8話 主食
「ようこそこのような寂れた村へ……何もない村ですがどうぞごゆっくりと寛ぎ下さい」
小屋で休憩していると、村長と名乗る老人が尋ねてきた。
村人はやはりここ数年では珍しい存在となったらしい。
飽きるほどに平穏という名の地獄に生きる世界の片隅にある村。そこに訪れた刺激は村長にとっても娯楽に映るようだ。
「お疲れで無ければ是非とも子供らに旅の話でも聞かせて頂きたいものです。ええ」
「いや俺達は……実はまだ旅の始めなんだ。話が出来る程に冒険も何もない」
「おや、そうでしたか……」
この村に辿り着いた時に少しだけ様子を見たが子供の数は数える程であった。
その中でも動いているものは1人か2人。後は言葉を発することも無く虚空を見つめていた。
まだ生きて活動することに必死な小さな命を助けたかったのだろう。
村長の心意を理解した優馬は自然と笑みを浮かべていた。
やはりこの世界でも探せば心優しき者は多くいる、と。
「だが、話くらいは構わない。ミサはまだ休んでいた方がいいな。ゲダルはどうする?」
「俺も行こう。……懸念が一つある。ユーマにはまだ伝えていない、聖女が覆ってしまった世界の闇がこの村にもあるかもしれない」
「……闇か」
曲がりなりにも正義がこの世界には先にいた。
歪んだ正義である聖女が。
だが、正義が闇を生むなどと……。
「自身のみで体験してみるのも一つだろう。正義の心とやらが不屈であることを期待している。どの道ここで屈するようであれば聖女までの道のりは遠い」
村長に案内され優馬達は村の中央まで招かれた。
結局、小休止も何もなく、ただ座るのみとなってしまった。
ミサ1人のするのも、ということで連れていかれた。
同年代の子と触れ合うのもまた良いことかと優馬も同意した。
「どうぞ……これぽっちしかないですが」
薄い赤い色をしたスープが差し出された。
中には小さな肉と骨が入っている。
見覚えのある芋も、紛れて入れられていた。
「この世界にまだこれだけの食料が……?」
赤は血の赤だろう。
塩分とて貴重なのか、血抜きをあえて行わなかったのか。
血の臭いに少し顔を顰めつつ受け取る。
「俺はいらない。ミサも、これは受け取らなくていい」
「わかった」
ゲダルは皿を受け取らず、ミサの手も制した。
村長はならば、と傍にいた子供たちに皿をやった。
満足に食べるものも少なく飢えていたのか、子供たちは分け合いながら皿の中身を舐めるように口の中に入れていく。
「ユーマ、それを食べるか否かはお前が決断しろ。俺は何も言わない」
「これをか……?」
ゲダルが受け取らなかった理由。
ミサにも食べさせなかった理由。
優馬は皿の中身を、スープの具材を凝視する。
血の臭い。その肉は何の動物か……。
浮かんでいるその形は……細長く指のようであった。
「まさか……人間を⁉」
優馬は皿の中身を地面にぶちまけようとして……村の子供たちが必死な顔で皿の中身を食らっている様子を見て静かに地面に置いた。
慌てて周囲を見渡すと、怪我をした者はいない。
この中の人間のものではない……と思ったところで考え直す。
どうせ治ってしまうのだ。
人間の肉を切り分けたところで、ミサの腕を野犬に放ってやったようにすぐさま生えて来てしまうのだ。
飢えを満たすための食材としたところで問題は無い。
むしろ効率的なのだろう。
「……案外と冷静だったな。試すようなことをして悪い」
「いや……元の世界でも歴史的にあったことだ。禁忌とされてはいたがな」
人類三大タブー。そのうちの一つ。
タブーとされているからには、過去に行われていたことがあるということ。
そもそも、人間が人間を食わないだけで、野生の動物は平気で人間を食う。
それだけの違いであり、許容こそ出来ないが何とか自分を落ち着かせることは出来た。
「あの……?」
村長が心配げにこちらを見ていた。
差し出した、なけなしの料理が気に食わなかったのかと伺っている顔である。
あくまで善意だったのだろう。
もしかしたらこの村長の腕だったのかもしれない。
苦痛を伴うのであれば自分の腕を差し出すのを嫌がる者はいたはず。
それを思えば、咎めることは気が引けてしまう。
「すまない。腹は、膨れているんだ。それにあまり肉は好きでなくてな」
「そうでしたか。芋も少しでしたらお持ちいたしますが?」
歓待の気持ちを崩そうとしない。
