10話 聖女の街
このままぱーっとこの世界終わらせるぞ!
「……他の街に比べて随分と活気があるな」
聖女の存在する街。
そこは優馬がこれまで通ってきた村や街とは違い、動きがあった。
露店で客引きをする者、籠を片手にし商品を選ぶ者。
走り回る子供たち、微笑ましそうに眺める大人たち。
笑顔を浮かべ、涙を流し、怒りを堪えながらも耐え切れず怒鳴り散らす者もいる。
表情があった。
喜怒哀楽、それだけでは表せない数々の顔があった。
「騙されるなよ。これはまやかしだ。理由は分からなかったが『隻腕』の話を聞いて納得した。脳を無理やりに弄られて感情を表出させられている。操り人形のようなものだ」
ゲダルが街の住人をそう言い表した。
レンガ造りの街並み。
かつては王と呼ばれる者もそこにいたのだろうか、中央には朽ちた古城がそびえていた。
手入れはされていないのだろう。いや、する必要もないのか。
この世界に王はおらず、君臨するのは正義であった聖女。
「……考えてみればこの世界でここだけというのもおかしな話か」
「聖女がいる街では明るくあれ。噂には聞いていたが、どれもが作り物と分かればおぞましい光景だ」
貼り付けられた笑顔。
強制された怒気。
感情に伴わない悲観。
「ところで、聖女はどこにいるんだ?」
街は広い。
この中から虱潰しに探していけば時間がかかるし、相手への準備の時間を大幅に与えてしまう。こちらは疲労するばかりだ。
彷徨っているうちに相手がこちらの正確な位置を把握してしまうかもしれない。
「聖女だからな」
ゲダルは一呼吸置くと、
「居場所は教会だ」
「なるほど」
「教会の位置は?」
「それも問題ない。何度か行ったことがある」
敵地に近づくにつれ自然と会話が短くなる。
人外とも呼べる腕達を従える正義と闘うのだ。
ゲダルは勿論のこと、優馬も油断は出来ない。
「お父さん」
ミサがゲダルの腕を引く。
「どうした? あまり先を急ぐな。どこに敵がいるか分からないぞ」
優馬も常人より優れた視覚や聴覚を用いて索敵を試みている。
だが、『隻腕』との初遭遇で接近されていたことを考えると無駄とも思えてきてしまう。
「教会に行って、聖女とユーマが闘うのは分かった」
会話はミサの前でも行われていた。
ミサへ行く末と目的も話してある。
「お父さんは何をするの? ただ見ているだけ? それとも闘うの?」
「……ああ。闘うぞ。俺はユウマと共に聖女を倒す」
「その斧で……?」
ゲダルの肩に担がれた斧。
最近ではミサの腕を斬り落としたくらいでしか使われていないという代物だが、ゲダルの唯一扱える武器と言っていい。
「ああ。この斧で、だ」
「でもお父さん本当は……」
「ミサ。それはいいんだ。過去は振り返ったところで足しにはならない」
何か言いたげなミサをゲダルは制した。
ゲダルはミサに首を横に振ると、
「教会はすぐそこだ。それで……どうする?」
「どうするとは」
突入し闘う。
優馬に出来ることはそれだけだ。
通行人の数は変わらず多い。
誰も彼もが焦点の合わない瞳で周囲を伺い歩いていた。
いっそのこと、人ごみに紛れながら教会に潜入出来るのは良いことかもしれないが。
「聖女もそうだが、敵はそれ以外に3人もいるんだぞ……。無策で挑めば不利なのは明らかだ」
「確かに。聖女は同じ正義として俺が決着を付けるして……」
「他の3人も同時にユウマに任せるわけにはいかないな」
『隻腕』と同等の力を持つ者が残り3人。
聖女自身に闘う力が無いことは自明だが、支援としてはこれ以上ない回復能力を持った正義。
それを受けた3人を倒すのは優馬とて至難の業。
「……出来る限りは俺も闘おう。せめてお前について来たのだ。一人くらいは……」
「そりゃ無理なんじゃないかなー。だって、普通の人間でしょ?」
ゲダルの腕に裂傷が走る。
「ッ!?」
通行人の一人、若い男が腕を振るっていた。
その手首から先は槍先のように尖っている。
「はい、どーも。聖女さんの腕の一人、『怪腕』さんですよー」
気づく気が付かないどころの話ではない。
完全に通行人に紛れていた。
先ほどまで普通に隣の女と話していたのだ。
それが、まるで別人のように殺気を伴った目で優馬達を見ている。
「……ゲダル、大丈夫か?」
掠り傷のようだが安心はできない。
致命傷で無くとも人間は容易く死ぬ。
たとえば……
