悪いエクソシストを討伐しよう
◆ ツクモポリスの街 ◆
「さてと、手ごわそうだけどボチボチ戦いますか……ティカ?」
「す、すみませン……あのナベルという男の浄域……少なからず僕にもダメージがありまス……」
ティカが地面に倒れていた。ひとまずは両手で拾って布団に乗せる。普通の玩具みたいに動かなくなっていて、今にも喋ることすら出来なくなりそう。生き物じゃないから呼吸を荒げたりしないけど、苦しみは伝わってきた。エクソシストか。クソって入ってるだけあるな。
「アスセーナちゃん。私はあのエクソシストをぶちのめすからそっちの自称天才君をお願い」
「わかりました。あちらのほうが面白そうなので、助かりましたよ」
面白そうって何。戦いで喜びを感じちゃうタイプかな。まぁアスセーナちゃんだから、別に不思議でも何でもないけど。そんな私達を天才アンガスが炎を蛇みたいに操りながら、見守ってくれていた。
「ナベル。すぐに終わらせろよ」
「大魔術師バーファの御霊が囁く……あの娘は危険だ、早く浄化を急がねば……」
涙が止まらないナベルに向かって跳躍。魔法が得意みたいだけど、接近戦ならどうかな。飛び蹴りが胸にヒット、これでぶっ飛ばせ――なかった。胸を抑えてはいるものの、倒れずに踏ん張っている。
「ありゃ? 魔術師って頑丈なんだ?」
「無学、浅学! エクソシストが耐霊以外の術を持たぬという先入観! 今までの人生において何を学んできたのか……哀れ」
「それについては否定しないけどさ」
これはゴブリンキングもやってた強化魔法かな。いや、それだけじゃない。私自身の動きも鈍いな。そうか、ティカが動けなくなったならこのスウェットと布団も同じか。まずい、意外とまずい。実は天敵かもしれない。
「……ヒール」
「回復魔法!? 治癒師でもないのに……」
「エクソシストになれる条件の一つが、最低限の治癒魔法だというのに……その程度の知識すらないとは、哀れすぎる……」
しかもちょっとやそっとのダメージなら、回復されてしまう。そうこう驚いているうちに、あいつの本がまたパラパラとめくれる。これ以上、何かさせてたまるか。すかさず格闘戦をしかけつつ、布団君から矢を放つ。
「ぐっ! うぅっ……!」
「効いているね。矢君、止め……あ、ダメだ。落ちた」
矢がナベルの背後に刺さる直前、地面に落ちた。そして私もあいつから弾き飛ばされる。受け身をとってナベルを正面から見据えると、あいつが立っている地面から光の柱が出ていた。
「光高位魔法。あらゆる障害が私から取り除かれる」
「無敵じゃん」
「大丈夫ですよ! ナベルはその場所から動けない上に持続時間もあります! 魔力も消費します!」
「アドバイスどうも」
「おのれ、おのれぇ……」
また泣いてる。これは本当に悔しくて泣いてそう。でもこれで私は逃げ回らざるを得なくなった。考えてみたらあいつはティカ達を祓えればいいわけで、私に勝つ必要もない。つまり時間稼ぎで事足りるわけだ。あの場所から動けないけど無敵、ねぇ。じゃあ、これはどうかな。
「必殺! 無走!」
「無駄だというのに……哀れぇあっ?!」
余裕かましてるところで私はあいつの足元に無双を放つ。地面がえぐれて、あいつの足場が大きく揺れてナベルが姿勢を維持している。二回、三回目であいつはあらゆる障害から守られなくなった。あいつを守っていた光の柱だけがポツンとそこに残されている。転んで倒れたところを、間髪入れずにかかと落とし。
「ぎょぶふっ……こ、小娘ェ! ヒー……」
「ルはダメね」
マウントポジションでの連続ウサパンチに耐えられるかな。殴れば殴るほど顔が変形していく。強化魔法をもってしても、この猛攻には耐えられなかったみたいだ。パンパンに腫れあがった顔は、元のサイズよりも大きくなっている。
「や、やめ……」
「浄域展開をやめないと殺す」
「ハッタリを……ぎゃぁぁっ!」
こう見えても私は怒っているんだ。そりゃイヤーギロチンも発動する。伸びて太ももにそれぞれ突き刺し、苦痛を与えるのをやめない。
「ヒー……」
「ルしたら切断するから。さすがにそこまでやられたら、ヒールでも戻らないでしょ」
「私を、私を殺せるのか……子どもの分際で……人を手にかけられるわけがなひ……」
「どうだろ。確かにちょっと抵抗あるけど、このままあんたを生かしていくデメリットを考えたらさぁ」
「ぎッ?! ギャッ!」
ずぶりとまた深く刺す。このままだと血が止まらなくて死ぬはず。ナベルは口をパクパクさせて何か言おうとしてるけど、言葉だけが出ていない。
「あんたと物霊達、どっちかが死ぬならねぇ」
「わかった、やめ、やめる……」
濁るような白い視界がフェードアウトして、元の夜の闇に戻っていく。ヒーヒー言いながら、ナベルは今度こそ本当の意味で泣いていた。
「やれば出来るじゃん」
「じゃあ、助け」
「るわけないんだよねぇ」
「?!?!!」
太ももから抜いたイヤーギロチンが勢いよく首を狙う。寸止めしたところで、ナベルは完全に失神していた。ちょっと待って、こいつお漏らししてる。きたなっ! すぐにどけよう。
「やりすぎたかな」
「マスター……勝ったのですネ」
「お、無事だったね。よかったよかった」
「マスターと離ればなれにならなくてよかったデス……それが怖くて、怖くテ……」
「よしよし、しばらく休んでなさい。布団、あったかいよ」
