イフリートを討伐しよう
◆ ツクモポリスの街 ◆
ティカも復活したことだし、あとはあの炎の魔人と化したアンガスだけだ。だけどこれが問題で、離れていても暑さでやられそう。こんな状態でウサちゃんパンチなんて出来るわけない。
アスセーナちゃんも遊んでないで、さっさと終わらせてくれたらよかったのに。なんて傲慢なことはいくらアスセーナちゃん相手でも言えない。魔法ってここまで出来るのか、こりゃ天才だと見せつけてくれる。
「クククッ……どうだ、凡人ども。もはや手も足も出す気にならんだろう」
「いよっ! 天才!」
「今頃、気づいたところで遅い。魔界の魔族イフリート……その業火を一度放てば、数百年は地表を焼くと言われている。本物にはわずかに及ばないが、限りなく近づいていると確実に言えるな」
「さすがっ!」
「現実を目の当たりにして持ち上げたところで遅いと言っている」
別に持ち上げてないんだけど、勝手にいい気になられた。こういう奴って多分、プライドさえ傷つけなければ扱いやすくて楽なんだろうな。そんな分析はどうでもいいとして、イフリートさんが燃え猛ってる。くるぞ、くるぞ。
「はぁぁっ!」
「逃げます」
格闘戦を仕掛けてきやがった。しかも私には目もくれずにアスセーナちゃんに、炎のパンチと蹴り。それが放たれるたびに熱風がくる。このままだと、暑さでやられてしまう。アスセーナちゃんは暑さをものともしてないように見えて、かろやかにかわしていた。
「どうだ! 取り込んで魔法剣にでもするか?」
「ちょっと厳しいですねー」
「ならば、己の凡人っぷりを自覚しながら死ね!」
アンガスが両腕を突き出して、炎の竜巻を放つ。熱風が強くなって、布団君に乗って緊急退避。炎の竜巻はアスセーナちゃんを飲み込み、街の建物にも直撃した。風圧だけで瓦礫になり、焼けて溶けてひどい有様だ。こいつ、こいつ。ここをどこだと思ってるのさ。
「フハハハハッ! どうだぁ! これが俺の本当の実力だぁ! ヒャハッ!」
「さすがにこれは危ないですね……」
「はぁん?!」
服が少し焦げている程度で、アスセーナちゃんが剣を構えたまま立っていた。どういう原理で生きてるのかもわからない。
「パリィでも完全には防ぎきれませんでした」
「しぶとい奴だ。だがもう一撃、二撃となればどうだ? 加えてお前の攻撃は、炎の体となった俺には無効だろう」
「いやー、アンガスって言ったっけ? 本当に天才だね」
わざと大きな拍手をして称えてやってる。また炎の竜巻を放とうとしていたアンガスが、ちらりと見てくれた。本当に褒めれば聞いてくれるんだね。
「努力しても、あんたほど魔法を扱える人もあまりいないでしょ。魔術師の中には嫉妬に狂った人もいるんだろうね。すごいよ」
「凡人の呻きが聴こえたこともあったな。そんな中、とある凡人にこう言ってやった。『お前には才能がある、10年は努力すればいい』ってな」
「へぇ、優しいじゃん」
「才覚の欠片もない凡人が10年も無駄にするのは見ていて気分がいい。まぁさすがに5年程度で協会を去ったがな。いい歳こいた奴が仲間に励まされて涙流して顔をぐしゃぐしゃにしてるんだぜ? 笑いを堪えてやるのが大変だったよ」
「天才はそうやって簡単に見下して気持ちよくなれるんだ。私なんかさ、何の才能もないし努力とは無縁だからさ。そういうエリート連中の諍いだとか苦悩はわからないんだよね」
「フッククククッ! そうだろう、そうだろうなぁ」
心底、おかしそうにケタケタと笑い始めて止まらなくなってる。だけど残念だ。私はそういうエリート層を遠くから眺めて、大変そうだなとしか思えない。
