11話 テレビ。立河市環境保護センターのロビーにて
お待たせしました。
この回から、本編(第一章)へと突入します。
なんとなく感じていた。俺の空白時間は随分と長いもので、宇宙大戦という大きな出来事のおかげで、俺は忘れられていたことに。それでも俺をずっと見守ってくれている人がいて、協力してくれている人がいて。知らないことを教えてくれた。『エクスチャー』。そういった『外来者』の中にも色々な人がいる事を知った。その中にも問題があった。人間を巻き込んだ世界的事件は、地球人の中でも知っている人は僅かだろう。
月曜日。今日は面接がある。言わずもがな、立河市環境保護センターでのアルバイト採用のためだ。予定では13時にいなくてはいけないはずなのだが、気分が高揚していたのか、俺は自然と朝日が昇る前に起床していた。
「歯、磨くかぁ。」
睡魔を撃退するためには歯磨きはオススメだ。特に理由は無いが。
土日はというと、基本買い物が中心だった。日用品は十分に揃っていたのだが、何かと足りないものを感じていたのだ。それは『便利』、加えて『娯楽』だ。俺は荷物を持たずに避難所へ来てしまったので、文字通り何も無かった。土曜日に昼食を摂っていると、これは確実に、絶対に無いといけない物が脳内に浮かんだ。テレビだ。テレビが無いと、世間を知ることができない。同時にPCも欲しいと感じたのだが、弊害として、ネット環境を整えなければ情報が入ってこない。有線で繋げなくもないが、配線を繋げる工事が必要だと近所の電気屋「ドンネット高村」の店員に言われた。特に絶対的な必要性も感じなかったので、即決で、その場で激安TVを購入し、家へと持ち帰った。アンテナ工事は必要いらず。電源コードとアンテナケーブルをちょいとつければ、真っ黒い液晶は転じて、再放送と思われるドラマの主演俳優の顔面が綺麗に映し出された。付属のリモコンをポチポチ押してチャンネル数を確認すると、民間放送の数が増えたような、そう感じられたが詳しいことは知らないので、エクスチャーアナウンサーが読み上げるニュース番組に指を止めた。ニュースの内容は、しがないものばかりだった。『人種』は違えど、人が人を殺める事件があり、有名芸能人の不倫騒動があり、旧戦争の終わらない清算事項は平行線を辿っている。なんだ、以前と変わらないじゃないかと思えたが、『宇宙大戦』の損害は絶大のようで、「日本泰安党」とエクスチャー主軸「エクス党」と呼ばれる「協和自由党」が、緊急脱出シャトル四番号機「ベルシュターク」の「アジア空戦」被害問題の解決を進める協議が大きく、というか長く、取り沙汰されている。ボーッと画面を眺めていると、その日はもう夜を迎えていた。
他はというと、衣類が多い。それと、それを収めるチェスト。コーディネートでいうこだわりは持ち合わせていないので、Tシャツを数枚、パンツ、パーカーを二枚と、簡単に選んだ。足りないのならまた買いに来れば良い。午前中の予定と13時の面接のために着替えて、ふと気づく。
「スーツ・・・の方が良かったかな・・。」
そうポツリと呟く高見の足元には財布が転がっていて、「レクス」が顔を覗かせていた。現在の高見の所持金は、11390レクス。
俺は普通に歩けるようになった。骨を痛めていた訳ではないので、筋肉の萎縮が早期に治り、松葉杖を使わなくとも二足歩行が可能になったのだ。
「よぉし!スローネさんに会えるぞ!・・あと、佐倉先生。」
午前中の予定というのは、立河市立病院へ松葉杖の返却だ。その後は外で昼食を取り、そのまま環境保護センターへと向かう段取りだ。走ることもできるようになった俺は颯爽と部屋を出ると、隣人と出くわした。
「あ!おはようございます!」
「・・おはようございます。」
我が自宅の玄関を外から見て右手の部屋にお住いの、新井さんだ。
「・・・。」
「・・・。」
気まずい。新井さんは前に見たビジネススーツに身を包み、エレベーターが着くまで待つ。この時間、ザッと30秒程だったが、体感では5分くらいもの時が流れたように感じる。特に会話もなく到着したエレベーターに乗り、「1」と書かれたボタンを押す。