よほど慕われていた村長なのだろう、と優馬は村長を評した。
ゲダルのいた街と比べても小さな村だ。
それでもまだ壊滅状態となっていない。いつ野犬の村に襲われても良いはずなのに。
身を粉にして村を守っているのだと分かる。
無邪気に話しかけてくる子供たちを相手にしつつ、そろそろ出発の時間かとゲダルと話し始めた頃であった。
「そろそろ聖女様のお付きの者が巡回に来られるお時間です。旅のお方も共に挨拶されますか?」
村長の言葉に止まった。
「聖女のお付き、だと?」
「それはあの戦争を終わらせた……?」
世界をも終わりに導こうとしているあの4人のことだろうか。
「ええ。戦争に呑み込まれようとしていたこの村をお救いになったあの4人のうちのお1人です。『セキワンサン』と呼ばれていたお方ですな」
『隻腕』さん、と聖女が呼んでいた者。
ゲダルの話だと、片腕の刀使いだったか。
「村長、到着されました!」
村人が村長の下へと走り寄る。
「思っていたよりも早かったな」
「野犬の数が少なかったようで。近頃は多いと思っていましたが」
優馬には思い当たる節があった。
この村へと歩く途中で追い払った何匹かで構成された野犬の群れ。
なるほど、普段は『隻腕』さんが追い払っていたということか。
「ふむ。まだ存命であったか村長よ。まあ寿命以外で死ぬことは無いがな、聖女殿のお陰で」
「ッ!?」
気が付けばそこにいた。
まるで気配を感じさせない足運び。
かと思えば、正義である優馬にさえ恐ろしいと思わせる濃厚な気配が満ちていた。
「初めて見る顔だな。拙者は『隻腕』。この周辺一帯の警護を聖女殿から承った身だが……お主は誰だ?」
侍によく似た衣装。腰には刀。そして、その腕は対ではなく片方のみ。
好戦的な顔がこちらを見てニィッと笑う。
「もしやお主が聖女殿の言っていた他の正義か?」
「……やはり気づかれていたか」
元々不意打ちが通じる相手でないことは予想していたが、先手を打たれるとは。
優馬は自身の持つ刀に手をかける。
「ほう。お主も刀を扱うか。聖女殿の言う侍。それはお主のことであったか?」
「いいや。俺も刀を使うだけの正義だ。決して侍ではない。それは遥か昔に消えてしまった人種だ。他ならぬ人間の手でな」
人類が文明を得る代わりに廃れさせた分化。
優馬はただ先人が残した武器を扱っているだけ。
「そうかそうか。ならば侍は拙者一人だけということ。どれだけ消し去ろうとも蘇らせてしまう、聖女殿のお力は素晴らしきことよ」
カカカと『隻腕』は笑う。
しかしその眼は油断なく優馬を見ていた。
「あの……『隻腕さん』様? 今のお話はどういうことでしょうか。この旅のお方が正義とは」
「ん……? ちと面倒だな」
『隻腕』は腰の刀に手をかけ少し刀身を見せる。
その眼は優馬から村長へと移っていた。
「……ここはお前達が築こうとする平和な世界なのだろう? ならば争いごとは村のそとだ。そこで、話をしよう」
「話だけで済むのか? 拙者の愛刀はすぐにでもお主の血を吸おうとしているが」
「無関係な者を巻き込めない。お前の主も正義なのだとしたらそれには同意するはずだ」
「聖女殿を引き合いに出すか……分かった。場所を移そう。人間3人分の血だ。我が刀、『塵拭』も満足しようて」
聞きたいことはいくつもあった。
この世界での聖女の目的や力。
『隻腕』を始めとした男達の正体。
だが、優馬は村人を巻き込んでまで闘いを始めるわけにはいかなかった。
村から十数分歩いた荒野で優馬と『隻腕』は向かい合う。
「聖女殿は言っていた。他に正義が現れるのであれば容赦なく斬れと。拙者の腕前を存分に試せる絶好の機会。もう普通の人間では駄目だ。誰も彼もがただの肉塊に等しい。牛を斬ろうが野犬を斬ろうが同じこと。拙者は強者を斬りたいのだ」
『隻腕』は片手で刀を握る。
一刻も早く血を吸いたいとばかりに強請る、ぬらりと光る刀であった。
「我が名は『隻腕』。元の名などとうに忘れた。『塵拭』を以てこの世界2人目の正義を斬り伏せる」
「佐藤優馬だ。正義名『普通の正義』。俺にとってはお前達こそ悪にしか映らない」
優馬もまた刀を抜く。
久しぶりに抜き身で扱う。
斬ることは殺すこと。
果たしてこの強者相手に手加減など出来るだろうか。
「正義を執行しよう。俺以外にも出来る普通の正義を」




