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12話 子供のための正義 

「ミサ……そうかお前も……」


 ゲダルはミサを見て表情を曇らせる。

 『怪腕』はミサを殺さないよう運んでいたが、傷付けぬよう運んでいたわけではない。


 故に、走る中で何かと擦ったであろう傷が全身に、癒えぬまま付けられていた。


「お前も俺と同じ様に、聖女の加護から外れたというわけか」

「そりゃ当たり前でしょ? 敵をも治す心優しき聖女さんでも、その在り方さえ否定しようとするなら、そりゃお力も曇るってものさ。アンタ同様にね」


 ゲダルの頬から血が垂れる。

 それはすれ違いざまに『怪腕』によって付けられたもの。

 

「だったら守るまでだ」

「それは難しいんじゃねえかい? 今アンタがやったように、その斧を振るって『怪腕』さんのおうちを壊してくれたように、お嬢ちゃんは簡単に死んじまうぜ?」

「死なせはしない。傷は付くかもしれないが、命にまでは届かせない」

「は? 何言ってんだ」

「知らないのか? 人間は簡単に死なないんだ。傷の一つや二つで死ぬほど、脆く作られちゃいないんだよ」


 ゲダルは斧を2本、地面に下ろすと1本のみを構える。


「3本もあるのに、使うのは1本だけなんだ?」

「これらは予備さ。斧なんか同時に何本も扱うものじゃねえ。手元が狂っちまう」


 斧を上段へと構え、半身になる。

 突き技に向いていない形状の斧を扱うゲダルにとって、斬撃もしくは打撃が主な攻撃技となる。

 ゲダルにとって上段から重量を十分に活かせる斧の斬撃は、丸太であっても容易く切断が可能である。

 

「『怪腕』さんに勝てるかな?」


 『怪腕』は両腕を触手へと変形させる。

 触手は半ばまで伸縮性・弾力性に富んでおり、先のみが鋭く尖っている。

 一歩踏み出すと同時に、触手はゲダルへと伸ばされ、右大腿を掠めていく。

 と、次の瞬間には触手は元の長さへと戻っており、再び伸ばされる。


「……ぐっ」

「ほらほら! 『怪腕』さんの腕は伸縮自在。全身があっという間に穴だらけになっちゃうよ」


 触手を斧で受け止める。

 どうやら、人間の肉体を傷付けることは出来ても斧には勝てないらしい。

 欠けた個所のない斧を見て、ゲダルはどうやれば勝てるかを考える。


「……まずは斬るしかないか」


 ゲダルは目を閉じる。

 先ほどから『怪腕』の攻撃は致命打に至っていない。

 命中率はさほどではないのだろう。


 両足、両腕を触手が掠めていく。

 少しずつ脇腹や頬など、逸れていなければ致命傷になりそうな箇所にまで近づいていく。

 命中率が上がっている。

 それを理解してもなお、ゲダルは目を開かない。

 やがて、右足を触手が貫いた。

 その瞬間に右足の筋肉に力を入れる。

 僅かにだが、触手の引き抜かれる時間が遅れる。


「ここだ」


 その瞬間を狙って触手を斬り落とした。

 穂先のみが斬り落とされるが、血は流れない。

 次の瞬間には触手は回復していたのだ。


「んん。ちょっとびっくりしちゃったけど、それくらいじゃ『怪腕』さんは倒せないよ。アンタの言った通り、触手の先っちょを斬られたくらいじゃ致命傷にはならないね」


 ゲダルが血を流しながらも斬り落とした触手は聖女の力により回復する。

 対するゲダルの傷は一つも回復しない。

 そして奇怪な腕を持つ『怪腕』とただの人間であるゲダルである。


 不利以前に勝負が成立していない。

 土台も、恩恵も何もかもが違う。


「ここまで近づかれていたのか」


 触手を伸ばすと同時に一歩踏み込む。

 つまりは、少しずつ進んでいく。

 命中率が上がっていくのは当たり前だ。

 

