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6話 子供

なんか勢いに乗れたから2話書けた

 月すら雲に隠れて闇に包まれる深夜。

 ゲダルとミサは眠っている。聖女の加護を受けているとはいえ、食事と同様に回復だけでは完全に生活を成り立たせることは出来ないようだ。脳を休ませるために、そして精神的な安楽を得るために睡眠は生物にとって重要なものである。ゲダルもミサも今日を生き抜いたことによる反動を受けたかのように深く眠りについていた。

 その横で優馬は目を閉じてはいるが、脳は活動を続けていた。

 この世界をどう正すか。これだけ文明が破壊されて切ってしまった世界だ。易々と元には戻せないだろう。しかも、行われたのは10年前のことである。10年が経過してしまったことによってこの世界の人間達の心は取り返しのつかないところまで落ちてしまったようだ。


 第一として聖女を倒すことは避けることは出来ないだろう。

 ならば第二は? 何をすればいいのか。文明、文化を優馬の世界から持ち込むことは優馬には出来ない。異世界を跳ぶことは優馬にとって経験していることではあるが、優馬の意思ではないのだから。


 何を以てして世界を正すと言えるのだろうか。

 ゲダルが語っていた、戦争によって成り立った世界の復元?

 伝え聞いただけで完全な復元は出来ないだろう。そして、完全ではないということは少なからず優馬の主観がそこには入ってしまう。そんな世界など、優馬の思い描いた世界でしかなく、聖女のやっていることと変わらない。


 ならば……世界を優馬は元には戻さない。

 この世界の人間に戻してもらう……否、新たな世界を切り開いてもらう他ないだろう。

 10年で壊してしまった世界は決して10年では取り戻せないだろう。何十年、何百年と切磋琢磨して少しずつ、正しさと時に間違えを冒しながらこの世界らしさをつくってもらう。


 優馬はそれを助ける。

 聖女を倒すことで。


「問題は……」


 敵が聖女だけではないという点だ。

 4人の聖女の配下。どこから連れて来たのか、そしてどのような能力と強さを持っているのだろうか。元の世界ではいなかった。聖女の闘い方は……非戦闘方法は自らを回復しながら敵の攻撃に耐えるというものであった。決して好戦的な配下など連れていなかった。

 この世界のどこかで見つけたのだろうか。


「正義と同等の力とまではいかないだろうが……4人いる。そして聖女を合わせて5人、か」


 聖女自体の攻撃力は無い。だが、4人の配下が1人1人が正義より弱くとも、4人を同時に相手するならどうだろうか。

 まして優馬は特別強い正義などではない。

 あくまで正義としては一般的な能力だ。力も早さも技も正義として逸脱しているわけではない。


「……正義でも不安なのか?」

「……悪い、起こしてしまったか」


 いつの間にか脳内だけで完結していた考え事が独り言となって出ていたようだ。

 ゲダルは優馬の呟きから優馬が明日からの闘いに不安を覚えていると思ったのだろう。


「不安かどうかと聞かれれば不安だな。正義同士の闘いは元の世界でも無かったわけではない。……俺はそこまで積極的な方ではなかったがな。だが、殺し合いは無かった。正義はぶつかり合っても殺し合うことはない。それを履き違えれば悪にも劣るからな」

「安心した。正義とは人間離れしたものかと思っていたが、案外まともなやつなんだな」

「何せ俺は『普通の正義ノーマライズ・ジャスティス』だからな」

「『普通の正義ノーマライズ・ジャスティス』? そういえばあの聖女は『闘わない方が正義アンチウォー・ザ・ジャスティス』と名乗っていた。同じ正義ではないのか?」


 同じ正義かというよりも価値観の違いだろうかと優馬はどう返したものかと考える。


「目指すべきものというか、そいつの正義の有り方といったところだろうか。俺の目指す正義は普通の幸せを当たり前のようにってことで付けられた通り名みたいなものだ。まあ他の正義は能力がそのまま正義の名となっているやつもいるが……」

「聖女もその有り方が名前になっているのか?」

「だろうな。実は直接俺も聖女と話したことはないんだ。何というか、同じ会社で働く先輩と言った距離感だろうか。正義としての年月も能力もあちらが上だ。ただ闘わないことに特化する。そのための回復能力だった」


 それだけのはずだった。

 『不戦の聖女』。その由来の噂を聞いた時には優馬も正義としての一端を感じた気がしたのだ。決して優馬には届かない、普通では出来ない正義としての闘い方。闘わずして世界を平和にする。それは決して悪いものではなかったはずなのに。


