皆を帰そう
◆ ツクモポリスの街 ◆
「わらわが間違っていたぞよぉ! ぞよよ~! ぞよよ~!」
街の意思ちゃんことツクモポリスちゃんが泣き喚いて話が先へ進まない。なんて泣き方をしてるんだ。遠慮なく、ぞよぞよ言ってくれてるってことは心を開いてくれたと解釈する。
「あのね、ぞよちゃん。まずは行方不明者の開放をだね。それとも、まさか殺してないよね?」
「ぞよちゃん!?」
「じゃあ、ツクモちゃん。はやく囚われの身の方々を開放してほしいの」
「ぞよ」
その返事。地面からあの白く透明な手が出てきて、それに握られていた多数の方々がいた。あの3人の冒険者の他にも商人っぽい人や旅人、老若男女を網羅している。次々と透明の手が出てきたところで、どれだけいるのってくらいの人質が握られていた。中にははーたんまでいる。まさか、スズメちゃんが言ってた先輩ハーピィじゃ。
「これで全員ぞよ」
「生きてるよね。おーい」
「ん、ここは……」
一人、二人と起き上がる。どういう原理で捕らわれていたか知らないけど、外傷はなさそうだ。ざっと見て100人以上か。どれだけ誘い込んで拉致したのさ。冷静に考えたら、これで何のお咎めもなしって無理なんじゃないの。
「オレ達、あの宿に泊まってたはずじゃ……」
「あの微妙なレストランで食事していた記憶はあるんだが……」
「魔導列車で帰れるとかいうからついていったところまでは覚えてる」
「皆さん、手短に話すので聞いて下さい」
すかさずアスセーナちゃんのフォローが入る。こういう時は頼りになるな。目覚めたところで、わけのわからないウサギファイターが立っていたら犯人扱いも免れない。
アスセーナちゃんが手短かつ正確に説明し終えたところで、皆が黙り込む。そりゃいくら何でも、この状況をすぐに受け入れられるわけがない。
「忘れられた彷徨う街だと……」
「生きていたからよかったものの、この街で何日も足止めをくらったんだぞ」
「そうだ。無事だったから、腹の虫をおさめろと?」
「殺されていたかもしれんのだぞ!」
「損失などの補填についてはこちらで何とかします。腹の虫以外ならば、私に任せてください」
アスセーナちゃんが深々と頭を下げている。彼女にだけそこまでさせるのは忍びない。ツクモちゃんの頭を押さえて、私達も一緒に謝った。続けてイルシャちゃんもレリィちゃんも。
「そうはいっても、こんな危険な街を見逃せたってなぁ」
「そもそも信じられるかよ。アスセーナさん、あんたが有名な冒険者か何か知らないがそいつの手先なんじゃないのか?」
「はい、わかった。皆さんは無事に元の場所に帰します。ここについて何を言っても私は知ったこっちゃありません」
「モノネさん?」
もうめんどくさい。損失は補填する、謝罪もした。こっちが出来ることはやったんだ。あとはこの人達が許そうが許すまいが、実のところどうでもいい。あのアスセーナちゃんが頭まで下げたんだ。疑うのはしょうがないけど、それを踏みにじるような発言も許せないしどうでもいい。
「開き直るのかよ」
「それじゃ、ツクモちゃん。できるよね?」
「ぞよ……ぞよ?! 干渉するのは何者か!」
「はい?」
その直後、爆音が耳を貫き。突風が私達を押し揺らす。転倒する人が続出する中、冷静でいられたのはわずか二人。アスセーナちゃんはすぐに捕らえられていた人達の前に出る。ツクモちゃんも物霊達と一緒に皆を囲んだ。
「ツクモちゃん、ここへの侵入者の特徴は?」
「ロ、ローブを羽織った二人ぞよ……胸に悪魔みたいなマークがついていて……とてつもない力を感じるぞよ……」
二人はすでに今のが誰かの攻撃だと認識していた。ツクモちゃんはなんとなく当然として、アスセーナちゃんの理解と対応が早すぎる。ここっていわば別の世界みたいなものだし、つまりは勝手に入ってきたってことかな。
「悪魔のマーク……思い当たるのは魔術協会の過激派ですね。失踪事件に彼らが乗り出してくるとは……」
「そのアボロって何なの?」
「魔術協会の中でも魔術師本位の思想が強く、それを知らしめて世界までも変えようと考える一派です。あまりに礼のないやり方で各国からの批判も絶えません」
「一派にろくなのいない!」
「彼らが好んで記している悪魔のマーク……。かつて最強と呼ばれた魔族からとっていまして、つまりはそれほど恐ろしくて実行力があると誇示しているのでしょうね」
「私の中で魔術協会に対するイメージが低下しまくってる」
そしてこのアスセーナちゃんの警戒っぷりだ。相手が話の通じない相手だと想定している。文字通り、悪魔みたいな奴らなら面倒だし厄介だしもうホント何なの。
「魔術協会が俺達を助けに来てくれたってことか?」
「だったら願ってもない!」
「でも魔術協会のアボロって聞いたことがあるぞ……。あの話が本当だとしたら」
「む? これはどうした事だ」
ゆらりとローブを翻し、二人の魔術師が私達の前に現れた。一人のイケメン風の赤髪は片手に炎を纏わせて、もう一人のやせ型の男は十字架が記された本を開いて持っている。空気中からチリチリと聴こえる音は、赤髪男の炎のせいかな。だとしたら、魔術師の怖さをなんとなくわかった気がした。