「あの、これからお勤めですか?」
俺氏、勇敢である。それもそうだ。エレベーターという狭い空間の中では、距離も近いし、会話もなければその空気に押し潰されてしまう。これを俺は脱却するためだ。新井さんは口を開いた。
「・・そうですが。」
静まる空間。間を感じさせる前に、松葉杖をパシパシ叩きながら、
「僕はこれから松葉杖を返しに行くんですよ。病院に!」
俺氏、果敢である。どうかこの状況で追撃できる俺を褒めてくれ。
「・・足、痛めたんですか?」
新井さんから問いが飛んできた。謎の安堵を得た。
「今まで5年間寝たきりで、最近ようやく回復したんですよ!」
なんか自分で言っていて、すごいことになってんなって思われそうだが、本当のことだもの。うん。この説明には時間が必要だと思った。
「そうですか・・。お大事になさって下さい。では。」
そう言って、いつの間にか1階に着いて扉が開いていたエレベーターから彼女は出た。さっきとは逆に、時間があっという間だった。
松葉杖を担いで、立河駅を通り、病院へと続く一本道に出た。この道もなんだか懐かしいような感じがする。數十分かかってここを歩いたっけか。最初はどうなることかと思ったけど、バイトも見つけたし、探し物はこれから探せばいいだろう。そしていつぞや、御厄介になったコンビニを通り過ぎる。前のように通勤途中のサラリーマンが朝食の調達をしていた。遠くから見ると本当に、人の肌がカラフルだ。
そうして病院に辿り着いた。まるで、実家のような安心感がした。当然のように入り、受付へと足を進める。
「あの、松葉杖の返却に来ました!」
「はい!お待ちしてました。高見さん。」
こちらの医療事務の方は面識があった。これといって募る話はないが、俺は5年もこの病院に住んでいた。知らない人の方が少ないのではないか。
「では、お預かりしますね!特に貸し出しは無料ですので、料金は発生しませんよ!」
「ありがとうございます。あの、佐倉先生とかは・・。」
別に、会わなくても良いけど、一応聞いてみた。
「あぁ〜、本日佐倉先生は出張でいないんですよぉ。」
そうか、メールしとくんだったなぁ。残念だなぁ。でも、まぁ、スローネさんに会えればいっか!
「あの・・。スローネは先日、自主退職して・・。」
ん?
「先週の金曜日を最後に・・。ごめんなさいね。佐倉先生から聞いてないの?」
環境保護センターが視界に入ってきた。駅近で昼食時、項垂れながらも佐倉先生宛にメールを2通送信した。1通目は松葉杖を返却したこと。2通目はスローネさんについてだ。前者の数文字の内容に比べ、後者の長文を送りつけたもんだから、佐倉先生は焦るだろう。いや、あの人のことだから、何も感じなさそうだなぁ。こんな重要なことを教えてくれなかった罪は重いぞ、佐倉先生。
「ハァ〜。」
大きい溜息をいくつ吐いただろう。考えもしないうちに立河市環境保護センターの門をくぐり、ロビーへと向かう。環境保護センターの外観は、広い敷地に豆腐をコンクリートで固めて作ったような建物が3棟。灰色と茶色のドーム型の建物がそれぞれ1棟ずつといった感じだ。
ロビーには13時に待機。現時刻は12時45分。ちょいと早めだけど、こんぐらい待てるかな。場所も合っているか定かでないが、白い施設の一つに「管理係」と書かれていたので、多分ここだ。自販機の隣に長椅子があったので、腰を掛けようとした時、
「もしかして、高見さん?」
長い廊下の先で長身の男のメガネがキラッと光る。こちらが顔を上げると、ヒョコヒョコこちらへやってきた。
「はい!よろしくお願いします!」
俺は何気なく挨拶をした。身なりは私服だけど、問題はないだろう。男は顔がはっきりわかる距離まで近づき、ジロジロ、俺の身体を舐め回すように見ている。なんだこの人。
「なるほろねぇ〜・・・。」
「君、採用。早速こっちに来てくれたまえ!」
採用された。