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少女の店を救おう

◆ 定食屋 "炎龍" ◆


 あれから寝てしまったらしく、起きた時にはイルシャちゃんの部屋にいた。布団ごと移動させてくれたのかな。もう恥ずかしくて恥ずかしくて。


「ごちそうさん」

「ありがとございましたぁ! またのお越しをお待ちしております!」


「「「「お待ちしております!」」」」


 この店はイルシャちゃんとお母さんだけで切り盛りしている。ログハウスみたいな店内は豪華さはないけど、ほっと一息つけそうな優しい雰囲気だ。

 客入りはまぁまぁ、今お金を払って帰っていった人を除いて5人か。感想としてはバーストボア討伐はやっぱり割高な依頼だったんじゃないかなと思える。


「モノネさんにはボア骨メンをご馳走するね」

「あ、ありがとう」


 お腹が空いてたはずなんだけど、気が進まない理由があった。これは今作ってるボア骨メンの匂いかな。なんというか、個性的な匂いだ。シンプルにいうと臭い。


「いやー、ボア骨メンを楽しみにしていたんだよ」

「早くすすりたいなぁ!」


 お客さんは平気な顔をしているどころか、ニコニコして待ち望んでいる。出来れば他のメニューにしてほしいけど、今更変更してほしいとは言えない。獣臭さが抜け切れてない匂いが鼻腔に侵入してきてつらい。


「お嬢ちゃん、臭いだろう?」

「え、そんな事は」

「いいの、いいの。慣れないとただの悪臭だからね。でも食べてみればわかるよ」

「おいしいんですか」

「病みつきになるね。食材の入手がもう少し簡単に手に入ったら、この街で大流行りするだろうに」


バーストボアの討伐適正戦闘Lvは7。そこまで高くはないけど、ここら辺だと誰にでも狩れるほどでもないという絶妙な強さらしい。だから基本的にはパーティ戦になるから、依頼料も跳ね上がる。

 それを聞いて、ますますジャンとチャックが無駄だったなと思った。最初から私一人でいけばよかったな。あ、でも道案内くらいには役に立ったか。


「はい、お待たせ! ボア骨メンをお持ちしました!」

「きたぁぁ! 早速……んんっ! んまぁぁぁい! はふはふ!」

「ズズズズズ! どれ、スープも……はぁぁぁ! これよ、これ!」


 すごい、あの匂いを物ともせずにすすってる。それどころか途中から無言で一心不乱に食べ続けていた。


「モノネさんもどうぞ!」

「どうも……」


 この臭い、顔をそむけたくなる。失礼だからそれは全力でとどまったけど、これを口にしなきゃいけないのか。ええい、これが終わったらまたぐっすり眠れる。その前の試練だと思えばいい。どれ。