「そこにいるのは行方不明者達か?」
「そうです。これから彼らを元の場所に帰すつもりです。失踪事件はおおよそ解決しました」
「ナベル、あれは見たことがあるぞ。確かアスセーナとかいうシルバークラスの冒険者だったな」
「そうだな、アンガス。……つまり、我々はすでに必要ないというわけか……な、なんということだ……ううっ!」
アスセーナちゃんをアレ呼ばわりした上に、会話すらしない。ナベルと呼ばれた男は涙を腕で拭いている。またですか。また傍若無人な二人組ですか。
「ふぅーむ……これは困ったぞ。俺達の成果がまったくない」
「でしたら、これから」
「よし、こうしよう! 俺は一つ、お前らに譲歩してやろう。いいか、この天才と謳われた"災火"のアンガスが譲歩するのだ。滅多にないことだぞ。この事件は俺達が解決したことにしてやる。お前達はそうだな……サポートをしたということでどうだ?! いい案だろう!」
目を輝かせて、さも名案かのようにまくしたてやがってる。アスセーナちゃんが下手に出ているというのに、ここまでくると清々しい。わけあるか。何を食べて育ったら、こうなるのさ。ここでアスセーナちゃんが私に目配せをしてくる。なるほど、なんとなくわかりましたよ。
「ツクモちゃん、この人達を先に帰してあげて。絶対、話がこじれるからさ。もちろん、イルシャちゃんとレリィちゃんもね」
「わかったぞよ」
いくつかの大きな透明な白い手が行方不明者達を握り包んだ。ふわりと優しく運んだ先は列車君のところだ。全員を乗せて、列車が動き出す。あいつら、私なんかには眼中にないからこんなやり取りをしていてもまったく気にしてない。
「どうだ? これ以上ない譲歩だろう?」
「この事件は私達が解決したので、ギルドには正確に報告します。それと天才ならば、譲歩の意味をきちんと知っておきましょう」
「……はて、これは何かの魔法かな? 恐ろしくおつむが弱い発言を聴いた気がするぞ?」
「この事件は私達が解決したので、ギルドには正確に報告します。それと天才ならば、譲歩の意味をきちんと知っておきましょう」
「このアンガスの譲歩に対して、なぁ……。シルバークラスの冒険者なら、マシな凡人だと思っていたがな。どうやら凡人に対する認識を改めねばならんようだ」
「この者達、つまりは命を投げ出すに等しいという事をまっったく理解していない! 哀れ! う、ううぅっ……!」
「うわっとぉ!」
咄嗟に飛びのいて正解だった。アンガスの体が真紅に包まれ、同時に放たれた熱は陽炎すらも作ってる。空気を焦がすかのようにチリチリという音が大きくなった。アスセーナちゃんは、この連中を説き伏せるのは不可能だと思ったんだろうな。そもそもさっきから言葉は通じてるけど、話が通じない。目線を合わせてこない連中とのコミュニケーションなんて不可能だ。だったらもう、ここはやるしかない。
「最後、そう。これが最後だ。返答次第で同時にお前らの最期となる。さすがに凡人でもわかるだろう。このアンガスの魔力を見せつけた上での譲歩だ。この事件は俺達が解決した。いいな?」
「この事件は私達が解決したので、ギルドには正確に報告します。それと天才ならば、譲歩の意味をきちんと知っておきましょう」
「アスセーナちゃん、何度いっても無駄だよ」
「天才なのにわからないのでしょうか。変ですね」
「凡人が」
炎が帯状になってアンガスを中心に放たれる。大きく距離をとらないと、近距離ですら熱でやられかねない。結果、あいつからだいぶ離れてしまった。いやいや、これが魔術師様ね。羨ましい。魔力値8の憧れだね、うん。
「俺の魔力値の総量は1000を超える。断言しよう、魔力値は絶対だ」
「アンガスを怒らせるとは……ならば、私はあちらの者達を何とかしよう……哀れ、あまりに哀れ……! 浄域展開ッ!」
ナベルの本のページが風にあおられたように激しくめくられ、夜なのに辺りが白く明るく光る。ガタンと音がした方向を向くと、列車が傾いて止まっていた。
「ぞよ! いう事を聞かないぞよ!」
「マッジで?」
「ふむ……効果が薄いな。どうやら一般的なアンデッドとは違うようだ……だが安心しなさい……その汚れた魂は、この私が必ず祓おう! 大魔術師バーファ様の御霊の導くままにッ!」
これは思ったより面倒な相手かもしれない。だけど私は今までになく奮起している。物霊達や皆を守ること。それとムカつくこいつらをボコボコにすること。何を祓うってさ。汚れた魂は、あんたのほうだよ。
◆ ティカ 記録 ◆
き 記録が うまく 保持できなイ
あの ナベルとかいう 人間のせいだと思われル
意識が 薄れていきそうダ
負けない 僕は マスターと まだまだ たくさん 過ごしたイ
引き続き なんとしてでも 記録を 継続
「すごい人を見るとさ、私も昔から頑張っていればなーとか思うじゃない?」
「そうね。努力が足りてなかったのかなと思うわ」
「そうは言うけど今からでも頑張ればいいのに何もしないで、きっと10年後くらいに同じこと言ってると思うんだよね」
「モノネさんはそうね」
「泣きそう」