「もう次で決まりそうだよ。勿論、『怪腕』さんの勝ち」

「だが、斬れた」


 ゲダルは笑う。

 勝利を確信したかのように。


「斬れたからって何だって言うんだよ。『怪腕』さんの腕には傷一つ残っていないぞ」

「だが、無かったことにはならない。斬った感触は俺の中に残っている」

「だったらどうした!」


 斬れたからといってどうだというんだと、『怪腕』が叫ぶ。

 すでに傷はない。斧に毒が塗られていた様子もない。

 仮に、毒があったとしてもそれすらも聖女の回復の範囲内。


 『怪腕』が一歩踏み込む。

 正確にゲダルの心臓へと打ち込まれた触手をゲダルは斬り落とした。


「なっ!?」

「俺の斧の技に名など無い。全てが我流であるからだ。故に、技の再生など出来ず、その場限りで思いつくままに振るうのみ」

「だったらどうして『怪腕』さんの腕を斬れるのさ!」


 『怪腕』は他の腕達よりも人外の領域に踏み込んでいる。

 

 聖女は回復時に、その者の脳が持つ肉体のイメージを利用する。

 聖女自身は個人の肉体の大きさや重さは知らない。

 あくまで治す力を助長させるのみである。

 だから、人が無意識にあるいは意識的に持つ肉体イメージの下で回復するのだ。


 『怪腕』は変わりたいと思っていた。

 自身の境遇を。自分自身を。

 それが肉体の変化までに及んだ。

 全身のイメージは出来ないが、腕くらいなら可能。

 細い腕ではいけない。

 鈍間な腕ではいけない。

 速く、鋭く、自在に。


 イメージの下に歪に回復した腕。

 それが『怪腕』の触手の正体だ。


「『怪腕』さんはあの時とは違う。変わったんだ! 『怪腕』さんは選ばれた存在なんだ!」


 『怪腕』は2本の腕を使う。

 触手はいくつもに分岐する。

 腕そのものではなく、五指を両手分、計10本の指を触手へと変える。

 小さいが鋭利さは変わらない触手がゲダルを襲う。


「……変わり方が間違っていると、諭してくれる大人がいなかったんだろうな。ああ、本当にすまなかった。この国の大人として……王に進言出来た立場として謝罪しよう」


 それら全てをゲダルは斬り落とした。


「いっ……ったぁぁぁぁぁ!?!?」


 即座に回復するも、『怪腕』は両手を抑えて悶え苦しむ。

 その顔は苦痛に歪められ、ゲダルがまだ立っているにも関わらず、膝を付いてしまっている。


「まさか聖女の部下も路地裏の住人だったとはな。そこから這い上がろうとした決意は間違っていない。方法が間違っていたんだ」

「なにを……えらそうに……おまえが『怪腕』さんのなにを……」

「俺もそうだった」

「っ!?」


 ゲダルは斧を下ろす。

 すでに戦意は無いとばかりに。


「誰も守ってくれる者はいない。自分の力だけで生きなきゃいけない。幸いに腕っぷしは強かったから、喧嘩に負けることは無かった。剣の才能もあった」


 剣?と、『怪腕』はゲダルの武器を見る。

 ゲダルの今の得物は斧である。

 剣の才能があるのならばなぜ……。

 そう疑問に思い、理解する。

 それしか無かったのだ。

 闘う道具である剣を聖女に取り上げられ、木々を伐採する斧は残された。

 10年間、愚直に斧を振るい、再び闘うだけの強さを手に入れた。


「だ、誰なんだお前は……!」

「王直属近衛隊隊長……昔の肩書だけどな。王にはただ守っていればいいと言われたよ。いくら路地裏の改善を求めてもな」


 聖女を守る『怪腕』と王を守っていたゲダル。

 出生も立場も同じであれど、そこに辿り着くまでの過程が違う。


「……本当にすまなかった」

「い、今更謝られたって、『怪腕』さんの過去が変えられるものか!」


 痛みが治まったのか、『怪腕』は立ち上がる

 『怪腕』の触手が再び伸ばされる。


「俺はミサの腕を斬り落とす時になるべく痛くならないようにしていた。笑えるよな。娘の腕を斬り落とす技を磨かなきゃいけないなんてな」


 先ほどよりも鋭いそれらを全てゲダルは斬り落とした。


「っだぁ!?」

「痛くない斬り方を知っているっていうのはな、痛い斬り方を知っているってことなんだ。お前が最も痛みを感じるよう、神経を荒く削った」