「……おいしい」


 獣臭さなんてどこにもなかった。しょっぱさと香ばしさがトレンドされていて、油っぽくて濃厚でとろみのあるスープの満足感。そんなスープがからんだメン。

 熱々でなかなか口に入れにくいのがじれったい、ええい早く味わいたいのに。そんな中毒性すらある。スープしょっぱい、おいしいけどしょっぱい。でも飲んじゃう。


「こんな料理があったなんて知らなかった!」

「でしょ? 臭いで避ける人が多いのが難点かな。だから嫌な顔をしているモノネさんでも、食べてもらえれば絶対気に入ってくれると思ったの」


 バレてたのか。ううん、確かにおいしい。結局、スープまで一滴残らず飲んでしまった。

 だけどこの臭いのせいで他の料理を味わいにきたお客さんが逃げそう。これ単体ならいいけど、ちょっと他とは食い合わせが悪いかも。


「昔、うちはメン一筋だったんだけどね。最近はいろんなメニューを出すようになったのよ」

「そうだったんだ。でもこれ一つだけでやっていけそうなおいしさだよ」

「そう、かな?」


 イルシャが自信なさげに指で頬をかく。お母さんのほうを見ると、スープを味見しては浮かない顔をしていた。何か変だな。こんなにおいしいのに何が不満なんだろう。


「んん、ごちそうさん」

「ありがとうございま……」

「お金、きっちりおいておくから」


 店の隅でボア骨メンを食べていたおじさんが、素っ気なくお金をカウンターに置いて出ていく。器には大量にボア骨メンが残っている。

 イルシャが固まった理由がわかった。がんばって作ったものを残されていい気分にはならない。そんなあの子の静かに食器を片付ける姿が物悲しすぎる。


「……やっぱりわかる人にはわかっちゃうんだね、お母さん」

「仕方ないわよ。調理担当はほとんどお父さんだったもの」

「でも、小さい頃からパパが作ってるところを見てたもん。完璧に作ったはずなのに何が違うんだろう……」

「昔からの常連のお客さんを満足させられなくてもしょうがないわ」


 今の会話から察するに、これでもまだ不完全だと。昔はこれよりおいしかったと。惜しい人を亡くしてしまった。

 ボア骨メン以外のメンも気になるけど、それを聞いたらまずはボア骨メン完全体を食べてみたい。でも困った事に私は料理なんて出来ない。プロのあの二人でさえお手上げなのに、力になれるはずがなかった。


「お父さんの調理器具もだいぶ古びてきたね。新しいのに変えようか?」

「それだけはダメ!」

「でも、いつまでも残しておいても……」

「残しておいても問題はないでしょ? パパがここからいなくなるのは嫌!」


 悲痛な雰囲気になってきた。こっちまで感情を刺激されて胸が痛い。両親がきっちりいるどころか、お金まで渡してくれる私はどれだけ恵まれていたのか。などと感傷に浸っている場合じゃない。ピーンときたよ。思いついた。


「ねぇ、それ触らせてくれる?」

「いいけどモノネさん、料理に興味あるの?」


 まったくした事がないと余裕で看破されている。そんなに目をパチクリさせて見ないで。調理器具を手にとって、私は心を落ち着かせた。私の見解が正しいなら、応えてくれるはずだ。


「んー……」


――食材はまだか

――調理はまだか


 やっぱりそうだ。あの剣といい、この声はこの物の意思そのもの。包丁も鍋も、イルシャのパパが死んだ後もまだ料理をやりたがっている。

 あの剣もまだまだ戦いたいんだ。古くなって使えないと判断されて捨てられようと、物には関係ない。本来、与えられた役割を全うしたいのかもしれない。私の力、まだまだこれだけじゃない気がするけど今は置いておこう。


「さて、本当のボア骨メンをお見せします」

「なに、モノネちゃん? どうかしちゃったの?」


 さんからちゃん付けになったのは、バカな行動を繰り返したせいですっかり幼く見えたからかも。それでなくても、傍からみたら姉と妹くらいの身長差はあるはず。


「とりゃあああ!」


 掛け声に意味はない。あの剣と同じく、体が勝手に動いて調理が始まる。とてつもないスピードで具材を切り分けて2つも3つも並行で炒めたり切ったり煮る。包丁、お玉なんかを巧みに持ち替えて並列した作業が終わりに近づいていく。


「な、なにしてるの?! 止めなさい!」

「ママ、待って! この動きってまさか……」


 メンを湯から引き上げて素早く振り、予め用意していた器に放り込んで具材を乗せて完成。一連の動作は全部、この調理器具がやってくれた。

 不思議と足もついていくし、多分この調理器具がイルシャのパパの動きを覚えてたんだろうな。あの古い剣も元の持ち主の動きを再現しているとしたら、とんでもない強さだ。イルシャがスープを一口だけ飲んで固まる。


