5話 破壊
あらすじでも書きなおしてみるか
戦争によって成り立っていた世界の平和。
それは突如として現れた聖女によって崩された。
『まあまあ! この世界でも戦争というものは不滅なのですね。争いは醜いもの。争いからは何も生まれません。人は仲良く過ごすべきなのです。ですからこの世界は私がお救い致します!』
どうやって持ってきたのか、空中に浮遊していたはずの球体ドローンの1つを手に持ち、スクリーンに自分の顔を写す1人の美しき女。
戦争を開始する前のデモンストレーションかと国内の人間は沸く。前代未聞の規模で行われる戦争だ。このような遊び心があったとしても何らおかしくはないと思われていた。
ましてスクリーンに映ったのは傾国の美女ともいうべき美貌の持ち主。
誰もが疑うことなく、この女性がこの後の司会進行役を務めるのだろうと思っていた。
『今まさに戦争の開始でしたか。愚かの極みとも言うべき争いの頂点、それが戦争です。それが4つの国全てが同時に行うなど、なるほど私にしかこの世界は救えないようです』
その女は1人で何事かを話し1人で納得していた。
国民にとっては訳の分からない内容であったが、それは緊張によるものからだろうと、仕方ないなと笑う。
しかしながら国民や王はそれを予告なしのデモンストレーションと思えど、当初よりの司会役や審判員たちは動揺していた。
誰なのだあの女は。どこから現れたのだ。どこの国の人間だ。
戦争のルール如何によっては根底から崩されてしまいかねない。
だからまずは、国民全てにこの女は戦争とは無関係だという事を伝えた。
『国民の諸君。我々は厳正なる柵のもとでこの戦争を取り仕切っている。どちらかの国に肩入れすることは無く収賄されることもなく行ってきた。だからこそはっきりと申し上げよう。今の女性は我々が用意した特別ゲストでも何でもない。ただの乱入者、つまりはこの尊い戦争を侮辱する犯罪者だ』
すぐさまどのドローンから女が映し出されているのか特定される。
そしてその付近に警備兵たちが向かうと、そこには何ら構えることも無く女が無防備に立ち尽くしていた。隣に1人、巨漢の男を連れている。
「あら、来ましたか。こんにちは。私は『不戦の聖女』もとい『闘わない方が正義』。この世界の強大な悪である戦争そのものを相手にするべき私は異世界より派遣されました。皆様のことは私が必ず平和にして差し上げますのでどうぞ宜しくお願いいたします」
「何を言っているんだこの女は……?」
「おい、すぐそのドローンを離せ。それは我々が国民の方々にお見せするために我々が作り上げたものだ。貴様のような者が触って良いものではない」
ぐい、と自らを聖女、そして正義と名乗る女の腕を1人の警備兵が掴む。腕を少し強く捻り上げればドローンを自分から手放すだろう、そう思っての行動であった。
だが、
「さすが。このような戦争を行う側もそうですが、取り仕切る側も乱暴ですのね。良かった、事前に私専用の近衛兵を用意しておいて」
女の腕を掴んでいた警備兵の腕が消し飛んだ。
そこだけ空間ごと削られたのではないかと思えるほど、腕の断片は綺麗なもので、警備兵が自分の腕の状態を確認して悲鳴を上げた後に遅れて血液が噴水のように飛び出した。
「アッアッアッ……イタイッ!? ……痛い!?」
「紹介いたします。私の可愛い兵士達。そのうちの1人である『剛腕』さんです」
「……」
仮面を被った巨漢の男が女の紹介に合わせて無言で一礼する。
「痛い! いたイよぉ……痛いいぃぃ!?」
男の代わりに腕を消し飛ばされた警備兵の絶叫が木霊する。
その断末魔の悲鳴にもよく似たものは女の声さえかき消すほどであった。
「……少し、黙っておいてもらえますか?」
警備兵の体が光に包まれた。かと思うと、警備兵の腕の断面から新たな腕が生えてくる。
「痛い、痛い⁉ ……あれ? 痛く……ない? 何でだ。何で、無くなった腕がまたあるんだよぉぉ」
「やれやれ……治してもまだ五月蠅いとは。これほどこの世界の方々が乱暴だとは驚きですね。……さて、ではまず何から始めましょうか」
聖女は周囲を見回すと、
「決めました! まずはこの戦争を終わらせることにしましょう!」
と、スクリーンに大画面で映っていることを知ってか知らずか、聖女はこの世界の人間全てを敵に回す発言をする。
「『剛腕』さん、『俊腕』さん、『隻腕』さん、『怪腕』さん。この世界には国が4つあるそうですね。それぞれ1つずつ、相手にして来てください。回復は私に任せて、どうぞこの世界の人を相手に立ち振る舞ってくださいね。でも、殺してはいけません。それは私の正義に反しますので」
「「「「畏まりました」」」」
どこから現れたのか、大男の隣には歪なまでに痩せた男、あるべき場所に片腕が無い男、そしてそれら3人と比べると何の特徴も無い男が立っていた。そして聖女の合図とともに何処かへと走り去る。
そこからは国民や王たちにとって夢を見ているようであった。勿論、悪夢ではあるが。
戦争の準備を行っていた4つの国それぞれに1人ずつ、聖女の下に居た男達が駆け付けるや否や、大量の兵士を意に介さず人間離れした闘い方をして倒していく。