こんな事を言ったら怒られるだろうけど、そのエリート層見物も私にとっては娯楽でしかない。天才が自分より下の人間を見下せるなら、私が楽しんでも問題ないはずだ。
「凡人、身の程を弁えたのならば改めて譲歩してやらんでもないぞ」
「天才ってさ。自分よりも下だと思ってる相手に負けたらどう思うのかな」
「あ?」
「私は凡人ですらないよ。何年も学ばず働かず、自分が好きなことだけをして生きてきたからね。自分を律して磨くとかいう、普通の人が出来ることすら出来ない」
「さっきから何が言いたい? お前が無能すぎて俺に嫉妬しているのはもう十分わかったんだが?」
「ツクモちゃん。ちょっと触っていい?」
呆然としていたツクモちゃんの脇を抱えたら、ひゃんってなった。そのまま布団に乗せてお座りさせる。
「はい。それでは凡人どころか、戦いの基本さえ知らない凡人未満が適当に戦いまーす」
「ハッ! 何をやるかと思えば……ナベル程度を倒したくらいで俺に敵うとでも?」
「天才と粋がって、自分が一番すごいと思ってる奴の鼻をへし折るのも楽しいかも」
「ぞ、ぞよ? 街が……?」
ぞよちゃんに触れたら、見えるわかるぞ。街全体どころか地下まで、すべてを把握できた。頭の中にそれらの情報が流れ込んできて、すぐに常識として定着してくれる。
さてと、まずは彼らのお怒りに触れてもらいましょうか。凡人の呻きもいいけど、物言わぬ物達の声も格別だろうね。
「お客様、ご注文は何になさいますか?」
「当宿には旬の食材を活かした料理をご用意しています」
「散髪ならば、ぜひうちの理髪店へ!」
「なんだ? こいつら……」
わらわらと物霊達がやってくる。人の形をしているけど天才君には関係ないから、当然攻撃態勢に入るわけで。
「ナベルでなくとも、アンデッドなど俺の敵ではない! 炎高位魔法!」
「火加減はそのくらいですか」
「な、にっ……!」
レストランのおじさんが大きなフライパンに姿を変える。 炎高位魔法がフライパンの底に命中して、まるで料理でも始まるみたいだ。フライパンがゆらりゆらりと揺れて、炎の感触でも楽しんでるみたい。
「少し火加減が足りませんね。もう少し強くお願いします」
「な、なんだとぉぉ! 俺の魔法で足りんだと!」
「お客様、お召し物をお預かりします」
「何をする、このババア! ほ、炎が……!」
宿のおばさんがアンガスの後ろに立って、炎の体に手を突っ込む。そして炎をはぎ取り始めた。
「魔力が、魔力が! クソッ! 死ねぇババア! 炎高位魔法!」
「こちらもお預かりすればよろしいのですね」
「うおあぁぁぁ!」
腕を炎の刃に変えて斬りかかったものの、それすらも両手で抑えられてしまった。しかもなぜか腕を動かせない。これでアンガスはこの場から動けなくなってしまった。
「お客さん、ずいぶんと髪が伸びてるね。少しさっぱりしようか」
「あぁぁぁ今度は何だぁぁ! 勝手に髪をいじるなぁ!」
理髪店のおじいさんがハサミで雑にアンガスの赤い髪を切り始めた。しかも水もないのに、頭を洗い出してるから意味がわからない。アンガスの頭をガッシリと掴んで上下左右にゴリゴリと回してる。
「いてぇぇいでぇぇ! 何すんだぁ! いでぇ!」
「かゆいところはねぇか? この後、マッサージもしてやっからな!」
「離せというのがわからんのか! ていうかなんで俺の魔法が効かないぃ! ギャアアァァッ!」
「肩を揉んでやっからなぁ」
「折れる砕けるやめろぉぉ!」
散々なサービスだ。おじさんのフライパン化はツクモちゃんを真似てみた。口がついたソファーが襲ってきた時に思いついたやつだ。物が本来の形から遠ざかった姿になるのは、それに眠る意思の具現化みたいなものだと思ってる。おじさんの場合は料理に関連した調理器具になれるんだな。こればっかりは私が決められない。その物次第だ。