泣けないけど、泣いている。顔を枕に押し付けて、鳴き声を押し殺す仕草なんて人間そっくりだ。ここまでティカを震え上がらせたんだから、やっぱり殺しておくべきかもしれない。などと、あそこでお漏らししたまま倒れているエクソシストを見てほくそ笑んだ。
「炎中位魔法!」
「あ……!」
アスセーナちゃんと交戦中の天才が魔法で狙った先は、動きを止めて横転してる列車君だ。アスセーナちゃんともあろう方が、あらぬ方向に撃たせてしまったか。だけど間に合ってよかった。動き出した列車君が寸前のところで車体をトンネルみたいに折り曲げて、炎の球をかわす。
「チッ……! ナベル! なぜ浄域を解除した! ナベル?」
「ここでおしっこ漏らしてのびてます」
「バカが……これだから、エクソシストなんぞ足手まといなんだよ!」
「やっぱり仲間とも思ってなかったかー」
今更、こんな奴に仲間でしょなんて叫ぶ気はない。わかりきってたことだ。前髪をかきむしってイライラしてるところを見ると、自分の戦況もよろしくないみたいだ。アスセーナちゃんが剣に炎を絡みつかせて、ちょっと踊ってる。何してんの。
「俺の魔法がなぜことごとく……!」
「それよりあなた、今あの列車を狙いました?」
「行方不明の奴らなんぞ、結果には不要だ。死んでもらわねば、いらん事を口走るだろうからな」
「そいつ……"災火"のアンガスは人質もろとも、立て籠った盗賊達を皆殺しにしたんだ! 過激派はそんなやり口ばっかりなんだ!」
列車の窓から顔を出した冒険者の一人が、大声で天才の悪行をばらしてくれた。当の本人は意にも介さず、アスセーナちゃんだけを睨んでいる。
「見下げた人ですね」
「それがどうした。凡人はすぐに倫理や過程がどうとかほざく。天才は結果こそが重要だと理解しているから、そんなものには拘らん」
「そうではなくて、盗賊だけ殺す方法なんていくらでもあるのに……思いつかなかったんですねぇ」
「そんなものがあったとしても、不要だと言ってるのだッ! 炎中位魔法!」
アンガスの前に炎の壁が燃え立ち、アスセーナちゃんと自分を遮断した。バチバチと燃える炎が広がり、街中に走り伸びようとしてる。あくまで無差別攻撃か。
「ですから無駄だと学びましょう。魔法剣っ!」
アスセーナちゃんが伸びる炎の壁に追いつき、それに剣を突き入れるとみるみるうちに鎮火されていく。炎を取り込んだかのように剣は一層、激しく燃え揺らいでいた。
「魔法剣……何故、そんなもので俺の魔法を取り込める!」
「魔法剣は剣に魔法を宿すのだから、理論的には可能でしょう。あ、ちなみに魔法剣は使い手の方を見て覚えました。私って天才ですよね?」
「天才は俺だぁ! 炎高位魔法ッ!」
「ですから、同じ結果なんですよ」
アンガスの魔法が発動。とてつもない魔法が来るかと思いきや、アスセーナちゃんが剣を振ったと同時に不発。その剣はまだ炎を纏っている。異次元すぎて解説されても多分わからない。
「お、俺の魔法が俺の魔法で、だと……!」
「この魔法剣がまとっている炎はすでにあなたの魔法ではないのです。ですからコントロールできないのは当然ですよ」
「オレは天才なんだぞッ! オレはッ! 天才なんだぞッッ!」
「努力しましょう」
「努力だと? そんなものは凡人を奮い立たせて時間を浪費させるための方便だろう! この俺に向かって努力などとぉッ!」
私に向かっていうべき言葉でもない。でも天才君は別の意味で努力を嫌っている。なるほど、出来すぎるとああいう思想になるのか。これはいろんなキャラを書く時の参考になるかな。ならないかな。
「こうなったら真の天才にしか出来ん究極魔法を見せてやろう……! はぁぁっ!」
アンガス自身が発火して、炎のシルエットだけになる。グルグルと炎が腕や足に巻き付くように回転。頭は真っ赤、腕も胴体も足も真っ赤。さしずめ呼ぶなら炎人間か。炎の肩パットに炎の爪、背中からは炎の翼だ。これはただ事じゃない。
「これが炎系の最高位魔法の一つ……炎魔化だ」
「す、すごいですね。これはさすがに真似できません。悔しいです!」
「そう、努力してね」
その燃え盛る炎の悪魔はアスセーナちゃんすらも羨む仕上がりだ。絶対言わないけど、ちょっとかっこいい。
◆ ティカ 記録 ◆
浄域展開 あれは 僕達にも 効果があるのカ
アンデッドというカテゴリに 分類されるのは やや遺憾
僕達には 僕達の 意思があり 断じて 死んでなどいなイ
奴の定義で 僕達が アンデッドならば 必死に 生きてやろウ
奴に 失禁させるほどの 恐怖を与えた マスター
僕の 思い過ごしですが マスターならば 奴を殺そうと思えば 殺しタ
マスターは 普通の人間が 抱え込む ストレスを ほぼ抱えないイ
つまり 普通の人間が 躊躇することを やってのけて
それによる ストレスも すぐに雲散すル
今のところ 殺す気はないようですが マスターが
その覚悟をもって 実行するのであれば 僕もついていく
引き続き 記録を 継続
「モノネさん。あまり寝すぎると、夢魔にとりつかれますよ」
「やだ怖い」
「夢魔は寝ている人間を自分の悪夢へと誘います。一生目覚めることなく悪夢の世界に捕らわれるんです」
「それじゃ楽しい夢に変えられたら、幸せに眠り続けられるってことだね。おやすみ」
「妙なところでポジティブ……やはりモノネさんは面白いです」