「ウソ、私が作ったメンと全然違う。これ、パパが作ってた……」

「こんな事が……モノネさん、あなた一体」


「この調理器具、絶対捨てちゃダメだよ。イルシャのお父さんの熱が今でも残ってるんだから」


 イルシャは私の力が何なのかはわかっていない。だけどこの言葉だけでも伝わった。涙ぐんでテーブルに手をついて、今にも膝から力が抜けそうだ。


「よかった、私の腕が未熟だとわかって……。パパの料理がおいしくないわけじゃないってわかってよかった……」


 親子二人ですすり泣いてるところで悪いけど、今作ったメンを一口。


「さっきと全然違う! これと比べるとさっきのはただ油っこくてスープの味がぼやけてた!でもこっちはメンが引き締まっていて、それにきっちり絡んでくる!」

「ね、パパはすごい料理人だったのよ。だけどモノネちゃんがパパと同じくらい料理がうまかったなんて。

正直に言って嫉妬しちゃうわ。私、全然未熟だったのに完璧に作っただなんて驕っていた」

「いやー、嫉妬されるのは筋違いというか。とにかく、これでまたがんばってくれたらなーなんて」


「決めた! モノネちゃん、私ね! あなたに弟子入りする! パパやあなたと同じメンを作れるようになる!」


 あっれぇ。これはもしかしてものすごく面倒な流れかな。考えてみたら今、私がメンを作ったところで何の解決にもならない。この店でそれを提供し続けられなきゃ意味がないわけだから、必然的にこうなるわけで。


「もう遅いし店じまいして、これから特訓よ! モノネちゃん、お願いします!」

「明日にしない?」

「一日でも早く上達したいの! お願い!」


 この子、料理の事となると周りが見えなくなる。仕事で疲れてるだろうに、ストレッチみたいな事をして再び頑張ろうみたいな雰囲気になっちゃった。


◆ 数日後 定食屋 "炎龍" ◆


「こんにちは」

「いらっしゃいませ! すみません、わざわざお越しいただいて」


 連日、付き合わされて死にそう。テーブルに突っ伏したまま、入ってきたおじさんを視界に入れる。この前、ボア骨メンをほとんど食べずに出ていった人だ。

 今日はわざわざ店を休みにして、この人だけを呼んでいる。イルシャのお母さんがわざわざ家まで迎えにいったみたい。


「すまないね、足腰がどうにも弱くて困ったもんだよ」

「そちらへの出前の品をお出しできなくて、先日はすみませんでした」

「いやいや。今日はご馳走してくれるなんていうから、むしろ儲かっちゃったよ。ワハハハッ!」


 そうか、この人のところへ届ける予定の料理を私のフィギュアが台無しにしちゃったんだ。だったら今日でようやく本当の意味で清算できる。

 早速、イルシャが調理に取りかかっていた。結論からいえば仕込みの段階から調理に至るまで、あの子は完璧に覚えたはず。湯切りの速度やタイミング、細かいところが積み重なって味を損なわせていたとか。店内にあの臭いが漂い始めて数分、新生ボア骨メンがおじさんのところへ運ばれてくる。


「お待たせしました」

「ほぉ……!」


 おじさんの目の色が変わる。この段階で常連さんにはわかるものなんだ。スープの匂いをかぎ、一口。それからメンをすすり始める。


「これは……ズズズッ、これは!」


 それっきり、おじさんは無言になる。休まずメンをすすり続けてから、器を両手で持ち上げてスープまで飲みほした。この前は残したのに今回は完食。これは成功でしょう、うん。