「あそこにお客さんがいるぞ」
「どれ、丁重にもてなそう」
「オラの農園で取れた作物はどうだぁ?」
「ひ、ひぃぃ……もうやめてくれ……」
街中の人達のサービスはこれからだ。あのおいしそうな作物を大量に食べさせてくれるし、その後は街の名物っぽい踊りか。踊り子さん達が力尽きるまで躍らせてくれるよ。
「ク……ソ……おれ、天才だ、こんな、ありえ、ない」
「ところでアンガスさん。私からもサービスがあるんだよね」
「いら、な、い……やめろ……」
「ダメです」
アンガスが立っている地面が隆起して、配管が出てくる。街の下を通っているやつだ。ばっくりと裂けて、そこから水が噴き出した。炎の体に容赦なく水を浴びせ続けてやる。弱っている今なら、効果も抜群なはず。
「あぶぶぶやめやめんれん……」
「だいぶ鎮火してきたね。体が火事になってたから、消してあげる。あれ、本当に消えた」
「魔力切れですね。こうなっては魔術師もただの人です」
「有限なら、余裕ぶっこいてる暇なんてないでしょうに。このアンガス野郎め」
水をしこたま浴びせられたアンガスは元の状態に戻っていた。半ば気絶しかけて、膝をついてふらふらしている。そこへアスセーナちゃんが片手を炎に変えていた。あれ、もしかしてやっちゃいました?
「出来ました! これが炎魔化ですね!」
「な……ん、だ……と……」
「ずっと観察してたんですよ。これがなかなか難しくて……しかも片手で維持が難しいですし、魔力の消費も激しいです。強力ですが、ここぞという短期決戦向けですね」
「バカ、な……おれ……6年以上……かけた……」
「そうなんですか? もしかして私、やっちゃいました?」
私と同調するんじゃない。このアンガス、プライドも何もズタボロだ。かわいそうだから、止めにしよう。ツクモちゃんを通して私がこの街の一撃をくらわしてやる。
家々が、街の風車が、列車君が一つになって巨人になる。私の場合、列車君を腕に集めてパンチ力を向上させてみた。ツクモちゃんの時よりもセンスあるはず。
「あ、あぁ、あ……」
目をパチパチとさせて、アンガスがいよいよ観念したみたいだ。尻餅をついて、巨人を見上げるだけ。もう逃げられもしない。
「戦いに必要なのは質でも量でもない。質量だよ」
「や、やめっ……俺が悪かっ」
「列車パンチ!」
アンガスがなんか言おうとする前に、列車の速度のパンチが直撃。ずずん、と地面にめり込んだ列車の腕だけがそびえたつように見えた。これはさすがに死んだかもしれない。でも後悔はしない。冒険者を続けていれば、こんなこともあるさ。多分。
◆ ティカ 記録 ◆
魔術師アンガス 己の才におぼれ 何も見えなくなっていたようダ
どれだけの力があろうと 扱うものの 心が貧弱であれば
明後日の方向へ 向かウ
実力では マスターをも 脅かす存在だったから 内心 焦りがあっタ
しかし ここが 戦いの場だった時点で 勝負は ついていたのかもしれなイ
ツクモさんと 出会ったことで マスターの力が より精錬されたようで 何よリ
それにしても 想像以上の力で 僕自身もまた 力の高まりを 感じル
引き続き 記録を 継続
「はぁ……はぁ……ダメ、ちょっと走っただけで脇腹痛すぎて泣ける」
「マスターがスウェットを脱いで運動を始めるなんて……」
「スウェットのありがたみと他の人達の苦労を噛みしめつつ、また着るのが格別なんだよね」
「そこで、これじゃダメだとならないのがモノネさんなのよね……」