「毒なんて使ってないから安心してよ。それに君達をおびき寄せるために『怪腕』さんはここに来たんだから」
『怪腕』が腕を振るう。
それに合わせて鞭のようにしなり伸びて、ミサを捉えた。
「ミサ!」
「……」
ゲダルが叫び、優馬は刀を抜いて鞭のような腕を斬ろうとする。
だがそれよりも早く腕は縮んでいく。
ミサに当たることを恐れた優馬は刀を止めざるを得ない。
「人質ゲット! そんじゃ、バーイ」
『怪腕』はミサを担ぐと走り出す。
ミサは力を失ったようにぐったりとしている。
衝撃によって気絶しているのか、『怪椀』が捉えた際に何をしたのか。
ゲダルも追いかける。
「おい、待て!」
『怪腕』は教会とは別の方向へと走り出した。
「あ、ちなみに聖女さんは君達が来たことをもう知っているからね。中で待ってるよ」
「……どちらだ……どちらを優先する」
建物の角をいくつも曲がりすでに『怪腕』の姿は見えない。
声だけが反響し優馬へと届いた。
「ユウマ! こっちは俺が何とかする。お前は、教会の方を頼んだ」
ゲダルの姿が見えなくなる寸前、ゲダルはこちらを振り向くとそう叫んだ。
「相手の主力1人を俺1人で消せたんだ。僥倖と思って先に進んでくれ」
「だが、俺と2人でそっちを倒した方が……」
「挟み撃ちになるほうが厄介だ。こっちは俺が時間を稼ぐ。だから、その隙に……」
特攻とも言えるゲダルの言葉。
決して正義と肩を並べることの出来ないゲダルという戦力で、正義に届き得る戦力の『怪腕』の時間を稼げる。
「……分かった。だが、無茶をするなよ」
「腕には自信がある。そう簡単に死ぬことは無い」
死ぬことは……?
この死ねない世界でその言葉を言った意味。
そういえば先ほどのゲダルの傷口は……
「ゲダル……」
すでにゲダルの姿は消えていた。
『怪腕』を追いかけていったのだろう。
「死ぬなよ」
教会はすぐ傍だと言っていた。
その言葉の通り、建物の陰から教会が見えている。
見た目は普通。
元の世界でも見たことがあるような質素な作りだ。
この世界でも共通なのか、聖女があえて作らせたのか……どちらにしろ聖女の城である。
敵地では何があってもおかしくはないが、街の中に入った時よりも緊張が優馬の全身に走る。
教会のドアを開ける。
一歩目をゆっくりと踏み入れ、前、そして天井を見上げる。
死角を潰していき、不意打ちが無いことを悟ると2歩目、3歩目を進めていく。
「そう怯えなくても、別に出合い頭の一撃なんてしませんことよ?」
懺悔室の扉が開いた。
その中にいたのは、優馬が探していた聖女であった。
「ご機嫌用。体調は如何かしら? 不調があれば治してあげますわよ」
「……いらない」
噂通りの美女。
聖女とは名乗っているが化粧をし、シスター服も宝石を散らばせている。
「ああ、貴方達はまだ下がっていてくださって良いですよ。どうせ私を傷つけられやしない。そうね……抑えるくらいは出来るかもしれないからその時は助けてください」
「「御意」」
天井から声がした。
優馬が薄暗い天井を見上げると、そこには2つの影が張り付いていた。
……いや、1つの影がもう1つを支えているのか。
支えている方は巨大であった。
もう片方の倍以上はある体格。そしてそれ以上に腕が不釣り合いなほどに太かった。
支えられている方は細かった。
木の枝のような体格。巨大である方とは対照的に腕と胴の細さが大差なかった。
「話をしませんか?」
「この世界をここまでにした元凶と話し合う余地があるとでも?」
「私は『不戦の聖女』です。闘わずして闘いが終わるならそれに越したことはありません」
「……」
優馬は天井の影の数を数えると、目の前の聖女を含めて役者がそろったことを確認した。
ゲダルが敵の1人を抑えてくれている。
残りは今、この場に集結した。
決着はすぐそこ。
「安心してください。貴方が話し合いに応じている間は『怪腕』さんにも手を出させないと約束しましょう」
「……分かった」
聖女の考え。その正義が何処にあるのか。
それを見極め、譲歩し合い、変えるという選択肢もあるかもしれない。
優馬とて他の正義と闘いたくはない。
闘わざるを得ないから闘うのだ。
話せばわかるかもしれないと一途の望みを託しながら優馬は頷いた。
「正義を語り合おう。普通の正義を」
「ええ、正義を語り合いましょう。闘わない正義を」




