大切なものを思い出してもらおう
◆ ○×□△の街 町長の家 ◆
家の中の物が嵐のように飛び交って、さすがにかわすのもしんどくなってくる。私は物を傷つけないようにかわしてるけど、アスセーナちゃんは容赦なく斬りまくってた。別に責めないよ。うん。
「小癪め! ならば、これならどうだ!」
タンスやソファーが形を変え始める。タンスの引き出しに牙が生え、ソファーにも大きな裂け目が出来る。それが口だとわかった時には襲いかかってきた。これはさすがに厳しく対処しないとまずいかな。一方、アスセーナちゃんは一撃の元に斬り裂いてた。別にいいよ。うん。
「敵はこれだけではないぞ! そぉれ!」
足場の絨毯がずるりと動き、転んでしまった。まさか私がやられる立場になるとは。その隙に化け物になった鍋やフライパン、テーブルや椅子が一斉に迫る。
「物霊がこんなにも凶暴だなんてねぇ。それそれそれっ!」
片手をついて体を回転させて体勢を整えつつ、ハイタッチにワンタッチ。それぞれ一回ずつ触れて終わり。
「動くなッ!」
騒がしかった物達がピタリと止まって、床に音を立てて落ちていった。自分の支配か何かが及ばないのが悔しいのか、街の意思ちゃんがちょっと涙目になってる。やっぱりかわいい。
「こ、この程度で勝った気になるとはなっ……!」
「涙ふいて」
「こいつで止めだっ!」
家全体が揺らぎ、壁も床もぐにゃぐにゃになる。この街のすべてを操れるなら、こういう芸当も出来るわけね。と、感心してる場合じゃない。普通に押しつぶされそう。しかも至るところから牙が生えてきて、ダメ押し感がすごい。牙、好きだね。
「こーれーはーまずいっ! 私の言う事を聞かない!」
「どうだ、参ったか! これこそがわらわの力だ!」
「ファイアーエンチャント完了……ブレイズダンスッ!」
アスセーナちゃんが縦、横にそれぞれ一回転ずつ体を躍らせた。炎をまとった剣に切り裂かれた家が、ばっくりと複数に分離し始める。分離された家の斬り口が燃え盛り、無惨にも焼け落ちて外の空気を吸えた。
「あんまりに煩わしいので、少しだけ本気を出しちゃいました」
「アスセーナちゃん、魔法剣の使い手的なアレなの?」
「まさか。以前、見よう見まねでやってみたら出来ただけですよ」
「聞くだけ無駄だった」
「わ、わらわの、家、が……」
もう涙を堪えきれていない。ポロポロとこぼし始めた粒が頬を流れてた。さすがにこれ以上はいじめだと思う。アスセーナちゃんが容赦なさすぎた。助かったけどさ。
「ねぇ、あんたは要するにこの街が忘れられたのが悔しいんだよね? だったら協力してあげてもいいよ」
「信用できぬ! 人間はわらわを置いていなくなった!」
「そりゃ寿命もあるからね」
「それだけではない! あれだけ期待をかけていた人間の王もどこ吹く風か、見向きもしなくなった! 人間は自らの益にならぬと判断すれば、すぐに切り捨てる! 人も物もすべてな!」
「私だけが綺麗な人間だなんて言わないよ。あんたが失踪事件の黒幕なら、相応に対処しなきゃいけなくなる。駄々こねて人に迷惑をかけても先はないでしょ」
「うるさいうるさいうるさい! 次こそ、わらわの最大の力で葬ってくれる!」
まだやるんかい。さっきのはちょっとやばかったし、これ以上怒らせて本気を出させるメリットがなかった。私はこの子を殺したくない。というか多分、殺せない。さっきの3人の冒険者は町長の物霊を斬り殺したとかいってるけど、殺せてない。
少なくとも物霊は私達が知っている攻撃じゃ殺せないから、尚更これ以上の戦いは無駄だ。だけどそれを素直に言ったところで、つけあがるだけ。この果てしなく無駄な戦いをどう終結させればよいものか。
「この街のすべてをわらわに……!」
「家が集まってくる! あ! 列車君も!」
「言ったであろう! この街はわらわ自身、すべてが思いのままなのだ!」
街の意思ちゃんに街の建物を始めとしたあらゆる物が集まっている。それがパズルでも組み替えるみたいにして形を変形させた。列車君が腕や足になり、左に井戸で右手に煙突。胴体には街の門が張り付いている。頭には一軒家がそのまま乗っかっていた。窓とドアが目と口に見える。なにこれ、かっこいい。
「これぞ、我が究極形態よ! 名付けて……なづけて……」
「街の名前からもじればいいんじゃないの? アスセナリオンとかさ」
「なぜ私の名前で例えたんですか?」
「街の、名前……」
「……やっぱりわかんないのか」
「なぜ私の名前で?」
「頼むから空気読んで黙って謝るから」
これも疑問に思っていたことだ。なんでどこからも街の名前が読み取れないのか。物霊達の口からも聞き取れないのか。街の意思ちゃんが覚えてないんだから当然だ。
「自分の名前も忘れちゃってるでしょ。忘れてほしくないなら、まず思い出しなさい」
「な、名前なんてどうでもよいのだ! くらえ、煙突放射!」
「そのまんまぁ!」
右手の煙突から煙と共に炎が放たれた。直前で全員を布団に乗せて空に退避。地上を覆う熱量からして、威力は本物だ。自分で自分の街を焼いちゃうくらいだし、こりゃ完全に我を見失ってるな。