兵士たちは致命傷を負いながらも、即死に至ることは無く、いずれ死ぬような怪我を負っても尚、救護班の下へ連れていかれる前に光に包まれ回復していく。
それは聖女の回復能力であった。彼女は4人の配下がたとえ銃火器に撃ち抜かれようともたちどころに遠距離から回復してみせ、そして配下が攻撃した相手すらも回復していく。
回復された兵士達が戦線復帰できたかというと、そうではなく圧倒的なまでの力量の差によって生まれた心の傷は癒えることは無く、またあの傷を負うくらいならと戦線離脱していく。
彼ら兵士達にとって、銃火器によって与えた傷が回復されることよりも、与えられた傷が回復することよりも、自分達が最も信頼していた防御スーツが何の意味もなく貫かれているという事実に耐えきれなかったのだ。
赤子と大人が殺し合っているようなものだ。あちらが手加減しているからこちらは死ぬことはない。いつあちらの気が変わって自分たちの傷が回復しなくなるか分からない。
こうして2つの戦場から4つの軍がいなくなる頃には国は瓦解していた。
勿論、馬鹿正直に配下の男達だけを攻撃するのではなく、回復能力の源である聖女を狙うこともした。だが、それこそ最も無駄な行為であった。彼女は笑いながら攻撃を受け続け、攻撃側の心がやがて折れるまで、無防備に肢体を晒し続けたのだ。
合わせて5人。それだけの戦力に1つの世界は敗北を認めざるを得なかった。
斬撃も、銃弾も、爆薬さえもたちどころに回復してのける相手に出来ることは無かった。拘束さえも自らの体を壊しながら抜け出し、そして回復する。
世界が敗北を認めた後の聖女の行動は実に分かりやすかった。
文明の破壊。科学力の殲滅であった。
「戦争は科学力を何倍にも発展させるといいます。ならば、科学力を無くしてしまえば戦争は起きないのでしょうか」
配下達は文明という文明を、科学力という科学力を破壊してのけ、唯一食品関係だけは聖女が拠点とした1つの城の周囲に残された。
「さて、これで私たちの役割は終わり……いいえ、これから私の仕事は始まるのです」
そして地獄が始まった。
文明の破壊により職業の多くが無くなった。聖女の拠点以外には食料が満足に配給されず、自給自足の暮らしが取られたが、やがてたとえ腐った食べ物でも、むしろ食べるべきでないものでも食べても回復されてしまうことが分かり、誰もが自堕落に過ごすようになった。どうせやることもないのだ。ならばやらずに一日を終えよう。そうした考えが普及した。
怪我や病気によって死ぬことは許されない。ならば寿命を終えるまでは変わらず何もせずに生きていよう。国や街、小さな村までもがこの考え方をするようになり、そして優馬が見たような、野犬に家族の腕すら分け与えるという最低最悪な生活をするようになってしまった。
そして、ゲダルがこの世界に対して行った聖女の暴走した正義の結果を話してもなお、
「だが、まだマシな方なんだこの街は。……自分で言うのも何だが、俺はまだまともな部類にいると思っている。この街のやつらはな、俺が今食べているような毒の混じった芋や草を食べているが、そうでないところもある。……正直、アレだけは人間の尊厳を捨てても尚やりたくない」
「アレとは、何なのだ?」
「……今言うよりも実際に見た方がいい。この先、あの聖女の下に向かうならばきっと見る機会があるだろう。おぞましき景色をな」
「……分かった」
しかし、優馬がこうしてゲダルから話を聞いてみると、これが正義の成した結果なのだろうかと疑いたくなる。これでは悪の行動そのものではないか。
世界から戦争を無くしたかった。これが聖女の正義の根源なのだろう。だが、そこでこの世界の者達が積み上げてきた文明すら破壊してしまうことは到底許されることではない。
「……俺だってな」
「うん?」
「俺だって本当はこんな芋や草を食べたくはない。若い頃に食べた肉や魚をもう一度食べてみたいとは思っている。だが、牛や豚は誰も育てることなく豚に至っては山で野犬と縄張り争いをしながら人間の手足を貪っている。海はすっかり汚染されてしまったせいで魚なんて生きてはいないだろう。こんな世界なんだ。10年でこれだけ変わってしまったんだ」
恐らくは、聖女が来るまではこの世界は優馬が元居た世界とそう大して変わらない文明だったのだろう。それが聖女が訪れたことによって一気に中途半端に無かったことにされた。あったことを知っている分だけ、初めから無かったことより辛いだろう。
今度は、と優馬がこの世界にしいては他の正義達を含めて異世界に来ることとなった発端を話し始める。
ゲダルもミサも大人しく聞いているが、優馬は話す途中からゲダルが拳をきつく握りしめていることに気づく。血が滲んでも尚、それはやがて聖女によって回復されてしまうのに、出血は途絶えることはなかった。
全てを話し終えてゲダルは優馬に問う。
「ミサはな、生まれてからずっと笑ったことが無い。この街の住人と同じだ。生きることに刺激が無いから、生きることに頓着しなくなったせいで感情を見失っちまったんだ。なあ、教えて欲しいんだ。お前たちの正義ってのは、俺達を苦しめるものなのか?」
「………」
優馬は答えることが出来なかった。