「そういえば」


 ゲダルならば知っているだろうか。

 先ほどは詳しく語られることの無かった彼らの詳細を。


「聖女の配下の4人。あいつらは何なんだ? 俺達の世界ではあんなやつらは見かけなかったが」

「……俺も詳しくは分からない。だが、間違いなくこの世界の人間だ。どのようにして集められたのか、あいつらの目的が何なのか、それは10年前から謎のままだ」

「どのような闘い方をしていたか、それだけでも分からないか?」

「確か……凄まじい膂力を持った大男、追い付けない程の速度で走る痩せた男、一定距離に近づけばいつの間にか体を斬られている片腕の男、そして……化け物のような男らしい」

「化け物のような男?」


 それだけ曖昧だ。

 化け物というだけで範囲は広いだろう。前の3人も化け物のようではあるが。


「分からないんだ。体を変幻自在に操っているようだが、兎に角情報がそいつだけ少ない」

「この世界の人間なんだよな……?」

「ああ。だが、この世界でユウマ達のような特殊な力を持った人間は現れたことは無い。だから俺は聖女が分け与えた力だと思っていたんだが……」 


 それは無い、とは言い切れない。

 切り札を隠し持っておくのは正義だって有り得る。


「もしかしたらそうなのかもしれない。ただ、そうなると……」

「ユウマ1人で正義5人分の戦力を相手にすることになるのか」

「ああ。まあ俺も戦場で複数人と闘った経験はある。……上手いことやるさ」


 あくまで一般人を相手にではあるが。

 正義を複数にして闘ったことなど一度もない。


「なあユウマ。正直に答えて欲しいんだが」

「何だ?」

「俺が一緒に行ったら……迷惑か?」

「……正気で言っているのか?」


 一緒に、という事は聖女と闘うという事だ。

 危険は少なからずある上、聖女を敵に回すという事は回復の恩恵から外れるということになる。その状態で聖女と4人の配下と闘い生き抜くことをゲダルは出来るのだろうか。


「生きて帰れるか分からない。そういった闘いだ。ここにいれば俺がもし負けてもゲダル達は少なくとも生きることは出来るんだぞ」

「……飯の時に言っただろ。ミサの感情は失われたって」

「ああ」

「ミサだけじゃない。この世界の子供たちはみんな感情を失っちまっている。大人はまだいい。かつてあった感情を忘れてしまっているだけなんだから。だが、子供は感情を知らない。知る前に奪われた。俺はそれをどうやっても取り戻してやりたいんだ」


 ミサが起きないよう、静かな声でゲダルは言葉にする。


「だから、俺も共に連れていってほしい。ミサには1人で生きる術は伝えてある。まだ野犬には対抗できないが、この家で1人で暮らしていくことは可能だろう」

「……本気のようだな」

「本気だ。この10年、俺は本気で聖女を倒すことを考えていた」


 ゲダルと共に聖女を倒しに行くメリットとデメリット。

 デメリットとしては守る対象がいるということだ。それはメリットにもなり得るかもしれないが、人質になる可能性を考えればデメリットとしても大きい。攻撃に巻き込まれて助けられないこともあるかもしれない。

 対してメリットといえばまず地の利だろう。優馬には聖女の居場所は分からない。だが、ゲダルなら知っているだろう。途中途中の街や村の人間とのコンタクトもゲダルがいれば優馬よりは簡単になるはず。

 そして何よりもゲダルのこの考え方。それこそ優馬にとってこの世界にとって望んでいたものだ。


「……分かった」

「本当か!」


 ゲダルの声が僅かに大きくなり、ミサが身動ぎする。


「……声が大きい。ゲダルの同行は俺にとっても有りがたいものだ。だが、それには1つ条件を付けさせてもらおう」

「条件……? 何だ、俺に出来ることならやってみせる」

「ミサも一緒だ」

「……何?」

「ミサをゲダル、お前が守りながら連れていくんだ。勿論俺も守るが、極力ゲダルが守りながら聖女と闘え」

「どういうことだ?」


 恐らくゲダルとしてはミサを危険に晒したくは無いはずだ。だからミサを置いていくと言っていた。


「お前に何かあればミサはこの先1人になる。それはミサにとって唯一残された家族というものすら聖女に奪われるということを意味する」


 それならいっそのこと、


「ミサを守れ、そして一緒に生き残れ。俺が約束する。2人とも生き残らせると。ミサを、子供を救おうとする心を持つお前は間違いなく正義なのだから」


 そんな正義を優馬は見捨てたりしない。


「安心しろ。守るべき背中を誰かに見せている正義っていうのは案外強いものなんだぜ?」

「まるで聞いたことのあるような台詞だな」

「そりゃ俺は『普通の正義ノーマライズ・ジャスティス』。普通のことしか言えないさ」

「ハッ、なら俺は子供のための正義にでもなってやるよ」


 互いに拳を1つずつ突き出して合わせる。

 この時、この世界に正義は2人だけではなくなった。

 能力も強さも無くとも、正義を宿した心は静かに燃えていた。


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