「逃げたところで無駄だ! くらえっ! 井戸鉄砲水!」
「来ると思った」
煙突から炎が出るなら、井戸からは水が出る。それを見越した上で地上をなぞるように布団で高速移動。熱い炎に当たらないように抜けた後は、井戸鉄砲水がそれを鎮火させた。火の不始末は危ないからね。
「き、汚い真似を!」
「自分の大切な街を自分で傷つけてどうするのさ」
「ならば、これは――」
「いい加減にしましょウ」
私達の前に躍り出たティカが、事前にチャージしておいた魔導胞をぶっ放した。どてっ腹を撃ち抜かれて、胴体に風穴が空く。今の一撃でバランスを崩したのか、巨大街人間みたいなのが盛大にすっ転んだ。もうめちゃくちゃだよ。
「ん、んぎぎー! おのれぇ! 人形細工めぇ! 貴様も物霊の類であろう! 何故、そちらに味方をする!」
「マスターは僕に意思を与えて下さりましタ。マスターがいなければ、今の僕は存在できていませン。あなたも同じでしょウ」
「わらわが貴様と同じだと?」
「あなたを……街を作ったのは誰ですカ?」
「……ッ!? わ、わらわを作ったものは……」
ティカが沈黙していたのは、出来るだけ攻撃したくなかったからか。私もなるべく傷つけたくなかったからね。いくら再生するからといっても、平然と傷つける気にはなれない。布団に乗ったまま、倒れた意思ちゃんに近づく。手の平でそっと触れると、情報が一気に流れ込んできた。
――この街の名が正式に決定しました。それでは発表しましょう! ツクモポリスです!
――ツクモポリス?
――それはまぁ……作ろう暮らしをもっと、当初のスローガンの略称なだけですな
――安直だなぁ
――呼び続けているうちに愛着も沸くさ、大切なのは名前だけじゃないからな
「ツクモ……ポリス」
意思ちゃんこと、ツクモポリスちゃんが頭をぶん殴られた直後みたいにフラフラしている。お尻から地面に落ちてもまだボーッとしてた。
「思い出したみたいだね。あんたを生んだのは、あんたが憎んでいる人間なんだよ。憎しみを捨てろとは言わないけどさ。はき違えるのはよくないんじゃないかな」
「そうだ……何もない場所に家が一つ、二つ……最初に作られたのが町長の家だった……」
「ここまで大きくしたのも人間だからね。これから何かを作るのも人間。だからちょっと頭冷やせ」
「ひゃいっ?!」
ツクモポリスちゃんの頭に触れて、そう命じてみた。さっきまで暴れ狂っていたのに、本当に大人しくなったな。そこへ街中から人が集まってくる。正しくは人の真似事をした物霊だ。
「ツクモポリス、思い出しましたぞ。私らを作った人間達……懐かしい」
「フンッ、遠い昔のことなんざなぁ……」
「ワシの家主はおいしい料理を作ろうと一生懸命だったなぁ」
「宿も毎日、掃除して気持ちよく利用してもらえるようにしてたっけねぇ」
町長、偏屈じいさん、レストランのおじさんに宿のおばさん。他にもたくさんの物霊が我に返ったみたいだ。自分達が物霊だと認識できたのかもしれない。今までは本当に自分を人間だと思い込んでいたのかな。
「わらわは……人間が好きだった……それなのに……」
「はい、後悔はしてもいいけど引きずらない。これからのことは私が協力すると改めて主張する」
「貴様がか……」
「レストランの物霊さんも、やる気があるなら私が一から料理を仕込んであげるわ」
「……君はそういえば口うるさく怒っていたなぁ。料理人だったか」
物霊達が心を開いていくのがわかる。心なしか、街全体が生気に満ちたような雰囲気だ。あの辛気臭い雰囲気はもうどこにもない。
「わらわ、わらわは……まだ、愛されてよいのか?」
「愛されたいなら、愛されるべき存在になるよう努力しよう。努力……うぇっぷ……」
「どうかしたぞよ?」
「気にしないで下さい。自分と無縁な単語を口にして拒絶反応を起こしただけですから」
「と、とにかく。まずやるべきことはたくさんあるけど、まず何より優先してもらいたいことがある」
失踪事件の原因がこの街なら、行方不明者の安否を確認しなきゃいけない。私はツクモポリスちゃんを改めて見つめて――
「えぇ、わかっておりますよ。お帰りですかぁ?」
「それやめて」
そうじゃない。引っ込んでろ。
◆ ティカ 記録 ◆
ツクモポリス この名に恥じない街に なりたかったという気持ち
それを 思い出してもらえれば 僕は満足デス
マスターが 一度も 攻撃しなかったので 僕も 見習っタ
恐ろしい力ですが ツクモポリスは まだ未熟で いわば 幼体
100年の歳月は 成長するには 十分ですが 精神が 育っていなイ
ですが そんなものは これから育めば よいのデス
このツクモポリス とても 大きな力に なる予感があル
引き続き 記録を 継続
「いたっ! 紙で手を切っちゃった……」
「モノネさんでも、そういうことあるのね」
「そりゃあるよ。不注意だもの」
「それは果たして本当に不注意かな?」
「逆襲するな」