「誤解がないように言っておくけどさ。イルシャちゃんが作ったメンもまずいわけじゃなかったんだ。でもね、君のパパが作ったメンがどうしても忘れられなくてね」


 おじさんが口をナプキンで拭いた後、目元を緩ませる。零れそうになる涙を指で抑えた。


「あいつ、きちんとここにいるんだなぁ……」


 肉体は滅んでも技は死なず、といった感じかな。聞けばこのおじさん、イルシャのパパと友人だったみたいでかなり親しくしていたらしい。常連の中でも特別な常連だった。

 しんみりしてこっちも、もらい泣きしそうでこういうのは苦手だ。やる事はやったし、私は早いところ消えよう。


「ただいまぁ! 今帰ったぞぉ!」

「あ、パパだ! 帰ってきたんだね! おかえり!」


 お客さんが来たのかな。あれ、でも今日は閉店していたはず。いや、パパって。


「元気にしてたかぁ? お土産もあるぞー!」

「やったぁぁあああ!」

「気合入れて喜びすぎだろー!」

「ねぇ、そのパパってイルシャのパパ?」

「ん? そうよ?」


「生きてるのかよっ!」


 眠さや疲れなんてどこかへ消えた。全力で叫ばざるをえない。なんだなんだ、これは。大きいリュックサックを背負ったおじさんが笑顔で家族に出迎えられている。

 頭の中を整理整頓しよう。もしかして死んだと思っていたのは私だけだったのか。


「ちょ、調理器具捨てるとか言ってたし!」

「さすがに古くなってきたし捨てるのもいいかなと思ったんだけどねぇ……」

「パパが昔から使ってる調理器具だし勝手に捨てたらダメよ、ママ。何よりあれはパパそのものなの」

「パパが生きてるなら私の苦労は?!」

「遠方にいる知り合いの店を手伝いにいってたし、いつ帰ってくるかもわからなかったのよ。それまでお客さんを満足させられないなんて考えられない」

「私をこき使った所業が考えられない!」


「なんだか賑やかだなぁ。ん、この香りはボア骨メンか? すごいなー、これもうパパいらんだろー」


 私もいらないね。後は親子で仲良くして下さい。帰って引きこもろう。


「そうか、モノネちゃんに教わったのか」

「うん。それに頼りになる冒険者だし、期待の新星だよ」

「期待の新星とイルシャが友達だなんて、パパも鼻が高い!」


 お友達ね。はい、お友達でいいです。


「お前ぇ……よく帰ってきてくれたなぁ」

「俺のメンが食えないからって泣いてなかったか? お前は昔から涙もろいからな」

「泣いてるわけないだろ! ひぐっ……またうんざりするほど通ってやるぞ!」

「どんと来い!」


 父親が加わっておおはしゃぎなイルシャ一家、そんな父親の帰りを泣いて喜ぶ友達のおじさん。和気藹々とした雰囲気だし、必要以上に怒る必要もないか。

 父親を失った不幸な家族なんてどこにもいなかった。それでいいじゃないかと。


「モノネちゃん、イルシャが無理を言ってすまなかった」

「いいんです。本人は大喜びしているし、無駄でもなかったかなと」

「何か礼をさせてくれ。このままでは迷惑をかけっぱなしだからな」

「あ、それならあそこの調理器具をいくつかいただけますか?」

「調理器具? そんなものでいいのか? 使い古したものばかりだぞ」

「いいんです」


 腑に落ちないイルシャのパパさんが、厨房から調理器具を持ってくる。よし、これで私も凄腕の料理人だ。これで、おいしい料理も食べられる。ママの手料理もおいしいけどね。


「モノネちゃんはパパと同じくらい料理がうまいのよ。というか完全にパパだった」

「興味深いな、モノネちゃん。一度だけぜひ実演を……あれ、もう帰ったのか」

「二人が協力すれば、お店も更に繁盛しそうよ。今度、お願いしてみよう」


 お店のドアの外から不穏な会話が聞こえてくる。あと一歩遅かったら、大変な事に巻き込まれていた。お腹もいっぱいなんで、ここら辺で失礼します。


◆ ティカ 記録 ◆

とてつもない 臭気で もしや 毒ではと 警戒したが 杞憂だったようデス

あの料理 不純物が大量に 入っていて マスターの 健康に よろしくなイ

イルシャさんの父親の友人 あの 妊婦のような腹 通い詰めた末路が あれデス

マスターが あのような 哀れな姿になるなど 認めなイ

マスターを 連日のように こき使ったあの親子

マスターの 一声があれば すぐに 殲滅したものヲ

マスターの 人柄のよさや 期待の新星と評した その審美眼に免じて 今回は 見逃そウ


引き続き 記録を 継続

魔晶板マナタブでご両親と連絡は取れないのですカ?」

「通信用の魔石を置いて、魔晶板マナタブの情報を管理している"マナメントタワー"に登録をしている場所じゃないとダメっぽい。それに会話は出来ないね」

「そのようなところがあるのデスカ」

「魔石自体も希少で高いし、登録にも審査がいるからね。まだまだ普及率は高くないよ。それだけにイルシャの店が登録されてたのはちょっと驚いた」

「あのイルシャの父親の友人という男性も魔石を持っていて登録したのデスネ」

「仕事は引退して、お金持ちっぽいからね……。あんなお腹になるほど、ボア骨メンを食べられるほどだもん」

「あの中毒性は危険と判断しましタ……」

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