 特に、指先は神経が最も集まる場所とも言われている肉体だ。

 それを武器にする『怪腕』は弱点を自ら披露しているのと同じ。

 ゲダルは触手を斬り落とせた瞬間に、確信していた。

 殺せないけれど、戦意の喪失は出来ると。


「もう止めておけ。これ以上は人に戻れなくなる」

「あ?」

「……気が付いていないのか? その奇怪な腕が体まで侵略していることに」

「え……ぎ、ぎゃぁぁぁぁ!?」


 『怪腕』が自身の体を見てみれば、肘の先から触手に別たれていたはずが肩まで進行していた。


「な、なんで!? 『怪腕』さんはここまでイメージはしていないのに!」


 その理由はゲダルが触手を短時間に何度も、そして痛覚を刺激するように斬り落としたからであった。

 回復時に脳は触手をイメージするが、繰り返されることでより強固に体が触手であることを覚えてしまう。しかも、痛みが明確にイメージされ、かえって触手であることを脳が反復し学習してしまっていた。

 やがてそれは腕だけではなく体そのものが触手であることと脳が誤解する。


「理由は分からない。だが、これ以上化け物になりたくなかったら……」

「や、やだよ! 『怪腕』さんは人間だ! 死にたくは無いけど、触手なんかになりたくないんだよ」


 『怪腕』は座り込み泣き始める。

 それを見て、ゲダルは子供なのだと理解した。

 10年前、聖女に連れられていた時からこの姿であったのだろう。見た目は変わっていないのは聖女の力として、中身も育っていない。

 倫理観も常識も学べず、子供のまま想像力を働かせて成長した。

 聖女の望むままに成長し、それ以外は止まったままであった。


「……これも俺達大人のせいなのだろうな」


 もっと路地裏の子供たちを気にかけていれば。

 王に自分の言葉を強く語っていれば。


「どうしよう……元の腕の形なんて分からないよ。戻れ! 戻れよ! 『怪腕』さんはもう『怪腕』さんでありたくないんだ! 人間なんだ!」


 戻れ、戻れと腕に強く叫んでも触手の進行は進んでいく。

 度重なる触手の回復により『怪腕』の脳からは腕の正しいイメージは消え、歪な触手として固まってしまっていた。


「……『怪腕』」


 これが自分達の世界が引き起こした結果なのだと思うと。

 感情を失ったミサもそうだが、この若者も被害者に過ぎない。


「……お父さん」


 いつの間にかミサがゲダルの傍に来ていた。

 危ないからと、離れさせていたが闘いは終わったのだとミサは判断したのだろう。

 ゲダルもまた、同じ考えだ。


「……ああ、救おう。この若者を。俺は子供のための正義なんだからな」


 自身の左腕を体の前に出す。

 右腕に持った斧で迷うことなく斬り落とした。


「っ……『怪腕』! これを使え!」


 ゲダルは『怪腕』の前に斬り落とした左腕を差し出す。


「……え?」

「どうやら想像力で腕を触手に変えていたんだろ? だったら俺の腕でイメージしろ。足りない分は自分の記憶で補完しろ。俺の腕でお前の腕を正しく回復させるんだ」

「う、うん……」


 まもなく『怪腕』の両腕は人間のものへと戻った。

 両手を開き、動きを確かめると問題なく動いている。


 しかし……ゲダルの腕は失われたままだ。

 すぐさまミサが止血するが腕も血も失われている。

 顔色の悪いゲダルに『怪腕』は、


「なんで『か……僕にこんなことを」

「大人だからさ……それ以上いらないだろ」


 大人が助けてくれる。

 それは『怪腕』であった若者が望んでいたものであり、手に入れられなかったものだ。


「……ごめんなさい」

「そうだ。悪いことをしたら謝る。それが出来れば十分だ」


 頭を下げる若者に対し、ゲダルは残された手で頭を撫でる。

 もう戦意も闘う力も残されていない。

 『怪腕』はただの若者へと戻った。


「……ユウマ。後は任せたぞ」


 宣言通りゲダルは聖女の持つ戦力の一端を引き受け、そして無力化した。

 その結果、自身の命すら危ういものとなったが彼は彼なりの正義を貫いた。


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