色していく。
「な・・!な・・!」
酒井さんだったものの顔を見る。それは俺と同じぐらいの背丈がある、大きなカメレオンであった。
「うううわああぁぁぁあああ!!!」